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そうだ。新婚旅行へ行こう。
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しおりを挟む「一人で何を百面相しているんですか?」
「はっ!?」
僕がほっぺにペタペタと手を当てていると、頭上からいつも聞いてる声が降ってきた。バッと首を上げてみると、真っ赤な髪の旦那様がクスクスと笑って僕を見下ろしていた。
「おかえりなさいっ、海さん」
「ええ。ただいま」
いつの間にお仕事から帰って来たんだろう? 物音がしないから全然気づかなかったよ。物音を立てずにこんなに近くに来るなんて、海さんってまるで忍者みたいだね。
「ちなみに、私は忍などではありませんよ」
「え!?」
何でわかるの!?
「顔に出ています」
ううっ。そんなに僕、わかりやすい顔してる? 再び、顔にペタペタと手を当ててみる。鏡が無いからわかんないけど。
すると、海さんは僕の頭にポンポンと手を乗せた。
「お前が何やら発狂し、バンバンと物音を立てている時に、帰宅しました」
「はうっ!?」
は、恥ずかしいっ……!
「それより、かなりの大荷物ですね。楽しみなのはわかりますが、旅館に移り住むわけではないんですよ。少し、荷物を減らしましょう」
「え? う、うん。ごめんなさい」
海さんは僕の隣に腰を下ろすと、ボストンバッグの中に手を差し入れて中身をチェックし始めた。そんなに大荷物? 僕って浮かれ過ぎてたかなぁ?
そう思いながら、僕も海さんと一緒に荷物の確認をするため、ボストンバッグの中に顔を近づける。
「どれも必要なんじゃないかなって思うんだけど……」
僕が言うと海さんは、僕が詰め込んだ荷物の中身を一旦全部取り出して、その場にずらりと並べて見せた。そして、何かの基準でそれらを半分に分けると、僕の前で説明をしてくれた。
「着替えや下着などは、お前が用意した分の物で充分でしょう。購入することも出来ますが、これらは自分たちで用意しなければありませんからね。ハンカチなども勿論必要です。しかし洗顔用品や歯ブラシなどのアメニティグッズ、バスタオル、それから寝衣は必要ありませんよ。それらは一通り旅館に……いえ、最近は大抵の宿泊施設に常備されています」
「そうなの?」
知らなかった。旅館ってそういうの、用意してるんだねえ。僕が感心してると、海さんは頷きながら、持っていく物を一つずつ手にして、バッグの中に詰めていく。
「ですから私とお前の二人分の衣類はバッグの一番下に入れましょう。財布や携帯といった貴重品は当日確認して持っていきます。それから……何ですか、これは?」
と、ここで海さん。ボストンバッグとは別に、パンパンに膨らんだナップザックを目にして、眉を顰めながら中身を開けた。それも僕が必要だと思って入れた物だったんだけど……
「スナック菓子? それも、こんなに?」
「おやつにと思って……」
駄菓子屋さんで買ったお菓子の数々。予算は二人分と見て五百円にしたんだけど、計算しながらカゴに詰めてたら、楽しくなって盛りだくさんになっちゃったんだよね。我ながらいい買い物ができたと思ったんだけど、海さんがあまりいい顔をしてくれない。そういや、海さんってあんまりお菓子を食べないよね。
海さんはスナック菓子の袋を手に、他の駄菓子も珍しいのかしげしげと見つめながら……
「まるで遠足ですね」
と、呟いた。どこか感心したような口ぶりで。
「だ、だめ?」
旅行へのお菓子が楽しみの一つの僕にとっては、それは取り上げられたくなかったから、海さんの腕を掴んで食い下がる。スナック菓子はともかく、チョコレートとか、飴とか、甘いものがポケットに少しでもあると嬉しくなるでしょ? だからどうしても持っていきたいんだけど……。
じっと海さんを見つめると、海さんは僕の顔をしばし見つめた後で何かを思いついたのか。
「そうですね……じゃあ」
ものすご~く意地悪な顔と笑みを浮かべて、僕の顔に自分の顔をぐっと近づけると。
「お前曰くベロチュー回で、許してあげましょうか」
「うん! わかった……って、なんで!?」
とんでもない交換条件を出してきた。
僕がわたわたと慌てると、海さんは心外だと言わんばかりに片眉を上げた。
「嫌ですか? キス一回でこれらを持っていくことを許してあげるという、簡単な条件にしたつもりですが」
「い、嫌ってわけじゃない、けど……」
さらりと何でもない様な顔でそう言ってきたんだけど、僕にとってはハードルが高い。だって海さんとのべろちゅーってさ……うぅ……。
「仕方ないですね。お前のお子様キスでも構いませんよ」
「う……」
僕は顔を逸らして俯いた。
そ、それでもやっぱり、ハードルが高い。キス一回でお菓子、だなんて。海さんにとっては、多分ものすごく簡単で、ものすごく優しい条件なのかもしれないけどさ。でも、今の僕にとって、それはとても難しい。
あ、あれ? 何でちゅーが難しいんだろ? だって僕、海さんと何度かちゅーをしたことあるし、僕からだってしたことがあるのに……
なんでか、僕の顔がまたもや熱くなる。何で、何で!?
「柳」
「ひゃ!?」
その時、突然僕の額に海さんが冷たい手を宛がった。ビクッと身体を竦ませ、ぎゅっと目を瞑る僕。海さん、手がものすごく冷たいね!?
そろりと瞼を開けてみると、さっき浮かべていた意地悪な顔から一変、海さんは僕を心配する様な顔で見つめていた。そして、額からゆっくりと手を離すと、「熱はないようですね」と呟いて、僕の髪を梳くように、頭を優しく撫でてくる。
「少し、気になっていたのですが……最近様子が変ですね。以前はもう少し、私の目を見て話していたように思いますが」
「え?」
「最近は私から目を逸らすことが増えた様な気がします。どこか具合が悪いのですか? それとも、私が嫌になりましたか?」
「そ、そんなことないよっ! 僕、海さんの目を見て話せるよ! 大丈夫だよ!」
僕は両手を海さんの前で振って否定した。体調は悪くないし、海さんのことを避けてるわけでもない。ただ、なんでかわからないけど、海さんの顔を見ると、ぶわっと……こう、ぶわ~っと顔が熱くなっちゃう時があるってだけで。
嫌だなんて思ったことは無い。そりゃあ、意地悪をされる時は嫌だなあって思うこともあるけど、それとこれは別の話だ。僕は海さんのことが嫌じゃない。嫌なんかじゃない。僕は……
僕は、海さんのことが……
『好きにならないよ……絶対』
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