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第1章 本章

第29話 シティリア先生の語学講座

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 シティリアの家に向かう前に、私たち二人は商店街へ買い物に来ていた。

「シティリア。次は……、雑貨屋?」

「ええ。この店が最後ね」

 私はシティリアに沢山の荷物を持たされている。語学の勉強に必要な道具やら、食料など。

 ……。

 実は、ほとんどはシティリアの私物の買い物だ。膂力のカルマを使っているので荷物は重くはない。ないのだが……。すみません神様。私用で能力を使ってしまいました。いや、別に使っちゃいけないわけでもないんだけれど、ね。

 シティリアがメモを見ながら買い物を確認している。

「えーと、この店で買うのは……。ん、こんなものかな。荷物持ちありがとうね。ライチャスネス」

「どういたしまして。っとと」

 追加で荷物を渡され、次なる場所へ移動する。

 買い物を済ませた私たちは、馬車の停留所へ向かっていた。広場に到着すると、そこには沢山の馬車が並んでいる。この王都の街での交通を担っており、沢山の人が行き来している。
 シティリアが馬車の手配を進めており、持ち運ぶ量と人数によって金額が多少変わるため、打ち合わせをしている。傍で待っていると、乗り込む馬車の用意ができたので、私は言われた通りに荷物の積み込みを済ませ乗車する。同じ方面へ向かう人もいたらしく、馬車は乗り合いとなり、移動を開始した。

 ガラガラという音と共に振動が響き渡る――。

 私は馬車の中から外の景色を眺める。こういう風景、旅してるって感じがして悪くはない。

 ~郊外こうがい【夕方】~

 他にもいた同乗者たちは郊外に近づくにつれ下車していき、シティリアと私だけになってしまった。

御者ぎょしゃ※さん。この辺で結構よ」  ※(馬をあやつって走らせる者)

「ヘイ」

 シティリアの呼びかけに応じ、馬車は停まる。シティリアが賃金ちんぎんを渡し、私たちは降りる。

 というのも私は今、手持ちの小銭が少ない。銀行で少し工面してもらえば良かっただろうか? 銀行口座ができてからお金を降ろそうと思っていたのだが、失敗したなぁ。

「シティリア、その……支払いまで、済まないな」

「あら、気にしなくてもいいのよ。困ったときはお互い様だもの。それに、あとで授業料とまとめて後日請求いたしますので」

 ま、そうだよな! さすがシティリア。お金に関してはしっかりしている。

「嗚呼、勿論さ。ところでシティリアの家はもうすぐ着くのかい?」

「ええ、歩いてもうすぐよ」

「そういえば、シティリアは元から郊外に住んでいるのか?」

「いいえ、生まれ育った場所は違うわね。冒険者としての仕事の都合上、王都に引っ越してきたの。そして郊外を選んだのは三つ理由があるわ。一つ目は、誰にも邪魔されずに魔法の研鑽を積みたいため。二つ目は、王都中心部より土地代が安かったの。そして三つ目は、そうね……。家についてから話すわ」

「ふむ? 見たほうが早いということかな」

 そういえば、リンも冒険者時代はあっちこっちに行っていたらしいし、冒険者は定住しない人もいるということか。

「フフッ。見えてきたわ。あそこよ」

 向かう先に一軒の家が見える。あれがシティリアの家か。見た目は普通の一軒家。一番近いご近所さんの家でもそれなりに離れている。私は両手が荷物で塞がっていたので、シティリアに玄関の扉を開けてもらう。

「さ、どうぞ入って」

「お、お邪魔します」

「荷物は適当にその辺に置いといていいわ」

 私は言われた通り、入り口近くの空いたスペースに荷物を置く。家の中は何というか、その……。本棚の数が異様に多い。本棚は無数の本で埋め尽くされている。ちょっとした小さな図書館だ。

「凄いな……。この本の数、全部シティリアが集めたのか?」

「全部というわけではないわ。半分くらいは、元々ここに住んでいた高齢の魔導士さんの所有物よ。その方が亡くなったので、しばらくの間、家ごとそのままになっていたと管理していた地主が言っていたわね。それで住む家を探してい所、たまたまこの家を紹介されて、中々に実用的な本ばかりだったことにも興味があり、そのまま私がこの家に住むことになったっていうわけ」

「ああ、それが三つ目の理由」

「そういうこと」

 買ってきた物を整理し、一息つく。

「さて、ライチャスネス。もう夜にはなるけれど、寝るにはまだ早いから今日から少しずつ勉強を進めていくわよ」

「あ、ハイ。お願いします」

「けど、その前に夕食にしましょうか。今日買ってきた食材と有り物で料理するわ。その辺で座って待っててもらえるかしら?」

「分かった」

 シティリアが料理をしている間に、待たせてもらう。

 しかし、本当に色々な本があるな……。文字が読めないので、なんて書いてあるかは分からないが、新しい本から古い本まで沢山ある。読み途中なのか、しおりが挟んである本もチラホラ。

 ん、相当古い本がある。触ったら崩れそうだ。さっき言ってた前に住んでいた人の本か。

「料理できたわよ」

 テーブルの上に料理が置かれていく。私も一人暮らしで自炊をしていたので、料理の心得は多少なりともあるが……。見た目からして美味しそうだ。

 シティリアも席に着いた所で、食事が始まる。

「いただきます」

 こ、これは美味い。

「おいしいです」

「そう? お世辞でも嬉しいわね」

「世辞ではないさ」

「フフッ。ほめても何も出ないわよ?」

 食事も終わり、残さず食べる。さすがに皿洗いなどは手伝わせてもらう。お城で、こちらの世界での生活の知恵は多少なりとも勉強していたのが役に立った。

 そして本番の勉強の時間となり、シティリア先生の講義が始まる。

 街中で買ってきた勉強道具を準備し、簡単な説明を受けていく。

「そうね。先ずは、その魔道具は外さないでそのまま説明を聞いてちょうだい。この本で文字の説明をするから」

「わかっ……分かりました」

「あら? 礼儀正しいのね。 ま、どちらでもいいけど♪」

「教えを乞う立場として、何となくな…」

 私の性格上、こういう時はキッチリしてしまう。

 シティリアの説明が丁寧なのもあり、とても分かりやすい。分からない事に対しては質問をし、的確に答えを出してくれる。

「えーと、ここからは別の本を持ってきた方が分かりやすいわね。ちょっと待ってて。古い本と隣同士で、取り出すのが大変なのよ」

 シティリアが本棚にむかい、手を伸ばしている。

「ん? その隣の本を取り出せばいいのかい?」

「そうだけど、古い本を傷つけたくなくてね」

「私に任せてもらえないか?」

 私は席を立ち、シティリアがいる本棚へ近づいて行く。

「え? いいけど、どうするの?」

「私は触れた物体の耐久力を上昇させる事ができる」

 <<堅牢けんろうのカルマ>>

 古い本に手を当てて能力を発動する。

 この能力をお城で実験しておいてよかった。対象となる物体を触らないと、能力の対象として発動することができないようだ。一度発動さえしてしまえば手を離れても強化されたままなのも確認している。庇護のカルマや追跡のカルマは、対象を視認するだけで発動できるんだが……。神様に頂いた能力に文句を言うのはバチあたりだな。すみません神様。

 私は手の感触で本の耐久が向上したのを確認し、古い本を押さえ、シティリアが取り出そうとした新しい本を引き抜く。

「よし、うまく引き抜けた。古い本は大丈夫だよ」

「そんな能力も持ってたのね。どれ、ちょっとそっちの古い本を触らせてくれないかしら」

「ああ、渡すよ」

 シティリアは本を手にとり、感触を確かめている。

「本当……。不思議……。見た目は古い本なのに、確かな頑丈さを感じる……」

 シティリアは本をめくり、中の内容を確かめていく。

「ちなみにソレ、どんな事が書いてあるんだい?」

「ちょっと待って」

 シティリアが本の内容に集中している。そんなすごい事が書いてあったのか?

「……」

「……」

 シティリアは無言でページをめくっていく。私は傍で見ている事しかできない。文字が、まだ分からないからね。しょうがないね。

「異物……」

 え?

「なんだって? うまく聞き取れなかった」

「異物についての研究を記録した本だわ……。これ……」
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