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第一 レイリアって……どこ?
家を出る
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「母さん、おかわり」
「タケルったら、今日はよく食べるわね。これで三杯目よ」
腹が減っては、戦はできない。晩御飯のカレーライスを頬張りながら、まさにそういう気持ちだった。ほんの数時間前、僕は少しも迷うことなく、レイリア行きの特別急行に乗ることを決めた。
不思議な一日だ。僕はその日の出来事を振り返った。妹の優奈が見た夢、なぜか学校の図書室にあった『世界の不思議な植物』の本、さらに、その本から突如現れた特別急行の乗車券。それらの出来事がすべて偶然だとは、とても考えられなかった。そして、それらの出来事は、僕にレイリアへ行けと言っている気がした。だから僕は覚悟を決めた。レイリアへ行き、桃色のタンポポを家に持ち帰り、優奈の病気を治そうと。
「おやすみなさい」
僕はリビングでくつろいでいる父さんと母さんにそう言うと、いつものように、二階にある自分の部屋へ向かった。
階段を上り切ったところで、優奈の部屋のドアに視線を向ける。中では優奈がぐっすり眠っているはずだ。
自分の部屋に入って枕元の時計を見ると、二つの針は夜十時を指していた。電車の時刻までには、まだ五時間もある。
ベッドに入ると、僕は天井を見つめながら、ひたすら時間が過ぎるのを待った。一度寝てしまうとそのまま寝過ごす可能性があるので、ずっと起きていることにした。
今夜レイリアへ旅立つことは、父さんと母さんには話していない。なぜなら、話したところで、これまでの不思議ないきさつを信じてもらえないだろうし、第一、反対されるに決まっているからだ。優奈にだけは話しておこうかと迷ったが、出発前に優奈の口から父さんや母さんの耳に入ったら同じことだ。結局、誰にも言わずに出て行くことにした。
やがて、父さんと母さんが自分達の寝室に入る音がすると、同時に、家の中は静寂に包まれた。外で涼しげに鳴く虫の声だけが、いつまでも聞こえていた。
時計の針が二時半を指したのを確認すると、僕はゆっくりとベッドから体を起こした。深夜。父さんも母さんも優奈も、すでに熟睡しているはずだ。
僕は他の家族を起こさないように気を使いながら、音を立てずにそっと着替えを済ませると、あらかじめ用意しておいたリュックに両腕を通し、背中に背負った……が、次の瞬間、リュックの重みで体が後ろに仰け反り、そのまま倒れそうになってしまった。
「うわーっ」
思わず声が出る。僕は慌てて自分の口を両手でふさいだ。
欲張ってリュックの中に物を入れすぎたかも。
ちなみに、リュックの中身はなにかというと、近所のスーパーで買ったおにぎりやパン、お茶などの飲食料品に始まり、方位磁石や懐中電灯といった探検必需品、その他にもポケットティッシュ、サッカー選手名鑑、お気に入りのマンガ本など、まさにいろいろ。何日かかるか分からない旅だし、レイリアがどんな所なのかもまったく分からない。とにかく、思いつく限りのものを片っ端から入れておいた。もちろん、『世界の不思議な植物』の本と、レイリア行きの乗車券も入っている。
さあ、出発だ。
気持ちを仕切り直すと、僕は部屋の窓をそっと開けてベランダに出た。そして、後ろ手で窓を閉める。音を立てないように、細心の注意を払った。それから、抜き足差し足でベランダの上を移動し、手すりを乗り越え、そのまま柱を滑って二階から地面に下りた。裸足の足の裏を、雑草がちくちくと刺激する。
本当ならば、こんな泥棒みたいな真似はしたくない。でも、僕は家の鍵を持たされていないので、こうするしかなかった。玄関から家を出ても、外から鍵をかけられないのでは無用心だから。
地面のひんやりとした感触を足裏に感じながら、背中のリュックを下ろして中から靴下とスニーカーを取り出した。そして、それらを両足に履く。スニーカーの靴ひもはいつもよりも念入りに、そして、いつもよりも固く結んだ。
「よしっ」
気合いを入れ、家の二階を見上げる。
「父さん、母さん、ユウナ、しばらく留守にするけど、必ず帰るから心配しないでね」
そう言い残すと、僕は戸船台駅に向かって走り出した。
家から戸船台駅までは、徒歩で十五分ほど、走れば十分もかからない。
僕は駅までの道のりを、全速力で走った。電車の時刻に遅れないように、という思いもあったが、それよりも、桃色のタンポポを持って帰れば優奈の病気が治るかもしれない、そんな期待に満ちた思いが、地面を蹴る足に力を与えてくれた。
街灯が点いているとはいえ、深夜の住宅街は思ったよりも暗く、そして驚くほど静かだった。物音ひとつしないし、歩いている人など一人もいない。まるで、僕以外の人間はどこかへ消えてしまったかのよう。
「タケルったら、今日はよく食べるわね。これで三杯目よ」
腹が減っては、戦はできない。晩御飯のカレーライスを頬張りながら、まさにそういう気持ちだった。ほんの数時間前、僕は少しも迷うことなく、レイリア行きの特別急行に乗ることを決めた。
不思議な一日だ。僕はその日の出来事を振り返った。妹の優奈が見た夢、なぜか学校の図書室にあった『世界の不思議な植物』の本、さらに、その本から突如現れた特別急行の乗車券。それらの出来事がすべて偶然だとは、とても考えられなかった。そして、それらの出来事は、僕にレイリアへ行けと言っている気がした。だから僕は覚悟を決めた。レイリアへ行き、桃色のタンポポを家に持ち帰り、優奈の病気を治そうと。
「おやすみなさい」
僕はリビングでくつろいでいる父さんと母さんにそう言うと、いつものように、二階にある自分の部屋へ向かった。
階段を上り切ったところで、優奈の部屋のドアに視線を向ける。中では優奈がぐっすり眠っているはずだ。
自分の部屋に入って枕元の時計を見ると、二つの針は夜十時を指していた。電車の時刻までには、まだ五時間もある。
ベッドに入ると、僕は天井を見つめながら、ひたすら時間が過ぎるのを待った。一度寝てしまうとそのまま寝過ごす可能性があるので、ずっと起きていることにした。
今夜レイリアへ旅立つことは、父さんと母さんには話していない。なぜなら、話したところで、これまでの不思議ないきさつを信じてもらえないだろうし、第一、反対されるに決まっているからだ。優奈にだけは話しておこうかと迷ったが、出発前に優奈の口から父さんや母さんの耳に入ったら同じことだ。結局、誰にも言わずに出て行くことにした。
やがて、父さんと母さんが自分達の寝室に入る音がすると、同時に、家の中は静寂に包まれた。外で涼しげに鳴く虫の声だけが、いつまでも聞こえていた。
時計の針が二時半を指したのを確認すると、僕はゆっくりとベッドから体を起こした。深夜。父さんも母さんも優奈も、すでに熟睡しているはずだ。
僕は他の家族を起こさないように気を使いながら、音を立てずにそっと着替えを済ませると、あらかじめ用意しておいたリュックに両腕を通し、背中に背負った……が、次の瞬間、リュックの重みで体が後ろに仰け反り、そのまま倒れそうになってしまった。
「うわーっ」
思わず声が出る。僕は慌てて自分の口を両手でふさいだ。
欲張ってリュックの中に物を入れすぎたかも。
ちなみに、リュックの中身はなにかというと、近所のスーパーで買ったおにぎりやパン、お茶などの飲食料品に始まり、方位磁石や懐中電灯といった探検必需品、その他にもポケットティッシュ、サッカー選手名鑑、お気に入りのマンガ本など、まさにいろいろ。何日かかるか分からない旅だし、レイリアがどんな所なのかもまったく分からない。とにかく、思いつく限りのものを片っ端から入れておいた。もちろん、『世界の不思議な植物』の本と、レイリア行きの乗車券も入っている。
さあ、出発だ。
気持ちを仕切り直すと、僕は部屋の窓をそっと開けてベランダに出た。そして、後ろ手で窓を閉める。音を立てないように、細心の注意を払った。それから、抜き足差し足でベランダの上を移動し、手すりを乗り越え、そのまま柱を滑って二階から地面に下りた。裸足の足の裏を、雑草がちくちくと刺激する。
本当ならば、こんな泥棒みたいな真似はしたくない。でも、僕は家の鍵を持たされていないので、こうするしかなかった。玄関から家を出ても、外から鍵をかけられないのでは無用心だから。
地面のひんやりとした感触を足裏に感じながら、背中のリュックを下ろして中から靴下とスニーカーを取り出した。そして、それらを両足に履く。スニーカーの靴ひもはいつもよりも念入りに、そして、いつもよりも固く結んだ。
「よしっ」
気合いを入れ、家の二階を見上げる。
「父さん、母さん、ユウナ、しばらく留守にするけど、必ず帰るから心配しないでね」
そう言い残すと、僕は戸船台駅に向かって走り出した。
家から戸船台駅までは、徒歩で十五分ほど、走れば十分もかからない。
僕は駅までの道のりを、全速力で走った。電車の時刻に遅れないように、という思いもあったが、それよりも、桃色のタンポポを持って帰れば優奈の病気が治るかもしれない、そんな期待に満ちた思いが、地面を蹴る足に力を与えてくれた。
街灯が点いているとはいえ、深夜の住宅街は思ったよりも暗く、そして驚くほど静かだった。物音ひとつしないし、歩いている人など一人もいない。まるで、僕以外の人間はどこかへ消えてしまったかのよう。
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