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第一章

少しだけ、穏やかな日々 3

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「レイヴン」 

「……あっ」

 名前を囁かれると、鼓膜が震え、身体が震えた。些細ですらない刺激にさえ反応してしまう自身の身体に、レイヴンの瞳にはうっすらと涙が滲んだ。

(なんで……身体が、熱い……)

 くらりと目眩すら感じそうになる自分を叱咤するように、レイヴンは手にする匙を強く握った。

 そして意を決したように、背後のシンへと訴える。

「あ、あの……今は……お鍋を扱って、いますから。や、火傷しちゃうといけないので……少しだけ、僕から……は、離れ……」

「うっ……!」

「? シンさん?」

 最中、突如としてシンが身体を屈めながらうめき声を上げた。匙から手を離したレイヴンはすぐさま振り返り、シンの身体を支えた。

「だ、大丈夫? 傷口が開いたのかな……? すぐ横にな……んんっ!?」

 だが、心配して言う台詞を奪うように、レイヴンの唇は塞がれてしまった。

 原因は言わずもがな、目の前の男に、だ。

「んっ……んんぅ……ん、ぁ……」

 レイヴンの柔らかな唇を自身のそれで食むように覆ったシンは、そのまま相手をよく味わうように歯列をなぞり、奥にある舌に絡めた。音を立てながら、わざと口蓋や舌の上を刺激しつつ、シンはレイヴンを堪能する。またどこにそんな力があるのか、逃さないよう、その手はレイヴンの頭と腰をしっかりと抱いている。

「はあっ……あ、ん……シ……んん……」

 シンの胸に手を当てグッと押しのけようとするも、上手く力が入らない。単純に力で敵わないのではない。角度を変えながらも繰り返される彼からのキスが、いちいちレイヴンの性感帯を刺激し、快感を与えているのだ。

 これまで、舌を絡めるほどのキスは転生分も含めて数がわからなくなるほど経験してきた。しかしそのどれもが独りよがりのもので、目の前のシンのように相手へ快楽を与えるようなものは、これが初めての経験だった。

(だめ……頭が……変に、なる……)

 レイヴンの身体からはみるみる力がなくなり、抵抗の気はすっかり失せてしまった。

 それを感じ取ったシンは彼を抱く腕の力を弱めつつも、まだ足りないとばかりにそれを続けた。隙間から漏れる吐息に甘みが帯び始めたことも、シンの行動を増長させる原因の一つだった。

「ん、ふ……ぁ……はぁっ……あ、ん……」

 そこに苦しさが混じり出したところで、シンは名残惜しいとばかりにレイヴンの舌を歯で軽く食みながら、外へと引き出した。

「んんぅ……」

 小さな舌をでろんと出したレイヴンの目尻からは、一粒の涙が溢れていた。

 そのとろんと紅潮する顔を目にしたシンは、満足そうに自身の唇を一舐めする。

「やっぱ、これが一番効くわ」

 普段とは裏腹に、その顔が艶めかしく映るシンは、レイヴンの頬に舌を這わせると、溢れた涙を掬い取る。

「んっ…………や、舐めないで…………」

 いくらか遅れて、レイヴンが自身の顔を手で覆い隠すようにすると、シンに向けてつっかえながらも訴えた。

「……っ、き、き…………キス…………するなら……あ、後で、します……から…………だから、い、今は…………だめ、です……」

 言い終えるなりきゅっと唇を紡ぐレイヴン。まだなお赤い顔は、傍から見れば男の情欲を唆らせるものだが、本人にその自覚はない。

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