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初恋の人が自罰的だったので溺愛することにした
心の距離
しおりを挟む夕方。
図書館にいるリグを迎えにいくと、朝話していた通りに「夕飯に行こう」と手を繋いでくれる。
昨日、恋人のやることはハグしたり手を繋ぐのが始まり、と言ったのを覚えていてくれたらしい。
(はぁーーーーー……愛しい)
最初から彼のことは憧れであり、初恋の人。
けれど、律儀なところが自分に対して発揮されるとこれほど愛おしさが強くなると思わなかった。
頭を抱えてしまったフィリックスに、リグが首を傾げる。
「なにか間違えたか?」
「い、いや。ええと、でも一応、食堂までにしよう。食堂は他に人もいるし」
「そうだな」
「リョウちゃんは、今日は一緒じゃないのか?」
「ジンが帰ってくるらしいので、玄関ホールで待っていると言っていた。多分もう帰っているのではないだろうか。無事に昇級の課題をこなせているといいが」
「まあ、ジンならきっと大丈夫だろう。おれもレイオンさんにそろそろ昇級試験の許可をもらえたらいいのだけれど」
と、話しながら食堂に向かう。
手の温もりがじんわりと混じりあい、同じ温度になっていくような感覚。
少しだけ低い位置にある彼の顔を見ながら、今日どのように過ごしていたのかを聞いてみると、賢者ファプティスとお茶を飲みながら色々な話をしてから図書館の資料をついに半分を読み終えた――という。
自由騎士団本部の図書館は、規模の割に蔵書が非常に少なく本棚は三つも埋まっていない。
なので、リグは図書館にはあまり行かずにゆっくり読書を楽しんでいた。
しかしいよいよ読むものがなくなる、と目を伏せっている。
フィリックスもそれなりに読書は好きなので、図書館の蔵書の少なさは問題視していた。
レイオンに相談しても、脳筋が多い自由騎士団の図書館に蔵書を増やしてほしいと懇願しても、どんな本を集めればよいか誰にもわからなかろう。
「これから召喚魔法師を増やす予定だし、図書館も召喚魔法に関する本を増やしてもらう方がいいよな? レイオンさんに相談してみよう。本はおれが見繕ってくるってことで」
「出かけるのか?」
「いや、学生時代に読んだ本のタイトルをいくつか覚えているから、レイオンさんに注文してもらえるように頼むよ。リグもタイトルを覚えていて、図書館に入れてほしい本はレイオンさんに頼むといいんじゃないかな」
「なるほど。わかった、そうしてみる。アーヴェンル・ヴァッファの『空間図形理論』やクルーガー・ニドヴァスの『魔石図鑑』はまだ読んだことがないので読んでみたい。オルヴォッド・ニーアンの『戦界イグディア武具図鑑』などは騎士たちにも興味を持ってもらえるのではないだろうか」
「ああ、それはおれも読んでみたかったやつだ。それに『戦界イグディア武具図鑑』懐かしいな。召喚魔法師学校の図書館で三回くらい借りて読んだ。面白くって自分でも買ってみようと思ったんだけど、高くて手が出なかったんだよなぁ。18,000ラームとかしてさ」
「そんなに高いのか」
買い物を覚えたリグは、だいぶ単価についても理解している。
本は基本的に嗜好品であり、文献資料の類。
貴族しか読まないため高額だ。
リグの半端ない知識量は、違法召喚魔法師が作った研究資料などが多く、またダロアログが自分の犯罪の手伝いをさせるために貴族の屋敷から盗んできた本を与えてそこから得たもののようだ。
貴族の中でも本を好んで読む者は少ないため、本を盗んでもあまり表沙汰になることがなかったという。
貴族の腐った部分がこんなところにも出ていて一瞬頭を抱えそうになる。
これならば、まだ違法召喚魔法師の研究資料の方が有益であったかもしれない。
「自由騎士団は寄付や任務で成り立っている部分が大きいから、あまり高額なものを頼むのは気が引けるけれど」
「利益を出すと権威に引っ張られるからか」
「ああ、一応自給自足が基本だが、資金源は為政者からファプティス様への相談料と冒険者協会からの協力料、空間倉庫の巻き物の売上、討伐魔獣の部位、エファリア様の公演料とからしいからなぁ」
「エファリア・リール……世界一の歌姫か」
「ああ、おれも一度聞いてみたいものだな。今はレンブランズ連合国にいるんだったっけ」
エファリア・リールは二十年前にハロルド・エルセイドを倒したアスカ・ミツルギとともに戦った英雄の一人。
セイレーンと契約したレンブランズ連合国出身の元奴隷であり、色々と複雑な事情があるらしい。
しかし現在は世界一の歌姫と呼ばれ、その美貌と共にエーデルラームでもっとも憧れの女性とされている。
自由騎士団最強の資金源でもあり――なにを隠そう自由騎士団最強の一角、剣聖レイオンの妻だ。
娘と息子が一人ずつおり、エファリアと共に旅をしている。
なお、苗字が違うのはレイオンとエファリア二人の希望。
エファリアは元々奴隷であり苗字などとは無縁であった。
そんな彼女がセイレーンのエールと契約したことはまったくの偶然であり、一時的に犯罪組織にも囚われていたため当然貴族籍は持ち合わせないし奴隷出身者はたとえ召喚魔と契約しても貴族籍は与えられない。
それは世界の共通法で定められており、彼女の苗字は彼女の恩人貴族が死ぬ間際に遺した娘――エニーの両親のもの。
実子であるレオンには父方の苗字クロッスを名乗らせ、エファリアは娘と共にリールの性を名乗っている。
そのあたりも、色々と複雑らしい。
「レイオンさんのご子息は今三等級だったかな。ノインが『レオンはとても努力家』と言っていたから、いつか剣聖になるのかもしれないなぁ」
「ノインと喧嘩にならないのだろうか」
「ああ、まあ……それはおれもそう思うけれども……」
実の父とほぼベッタリの弟子。
しかも、生まれながらの天才騎士。
実子のレオンとしては、どう考えてもノインは目の上のたんこぶなのではないだろうか。
それとも、割り切っているのだろうか。
成人していると聞いているので、ちゃんと割り切っているのかもしれない。
若干、ノインのお気楽な性格から敵意に気づいていない可能性も否めないためフィリックスも言葉を濁す。
残念ながら会ったことがないのでなんとも言えない。
「よお、二人はやっとこさ付き合いだしたんだって?」
「え? あ、ああ」
食堂に着くと手を離し、食事を作るシェフに注文をする。
その時、シェフの一人にそう声をかけられた。
告白したのはこの食堂なので、噂が回るのも早かろう。
困惑しながら返事をすると「おめでとうさん」とにっこり笑顔で祝福されて頬を掻く。
「騎士ジードはここに来た時から男の[異界の愛し子]様に熱烈だったもんなぁ」
「いや、まあ、それは、なんていうか……自分が一番しんどい時期に助けてくれて、生き方を示してくれた憧れの人であって……」
「色々言われるだろうけど、俺は祝福するぜ。同郷だしな」
「あ、ありがとう」
そう言ったシェフは奥の同僚たちをチラリと見る。
自由騎士団は、世界中からやむにやまれぬ事情で行き場を失った者を保護することもしている。
かつてユオグレイブの町のスラム街にいた者たちも、子どもを中心にレイオンが本部で引き取った。
今は麓の村に学校と孤児院を建てて、そちらで生活している。
麓の村の一つは、本部と共にそうして行き場をなくした者たちの保護施設のようになっているという。
そのため、ウォレスティー王国、レンブランズ連合国、エレスラ帝国の三つの国からそれぞれ集められて生活している。
本部の、食堂や清掃員などのサポート要員も三国出身者が混じり合って生活していた。
文化の違いも当然多く、エレスラ帝国の平民は男同士の婚姻を忌避する地域もあるため、こういう言い方をしたのだろう。
フィリックスがそんなことを考えていると、リグは俯いて無表情になっていた。
不思議に思って声をかけようとしたが、別のシェフが「はいよ」と注文した定食を差し出してくる。
「犯罪者の息子がいいご身分だよな」
フィリックスが思わずその言葉に顔を向ける。
睨むように見るとすぐに最初に話しかけてきたシェフが定食を差し出してきたシェフを咎めた。
「おい、よせ。犯罪者の息子だから犯罪者ってことはないだろう」
「でも実際シド・エルセイドは賞金首だったじゃないか。俺は今でもあんな野郎が剣聖だなんて認めたくないぜ。その弟だろう? [異界の愛し子]だとしても、結局はそういう血筋だろう?」
「彼に直接なにかされたわけでもないんだったら、そういうことを言うのはよくない」
「そうだぜ、ボリー。大人しくて文句が言いやすいって、顔に出てる。剣聖エルセイドにはなにも言ったことないじゃないか」
別のシェフまで口を挟み、悪態を吐いたシェフの肩を掴む。
それを無理やり引き剥がして、舌打ちしたシェフは奥に消えていく。
「ああ、食事の前に気分を悪くさせてすまないな。エルセイド殿、どうか許してやってほしい。彼は断酒して機嫌が悪かったんだ」
「謝罪は不要だ。思うところがある人間がこの世に多くいるのはわかっている。配慮の言葉感謝する」
そう言っているけれど、その表情は再会した時のそれだ。
自分の罪を過剰に認知して、自罰的になっている。
――フィリックスもまた、ハロルド・エルセイドによって人生を狂わされた一人だ。
幼い頃に両親を、ハロルドの暴挙で流れてきた召喚魔に殺された。
両親を殺した召喚魔に対する憎しみを募らせ、ジュエルドラゴンを倒そうとして返り討ちに遭い、あわや……という時に助けてくれたのがリグだ。
ジュエルドラゴンはフィリックスの両親を殺した召喚魔ではなかったし、流入召喚魔も無理やりエーデルラームに連れてこられて混乱しているだけ。
流入召喚魔たちも被害者の側。
召喚魔も話せばわかる生き物。
実際、リグがジュエルドラゴンに話しかけて鎮静化させ、頭を撫でながらフィリックスの話も聞いてくれた。
親を殺された憎しみも、悲しみも、誰も聞いてくれなかった苦しい部分を全部初対面の彼が聞いてくれたから救われた。
自分だって両親を殺したのとは違う召喚魔を襲おうとした。
そんなの、訳もわからず故郷から連れ出された召喚魔にとっては立派な『話の通じない加害者』ではないか。
そう自覚した時、わかりあう側になりたいと思った。
彼のような――。
(ああ……どうしたらいいんだろう)
ハロルド・エルセイドのせいで人生を狂わされた者は多い。
だから彼が自罰的なのは仕方ない。
シドのように割り切っている方がすごいのだ。
でも、必要以上に自分を責めるのもよくないと思う。
二人とも生きるために迫られて犯罪に手を染めた。
普通の人間以上に、シドとリグは生きづらかったはずなのだから。
「……おれはリグに幸せになってほしいよ」
応援ありがとうございます!
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