『はっぴー・はんまー』と呼ばないで!苛烈な運命に反抗して『世界で一番幸せな鉄槌』を目指します

けーくら

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第三章 紅茶とアップルパイは紅く染まらない

第四十九話 わたしが関わった全ての人が②

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◆◆

 他の場所でも警鐘が鳴り始めた。それを聞いて慌てて降りてくるニール。

「貴女は一体誰なんですか? 何故……いや、後にしましょう! さぁ、我々も逃げましょう!」
「……少し遅いかもしれん」
「えっ、なんて言いました?」
「よーし、現場はここだな! 死霊どもを黄泉路に返してやれ!」

 後ろからゴート伯の大声が響いた。いつもはネチネチと小言を大声で叫んでいる様子しか知らないが、今は何にせよ心強い。
 チラッと様子を見ると治安守護騎兵隊の名の通り騎兵も三騎ほど、後は随伴騎士として四、五人はいるようだ。

「総員、突撃準備!」

 ゴート伯の大声が響き渡る。
 その声に青くなるカタリナ。

「待てっ! 風の護りはどうした?」
チャージ突撃!」

 騎兵が溢れ始めたゾンビを騎馬で蹂躙し始める。

「むむっ、お前はカタ……」
「早く騎兵を戻せーっ! 全滅するぞ!」
「何を言うか。あんな動きの鈍いヤツらに我が騎兵が遅れを取るとでも……」
「シュルナイテの事例と同じゾンビなら、破裂して魔素を撒き散らすぞ!」
「……な、何だそれは?」

 ゴート伯達は言っている意味が分からない。
 その直後に騎兵の攻撃の当たったゾンビが数体破裂して、体液が広範囲に散らばる。

「クソッ! 守りを固めろ、もう助からん」
「何を言っている! 我が騎兵隊に……」

 叫びながらゴート伯は騎兵達を指差すが、体液を被った馬と騎士は突然その場に崩れ落ちた。

「な、な、何だ……」
「恐らく即死している。ゾンビ化する迄に数日はかかるだろう」

 そうだ。いつもこうだ。無駄な権威主義なのか唯の隠蔽体質なのか、無意味な情報の制限で人が死んでいく。

「何の為の秘匿事項か!」

 倒れたばかりの死体にゾンビどもが群がり始める。争って屍肉に喰らいついている。言葉を失う騎兵とゴート伯。

 その時、溢れかえるゾンビの中を割って一人の修道女が前に出てきた。

「カタリナ様……助けて……助けてください……」

 両手を前に懇願する修道女。

(ま、まさか……まさか!)

「パ、パトリシア……なのか?」

 カタリナも顔を知る奉仕活動にも熱心な若い修道女だ。

(バカな……数日前に元気そうにしていた。救護隊にも所属していた子のはず。不用意にゾンビ化などする筈がない)

「ど、どうした、パトリシア!」

 カタリナが叫ぶのと同時にパトリシアは死んだ騎兵の身に付けていた短剣を拾い上げる。

「悪魔よ! 私の中から立ち去れっ!」

 苦悶の表情のままに叫びながら自らの喉に短剣を突き刺した。

 しかし死なない。
 一滴の血すら出ない。

 すると、突如としてパトリシアの表情が邪悪なものに変わった。

「死ねると思うな。さぁ、もっとだ! もっと絶望を振りまけ!」

 それだけ言うと、また怯える修道女に表情が変わる。

「あぁ、お願い……私を殺して……私を止めてーっ!」

 自分を殺せと懇願する女を見て、恐慌する騎士達。

「ひーっ!」
「化け物だーっ!」

 後退りが始まると、全員逃げ始めた。

「ま、待て……わ、わしを置いていくなぁー!」

 追いかけて走り出すゴート伯。
 パトリシアを見ると、また憎悪に満ちた表情になっている。

「ミューラー家の阿婆擦れか……宿敵をこの手で殺せるとは僥倖極まりない! 貴様も生きる死霊として使役してやる。光栄に思え! はははっ!」

(標的は私か……ならば)

 深呼吸をしてから表情を柔らかくニールに語り掛ける。

「ニール、お前も逃げろ。は分かるな。閃光がいないのなら、奴らを連れてきてくれ」
「貴女はどうするんですか!」

 お前だけでも逃げろ……なんて言っても無駄だろう。チラッと背後を見る演技をする。

「もう少し抑える。隣の地区はまだ避難に時間が掛かりそうだからな……」

 ゾンビ達の食事は終わり、修道女を押し除けるように押し寄せ始める。

「早く行って助けを……」
「私は貴女のような綺麗な女性を放っていくことはできません!」

 本気かっ?
 怒鳴りつけるつもりで睨みつける、が、あまりにも純粋で真剣な眼差しにカタリナは一瞬ときめく。

(なんて可愛い顔で可愛いことを言う……いや、カタリナ耐えろ。ときめいている場合か!)

 割と不埒なことを考えながらニールの顔を見つめる。

(そうか……お前もリアみたいなんだな。後先考えず、打算なんてお首にも出さず、自らの信念だけで動けるのか)

「はははっ!」
「……何ですか?」

 少し不機嫌そうに口を尖らせるニール。

(ふふっ、そんなとこもリアそっくりだ)

 少しだけカタリナの口角が上がる。

(そうか……ならば敬意を称して賭け金を最大限積んでやろう)

「ではニール・バウマン、約束しよう。ここを生き残ったらお前を婿にしてやる!」
「はい? な、なんて……」
「カタリナ・ミューラーがここに誓う。生き残ったらお前を花婿にしてやる」
「……えっ? 花婿?」
「不満か?」
「花婿っ! えーっ! いえ、光栄です!」

 ゾンビが二人に迫るなか、カタリナは花畑で愛を囁くように柔らかな表情のまま、ニールに命令した。

「ニール新米騎士。私を抱きたかったら生き残れ」
「はいっ!」

 二種類の術式に二人分の『風の護り』か……現役でもやったことはないぞ……できるか? いや、後先考えるな!

「お前を『風の護り』で防御する。ゾンビの体液はお前には降り注がん。全力で全て切り払え!」
「はいっ……って、えぇ?」

 カタリナが指でニールの胸元を艶っぽく撫でながら『風の護り』を掛けていく。ニールもしっかり興奮しているのか生唾を飲みながらカタリナの指先を追っている。
 そんなことをしている間にもゾンビは墓地から溢れ出し、既に百体ほどがカタリナ達を取り囲もうとしていた。

(ふふ、『肝が据わっている』のか状況が分かってないのか……思ったより豪胆で良い男なのかも知れんな)

 カタリナも微笑みながらニールと見つめ合う。

「ニール、花嫁を護って」
「はいっ!」

 ニールの剣がゾンビを両断していく。
 数体バラバラにしたところで、パトリシアが憎悪剥き出しの顔でゾンビの群の中から飛び出しニールに組み付く。反撃する為に剣を構え直そうとした瞬間、パトリシア本人の表情に戻った。

「私を殺してください……」
「な、なに? どうすれば……」

 カタリナが叫ぶ。

「そいつはもう助からん! 慈悲があるなら斬り捨てろ!」

 戸惑っているとみるみるゾンビに囲まれてしまうニール。

「ニール、死ぬな!」

 カタリナは反射的に魔導でゾンビを数体吹き飛ばす。その為、術式が解除されてしまう。

 カタリナはゾンビの群れの中のニールに手を伸ばす。二人は指を絡め強く手を握り合う。しかし、術式が無くなった今、ゾンビの群れはどんどん大きくなり、二人を飲み込んでいった。
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