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その命あるかぎり…誓えますか?【真城 side】

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 それからまるっと一年。柳の様子を見ていたが、彼奴は全くといっていいほど、海のことを……引いては海と関わった全てのことを思い出さなかった。まあ、その全てってのはオーバーな物言いかもしれんが、日常生活で言えば……そう、例えば携帯電話。海の話だと当時それを与えていたらしいが、今の柳は使い方はおろかそもそも携帯を持ったという記憶がない。他人がそれを使うのを見て、「やっぱりあると便利だよね~」とは言うものの強請る様子はなかった。

 蒼については時折、固定電話の方にウチから電話をして留守電サービスにメッセージを入れていた。しかしそれ程度。今の彼奴は「長年お世話になったおじさん」で終わっている。本当に懐いていたとは思えないほど、淡白なもんだった。

 それがここでもう一つ。はっきりとした異変に気付いた。

 柳の身長が全くといっていいほど変化がなかったことだ。いくら同年代のガキよりもガキっぽいとはいえ、成長期のはずだ。何の変化もねえことに疑問を抱いた。

 片岡の院長にも定期的に柳の様子を伝えちゃいたが、やはりこの変化のなさを彼もまた心配していた。

 もしかしたら、中学の時で成長期を終えた可能性もなくはなかったが、筋肉の発育も、体毛の濃さも、声変わりも中途半端なまま止まってしまっている柳を見て、疑問に思わない方が変だろう。

 そして医学には全くといっていいほど疎い俺と、実の孫以上に柳を可愛がる院長の間に出た答えがこれだった。

「……精神的ストレス?」

「それで成長が止まってるんじゃねえかってのが、俺たちの考えだ」

 一年以上も自分のことを思い出されないというのに、遠目から柳を見るため足繁く俺の所に通っていた海にそれを話した。

「学校内で何か問題でもあったということでしょうか?」

「それで何かありゃ、彼奴の取り巻きが黙ってねえだろ」

「ではここでの生活に問題が?」

「俺の百万倍の愛情がストレスだってのか」

 身体に発疹や髪の色に変化が出る奴もいるらしいが、柳の場合は成長を止めてしまうという不変に出ているのではないかと伝えると、海も同じことが引っ掛かっていたらしい。

「ですが解離性健忘の今、そのストレス自体を忘れることで心の均衡を保っているのではなかったのですか?」

「そりゃ暗に、お前自身がストレスだって言ってるようなもんだぞ」

「ええ、それが?」

 おいおい。自分がストレスの原因だと客観的に捉えつつも柳を諦めないたぁ、ただのやべぇ奴だぞ。

「お前さんの言う通り、柳がストレスとなるものを忘れることで精神を保っているということなら、俺はもうお前と柳を会わせるわけにはいかねえよ。お前の姿が目に入るたびにもしかしたら、柳は無意識の中でストレスを溜めているかもしれねえからだ……だが、その前提が全く違ったら?」

 おかしいと何度か思った。変わっちまった後にせよ、諦め癖があるにせよ、柳はどんな人間とも向き合おうとする。苦手だと思うことはあっても、嫌いだと思う人間はいないんだろう。海のことも、きっと最初は義理の兄貴として向き合おうとしたはずだ。そこから蓄積されてったもんがなんなのか、それは柳自身にしかわからねぇが……

 果たして柳は、海をストレスの原因と思うほど此奴を嫌っていたのか? いや、違うだろ。その逆だ。

 何より、蒼が危惧していたくらいだ。海がまだガキんちょの柳を無理やり犯したくれぇのことがなきゃ、よっぽど嫌わねぇだろ。

 だったら柳にとっての最大のストレスは何だ?

「これは俺の憶測だが……お前を忘れることこそが、柳にとってのストレスなんじゃねえか?」

「私のことを?」

「どうしてお前のことを忘れちまったのかはわからんよ。お前がよっぽど、柳に嫌われるようなことをしたってんなら忘れられて当然だけどな。しかしそんなら、ストレスなんてもんは抱えねえはずだろ。柳の記憶喪失は不思議なことにお前さんを中心としたもんだ。そうすることで自分を守ろうとしてるってんなら、忘れちまうってのも一つの手だわな。だが、よっぽど嫌な奴だったってのが違うなら?」

「勿体振りますね。何を企んでいるんです?」

 焦らされているようで気持ち悪いんだろう。結論を言え、と海が促した。

 それを俺は無視する。主導権をお前に握らせるか。

 今の俺にとっちゃ、お前よりも柳の方が何倍も可愛いんだからよ。

「お前、今の彼奴の全てを受け入れる覚悟は出来てるか?」

 脅すように俺は聞いた。大体の奴はこの声だけで腰を抜かす。そんな俺の声にも、圧にも、海は……

「愚問だな。例え最後まで忘れられた存在になったとしても、オレにはあの子しかいない」

 頭を下げるでもなく、腰を抜かすでもなく、真正面から俺を睨んできやがった。

 俺は自分の膝を叩いた。

「よし。柳を嫁にやる。貰え」

「…………嫁?」

 目を見開いて、反応に少しだけ遅れた海が聞き返した。何だ? もう一度言ってやろうか?

「嫁だよ。お前ら、結婚しろ」

「それは一体どういう……」

「ただ預けるんじゃインパクトに欠けるだろ。どうせなら誰もが呆れるようなやり方で、だ」

 実際、法律上の結婚はできねぇ。しかし周りが此奴らを結婚という括りで固めてみろ。海はともかく柳ならきっと馬鹿真面目に「奥さん」を全うしようとするだろうさ。

 忘れちまってる柳には新しい選択肢を摘んじまうことに申し訳ねぇ気持ちがないでもないが、もうこれ以上待つのが我慢ならねえんだわ。

「彼奴、雷に弱いだろ」

「ええ」

「一昨日、近くで雷が落ちたんだよ。彼奴、外に干してあった洗濯物を取り込んでたんだが、たまたまでかいのが落ちてな。叫びながらその場に蹲ったんだ。頭を両手で抱えて縮こまってよ。そん時、何て言ったと思う?」

「?」

「おにいさん、って呟いたんだよ」

「……まさか」

 そのおにいさんってのがウチの連中の可能性ってのも捨てきれない。彼奴らのことを、お兄さんお兄さんと呼び慕っているからな。

 だが、きっと。あの時助けを求めたのは、他でもない目の前の此奴だ。

 綺麗さっぱり忘れちまうってんなら、そこから新しい人生をスタートさせることもできる。徐々に思い出すならそれでもいいさ。

 しかし俺は、余計なおせっかいとやらをやらせてもらう。

「俺は賭け事に負けたことは一度もねえんだよ。なあ、海よ。お前さんはどうだ?」

「いいですね。数回会っただけで私はあの子と結婚するとしましょうか。その先に何が待っているかはわかりませんが……」

 売りに出そうと思っていた無駄に広いあのマンションもまだまだ使い道がありますね、と。海はシニカルな笑みを浮かべた。


















 ――――――…







「あー、そうかい。あの女がそっち行ってたか。ウチの若いのが誑かされたんだな……ああ、悪かったよ。



 しっかり処分しとくわ。女の方も徹底しとく……ん? いやいやいや、俺の仕業なわけねぇだろ。



 いくら面白いことになりそうだからって俺が可愛い可愛い柳を危険な目に遭わせようとするか?



 あ? てめぇこら、俺を何だと思ってるんだ。仮にも叔父だぞ……ま、いいや。それよりよ。



 お前また忘れられてたら、そん時はどうすんだ?」

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