“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました

古森きり

文字の大きさ
6 / 42

6話

しおりを挟む

 都合がいいとは思いつつも、そんなことを思ってしまう。
 リオハルトは、“私の子ども”になってくれたんじゃないか、って。

「ともかく、城の者を呼んでまいります。お部屋に案内させますのでこちらでお待ちください。アンジェリカ、兄は少し離れる。ベンチに座っていなさい。勇者殿は年若い娘に狼藉は働かないでしょうから」
「えっ、いや、そりゃもちろん!」
「私なら大丈夫です。お兄様……」

 お城には初めて来た。
 それに、リオハルトも抱えているし、倒れかけたばかり。
 本当なら見知らぬ男性と私を二人きりにはしたくないのだろう。
 けれど、足元のおぼつかない私を一人置いていくのも、三人で歩いて城の者を探すことも難しいと判断したのだ。
 私のせいで、申し訳ない。
 それでもやはり心配なのか、ぎろりと強く郁夫を睨みつける。
 へらへら笑って度々振り返る兄を見送る郁夫。
 これを見ると、兄が不安がるのも無理はない。

「ねぇねぇ、この世界って魔法があるんだよな? モンスターとかいるんだよな? 君は見たことある?」
「い、いえ、私は……」
「冒険者とか冒険者ギルドとかもあるの!?」
「あ、あると聞いたことはあります……」
「くぅー! ますます漫画やアニメみたいだぜ! そういえば君なんていうの? 俺はイクオ・ヨシナっていうんだけど」
「え、ええと……」

 すごくグイグイくる。
 そして元妻だからこそわかるわ。
 この男は今、若い女の子と二人きり——正確にはリオハルトもいるから三人だけれど——で、話していることに喜んでる。
 鼻がぷくっと膨らんでいるので間違いない。
 喜んでいる時の特徴だもの。
 そしてわざわざ『イクオ・ヨシナ』と苗字と名前を逆にして名乗っているあたり……浮かれているわ……。

「そ、そうだ、イクオ様は今おいくつなんですか?」
「俺? 俺今四十!」

 それってもしかして私が死んで間もなかったりする?

「お……奥様とお子様が亡くなったとお聞きしましたけれど、いつ頃……」
「あー、一ヶ月前かな」
「っ」

 私と晴翔が死んで一ヶ月しか経ってないの?
 やっぱり【召喚】は時空が歪むのかしら?
 ……で、妻子が死んだばかりのテンションではないわよね?

「それは、おつらい時期ですね」
「あー。まーねー」

 軽……。
 反応軽すぎない?
 ちょっと本当に私と晴翔、死んで一ヶ月の郁夫?
 無理してテンションを上げて、空元気を振りまいているようにも見えない。
 へらへら笑いながら、「まさか家に帰ったら嫁と子どもが死んでるなんて思わなくてさぁ」と言い出す。
 それはそうだと思うけれど……。
 いや、それはそうだろう。
 私だって死ぬと思わなかった。
 晴翔まで巻き込んで死んでしまうなんて、悔やんでも悔やみきれない。
 唇を噛んで涙を堪える。
 今、腕の中にいるとはいえ、晴翔……苦しかっただろうな。
 ごめんね……ごめん……!!

「まあ、来年千春ちゃんと再婚予定なんだけどね」
「!」
「いやー、別れてほしいって言い出しづらかったんだけど、まさか死ぬなんてなぁ~! あはははは……。世の中都合よくできてるもんだよね~」
「…………」

 頭を掻きながら、笑いながら、この男はなにを言ってるんだろうと凝視した。
 郁夫は、確かに出会った頃からこういう性格だった。
 いい意味でなんでも明るく捉える。
 私は自分がとてもネガティブな人間だと自覚してたから、そんな郁夫のポジティブさに惹かれた。
 この人となら、笑いの絶えない幸せな家庭が築ける——って。
 それなのに、なに?
 どういうこと?
 なにを言われているの?
 別れるつもりだった?
 千春ちゃんって近藤さんのことよね?
 会社の、私の後輩の近藤千春ちゃん。

「…………え……ちはる、って、せ、聖女、さま?」
「そうそう」
「な、長く、おつきあい、されてるんですか……?」
「いやー? 一年くらい?」
「……え? お、奥様とお子様が亡くなられたの、一ヶ月前って……?」
「あ、やべ。あ、う、うん! ごめん間違えた! つき合って一ヶ月くらいだった!」

 体が——怒りで震えて、涙が出てきそう。
 つまり、なに?
 この人、私の妊娠中から、近藤さんと不倫してたってこと?

「……え、無理……」

 気持ち悪い。
 気持ち悪い……気持ち悪い!
 無理、無理、無理、無理!
 この男の近くに、一秒だっていたくない!

「す、すみません。私、やっぱり兄を探しに行きます。勇者様はしばらくこちらでお待ちください」
「え? 体調悪いんじゃないの? 大丈夫?」
「はい。ご心配ありがとうございます」

 この瞬間ほど、侯爵令嬢として教育を受けたことを無駄ではなかった、と思ったとこはないかもしれない。
 笑顔を貼りつけてリオハルトを抱いたまま立ち上がり、城の通路へ向かう。
 さすがに一人残されては困る、と言わんばかりに郁夫が後ろからついてきたけれど、あなたと一緒にいたくないんだってば!

「勇者様はあちらのベンチでお待ちください」
「いや、でも」
「お待ちください」

 強く言葉にすると、後ろから「アンジェリカ」とお兄様の声がした。
 振り返ると使用人を連れて、お兄様が駆け足で近づいてきてくださる。

「お兄様」
「お待たせしました、勇者様」
「お迎えが遅れて申し訳ございません! すぐにお部屋にご案内いたします!」
「あ……」

 改めて郁夫——勇者に頭を下げて、私はお兄様と家に帰った。
 もう二度と、あの男の顔を見たくない。
 馬車の中でずっと怒っていた私に、お父様すら珍しく気まずそうな顔をしていた。
 おそらく前世と今世あわせても、私はこの時ほど腹を立てていたことはないだろう。
 そして、これよりも腹の立つことは……多分、生涯ないと思う。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。  虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】 【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

処理中です...