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初恋の人が自罰的だったので溺愛することにした
初めてのキス(1)
しおりを挟む隣に座って食事をして、食器を片付けてからまた手を繋いでリグの部屋まで来た。
誰ともすれ違わない。
シドとノインが出かけたあとなので、剣聖、一等級、二等級に配置された五階のフロアはリグしかいない状態なのだから当然か。
「部屋に寄っていくのだろう?」
「あ、ああ。本当にいいのか?」
「? 構わない」
不思議そうな表情で首を傾げられる。
朝からそう約束していたのだから、と招き入れられた。
やはり緊張してしまう。
「じゃあ、その……触る、けど……」
「キィ!」
「うあ!」
肩にいたキィルーが突然腕輪の契約魔石の中にトプン、と入る。
勝手に【獣人国パルテ】に帰った。
気を遣って、二人きりにしてくれたらしい。
気遣いのできる相棒に肩を落とす。
「キィルーは、どうかしたのか?」
「気を遣ってくれたんだと思う」
「なぜ?」
「えっと、こういうのは、二人きりでするものだから、かな」
「そうなのか?」
「うん」
そしてさすがにベッドでするものだということは、リグもわかっていたらしい。
壁で区切られた寝室にスタスタと進み、マントを外す。
上着を脱ぎ、ふと「先に風呂だろうか」と振り返る。
「そ、そこまでは……!」
「そうなのか?」
「さ、最後まではまだ……自信がない……!」
「そうなのか」
ひとまずはベッドに座り、インナーになってからゆるく頬に触れるところから始めた。
白くきめ細やかな肌。
整った顔立ちと、左に流された長い前髪。
初めて会った時に完全に心奪われた紫色の瞳。
輪郭に沿って触れてジッと見つめた。
ふと、リグの手もフィリックスの頬に触れる。
「き――キスしても、いいだろうか?」
「キス、とは?」
「したことはないのか?」
「男の性器を舐めたり咥えたりする行為に準ずる行為の名称だろうか?」
「違う違う違う」
全力で首を横に振る。
変なことを知っているが、変なことを知らない。
本で読んだ知識にもかなり偏りがあるらしく、頭を抱えそうになった。
「く、口づけというやつだ。その、唇を合わせる行為の名称、と言えばわかるだろうか」
「舌を吸う行為とは別なのか?」
ダロアログを殺したい。もう死んでるけれど。
確かに口吸いという名称でも呼ばれたりする、と肩を落としながら、もう一度頬の下の方に手のひらを置く。
そうして、目を閉じてほしい、と頼むとリグはなんの疑いもなく目を閉じた。
これほど素直で純粋な人を、十五年、ダロアログは蹂躙し続けていたのだ。
顔を傾けて、目を閉じる。
「リグ、おれはきみが好きだ」
同じ分。十五年分。
彼が指し示した理想のために努力した時間を無駄だとは思わない。
自分が子どもの頃に願った大人に、なれていると思う。
そうして、あの日に思ったことはもう一つ。
そんな大人になって、あの日助けてくれた初恋の人に褒めてもらいたい。
そんな長くしまい込んでいた想いを全部声と言葉と唇にのせた。
最初は触れるだけ。想像以上に柔らかい。
ほんの少しだけ目を開き、位置を確認してもう一度。
先ほどよりもしっかりと合わせた。
「少し、唇の先を突き出して」
「ん……?」
こうか、と本当に言われた通りに突き出した唇がなんとも可愛らしい。
軽くちゅ、と音を立ててキスをした。
かくいうフィリックスも、ファーストキスだ。
「これがキス」
「もう目を開けていいだろうか」
「ああ」
「……初めてした」
「そうなのか?」
「ああ」
本当にえぐい行為しかしてこなかったんだなぁ、と改めてダロアログに殺意を覚えつつ、それならそれで「リグのファーストキスは、おれ、かぁ?」と頬が緩む。
散々陵辱の限りを尽くされたと聞いていたので、自分が初めてになれるものがあるとは思わなかった。
そう思っていたのも失礼な話かもしれないけれど。
「ええと……その、どう、だった……? 不快感とか、大丈夫だっただろうか?」
しかし、もしかしたら下手だったかもしれない。
キスなんて唇と唇を合わせるだけだろうと思っていた時期もあったけれど、実際にしてみると存外程度が難しかった。
角度も、強さも、想像以上に柔らかくて、弾力もあって、正解がわからない。
それになにより、リグ自身がキスを嫌いかもしれない。
もしリグが嫌がったら、もうしないつもりだ。
フィリックス自身、キスは気持ちよかった――と、思う。
だから拒まれたら、ちょっとだけ残念。
「不快感は、ない。……不思議な感触だった、とは、思う。嫌ではない、と思う。……多分、好ましい」
「ほ、本当か? よかった……!」
「これが、キス……なのか」
自身の唇に触れて、神妙な面持ちになるリグ。
その表情は確かに嫌がってはいない様子で、胸を撫で下ろす。
「もう一度しても?」
「ああ」
ならばもう少しだけ触れたいと思ってしまうのは、仕方のないことなのではないだろうか。
愛おしい人に触れて、唇を合わせたいと思う欲求。
それが自分にもあるなんて少しだけ意外だった。
目を閉じてくれたリグの唇にまた触れる程度のキスを落とし、合わせたまま角度を変えながら感触を楽しむ。
律儀にフィリックスのキスに付き合ってくれる彼が本当に愛おしくて、ほんの少し口を開けて彼の唇を食んでしまう。
とても甘い。
そのまま吸うと、体温が上昇したような気がした。
さらにリグがフィリックスを真似るように少しだけ口を開けて応じてきたので、キスが少しずつ深まっていく。
知らぬ間に彼の手を握り締め、うっすらと目を開けて彼の顔を覗き込む。
ここにきて、二人の向上心と学習能力の高さが如実に効果を出し始めた。
ちゅう、と音が立つ。フィリックスと同じく、リグの視線とも交わる。そうしてますますキスに夢中になっていく。
気づけばキスだけで一時間が過ぎていた。
ようやく唇を離すと、二人して息が上がっていてややぼーっとする。
その頃になるともう、お互いの唇の形、弾力、角度、どうしたら気持ちがいいキスができるのかをだいぶ熟知してしまっていた。
見つめ合ったあと、ほぼ無意識にまた唇を合わせる。
「ん、う……ん……」
「リグ……」
合間に名前を呼ぶと、ぴく、と肩が跳ねた。
可愛い。愛しい。好ましい。
好きだ、と呟き服の裾を引っ張られて思わず肩を掴む。
夢中になりすぎて、危うく押し倒してしまいそうだ。
「……ん……ふぃ、フィー……」
「ぁ……な、に?」
「舌を……入れても、いい……?」
どぎゅん、と胸が一気に苦しく、痛くなる。
こんなに可愛い人が、この世にいてもいいものなのか。
確かにリグはキスこそ知らなかったが、舌を入れられて咥内を蹂躙されたことは数知れず――らしい。
だから、リグの愛らしさに流されそうになったけれど心配になる。
「え、でも、その……大丈夫なのか?」
「フィーとだと、多分……気持ちいい……と、思う」
「っ……!」
そんな可愛いことを言われたら、応じないわけにはいかないではないか。
なにより、ダロアログよりも気持ちいいと思う――なんて言われたら。
「少しだけ口を開けて」
「ん」
顔が近づく。
リグの方からキスをねだってくるのが堪らない。
口を開けたまま、舌を出してリグの咥内に挿し込む。
歯列を超えて、熱い舌に直に触れる。
ただ口づけしていた時とは熱が違う。
リグの舌もおずおずと触れてきて、ざらついた表面をお互いに舐めると脳が痺れるように気持ちがいい。
厚みのある熱い舌が唾液の滑りをよくしているから、どんどん絡み合う。
先程までのちゅ、ちゅ、という小鳥の鳴き声のような音とは違い、じゅる、くちゅ、といういやらしい水音が響く。
潤んだ紫の瞳を見下ろして、不慣れな舌使いで互いを求め合う。
「ん……ん、んっ、ぅ、ん……ンン……んっふ、ぅぅ……ぁ……気持ちいい……」
「はぁ……」
舌をリグの咥内から抜くと、寂しくなる。
頬を撫でると、気持ちいい、と申告された。
「おれも、気持ちよかった」
もっと、と言い出しそうなところで窓の外がだいぶ暗くなっていることに気がついて体を離す。
小さく「どうして」と言うリグに、思った以上に触れてしまったから、と答える。
というか、こんなに先に進めるとは思わなかった。
もっと、軽い最初のようなキスだけで済ますはずだったのに。
「なんだかこれ以上は、その……まだ早いと言うか……色々、準備もしてないし、なし崩しにはしたくないし、自信もないし……」
「そ、そう……なのか」
「けれど、キスがたくさんできて嬉しかった。リグに嫌がられなくてよかったよ。すごく夢中になってしまって、ごめん」
「謝られるようなことはなにもない。僕も、気持ちよかった。唇を合わせるだけなのに、こんなに心地いいものとは思わなかった。ダロアログにされたことと同じこともしたはずなのに、全然気持ち悪くなくて……なぜだろう……」
そう言って唇を指でなぞるリグ。
頬はまだ紅潮しており、扇状的だが目を閉じて耐えた。
これより先は、本当に自信がない。
風呂にも入りたいし、ともう一度キスをしたい衝動を耐え抜いた。
「ずっとしていたい、とまで、思った」
「ううっ」
耐えたはずなのに、またそんな可愛いことを言うので再び天を仰ぐ。
ずるい人だ、本当に。
「じゃ、じゃあ、また明日……キスしてもいいか?」
「明日なのか?」
「う、うん。まあ、その……色々、この先のことは、手順の確認とか、したいから」
「そう、なのか」
「あ! リグがもし、嫌なことがあったら言ってほしい。これはしてほしくないとか」
「そういうのは、別に――あ、一ついいだろうか?」
「なんだ? なんでも言ってくれ」
この先を考えると、キスの先はとりあえず愛撫。前戯だろうか。
また難易度の高いことだ。
キスをもう数回繰り返して、自然に体に触れるようになるまで待つべきか、と考えていたのでリグが嫌がることを事前に聞いておきたい。
一つある、と言うリグの言葉を前のめりになって待つ。
「喉の奥まで性器を挿れられるのは、痛いし苦しいからあまり好ましいと思えない。できればやめてほしい。喉の奥に射精されると、どうしても吐いてしまう……」
「やらないから大丈夫!」
飛び越えすぎである。
応援ありがとうございます!
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