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5話
しおりを挟むお兄様ですら難しいお顔をされている。
私には近藤さんのスキルが[略奪]だったのは、なんとなく納得なんだけれど。
聖女らしいかと言われると……うん。
「歴代の聖女様や勇者様は、どのようなスキルをお持ちだったのですか?」
「そうだな、聖女は主に[広範囲治癒]や[全異常状態解除]、[呪い解除]などもお持ちだった。勇者であればどんな剣でも聖なるものとする[聖剣]や[経験値倍増]など。中でも強力で絶対的なものとされているのは[浄化]だ。戦わずに魔獣や邪霊獣を[浄化]して消し去ってしまう」
「わあ……それはすごいですね」
魔獣や邪霊獣を[浄化]してしまうなんて!
それがお父様たちの望む“当たり”なのだろう。
郁夫や近藤さんは完全なる“ハズレ”って感じだもの、お父様の様子を見るに。
まあ、お兄様の話を聞くと納得。
とはいえ、勝手に召喚しておいて当たりハズレと決めつけるのは失礼すぎない?
私が転生者だから、そう思うのだろうか?
「では、今回の勇者様や聖女様は元の世界にお帰りになるのですか?」
そもそも帰れるものなのかな?
でも、郁夫がもしも前世の私と結婚前だったら帰ってないとおかしい。
結婚後……私の死後だとしたらあんなにテンション高く、近藤さんにデレデレ鼻の下伸ばしているのはそれはそれでムカつく。
「どうだろうな……帰るためには同じ年月魔力を蓄積した魔石が必要になる。しかも今回はお二人だ。二人分と思うとどちらかは十年、待たなければなるまい。さすがに“次回分”の魔石を使うとも思えない」
「え、またいずれ【召喚】が行われるのですか?」
「当然であろう! なにを馬鹿なことを言っている! これだから女は」
「っ」
お父様がイライラしながら怒鳴る。
おかげで寝ていたリオハルトが起きてしまった。
部屋の中で「おぎゃー!」と泣き始めたリオハルトに、お父様はさらに苛立って「出ていけ! うるさい!」と叫ぶ。
だ、だからそれがよくないのです!
も、もおぉ……。
「部屋の外を散歩してまいります」
「では一緒に行こう」
お兄様もこんな苛立ったお父様と同じ部屋にはいたくないのだろう。
立ち上がって、城の裏庭へと一緒に来てくれた。
腕の中を揺らしながら「大丈夫よ」と声をかけるけど、なかなか泣き止んでくれない。
困ったな……。
「あれ?」
「!」
ガサガサと音が聞こえて、お兄様が私を守るように立つ。
庭の茂みから出てきたのは郁夫。
私の前世の夫だ。
どうしてここに?
「勇者殿? なぜこんなところに……。お部屋で説明を受けているのではなかったのですか?」
「いやー、[超身体強化]ってのを試してみたら、吹っ飛んできちゃってさ~」
「ふ、吹っ飛ん……?」
相変わらず適当な説明ばかりして。
呆れていると、泣いている赤ん坊を抱いている私を、覗き込んでくる。
「わあ、可愛い! 赤ちゃん? 君の?」
「は、はい」
思わず知らない人のフリをして答えてしまった。
でも仕方ない。
やはりさっきの今なので「気持ち悪いおじさん」が先立つ。
私の体——アンジェリカが若いせいもあると思う。
……けれど、もしかしたらリオハルトが前世の私たちの子、晴翔だと気づくだろうか?
それなら、この嫌悪感も消えるかもしれないし、改めて名乗り出ても大丈夫かもしれない。
勇者としてこの世界からなかなか帰ることができないのなら、もう一度郁夫のことを信じて、この子の父親として……っというのは、虫がいいかしら?
「実は俺も子どもがいたんだ」
「え?」
子どもが、いた?
過去形?
いえ、リオハルトが私の腕の中にいるのだから、そんな予感はあった。
でも、ずっと考えないようにしていた。
心臓がうるさい。
どこか祈るように、聞いてみる。
「お子様は、どうされたのですか……?」
「いやー、それが……俺が出張に行ってる間に嫁が死んでてさ……赤ちゃんが嫁の遺体に潰されて、窒息死してたんだよね」
「っ……!」
全身が見えないものに押し潰されそうなほど、苦しい。
この人、なんでヘラヘラ笑いながらそんなこと話せるの、とか……私のせいで晴翔まで死んでいた、とか……ショックなことが一気に襲ってきたからだ。
立っているのがつらい。
お兄様が私の体を支えてくれなければ倒れていた。
「そ、それは……心中、お察しいたします……。しかし、妹は子を産んだばかり。そのような話はご遠慮願いたい」
「あー! そ、そうだよねごめんごめん! いやー、死んだ子がそのくらいだったからつい!」
晴翔……私の死体が、潰して殺してしまった。
リオハルトの体を抱きしめて、何度も「ごめんね」と呟くと、小さな手が私の頬を撫でる。
見下ろすと「きゃぁ」と笑われた。
さっきまであんなに泣いていたのに、まるで私を慰めてくれているみたいだ。
……違うのだろうか。
晴翔だって死にたくなかったんじゃないの?
あっちで、もっと生きていたかったでしょう?
だって晴翔も生まれてきて半年くらいだったじゃない。
そんなダメな母親だった私のところに、それでもまた、私の子どもとして生まれてきてくれて……本当にそれでよかったの?
それとも、また、私のことを“親”として選んでくれたの?
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