【R18】黒曜帝の甘い檻

古森きり

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第21話

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 その翌日だ。
 すでにいつも通り黒曜帝の姿はなく、兄弟のような世話係がヒオリの体を拭いて服を着せていく。
 自分の快感は享受出来ないが、黒曜帝が気持ちよさそうに目を細めていたのを思い出すと胸が熱くなる。
 口の中を犯す熱。
 無意識に唇に触れて、あの味を、熱を、形を思い出していた。

「ヒオリ様」
「!」

 やや嗄れた声がヒオリを我に返す。
 見上げると白髪の世話係が増えている。
 兄弟のような二人は一度頭を下げて下がり、朝食を取りに行った。

「おはようございます」
「おはようございます。……さて、少々困った事になりました」
「?」

 なにやら重苦しい声だ。
 困った事、とは。
 首を傾げて「どうしたのですか」と聞くと、一拍の間。
 その間が不気味だった。
 ヒオリが身を固くするのに十分なほどに。

「……陛下がヒオリ様を視察に連れて行くと言い出しましてね」
「え!? …………、……え? え? ……し、視察というのは……」
「ええ、まあ、前回の視察など無論流れました。今回の視察の話はおそらく今日、議会にて陛下が言い出される事と思われます。行き先は『魔窟』……東の国『エンラン』」
「!」

 ドクドク、と胸が鳴る。
 黒曜帝が、陛下が、あの方が……。

(あの人が、『魔窟』に……!?)

 なぜ。
 疑問には呆気ないほど即座に答えが出る。
『皇帝だから』だ。
 しかし、皇帝自ら『魔窟』の視察など……。
 その疑問にも即座に答えがでた。
『血』だ。
 黒曜帝は前帝もまた自ら前線に赴き、一騎当千の戦果を挙げるような方だった。
 好戦的で、かつ、部下を極力危険に晒さないようにする戦い方。
 むしろ自分が先陣を切り、部下の手柄まで掻っ攫うような。
 あまりにも血の気が多く、かつ、残虐非道と呼ばれた前帝。
 その血を受け継いでいるのだ、あの方は。
 心臓がばく、ばくと鳴り響く。
 あの皇帝なら間違いなく言う。
 実行する。
『魔窟』に飛び込む。
 数千、数万の異形の巣へ。

「…………」


 嫌だ。


「ヒオリ様」
「っ!」

 頭を、心を支配した拒絶感、恐怖。
『魔窟』が現れたと聞いた時以上の衝撃だった。
 恐る恐る、白髪の世話係を見上げる。

「大丈夫ですか」
「……は、はい……でも、あの、まだ議会で承認されたわけではないんですよね?」
「ええ。ですが……陛下を亡き者にしたい者たちは反対などせんでしょう」
「…………」

 どく、どく。
 心臓が、胸が……痛いほどに鳴る。
 この大陸の覇者を、邪魔者と思うなど。

「なんだかんだと言いながらも、最後は承認されるはず。今日の議会で陛下が提案され、承認されるのはおおよそ一週間後。その間にお考えが変わられるとは思えませんが……」
「…………」

 そうだろう。
 黒曜帝はそんなに簡単に自分の考えを変えるような人ではない。
 胸を押さえる。
 ……痛かった。

「ヒオリ様をここから連れ出すのだけは……」
「!」

 ハッとする。
 そういえば最初にそんな事を言われていた。
 ヒオリを連れて行く、と、
 その言葉に胸の痛みがずっと消えていく。

「あ、ぼ、僕は……構いません! ……あ……でもあの……」

 黒曜帝の側にいられる。
 その喜びからつい声を出してしまった。
 しかしすぐに自分の立場を思い出す。
 ヒオリは人質としてここにいるのだ。
 人質が、いくら皇帝が望んだからといって戦地に赴くなど許されない。
 大体ヒオリが連れていかれる事を許されるのなら、他の人質も連れていかれて然るべき。
 そしてもしも人質になにかあれば、その人質の母国は黙っていない。
 国に損害賠償を求めるなり、独立を求めるなりし始める。
 それは秩序の乱れだ。
 人質を皇帝の自由で殺しておいてなんの損害賠償もしなければ、他の国も騒めき出す。
 それでなくとも今は『魔窟』で軍備の抜け目が目立つ。
 こっそりと蓄えておいた武器や資金を、人質死亡を理由に反乱に使うかもしれない。
 そんな隙を与えてはいけないはずだ。
 ヒオリの故郷は小国なので、とてもそんな大それた事はしないだろうし、出来ない。
 だが、ヒオリがここから連れ出されて死ねば、故郷がなにも言わなくても大国と呼べるだけの国土や権限を持つ他国はなにか言い出す。

「…………いえ、やはり、あの、僕は……」
「ヒオリ様が聡明でいらして助かります。……しかし、陛下は聞かんでしょうな」
「っええ!」

 なぜそんな事に。
 驚いて聞き返す。
 白髪の世話係は左右に首を振った。

「ヒオリ様が『魔窟』のせいで苦しむ民を慮って陛下を拒まれるからでしょう。それならばさっさと『魔窟』など燃やしてしまえ。そして、直接ヒオリ様をその場に連れて行き、『魔窟』が消えるところを見せてやろう、と」
「な、なぜそんな事を思いつくのですか!」

 ありえない。
 ヒオリはただの人質だ。

(僕は、ただの)

 人質。
 国を守るための人柱。
 複数の国が一人の皇帝を支えるための『約束』の証。

「…………なぜですか……」
「? ヒオリ様……」

 頭を抱えていた。
 涙が溢れていた。
 どうしてだろう、ヒオリ自身にもよく分からない。
 ただどうしようもなく、どうしようもなかったのだ。
 感情が自分でも理解出来ず、ただ、堪らなく。
 つらいような、悲しいような、嬉しいような、そんななんとももどかしいもの。

(これは…………なに?)



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