攻略なんてしませんから!

梛桜

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二人のヒロイン

闇の守護聖獣

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 ルチルレイがマウシット様に連れて行かれたのを、ギベオンは後を追う事無く只見つめていた。リモナイト殿下がどうしてマウシット様を選んだのかはわからないけど、これも物語としての補正になっているのかしら?

(でも、アリアにもルチルにも、こんなシナリオ無かったはずだしなぁ)

 思い出す度に書き溜めていたメモのお陰で、ゲームの記憶が私の中からは薄れていても、要点を思い出すことはできる。今のところ、ゲームの設定を捻じ曲げてしまっているのは、アトランティ家の兄弟とオブシディアンの存在。そして、ルチルレイと私の守護聖獣。
 だけとはいっても、かなりやらかしているなぁと乾いた笑みが零れてしまいそうだわ。

「ねぇアリア」
「はい、何でしょうかリモナイト殿下」
「モルガ男爵令嬢に、黒い靄が見えたんだけど…。アリアは何か見えなかった?」
「黒い、靄?」

 身体を囲う黒い靄なら、思い出せるものが一つある。このゲームでは、魔物が存在していて、動物との区別がその『黒い靄』なのだ。それは稀に人の悪意や嫉妬心を好み、人の心へと忍び寄り捕らえて自分の意のままに操る人形としてしまう。
 そして完全に操られた人間は、教会で祓いを受けるか死ぬまで逃げられることは無い。

(もしかして、ルチルレイが魔に憑かれてるって事ですか!?ヒロインが!?んなアホな!しかも何でリモナイト殿下に見えるんですか!あの黒い靄は…)

「アリア、話がある」
「ギベオン」

 人型のギベオンが、ゆっくりと私に向かって歩いてくる。待って、待て待て、イケメン姿でこっちくんな!夜の事を思い出してしまうじゃないですか!バクバクと煩く脈打つ心臓に、恥ずかしさで熱くなる身体を隠せるものが無い。逃げ出すにも、ラズーラ殿下とリモナイト殿下の居るここで出来るわけが無い。

「アリア?どうしたの?」
『アリア』
「す…っ」
「す?」
『す?』
「ステイ!其処にお座りなさい、ギベオン!」

 普段は滅多にあげない大声を出して、近寄ってくるギベオンに命令してしまったけど、しまったこれって犬に対して使う言葉で、この世界で解るわけないじゃないですか!ってやつだった。いつもなら鷹揚な態度のギベオンだけど、すっとその場に跪いてしまった。イケメンて何しても絵になるんですね、ちくしょう。

(ど、どうしたらいいのかしら……?)

「どうしたの?ギベオンを控えさせて何かあった?」
「リモナイト殿下、何でも…っ、そう!何でもありませんの!大きな声を出してしまって申し訳ありません。はしたないですわね」
「アリア、このままでは話が出来ないのだが。いつまでこのままだ?」
「ずっとそのままで宜しくてよ、全然反省してないじゃないの!」
「魔力を貰い過ぎた事に関しては反省はしているが、部屋を訪れた事は反省していない」

 ギベオンの言葉に、しまったと咄嗟に両手でギベオンの口を塞いだけど、しっかりと聞こえてしまいました。ギベオンの率直さを忘れていた私の馬鹿馬鹿。隣でにっこりと微笑みを浮かべるアイクお兄様から、痛い程の冷気がギベオンへと向けられている。
 いや、アイクお兄様の冷気だけではありません。にっこりと可愛い顔をして微笑んでいるけれどリモナイト殿下の足元で小さな嵐が構成されています。腕に抱いていた可愛い可愛い守護聖獣達からも殺気を感じます。

(ヤバイ、逃げたい。というか、ギベオン逃げて、超逃げて)

「仕方が無い、ルチルレイから魔力を取れなかったからな。魔力が無いと力が使えない。故に我の言葉が解るアリアから貰っただけだ」
「だけ!?乙女の唇を勝手に奪っておいて、貰っただけですって!?」
「アレが一番速い」
「口移しじゃなくても取れるのでしょう?うちの可愛いハウライトとオブシディアンは、そんな事はしません!二匹と同じ様に、此方を食べていなさい!」
「むぐっ」

 反省する態度も見せず、ギベオンがさらっと言うものだから、私も思わず返して挙句持って来ていたクッキーを口へと突っ込んでやった。頬をリスのように膨らませてもぐもぐとクッキーを食べるギベオン、イケメン台無しですが。いいのか、その顔。

(って、そうじゃない!)

 リモナイト殿下の小さな嵐にアイクお兄様の冷気が混じりあい、其れがギベオンに向いていると解ってても怖い、もう本当に怖いの!美味しそうにクッキーを食べているギベオンは嬉しそうに尻尾をパタパタ振っててかわい…、じゃないってだから!

「夜中に、アトランティ侯爵家の屋敷に忍び込んだ?」
「アリアの魔力を、口移しで吸い取った?」
「確かにアリアの魔力はこの手作りの菓子からも吸収できる、だが、それはアリアの魔力が日頃の積み重ねで清廉されているからだ。何もしてい無かったルチルレイでは其れが出来ていない。人型になるには魔力が多大に必要なのだ」
「この状況で、淡々と話をするの止めませんこと?」
「話があると言っていただろう」
「そうですけど」

(空気読めよ!と叫びたい。此処が学園だったのがせめてもの救いです。流石に学び舎を壊すわけにはいきませんからね)

「ギベオンの話は、モルガ男爵令嬢の話なのかな?」
「そうだ、お前にも見えていたようだな。リモナイト王子」

(幾ら聖獣だからって、この国の王子様にその言葉遣いはどうかと思うわよ)

「黒い靄を見ることが出来るのは、光属性の適性を持つ者だけですが、もしかしてリィ殿下は光属性をお持ちなのですか?一般にはリィ殿下は風属性だけだと…」
「最近判明したんだ、学園で魔力の勉強をするようになってからだけどね。だから、モルガ男爵令嬢の黒い靄が気になったんだ」
「でも、私は光属性を持っていますが、ルチルレイ様の変化はギベオンと一緒にいるからなのだと…」

 言ってみてから、思い当たることが幾つかあった。新学期の殺気にも似た黒い感情と、ギベオンへの執着心。ギベオンがルチルレイに魅了の術を使っているのかと思っていたけれど、今ルチルレイから魔力を吸い取れないのなら、魅了の術もきっと効力が切れている。
 もしかして、ギベオンが私のところへ魔力を摂りに来るのは、その所為だったのかしら?と首を傾げて考えていると、アイクお兄様と話をしていたラズーラ殿下も興味を持ったようだった。ルチルレイは闇の守護聖獣を持つ令嬢だから、王宮の方でもチェックはされているようです。

「何やら、不穏な話をしているね?何だったら光属性を持つ二人で確かめて見てはどうかな?」
「ラズ兄様」
「丁度いい試験も近々あるだろう。アイク、編成人数を揃えられるか?」
「はい、人数をそろえましょう」
「モルガ男爵令嬢の守護聖獣にも、しっかりと手伝っていただこうか」

 何やら背中をゾクッとしたものが伝いましたが、試験という名のイベントを思い出しました。回避できなかった落ち込みよりも、公式設定また改竄しちゃったよな落ち込みのほうが今は強くて、イベントどころではありませんでした。



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