“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました

古森きり

文字の大きさ
11 / 42

11話

しおりを挟む
「っ!?」
「!?」

 もう、頼れるものが……縋るものが郁夫しかいない。
 これは賭けだ。
 しかも、負ける可能性の方が遥かに高い。
 けれど諦めるわけにはいかない。
 リオハルトを、今度こそ守る!
 そのためなら頭のおかしい女にでもなんでもなる。
 私を裏切ったあなたに縋ることだって厭わない。

「お願い! リオハルトを助けて!」
「勇者様、お部屋へお戻りください。娘と孫はこれから私と家へ帰りますので」
「あ……あの、こ、殺されるとか、助けてとか……そのー……」
「ははは、そんなはずはありますまい。どこの世界に我が子と孫を殺そうとする親がおるのですか? 勇者様の世界はそのようなことが?」
「い、いやー……まあ、そ、そうですよね?」
「郁夫!」
「……っ」

 私の訴えを、目を背けて聞き流す。
 あなたは、あなたは……!

「助けて……っ」

 前世で裏切ったこと、私は今も許せない。
 その気持ちが、あなたに伝わったのだろうか?
 許せないのは、私の心が狭いせい?
 そのせいで私はリオハルトを守れないの?
 郁夫の不倫を許せたなら、あなたはリオハルトを助けてくれる?

「お願い、不倫してたことも、怒ってないから……だから……リオハルトだけは助けて」

 心の中では許せない気持ちの方が勝ってる。
 それでもリオハルトだけは。

「……あ、あの……お、オムツ……」
「む?」
「お、俺、元の世界で少しだけ自分の子のオムツとか、替えたことあったから……そのー……ぬ、濡れタオルあった方が助かって……それで、その、これ、ぬ、濡らしてきたタオル……使うかなぁ、って……」

 ゆっくり、顔を上げた。
 へらへら笑う郁夫。
 それを、こともあろうに父の手に渡す。
 リオハルトを抱く私ではなく、父へ。
 私の言葉は?
 あなたはどうして私たちを見ようとしないの?
 そんな人だったの?
 そんな……こんなに、お願いしても……無駄、なの……?

「郁夫……」
「そ、それじゃあ、あの、、お父さんと仲良くね! またね!」
「……郁夫……」

 膝をついたまま視界が真っ暗になった。
 彼は私とリオハルトを見ない。見なかった。
 そうなのね。
 あなたはこんなにも……私たちに興味がなかったのね。
 どうでも、いい存在だったのね……。

「…………」
「立て。帰るぞ」

 愉悦を含んだ父の声。
 腕を掴まれ立たされる。
 馬車に乗せられ、私とリオハルトが降ろされたのは夕闇に染まりつつある森の入り口。

「こ、ここは……」
「エイシンに『お前は前任勇者の聖剣を取りに行った』と伝える。こう言えばわかるだろう? いいか、たとえ本当に前任勇者の聖剣を持ち帰っても、二度と我が家の敷居は跨がせんからな! お前は用済みだ! もうなんの価値もない! せいぜい家の迷惑にならんところでのたれ死ね!」

 それが私に望むことですか。
 それがトイニェスティン侯爵家に、私ができる最後の方法。
 私だけでなくリオハルトも?

「お、お父様、いえ、侯爵様、リオハルトも……ですか……?」
「当然だ馬鹿者! 『天性スキル』を持って生まれてきたからとて、神の子、異界の子など誰が信ずるものかよ! 気色が悪い! 女が一人で妊娠できるはずもなかろう!」
「!」

 つまり、父はずっと……ずっと……私が誰が、男遊びで子を宿したと?
 そう、思い続けていた?
 ああ……そうか……それでは仕方ない。

「……わかりました。今までお世話になりました。お母様や使用人の皆にも、お礼をお伝えください。お兄様には、『アンジェリカは必ず勇者の聖剣を持ち帰ります』と。……どうぞ、お願いいたします」
「ふん! 殊勝なことだ。いいだろう! ではな!」
「はい」

 スカートの裾を摘み、頭を下げる。
 そろそろリオハルトのミルクの時間。
 私はあまりお乳が出る方ではないけれど、この子を飢えさせることはないと思う。
 この人にはなにを言っても無駄だから、さっさと別れてリオハルトを安全に寝かせられるところを探さなければ。

「……リオハルト、大丈夫よ。私、今度こそ絶対にあなたを育てて見せるわ……」

 言葉にして、それでも状況は最悪で。
 私はこの子を育てるどころか……今夜を生き延びられるかどうかすら怪しい。
 着の身着のまま連れ出されて捨てられて、リオハルトのお世話をするのもままならない。
 けれど、やるしかないわ。

 ……もう、誰かに期待するのは、やめよう。
 この子は、私一人の力で育てよう。

 そう決めて、まずは寝床になりそうな場所を探した。
 お腹が空いてきているけれど、父の馬車が去った方とは逆の道を進んでみよう。
 つまり、森の中へ続く道だ。
 馬車が一台通れるほどの広さ。
 道は舗装されているわけではないが、まったく使用されていないわけでもない。
 定期的に荷馬車が通るのだろう、道の真ん中に草は生えているが、獣道というほどでもなかった。
 この道の途中に寝られる場所があればいいんだけれど。

「ふぅ……ふぅ……」

 お腹が空いた。
 でも大丈夫、耐えられる。
 途中、リオハルトが泣き出したので授乳して背中をトントン叩く。
 ゲップを確認してからスカートのエプロンを破いておんぶ紐にして背負い、進む。
 夜になり、肌寒くなる。
 リオハルトはすやすや眠っているから、今のうちに寝られるところをどこか……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。  虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】 【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

処理中です...