【R18】黒曜帝の甘い檻

古森きり

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第22話

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 その感情の正体も上手く掴めないまま、そして再び黒曜帝がヒオリの下へ通わなくなり一週間が経つ。
 議会は紛糾しており、各国の代表者や、軍部、政務の補佐官などは最初こそ反対していたが三日も過ぎれば掌を返す者が続出した。
 それはヒオリと同じく『あの皇帝は言っても無駄だ』と早々に彼を理解して諦めた者たちだろう。
 建前上、三日程度は反対した、という者だ。
 中でも大臣たちの諦めの速さは笑いが溢れるレベルだったそうで、黒曜帝は上機嫌だったとか。
 白髪の世話係が頭を抱えて教えてくれるので、会った事もない大臣たちの姿が目に浮かぶようだった。

「まだ反対しているのは保身と暗殺の準備を進めている者でしょうね」
「暗殺……」

 茶髪の世話係がお茶を茶碗に注ぎながら口にした言葉を繰り返す。
 こらこら、と白髪の世話係が茶髪の世話係を嗜める。
 あまりヒオリに過激な事を言うものではない、という意味だろう。

「なんにしても、陛下は人の反対など聞いているようで聞いておられん。一週間では準備もろくに整えられんというのに……」
「現地が阿鼻叫喚になりますよね」
「…………」

 赤毛の世話係が頭を抱えて首を振る白髪の世話係へ、冗談めかしてそんな事を付け加える。
 もちろん阿鼻叫喚は異形に襲われて、ではない。
 ろくな準備もなく皇帝を迎え入れなければならない事へ対する、現地の者の悲鳴を指す。
 今の時点では「本当に来るのか?」と困惑している程度だろう。
 物資も食糧もどの程度かは分からないが、とても国で一番偉い人を出迎えられる状態ではないはずだ。
 あの皇帝はそれを分かっていて行くと言っているのだろうが。

「あの、僕を連れて行くと言っていたのは……」

 そしてこの件はヒオリにも無関係ではない。
 白髪の世話係が言うには、皇帝はヒオリを連れて行くと言っていた。
 そちらの件も議会に上がったはず。
 聞けばガックリと肩を落とす白髪の世話係。
 その両隣の赤毛と茶髪の世話係はなんとなく苦笑いしている感じだ。

「そちらも、押し通りそうですな」
「! では、僕も……」
「ヒオリ様の故郷にはすでに宣言書を飛ばしており、新しい人質も不要、と」
「…………」

 ヒオリは死なせないから新しい人質は要らない。
 他国も黙れと、言わんばかりの横暴ぶり。

「さすがは皇帝陛下」

 誰にも逆らわせない。
 それが皇帝が皇帝たる所以。
 少し楽しそうな赤毛の世話係の声。
 ずっと頭が痛そうな白髪の世話係。

「我々もついて行く事を許されましたらよいのですが」
「問題はなかろう。世話役は必要だ」

 茶髪の世話係に頷いて、暗に見張り役も兼ねている事を伝える白髪の世話係はついに腹を撫で始める。
 これは胃まで痛み出したのか。
 なんとも可哀想になってきた。

「……嬉しそうですね、ヒオリ様」
「え?」

 無意識に顔が笑っていたらしい。
 頰を両手で包むと、確かに少し緩んでいた。

「……ええと、まあ、その……外の世界は、久しぶりなので……? 二度と出られないと思っていましたから……?」
「まあ、そういう事に致します」
「…………」

 出る。
 人質宮ここから、出られる。
 人質となったあの日から、人質宮ここに入ったあの日から、二度と出られないと思っていた。
 思わぬ形ではあるものの、外の世界へ——。
 いや、やはり喜んでなどいられない。
 行き先は『魔窟』から溢れる異形が蔓延る東の国『エンラン』。
 身を守る術はあると思っているが、異形相手にどこまで通じるだろうか。
 そう考えたら居ても立ってもいられない。

「け、剣の稽古を、します!」
「おや?」
「外へ出るのなら……東へ行くのなら……自分の身は、最低限自分で守れるようになりたいのです! 稽古をお願いします!」
「…………。かしこまりました、ヒオリ様」
「では、我々は水をお持ちしましょう。水分補給はきちんとなさらないと」
「陛下は明日にでも発つと言い出しそうですから、旅の準備も進めておきますね」
「は、はい!」




 ***



 ダークグレーの髪が揺れる。
 屋根の上に降りた二人の少年。
 いつも顔にかけた布はめくり上げられていた。
 同じ顔が揃う。
 ヒオリの稽古の様子を上から眺めながら、無表情の二人は口を開く。

「陛下は東に行く」
「エンランを助けてくれる?」
「分からない。分からない」
「ヒオリ様は必要?」
「分からない。分からない」
「故郷を助けてくれる。黒曜帝出来ない」
「出来ないだったらヒオリ様に手伝ってもらおう」
「賛成。賛成」

 頷き合う。
 二人の故郷は『エンラン』だ。
 気が気ではなかった。
 そんな中、黒曜帝は自ら現地へ赴くと言う。
 それもなぜかヒオリを連れて。
 白髪の世話係が言う、黒曜帝がヒオリに『エンラン』を救うところを見せるのだと。
 それが本当なら双子も喜ばしい。
 だが、『魔窟』や異形の恐ろしさは大陸を跨いで轟くほどだ。
 本当に出来るのか。
 二人は目を細める。
 故郷に帰れる、またとない機会。
 たとえヒオリの世話係にされた事が黒曜帝、もしくはあの男の掌の上だとしても、二人は故郷へ帰りたい。
 この機を逃す手はないのだ。
 必要ならば、皇帝に溺愛されているあの少年を攫って——。


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