騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

文字の大きさ
71 / 127
狼と名もなき墓標

しおりを挟む
 
「それで、昨日の今日で俺を連れ込むってのはまずいんじゃないですか、奥方様」

 ふざけた口調で軽口を寄越す幼馴染を、エミールは横目で睨んだ。
 ファルケンの隻眼がにやにやとこちらを見ている。完全に面白がっている顔だ。

「昨日の今日じゃない。三日経ってる」
「まだ三日だろ。さびしがるには早すぎるんじゃないか」

 これが初めての別離でもあるまいに、と男が肩を竦めた。
 エミールはクッションごと膝を抱えて、ふいっとそっぽを向いた。サーリークの冬はさほど気温は低くないが、今日は朝から曇天が続き冷え込んでいた。ストーブでは薪がパチパチと音を立てている。
 スヴェンに言づけてファルケンを呼びだしたのだが、彼の指摘通りさびしがるには早すぎるという自覚はあった。
 でも、クラウスの匂いが薄れてゆく屋敷に居ると、どんどんとさびしさが募ってしまい、気分転換が必要だった。

「大丈夫なのか、俺が来て」

 ふと改まった口調で尋ねられ、エミールは首を傾げる。

「だから、クラウス様の許可はもらってるってば」
「いや、そっちじゃなくて、アルファの匂いの方。妊娠中は敏感になるんだろ?」

 なるほど、それを気にして彼は、エミールに近づいて来ようとしないのか。
 エミールは小さく笑って、自分の隣のスペースをぽんぽんと叩いた。
 ファルケンが怪訝な顔で、一歩ずつ近寄ってくる。

「座って」

 あまりに慎重な動きに痺れを切らして促すと、観念したようにファルケンがエミールの横に腰を下ろした。
 ソファが撓む。傾いだ体をファルケンにもたれさせ、エミールはすんと鼻を鳴らした。

「ルーの匂いは、大丈夫だよ」
「本当か?」
「うん。なんでだろ。クラウス様とは全然違う匂いなのにね」

 話しながらエミールは、アマーリエの言葉を思い出していた。
 彼女も、つがい以外の匂いに気分が悪くなると言っていたが、クラウスの匂いは大丈夫だった。
 あれはマリウスとクラウスが兄弟だからだと思っていたけれど……エミールは、マリウスの匂いは受けつけなかったから、兄弟というのはあまり関係がないのかもしれない。

 たぶん、馴染みのある匂いかどうかなのだ。
 アマーリエは生まれたときからマリウスの婚約者で、マリウスやクラウスと一緒に育ってきた。そしてファルケンは、エミールと。
 安心する匂い、というものを体が無意識に覚えているのだ。

 クラウスほどではないけれど、ファルケンの誘発香はつわりのつらさをすこし和らげてくれる。
 男性オメガのつわりは、女性のそれよりも症状が強く出ることが多いのだと、医師のベルンハルトが言っていた。
 エミールも寝たり起きたりの生活で、病気ではないと知っていても体力も気力も疲弊してしまう。
 マリウスの匂いがだめなエミールを気遣って、アマーリエの訪問も遠のいているので、いまはファルケンに縋るしかなかった。

「ルー。なにか、面白い話して」
「無茶言うな」

 エミールの催促にファルケンは苦い表情で答えたが、最近の養護施設での子どもたちの様子を教えてくれた。
 慰問に行けないエミールに代わって、ファルケンがちょこちょこ顔を出してくれているのだ。

 元ヴローム村の子どもたちは幾人かは養子として貰われていったが、施設に残っている子どもも居た。アイクはオメガだから、サーリーク王国が手厚い保護を約束してくれている。働かなくても生活には困らないようだが、彼は施設に残って子どもたちの世話をする側へと回った。アイクと離れるのを嫌がったミアも、幾度か舞い込んだ養子の話を断り、施設で暮らしている。
 その二人の近況や、他の子どもたちのことを話ながら、ファルケンは時折エミールの背を撫でてくれた。

 途中、
「それ以上の接触はやめてくださいよ」
 とスヴェンの注意が飛んできたが、エミールが安心しきっているのが伝わったのか、それ以降はお目こぼししてくれたようだった。

 ファルケンと一緒に昼食を摂り、彼を送り出してからエミールはすこし昼寝をした。
 クラウスの寝間着を抱きしめて眠るのが、すでに習慣となっていた。
 無事に帰ってきてほしい。そう祈りながら目を閉じる。薄くなってきたつがいの匂いを探りながら、いつしかうとうとしていると、常にない慌ただしいノックの音で起こされた。

「エミール様! お休みのところ申し訳ありません」

 スヴェンの声だ。エミールは目眩が起こらないようそっと体を動かして、上着を羽織ってからドアを開けた。途端に、スッとなにかを差し出される。手紙だ。
 受け取って、封筒の裏を見ると、アマーリエの名が書かれていた。

「アマルから?」
「王城から至急の連絡とのことで届きました」
「なんだろ」

 嫌な予感がした。手紙を一度スヴェンに戻すと、彼は素早い手つきでペーパーナイフを滑らせ、封を開いてエミールへと中を見せた。
 便箋が一枚入っている。エミールはそれを取り出し、開いた。

「…………っ!!」

 思わず、声を失った。

「エミール様? なんと?」
「……ラス、が……クラウス様の行方が、わからなくなったって……」
「っ! 失礼します!」

 スヴェンがエミールの手から書簡を奪った。普段であれば考えられぬ無礼な振る舞いだ。しかしそんなことを気にする余裕は、エミールにもスヴェンにもなかった。

「これは……」

 スヴェンの眉が険しく寄せられた。
 アマーリエからの手紙には、騎士団から王城に早馬来たこと、伝令によると駐屯地へ向かったクラウス一行は道中で何者かの襲撃に遭い、それによってクラウスの所在が不明となったということが乱れた文字で記載されていた。
 国王は現在、マリウスとともに事実確認を行っている、という追記もあった。

「エミール様、ひとまず私は、この書簡が本物であるかを確認してきます」
「…………え?」
「これが、真実アマーリエ様がお書きになったものかを確かめてくるのです」

 でも、封蝋にあった紋章は確かに王家のものだ。
 手紙の真贋など、疑いようがないではないか。  

 目が回って、足元がふらついた。
 スヴェンに腕を掴まれた。

「しっかりなさいませ。いいですか、私が戻るまでは休んでいてください。余計なことは考えず、気を落ち着けて、ただ休むのです。できますね?」

 スヴェンがひと言ひと言を区切るように告げてきた。
 エミールは呆然としながら、こくりと頷いた。

「場合によっては王城へ呼ばれます。お着替えだけ、なさっていてください。人手が必要ですか?」
「……自分で、できる」
「結構です。では、行って参ります」
    
 言うなり、スヴェンは身を翻した。
 廊下へ出た彼が、執事になにかを告げながら遠ざかってゆくのが聞こえてくる物音でわかった。
  
 エミールはしばらく自失の体で立ち尽くしていたが、ハッと我に返ると、スヴェンの言いつけ通り着替えを行った。王城へいつ呼ばれてもいいように、身なりを整える。
 ……エミールが王城へ呼ばれるときというのは、どのような事態になったときなのだろうか。
 クラウスが無事だったときか。
 それとも……。

 恐ろしい想像に、何度も手が止まった。
 立っていられずに絨毯にへたり込む。そして立ち上がって着替えの続きをする。そんなことを繰り返した。
 
 どうしよう。どうすればいいのだろう。
 こんなとき、誰をどう頼ればいいのか。
 
 エミールは両手で顔を覆って項垂れた。
 なんの後ろ盾もない自分が、いまできることなんて……。
 
 そのとき、脳裏にひらめいたのは幼馴染の声だった。

(おまえが呼んだら必ず駆けつける。必ずだ)

 五年前の、ファルケンの誓い。

「ルー……」

 そうだ、ファルケンだ。
 クラウスの私兵として、クラウスに仕えている彼なら!

 エミールは居てもたってもいられず、スヴェンの言いつけも忘れて屋敷を飛び出し、ファルケンの元へと向かった。





しおりを挟む
感想 159

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。

水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。 国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。 彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。 世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。 しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。 孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。 これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。 帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。 偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完結】逃亡オメガ、三年後に無事捕獲される。

N2O
BL
幼馴染の年上αと年下Ωがすれ違いを、不器用ながら正していく話。 味を占めて『上・中・下』の三話構成、第二弾!三万字以内!(あくまで予定、タイトルと文量変わったらごめんなさい) ※無事予定通り終わりました!(追記:2025.8.3) 表紙絵 ⇨うつやすみ 様(X:@N6eR2) 『下』挿絵 ⇨暇テラス 様(X:Bj_k_gm0z) ※オメガバース設定をお借りしています。独自部分もあるかも。 ※素人作品、ふんわり設定許してください。

処理中です...