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初恋の人が自罰的だったので溺愛することにした

デート未経験者

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「そ、そう。リックってば顔デレッデレなんだけど?」
「い、いやぁ。……あ、そういえばお前らにはまだ話してなかったけど――おれ、リグと恋人になったから」
「「「「え?」」」」
 
 親指を立てたフィリックスに対して、ミルアたちが声を揃えた。
 直後「ええええええええ」と大声を出したのはミルア。
 あまりの大声にオリーブとスエアロ、キィルーが耳を塞いだ。
 真隣のオリーブと聴覚も優れる獣人のスエアロとキィルーは大ダメージだろう。
 
「リグさん、こんな仕事人間でいいのぉ!?」
「恋愛感情自体よくわからない。シドも『人間的な経験が不足しているから、これも勉強だと思って』と言っていた。フィーもそれを了解の上、恋人になるということになっているし」
 
 と、そこまで言うと視線を彷徨わせる。
 どうしたの、とフィリックスが覗き込むとリグは言いづらそうにしているので、おそらくまた言葉を選んでいるのだろう。
 こういう時は、ゆっくり待つに限る。
 
「……恋人らしいことが、できているのか……わからなくて……それは、申し訳ないと思っている……」
「そんな……!」
 
 なんてことを言われて驚いた。
 彼とは十分、恋人らしい生活をしていると思う。
 特に、夜に関して。
 今夜も、昨夜以上のことをしようという約束をしたばかり。
 
(いや、でも……確かにセックス以外の恋人っぽいことはしていないかも……)
 
 と思い至る。
 リグの言っていることは多分、性行為以外のことだろう。
 たとえば――デート。
 デートはさすがに本部内ではちょっとできない。
 したとしても、散歩の部類。
 いや、散歩も立派なデートだろうけれど。
 
「……じゃあ、今度シドかノインに頼んで三合目の町『ルソル』に行ってみる?」
「え? だが……」
「あー、いいんじゃない? リョウちゃんも最近退屈そうだし。ボクとシドも長距離任務のあとだから、一週間くらいゆっくりできるし。じゃあ明日行く? あ、リョウちゃんのスケジュールも聞いておきたいし……明後日とか?」
「そうだな。買いたいものをリストアップする時間もあるし……リグは、どう? 興味はあるんだろう?」
 
 フィリックスがリグを覗き込むと、眉を寄せて本当に困っている。
 デートに興味があるかというと、したことがないからわからない、が正解の気がしてきた。
 
「わからないのなら、してみたら? その……デート。おれもリグとデートをしてみたいな、と思うよ」
「え……あ……そ、そう、か。そうだな。わかった」
 
 それもまた勉強。
 それもまた学び、だ。
 リグの手をそっと握って言ってみるとオドオドしながらも、握り返してコクリと頷いてくれた。
 
(かわ…………)
 
 目を閉じて天を仰ぐ。
 こんなに愛らしい人が、この世に存在するのか。と。
 
「……まあ、元々デレデレだったしね。よく付き合えたなぁ、と思うけれど」
「っスね。おめでとうございます、フィリックス先輩」
「そ、そうですわね。よかったですわ、おめでとうございます」
 
 スエアロすらなんにも言わない。
 フィリックスはリグと再会した時から、ずっと好き好きオーラが出ていた。
 全員にそんな目で見られてなんとも言えない表情。
 
「じゃあ、明後日ね。今日と明日はなにするの?」
「今日は届いていた本の整理かな。おれは新人の召喚魔法師が来ているって話だから、彼らとも面会しておかないといけないんだよね。ミルアたち、今日の予定がないならリグの護衛を頼めないから?」
 
 リグのことを頼むのなら、ミルアたちなら安心だ。
 ミルアたちにも、近く昇級試験を受けてもらわなければならないだろうけれど。
 
「今日一日くらい大丈夫よ。でも、できれば施設の中を教えてもらえたら助かるかも。見習いって男子寮と女子寮に分かれてて、使える施設も限られてるらしくて早くも迷ってるのよね」
「じゃー、ボクが案内するよ」
「ありがとう~! やっぱりノインは頼りになるわね!」
 
 と、いうことでノインがミルアたちを案内することに。
 リグと離れるのを惜しんでいたスエアロだが、本部の中を迷子になるわけにもいかないのでスフレについていく。
 彼らを見送ってから、リグが目に見えてしょんぼりとしているように見える。
 
「図書室に行く?」
「ああ」
「――図書室でルソルの町に行った時に、デートでどんなことをするか、とか……考えたてみる? おれもデートはしたことないからわからないんだよね」
「フィーも、デートしたことないの、か?」
「ああ。学生時代は勉強漬けだったし、就職後も過労レベルの仕事漬けだったからな。恋人もリグが初めてって言ったろ?」
「あ……」
 
 小さく「そうか」と言って頰をほんのり赤ているリグに、それはもう、心の底から「可愛い」と思う。
 さすがに人目の多い食堂なので、手の甲だけ触れて離れる。
 
「ウザ……」
「シド」
「お、おはよう」
 
 ノインが起きているのだから、シドもそりゃあ起きているだろう。
 というか、ノインはシドの監視役のはずなのにシドが普通に一人で歩き回っているのはこれいかに。
 と、思ったのだがリョウがシドの後ろをついてきた。
 
「リョウ、おはよう」
「おはよう、リグ。おはようございます、フィリックスさん」
「おはよう、リョウちゃん。二人は今から朝食?」
「はい。私はリグに比べて魔力の回復が遅いから、おあげとおかきの結界で長めに眠らないと次の送還の儀式に間に合わない気がして……」
 
 ああ、とリグと顔を見合わせる。
 ちらほら、次の送還の儀式の時に帰還を希望している召喚魔が、麓の町に現れ始めているらしい。
 リグとリョウの魔力が完全回復するのに一ヶ月以上はかかるので、彼らにはそれだけ待ってもらうことになるけれど。
 
「あ、リョウちゃん。さっきミルアたちが合流してきたんだ」
「え! ミルアさんたちが!?」
「うん。あとで会ってあげて。あと、明後日三合目の町ルソルの町に行く話になっているんだけど、リョウちゃんはなにかほしいものある? 一緒に行く?」
「え!」
 
 最近本部にずっといるでしょ、とフィリックスが言うとわかりやすくソワァ……としている。
 やはり年頃の女の子に山頂の城缶詰は退屈だったのだろう。
 ユオグレイブの町に比べて退屈だ。
 
「そんな、でも、いいんでしょうか?」
「いいんじゃねぇの。っていうかリグ、お前も行くつもりか?」
「え、ええと……シドが行かない方がいいというのなら――」
「そうは言っていない」
 
 と、言ってシドが見たのはフィリックス。
 行くのか、という眼差し。
 それに対して頷いて見せる。
 
「ああ、リグには色々経験させてやりたいだろう? その……デートもしてみたいな、って話をしてて」
「あーーー。ふーーーん。あっそぉ。いいんじゃねぇの」
「デートかぁ……私もしたことないかも」
「あ、そうか。リョウちゃんたちも付き合い始めたのは自由騎士団フリーナイツ本部に来てからだっけ」
「はい。あ、でも夜の中庭とかはひと気もなくて、よかったですよ」
「夜の中庭かぁ」
 
 それはいいことを聞いた。
 本部内でもデートができる。
 今夜もリグの部屋に行くつもりだが、その前に中庭デートでムードを盛り上げてからでもいいかもしれない。
 
「ルソルの町は立ち寄っただけでよく覚えていないんですけど、どんな町でしたっけ?」
「おれも閑散としていた思い出しかないな」
 
 デートするにしても、町のことを覚えていなかったからシドを見る。
 任務で外へ出る時に、必ず下山の際立ち寄る町だ。
 一度しか通っていないフィリックスたちよりも詳しかろう。
 
自由騎士団フリーナイツの入団試験が始まる町だな。あそこから直線で登れるクソみたいな階段がある」
「「「階段?」」」
「猿騎士は通っていないが、幅一メートルしかないのに傾斜六十度はあるド級階段がな……ある」
 
 聞いた瞬間フィリックスとリョウの顔色が悪くなる。
 傾斜六十五度って言った?
 頭おかしいだろ、その傾斜。
 落ちたら一巻の終わりだ。
 
「も、もはや岩壁登りでは?」
「あれを登り切ったら『賢者の問答』以外の実技試験全部免除になるんだと。まあ、あれを登れたら確かに不要だろうな」
「わ……わあ……」
 
 ゾッとする。
 しかし言っていることもわかってしまう。
 シドもノインも、その階段登れるんだろうなぁ、とわかるので。
 
「ってそうじゃなくて、もう少しデートスポットっぽいのないのかよ」
「ンー。俺も興味ねぇからなぁ……」
 
 がっくり項垂れる。
 シドも確かにそういうのは興味がなさそうである。
 
「ああでも、定期的に市場が出るらしい。山の中腹より上は水も物質も貴重品だから、そこで買い込むんだとさ。そういうのはどうだ」
「市場か。それは面白そうだな。ユオグレイブの町とは違ったものがたくさん売っていそうだな」
「ああ、自由騎士団フリーナイツ入団希望者が集まる町だから、武具や食糧の買い込みでそれなりにデカい規模の市場だったはずだ。色気のあるものは売ってなさそうだがな」
 
 そう言われると確かにあんまり期待はできなさそうである。
 けれど、本部に引きこもっているよりは楽しめそうだ。
 
「食材とか見てみたいです。私の世界の料理の再現ができるかもしれないですから」
「リョウちゃんの世界の料理! ワショクだね」
「はい。……最近半熟卵や温泉卵が懐かしいなって思っていて」
「半熟卵? 危ないよ?」
「そうなんですよねぇ。私のいた国では卵が生で食べられるくらいしっかり消毒されて売られていたから、絶対加熱前提っていうのが……。半熟卵の味玉とか、本当に美味しいんですけどね」
 
 もったいないです、と頰に手を当てて語るリョウ。
 まだまだ、リョウの世界の料理には再現不可能なものがあるらしい。
 聞いてみるとぜひ食べてみたいと思うのだが。
 
「食材を見て、再現できそうなものがあれば再現してみたいですね」
「じゃあ、リョウちゃんも一緒に行くってことでオーケー?」
「はい! ぜひ!」
 
 決まりだ。
 それじゃあ、と当日の予定を話し合ってから、リグと図書室に向かう。
 図書室では仕事をしながらデートのプランも考えなければな、と思った。


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