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第三章 紅茶とアップルパイは紅く染まらない
第四十六話 笑わずにいられるか③
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◇◇
ファーリンは薄情にも悩む後輩を置いて、第一隊に合流すべく旅立っていってしまった。
相変わらず掃除や片付けをする日々。『騎士団を変える!』と息巻いているものの、何から手をつけたら良いか全く分からなくなってしまった。
お陰で片付けや掃除の進捗がやたら良い。
そろそろ片付ける場所も無くなり、侍従達の控室に手を出したところで本部から追い出されてしまった。
暇を持て余した騎士一名、やることと言えば王宮のテラスで白紙のノートを前に紅茶を飲むしかなくなっていた。
そこにジェニーが両手に皿を持って現れた。
「アップルパイを焼いたの。リア様、一緒に食べてくれますか?」
「わぁ、嬉しい。わたし落ち込んでたの。スイーツはホントに嬉しい!」
「あら、どうしちゃったの? お腹が空き過ぎちゃったの?」
「偶には悩むこともありますよ! もーっ……」
フォークに一切れ刺して動きが止まる。
「聞いていいですか? 行き詰まった時、ジェニーはどうしてる?」
「行き詰まった時? そうね……」
ジェニーは自分で焼いたアップルパイを真剣に見つめている。それを一口食べてから話し始めた。
「エリックは王宮料理の専門家なの。本国でも名の知れた料理人で、故郷のこの国に帰ってから料理店を営んでいたの」
もう一切れフォークに刺してじっと見つめる。
「あなたのお父様が街で食事をした時に、あまりの美味しさに強引にスカウトしたと聞いたわ」
「へー、知らなかった」
「ふふふ、三日ほど昼夜と通い詰めて説得したらしいの。エリックから『唯一の武勇伝だ』と自慢されたわ」
ジェニーが楽しそうに話す。が、すぐに真剣な表情に戻った。
「私もパティシエールとして本国の有名店で修行して、それなりに自信があるわ。でも……」
「でも?」
「……これは私が焼いたの。美味しい?」
えーっ? この展開……何て答えれば正解なの?
「あっ、普通に答えていいのよ」
普通って……また難しいことを言う。
「んーと、パイはさっくりしてて、それでいて少しモチモチ。りんごの甘酸っぱいのとマリアージュして……美味しい……よ?」
「そう……私もそう思う。でも……これじゃあ新鮮なリンゴやチーズタルトの方が美味しいわ」
あれっ? 私の食レポ失敗?
「アップルパイって保存食的なものじゃ……あれっ?」
「……そうなのよ……」
あれあれ? 何が正解?
困惑しているとジェニーは急に此方に顔を向けて力説を始めた。
「でもエリックの作ったアップルパイを食べた時、衝撃が走ったの! まず、主役はパイじゃないってこと。リンゴをいかに美味しく食べさせるかなのよ。新鮮なリンゴの方が美味しいなら齧れば良い。違うの……火を入れる事で全く別物に変わる」
迫力に押されるわ。ジェニー、その意気込みステキよ。
「『どうやったらこんなに鮮烈な味になるの』って聞いてみたわ。そうしたら……」
「そしたら?」
「答えてくれなかったの」
「えーっ、厳しい!」
「ふふ、レシピは料理人の宝。そう簡単には教えられないわ。あっ、ごめんなさい。私が相談しちゃったみたい。リア様、歳の割に貫禄出てきたから」
少し照れてるジェニー可愛い。エリックとの噂どうなのかな? 違う違う。
「話を戻すわ。私の得意なものは、それでもお菓子作りなの。だから行き詰まっても、悩んでも、お菓子作りの腕を上げるしか無いのよ。だって、それしか私に武器はないのだから!」
やっぱり素敵。美味しいお菓子を作る人に悪い人はいないわ。
「ありがとう。柄にも無く考え過ぎていたわ」
皿に残る最後の一切れを口に放り込む。
「はいふはいへいに……もぐもぐ、ごくんっ……迷いは不要。行動あるのみー!」
「? よかったわ。ふふふ、あの華奢な女の子が、今は騎士ですものね。またお菓子を作ったら一緒に食べましょう」
「はい。約束です!」
よーし、わたしの得意なもの、それは魔導よ。ならば、わたしが鍛え上げなければいけないもの。
決まってる! あのクソ術式達よ!
わたし達の剣が『教会術式』だとしたら、それを研ぎ澄ますしか道は無いわ。
◇◇
そうと決まればっ!
術式の改良について相談、というよりわたし的には討ち入りの気分で首都ナイアリスの大教会に乗り込んだ。
『術式の秘密を解き明かすまでは帰りません!』
なんて言って飛び出してきたわ。カーリンがオロオロしてたもの。
まぁ、許可が出たのは本隊が忙しすぎて新人に構う暇が無いってことらしいけど……。
でも、どうにかするまでは帰らないというのは本心よ! さぁ、突撃ーっ!
「はい。こちらで教本をお配りしております」
「うそーん!」
教科書を配ってた……。なんか、秘密じゃないの、こういうのは。
「秘密にしていては、誰も改良も、作成もできません。我らがイェーレ卿の術式作成の秘技は常人では理解できません」
「じゃあ……誰が理解できるの? 改良できるの?」
「マリータ教の信徒全体で二十名いるかいないか。我がナイアルス公国では誰もおりません」
マリータ教……っていうのはこの世界では俗に『教会』と略してる宗教よ。御神体は『マリタ・ホープ』という秘密の宝石なんですって。
いや、世界に一つしかない大宗教なのに二十人?
「えーっ、じゃあどうすれば……」
「はい。ですので術式の深淵を理解してリア様ご自身が改良なされば良いと思います」
「……」
何か体良く追い払われてる感じよ。
「どこの教会に行っても同じ回答だと思います。帝国本国が術式改良や作成には強いですよ。後は総本山のパスカーレですか。どちらも多額の寄付と共に年月が掛かりますがね」
「……どのくらいの代金と期間がいるのですか?」
「城が二つほど買えるくらいの寄付と、早く見積もって三年ほどです」
「……」
揶揄われてるのかな?
ちょっと斬っちゃおうかな、不敬とか言って。
あっ、殺気を感じたのか慌て始めたわ。
「ほ、本当です! 他の者にもお聞きください。特に『殲滅の浄化』や『天使の仮面』の様なイェーレ卿が作成した術式の改良は大変な労力を要するらしいのです!」
「ふーむ……分かったわ。ありがとう……」
嘘ついてるわけではなさそう。
頭の中を一旦整理したいから、取り敢えず今日は宿に帰ることにしよう。
あっ、教本も持って帰ろっと。
ファーリンは薄情にも悩む後輩を置いて、第一隊に合流すべく旅立っていってしまった。
相変わらず掃除や片付けをする日々。『騎士団を変える!』と息巻いているものの、何から手をつけたら良いか全く分からなくなってしまった。
お陰で片付けや掃除の進捗がやたら良い。
そろそろ片付ける場所も無くなり、侍従達の控室に手を出したところで本部から追い出されてしまった。
暇を持て余した騎士一名、やることと言えば王宮のテラスで白紙のノートを前に紅茶を飲むしかなくなっていた。
そこにジェニーが両手に皿を持って現れた。
「アップルパイを焼いたの。リア様、一緒に食べてくれますか?」
「わぁ、嬉しい。わたし落ち込んでたの。スイーツはホントに嬉しい!」
「あら、どうしちゃったの? お腹が空き過ぎちゃったの?」
「偶には悩むこともありますよ! もーっ……」
フォークに一切れ刺して動きが止まる。
「聞いていいですか? 行き詰まった時、ジェニーはどうしてる?」
「行き詰まった時? そうね……」
ジェニーは自分で焼いたアップルパイを真剣に見つめている。それを一口食べてから話し始めた。
「エリックは王宮料理の専門家なの。本国でも名の知れた料理人で、故郷のこの国に帰ってから料理店を営んでいたの」
もう一切れフォークに刺してじっと見つめる。
「あなたのお父様が街で食事をした時に、あまりの美味しさに強引にスカウトしたと聞いたわ」
「へー、知らなかった」
「ふふふ、三日ほど昼夜と通い詰めて説得したらしいの。エリックから『唯一の武勇伝だ』と自慢されたわ」
ジェニーが楽しそうに話す。が、すぐに真剣な表情に戻った。
「私もパティシエールとして本国の有名店で修行して、それなりに自信があるわ。でも……」
「でも?」
「……これは私が焼いたの。美味しい?」
えーっ? この展開……何て答えれば正解なの?
「あっ、普通に答えていいのよ」
普通って……また難しいことを言う。
「んーと、パイはさっくりしてて、それでいて少しモチモチ。りんごの甘酸っぱいのとマリアージュして……美味しい……よ?」
「そう……私もそう思う。でも……これじゃあ新鮮なリンゴやチーズタルトの方が美味しいわ」
あれっ? 私の食レポ失敗?
「アップルパイって保存食的なものじゃ……あれっ?」
「……そうなのよ……」
あれあれ? 何が正解?
困惑しているとジェニーは急に此方に顔を向けて力説を始めた。
「でもエリックの作ったアップルパイを食べた時、衝撃が走ったの! まず、主役はパイじゃないってこと。リンゴをいかに美味しく食べさせるかなのよ。新鮮なリンゴの方が美味しいなら齧れば良い。違うの……火を入れる事で全く別物に変わる」
迫力に押されるわ。ジェニー、その意気込みステキよ。
「『どうやったらこんなに鮮烈な味になるの』って聞いてみたわ。そうしたら……」
「そしたら?」
「答えてくれなかったの」
「えーっ、厳しい!」
「ふふ、レシピは料理人の宝。そう簡単には教えられないわ。あっ、ごめんなさい。私が相談しちゃったみたい。リア様、歳の割に貫禄出てきたから」
少し照れてるジェニー可愛い。エリックとの噂どうなのかな? 違う違う。
「話を戻すわ。私の得意なものは、それでもお菓子作りなの。だから行き詰まっても、悩んでも、お菓子作りの腕を上げるしか無いのよ。だって、それしか私に武器はないのだから!」
やっぱり素敵。美味しいお菓子を作る人に悪い人はいないわ。
「ありがとう。柄にも無く考え過ぎていたわ」
皿に残る最後の一切れを口に放り込む。
「はいふはいへいに……もぐもぐ、ごくんっ……迷いは不要。行動あるのみー!」
「? よかったわ。ふふふ、あの華奢な女の子が、今は騎士ですものね。またお菓子を作ったら一緒に食べましょう」
「はい。約束です!」
よーし、わたしの得意なもの、それは魔導よ。ならば、わたしが鍛え上げなければいけないもの。
決まってる! あのクソ術式達よ!
わたし達の剣が『教会術式』だとしたら、それを研ぎ澄ますしか道は無いわ。
◇◇
そうと決まればっ!
術式の改良について相談、というよりわたし的には討ち入りの気分で首都ナイアリスの大教会に乗り込んだ。
『術式の秘密を解き明かすまでは帰りません!』
なんて言って飛び出してきたわ。カーリンがオロオロしてたもの。
まぁ、許可が出たのは本隊が忙しすぎて新人に構う暇が無いってことらしいけど……。
でも、どうにかするまでは帰らないというのは本心よ! さぁ、突撃ーっ!
「はい。こちらで教本をお配りしております」
「うそーん!」
教科書を配ってた……。なんか、秘密じゃないの、こういうのは。
「秘密にしていては、誰も改良も、作成もできません。我らがイェーレ卿の術式作成の秘技は常人では理解できません」
「じゃあ……誰が理解できるの? 改良できるの?」
「マリータ教の信徒全体で二十名いるかいないか。我がナイアルス公国では誰もおりません」
マリータ教……っていうのはこの世界では俗に『教会』と略してる宗教よ。御神体は『マリタ・ホープ』という秘密の宝石なんですって。
いや、世界に一つしかない大宗教なのに二十人?
「えーっ、じゃあどうすれば……」
「はい。ですので術式の深淵を理解してリア様ご自身が改良なされば良いと思います」
「……」
何か体良く追い払われてる感じよ。
「どこの教会に行っても同じ回答だと思います。帝国本国が術式改良や作成には強いですよ。後は総本山のパスカーレですか。どちらも多額の寄付と共に年月が掛かりますがね」
「……どのくらいの代金と期間がいるのですか?」
「城が二つほど買えるくらいの寄付と、早く見積もって三年ほどです」
「……」
揶揄われてるのかな?
ちょっと斬っちゃおうかな、不敬とか言って。
あっ、殺気を感じたのか慌て始めたわ。
「ほ、本当です! 他の者にもお聞きください。特に『殲滅の浄化』や『天使の仮面』の様なイェーレ卿が作成した術式の改良は大変な労力を要するらしいのです!」
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