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報告と診察
しおりを挟む「淫紋」
「淫紋」
「………………」
師であるレイオンと、リークスとガーウィルの前でついにノインの状態をシドが報告した。
おうむ返しに聞いてきたレイオンに、シドが改めて告げる。
意味が多分、わかっていない。
「えげつのねぇ条件で発情期の雌犬も真っ青なぐらいに発情させられそうだったが、俺なりの知識で最小限の被害に抑えた。これからリグにも見せるが、おそらく完全に除去するのは無理だろう」
「無理なのか?」
「第二異次元――人工子宮と紐づけられていて出産しなければ外れないようになっている。一日に一度50ほどの魔力を注げば発情が落ち着くようにはなっているが、普通の第二異次元妊娠に必要な魔力量よりも多い量だ。これに対応できる召喚魔法師は二人以上。自由騎士団本部にいる人間だと俺と猿騎士とリグだけだな。男の魔力限定だから」
「な、っん……!?」
顎が外れそうになっているレイオンに、シドが淡々と告げていく。
さらに研究施設の調査結果も、同じく事務的に報告した。
リークスとガーウィルは自分たちの集めた資料を読んでも、研究施設の研究内容はわからなかったらしくシドの報告を聞いて顔色を悪く、表情を険しくする。
その研究内容からの、ノインの状況。
レイオンもどんどん表情を強張らせた。
「なるほど……ロラ・エルセイドか。存在しているのは知っていたが、ハロルドの妻……その研究施設とはな」
「俺も存在自体は知っていた。ここまでトチ狂ってたのは初めて知ったけどな」
「お前とリグはロラに育てられたわけではないのか」
「物心つく頃にダロアログに施設から連れ出された――のは、なんとなく覚えている。でもその施設の中も機械人形が俺たちの世話をしていた、ような気がする。リグの感情が希薄なのはダロアログが接する前からだった。機械人形たちの影響が強いんだろう」
「そうだったのか。それで、施設解体のために解体ロボの召喚……か」
「ああ。あとクソガキの治療もリグに任せる。リグの一日の魔力回復量は100前後のはずだから……まあ、魔力回復が遅くはなるけどな」
それは仕方ないな、とレイオンも納得してくれる。
フィリックスのおかげで回復は順調だったらしいが、普段よりも遅れそうだ。
「騎士エルセイド、ノイン様の……その、発情は我々では治められないのか?」
そう聞いてきたのはリークス。
ノインがビクリと肩を跳ねさせて、シドの側に近づく。
その顔色を見てから、シドが冷めた目をリークスへ向ける。
「お前、自分の魔力量わかるか?」
「え? 確か、最後に測った時は16、と」
「なら、お前の魔力四日分だ。お前と同じ魔力量の騎士が四人必要ってこと。それがこいつの一日一回分」
「っ……」
「それと、魔力の譲渡は魔力操作に長けていないとできない。お前、自分の魔力の動かし方とかわかんの?」
「そ……それは……」
「普通の召喚魔法師でも任意の魔力量の移動は難しい。猿騎士もできるかどうか……確認は必要だが、まあ、あの猿騎士は教えればすぐ覚えるだろう。だが普通はそこまでできる者はいない。専門家に任せろってこと」
「わ――わかった」
ミルアは女なので論外としても、おそらくスフレもできないはずだ。
おとなしく引き下がったリークスに、ノインが安堵の息を吐く。
「報告は以上。なんかあるか?」
「ノインの淫紋とか魔力とかは、リグに任せれば改善されるものなのか?」
「俺ではわからない部分も、アレなら解析できる。だが除去は無理だろう」
「子を産まなければ除去できない、と言っていたな。その……毎日魔力を注いだら……できちまうんじゃあないのか?」
「まあ、できるだろうな」
「っ」
見下ろされるノインが、またビクッと体を跳ねさせた。
急に恐ろしくなり、自分の腹を撫でた。
シドに三日分、魔力を注がれたのだ。
このまま続ければ、いつか――。
(でも、それってボクとシドの子ども、ってこと……?)
そう思ったら、急に不安が和らぐ。
不思議とそれは嫌ではない。
「だがさっきも言った通り通常の第二異次元よりも、必要魔力量が多い。どれだけの日数注いで出産に至るのかがわからない。元々あの女の実験用の第二異次元で、淫紋同様改造されている。淫紋を通して“人間”に限定したが、本来は魔獣や召喚魔に魔力を注がせるためのもので容量がかなりでかい。……興奮した魔獣なんか相手にさせていたら、母体の方が先にぶっ壊れるだろうに……」
「む、むう……」
「あ、あのさ、シド」
「なんだ」
手を掴んで、レイオンとの会話に割って入る。
こんな時に言ってもいいのか少し考えたが、第二異次元は出産すれば除去できる。
それなら――。
「赤ちゃんを産んだら第二異次元を取れるんでしょ? じゃあ、ボク……赤ちゃん産むよ」
頭の中は単純にシドと子どもを作れる、という独りよがりなもの。
けれどその考えを見透かされたのか、心底軽蔑したような眼差しで見下ろされて、なにか悪いことを言ってしまったのかと怯んでしまう。
「軽々しく言うな、ガキ」
「な……!」
「産んだら終わりじゃねーんだよ。ガキがガキなんて育てられるわけねぇだろ」
「……あ……」
そう言われてようやく“産んだあと”のことに思い至った。
――その子どもがどんな人生を送ろうが興味がない。“生み出すこと”が目的なんだ。
施設の中でシドが言っていた言葉。
親の顔も知らずに育ったシドとリグ。
生まれながらに大罪人の子どもとして、ダロアログに連れ回されながら普通の子どもが両親の愛に包まれながら育てられる、その愛も知らずに生き延びることに重点をおいて生きてきた二人。
ノインもある意味親に捨てられた身ではあるが、それまでは極々普通の一般家庭で育った。
両親は優しく、愛情深く育ててくれた。
ちゃんと覚えている。
赤子は産んだあと、親が食事も排泄も風呂も睡眠もすべて世話をして一人でできるようになるまで守るのだ。
(赤ちゃん……ボク……)
育てられるのか?
自問自答してすぐに心と頭が「無理」と判断する。
シドの腕を掴んでいた手を離して「ごめんなさい」と謝った。
シドとの子どもなら、ほしい。
でも育てるとなると自信がない。
少なくとも赤ん坊の育て方は想像もつかないかった。
「まあ、あと第二異次元は今道からのアクセス制限をかけている。俺では三十日間しか時間を稼げなかったから、リグに頼んでもう少し長い期間に書き換えてもらえばいい。再稼働時期の再設定を不可にできれば、第二異次元は完全に停止して除去せずともないも同然になる。……まあ、こちらはリグの診断次第だな。再稼働不可は難しいようにも思う」
「えーと……」
「簡単に言うと魔力を注いでも第二異次元には流れ込まない。女の安全日みたいな感じだな。一日一度の発情は第二異次元ではなく淫紋の方の機能だから話は別」
「なるほど」
淫紋は発情させて第二異次元に魔力を注がせるためのもの。
その第二異次元が、現在はシドの上書きにより機能を一時的に停止している。
最大一ヶ月ほどしか機能停止はできなかったが、リグならもっと長く機能停止にできるかもしれない、という話らしい。
(な、なんだ。じゃあシドとの子どもって結局は今無理なんだ……)
心の中で少し、残念に思ってしまう。
子どもができても困るのに。
それでも素直に拗ねたような表情になってしまうのは、仕方ない。
(なら、今のうちに子育てとか勉強しておこうかな……)
と、考え直す。
なぜ無理なのかといえば知識がまったくないからだ。
勉強して、多少の知識があれば「イケる」と思えるかもしれない。
幸い半年ほど前からリグとフィリックスが図書室に本を仕入れて、充実させようとしている。
子育て本など、依頼してみようと思う。
「その辺りのことは儂にはさっぱりわからんし、お前さんに任せてもいいか?」
「俺も、多分猿騎士も【神霊国ミスティオード】の知識は期待しねぇ方がいいぜ。リグに丸投げだな」
「うーん。まあ、儂等よりは断然マシだろう。ノインもひとまず体調について様子見だ。わかったな」
「あ、は、はーい」
師にそう言われてハッとする。
シドとエッチして子どもを産んで育てることしか頭になかった。
というよりも――
(第二異次元が動いてないなら……妊娠しないなら……シドはエッチしてくれてもいいのでは?)
指でイかされるばかりで、犯されたい欲求がちっとも晴れない。
悶々としている体はいよいよ頭にも心にも侵食してきている。
ジトッとシドを見上げていると、睨み返された。
大方「今日の分は終わってるのになんだ」とか「子どもの件反省してないのか?」という感じだろうか。
師の部屋から出て、シドがそのまま「リグのところに行くぞ」と言うので唇を尖らせつつ「はぁい」とついていく。
リークスとガーウィルがついてこようとしたので「二人はもう休んでいいよ」とやんわり断ってリグの部屋に向かう。
「リグ」
「リグさーん、いますー?」
ノックするとフィリックスの声で「待ってたよ」お返事が返ってきて、ドアが開く。
紅茶のいい香りが漂ってきて、ノインはシドの後ろから部屋を覗く。
テーブルには紅茶とクッキー、ケーキ、マカロンが並ぶ。
この二人、なんだかんだリョウと同じくらい料理ができる。
一人暮らしが長いからだろうけれど、ついにお茶菓子まで作れるようになっていたらしい。
キッチンからリグが焼きたてのパウンドケーキまでカットして持ってきて、あまり甘いものが得意でないシドはジト目になっている。
「シド用にコーヒー味にしてみた」
「あ、ああ……」
はい、と焼きたてを一つ口元へ差し出すので、そのままパクリと一口。
難しい表情のまま「まあ、うん。うまい」と言う。
「それで、任務帰りですぐに僕に用とは?」
「まあ、なんか面倒なことになったんだが――」
シドの説明は、かなり簡略化されたものだった。
リグに色々知らせたくないと言っていた通りロラ・エルセイドのことは伏せ、ノインの症状だけ的確に説明する。
それを聞いたリグが「なるほど」と頷いて、ノインをソファーへ促す。
「お腹を見せてほしい」
「は、はい」
「触るぞ」
「うん」
上着を脱ぎ、インナー姿になってから腹が見えるように捲り上げる。
しかし恥骨の部分なので、ズボンも少し下げた。
リグがうっすら見える淫紋に触れると、じんわりと熱が腰の奥から生まれて声が漏れる。
「あっ……」
「――これは……シドが調整したのか」
「なにか失敗していたか?」
「いや。僕が調整するところがない。これ以上どうにもできるところはないな」
「マジか。もう少し発情頻度を減らすとかは……」
「淫紋の性質上、これ以上頻度を減らすことは無理だな。発情の強さは魔力供給がなされないと、強くなっていくのもまた性質上仕方ない。魔力供給は第二異次元が稼働停止中なので、淫紋維持に回されて、発情回数が増えるか発情の強さが上がってしまう。ノインは魔力を蓄える体組織が生まれつきないので、全部淫紋に回収されるから普通の人間よりも強く発情してしまう。もちろん心身の年齢もあるが」
「え、えーと……」
思わずフィリックスに通訳を頼む。
フィリックスが簡潔に「手の施し用がない。ノインの体質と年齢的に、発情しやすい」と教えてくれた。
「それにしても魔力量が50も必要って、そんなに必要なのか? 召喚警騎士と騎士丸々一人分だぞ」
「第二異次元と淫紋の維持用だと思う。それにプラス、胎児生成には倍以上が必要となる。第二異次元の妊娠には総魔力量が伝承級を召喚するほど必要と言われているので、毎日の魔力供給が必須なのだ」
「うぇ……!? そ、そんなにかかるのか!?」
「命を作るのだから、そのくらいは必要なのだろう。女性の妊娠よりも融通が利く分、確かに実験にもよく使われるが数ヶ月毎日性交が必要なため母体には非常に過酷だ」
何度目かのゾッという寒気。
数ヶ月、毎日。
そして魔力供給者によっては、一日複数人との性交も必要となる。
「今はシドが第二異次元を稼働停止にしているが、それも三十日が限界。正確には二十六日後にまた稼働停止の命令を書き込まなければならない」
「や、やっぱり妊娠して出産するのが手っ取り早い……?」
「まあ、それはそうだが……君の年齢を思うとオススメはできない」
「なんで?」
「成長しきっていない体には負担が大きすぎる。君はそれでなくとも幼少期からの訓練で、見た目の割に筋肉の密度が高いせいで成長が人より遅い」
「え? そ、そうなの?」
「自覚がなかったのか? この国の人種の十五歳平気より、一年ほど成長が遅いように見える」
シンプルにショックを受けた。
そんなこと初めて言われたし。
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