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初恋の人が自罰的だったので溺愛することにした
初めてのキス(2)
しおりを挟むシドが出かけて二日。
リグと付き合い初めて三日目の朝。
自室で相棒に頬をペチペチ叩かれて、うっすら目を開けた。
「何時だ……?」
「ウキキィ! ウキ!」
「七時か……だいぶ起きられるようになったなぁ」
「ンキッ」
というよりも、あれほど起きられなかったのはやはり過労だったのだろう。
起き上がり、軽くシャワーを浴びて体を清め、手早く着替えた。
食堂で食べる気分でもないので、パンをカットしジャムを塗って済ませる。
今更だが、リョウの手作り飯は美味しいし本当にありがたかったんだなぁ、と思う。
キィルーを肩に乗せ、向かった先はリグの部屋。
ノックすると、中から声がしたので入室させてもらう。
「おはよう。ドアに鍵を閉めていないのか?」
不用心すぎないか、という心配からくる第一声だったのだが、リビング代わりの部屋にリグはおらず寝室の方から「問題ない」と掠れた声がして「え?」と思った。
寝室を覗くと上半身だけ起こし、ベッドに座ったままのリグの姿。
目を擦り、機械人形が持つ濡れタオルを受け取ると顔を拭く。
今まさに起きたところのようだ。
「え、えーと。この機械人形は?」
「朝の間だけ面倒を見てもらっている……」
『ハジメマシテ。ローエル ト モウシマス』
「え、あ、お、おお、よろしく。フィリックス・ジードだ。こちらはおれの相棒でキィルー」
「ウキキッ」
機械人形は人間に形がよく似ているタイプ。
マネキンが動いている感じなので、フィリックスはあまり得意ではない。
元々【獣人国パルテ】の召喚魔法師と召喚魔は、【機雷国シドレス】の召喚魔に苦手意識を抱きやすいと言われている。
それは自然豊かな【獣人国パルテ】と、科学で荒廃した【機雷国シドレス】は正反対なお国柄だからだろう。
自分も朝は面倒を見られる側なので、召喚魔にお世話をしてもらうことに関してはなんとも言えない。
「髪を梳かしてもいいか?」
「? ああ……」
やはり好きな人の世話には、フィリックスも多少は参加したい。
サイドテーブルにある櫛を持ち上げて、いまだにベッドの上から動かないリグの隣に座って髪を梳く。
艶のある黒髪。この『エーデルラーム』ではなかなか見ることのない色。
アスカ・ミツルギがハロルド・エルセイドを倒して英雄になる前は黒髪は不吉、と言われていた。
しかし今は英雄と同じ髪色ということで、女性はわざわざ黒髪に染めるほどに人気だ。
地毛がすでに黒い彼のこの髪の色は、初めて会った時から憧れの色。
フィリックスは黒髪が好みなんだね、と言われた時まで自覚はなかったが、確かに初恋の人が黒髪なのでつい目で追いがちではあったかもしれない。
そんな初恋の人の髪をこうして梳いて解かせる関係になれるとは、人生わからないものである。
「綺麗な髪だな」
「特に手入れはしていない……けれど……そうなのだろうか?」
「ああ、艶もあるしサラサラだしいい匂いもするし……」
「……伸ばした方がフィーの好みか? シドみたいに……長い方が?」
「え?」
キョトン、としてしまった。
確かににフィリックスは黒髪が好きだ。
なぜ好きなのかと言われれば、リグが黒髪だからだ。
長いか短いかと言われると、あまり長髪の黒髪にいい思い出がない。
長髪の黒髪同僚が、トラブルメーカーだったので。
「んー、俺が黒髪を好ましいと思うのは、リグが黒髪だったからだしな。リグなら短くても長くてもいいと思う」
「僕が黒髪だから……?」
「うん。自分でも最近まで自覚していなかったんだけど、リグが……だからだな。黒髪だから好きなんじゃなくて、きみだから好ましいのであって、長さは別にこだわりがないというか」
「そうなのか……」
元々サラサラなので、解かしてもあまり変わらない。
ただ、美しい。
櫛を元あったところに戻して、思わず髪に口づける。
すると、ゆっくり振り返って見上げられた。
「ごめん、嫌だったか?」
「別に、嫌では――」
「そうか、よかった」
髪にキスは嫌だっただろうか、と心配してしまった。
けれど、嫌ではないらしい。
安堵すると、躊躇している表情。
無表情ではあるが、だいぶ表情の違いがわかるようになったものである。
「どうかしたのか?」
「……く……口以外にもするものなのだな、と」
「ああ、そういえばキスはする場所によって意味があるとか聞いたことあるなぁ」
「そうなのか?」
「おれも詳しくは覚えてないけれどね。さ、ご飯食べよう。おれは食べてきたけど、おれが作れる簡単なものでもいいかな?」
「君が作るのか?」
リグがそれでもよければ、と聞くと頷かれた。
ただ、なにかを思って俯いていたので「どうかした?」と聞く。
リグがなんとも困ったような顔をしている。
「今日は……その……」
「うん?」
「口にしないのかと……思って」
「え」
口に、なにを、と疑問を口にしそうになってから髪に口づけしたのを思い出す。
昨日もずいぶんキスを「気持ちよかった」と言ってくれたので、もしやと思い唇に左手の親指を添える。
「口にもキスしていいのか?」
「え、あ…………う……して、いい」
目を背けながら本当に困ったように。
けれど嫌ではなさそう。
むしろ、してほしそう。
ベッドに座り直して、顔を近づける。
おとなしく顔を向けて、目を閉じたところがとても可愛い。
多分、まだ「してほしい」と言えなかったのだろう。
自分がなにを望んでいるのかわかっていないし、こうしてほしいけれど自分がなにかを望むのはよくないことだと思っている。
駆け引きでもなんでもなく、“自分から”ということに強い制限あるのだ。
生命維持以外の、彼が人間として望むこと。
少しずつ「なにがしたい」かを考えるようにレイオンに言われているけれど、これはその成果なのか。
唇を合わせて、少し角度を変えた甘いだけのキスをして、顔を離す。
「……したかった?」
「え? あ、え、ええと……」
「多分、したかったんだと思うよ、リグは。嬉しい。おれとキスしたいって思ってくれて」
「そ……そう、思ったのだろうか? 僕が……?」
「聞いてる限りだと、ね。おれは嬉しいよ」
「そう、なのか」
困惑したように眉を寄せている。
自分が誰かにこうしてほしい、と望むこと自体、下手をしたら初めてに近いのかもしれない。
いや、昔は――幼い頃はそう思うことも多かっただろうけれど、叶えられることはなかったんだろう。
だからすっかり忘れてしまった。諦めてしまった。
彼が少しずつ人間らしく自分の欲求を伝えてくれるようになるのが、とても嬉しい。
というか、あまりにも可愛い。
(そうか。おれとキス、したかったのかぁ)
顔の弛みが止まりそうになく、キィルーに引っ叩かれて立ち上がる。
「食事を作ってくるよ」
「あ、ああ。僕は、着替える」
「うん」
ほんのりと目許が朱色だ。
なんて可愛いんだろう、と笑みが溢れた。
簡易キッチンに移動して、棚を確認し、パンをカットして牛乳と卵と砂糖をかき混ぜたものに浸し、フライパンで焼く。
牛乳をコップに注ぎ、収納宝具から野菜を取り出す。
「いい匂いだな」
「本当に簡単なものだけどな」
「ありがとう」
皿の上に置いたフレンチトースト。
それにジャムを添えてテーブルに置く。
席に着いたリグが早速フォークで一口サイズにカットして、口に入れた。
「美味しい」
「よかった」
食器がフォークの当たる音でカチャ、カチャと鳴る。
その音が心地いい。
「リグは今日、なにをするんだ?」
「図書館に入れる本のリストを作る」
「おれも手伝っていいか? 読みたい本をこっそりリストに入れておきたい」
「ああ、僕も……」
嬉しそうだった。
その姿に目を細める。
「――それで、あの……今夜」
「うん?」
「キスと、肌にも触れてみていいだろうか……?」
今朝の反応を考えて、提案してみた。
もう少し深いところに触れてみたい、という欲求。
キョトンとした表情に、慌てて「あ、さすがに下半身までは触らないから!」と訂正する。
そうすると、首を傾げられた。
怪訝そうな表情に「上半身だけ。嫌なら触らない」とさらに加える。
「挿れないのか?」
「挿れ……!?」
「肌に触れるというのは、つまり性行為のことだと思った。準備しておいた方がいいのなら、スライムを召喚しておこうと思う。少し久しぶりだから」
「いや、待っ……そ、そこまではまだ無理だっ! おれが……! 恥ずかしさが残ってるというか……!」
「そうなのか」
小首を傾げるリグに、フィリックスは頭を抱える。
積極的というか、なんというか。
しかし、リグにとって性にまつわるものはすべてダロアログが関係している。
あの幼児趣味で男色家、好みの対象は十歳前後の男の子という変態に五歳から囚われていたリグは、もうその頃から体を暴かれていた。
童貞のフィリックスとはある意味経験の桁が違う。
「じょ、上半身の触れ合いから……た、頼む」
「わかった。……フィーとの交際は僕も初めての経験が多くて勉強になる」
「え、あ、そ、そうか」
またなんとも言えない。
そう思うが、一応おずおずと聞いてみた。
「その、今までおれが触れて、嫌なことはなかったか?」
「嫌なこと……? 特にない。唇でするキスは初めてしたし、気持ちがよかったし」
「うっ! そ、そうか……なら、よかったよ」
安堵と、そして幸せなこの感じ。
嫌がられていないし、ちゃんと受け入れられている。
キスはフィリックスも気持ちがよかったので、今後も積極的に回数を増やしていってもいいのかもしれない。
「じゃあ、その……出かける前のキスもしてもいいだろうか?」
「出かける前のキス……?」
「おれの両親がしていたんだよ。行ってらっしゃいとただいまのキス。仕事に出かける前、玄関でするんだ。当時は恥ずかしい親だな、なんて思ってたけど、今考えると仲が本当によかったんだな……って、ちょっと憧れてるんだ」
「――わかった。どういうものかよくわからないけれど、キスは僕も気持ちいいから」
食事が終わり、部屋を出る前にリグの肩に手を置く。
両親がしていたキスは、頬に唇をつける簡単なもの。
音も立てずに、リグの頬にキスを落とす。
「リグにも、そのしてもらっていいかな」
「今のような感じのものをか?」
「そう。嫌ならいいんだけど……」
「別にいやでは……」
そう言って頬に柔らかな感触。
離れていくリグの顔に、自分の顔が未だかつてないほど熱くなるのを感じた。
「……大丈夫か?」
「いや、えーと……ごめん、ちょっと待って……じ、自分で考えていたより……くっ……う、嬉しかった……」
「そう、なのか」
顔を手で覆う。
正直自分でもこんなにテンションが上がるとは本当に思っていなくて、狼狽えている。
「あ……ありがとう……」
「別に」
そっけない返事で、リグがなんとも思っていないのはわかるのに。
(好きだなぁ)
というのを、ただただ再確認してしまった。
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