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11話

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「っ!?」
「!?」

 もう、頼れるものが……縋るものが郁夫しかいない。
 これは賭けだ。
 しかも、負ける可能性の方が遥かに高い。
 けれど諦めるわけにはいかない。
 リオハルトを、今度こそ守る!
 そのためなら頭のおかしい女にでもなんでもなる。
 私を裏切ったあなたに縋ることだって厭わない。

「お願い! リオハルトを助けて!」
「勇者様、お部屋へお戻りください。娘と孫はこれから私と家へ帰りますので」
「あ……あの、こ、殺されるとか、助けてとか……そのー……」
「ははは、そんなはずはありますまい。どこの世界に我が子と孫を殺そうとする親がおるのですか? 勇者様の世界はそのようなことが?」
「い、いやー……まあ、そ、そうですよね?」
「郁夫!」
「……っ」

 私の訴えを、目を背けて聞き流す。
 あなたは、あなたは……!

「助けて……っ」

 前世で裏切ったこと、私は今も許せない。
 その気持ちが、あなたに伝わったのだろうか?
 許せないのは、私の心が狭いせい?
 そのせいで私はリオハルトを守れないの?
 郁夫の不倫を許せたなら、あなたはリオハルトを助けてくれる?

「お願い、不倫してたことも、怒ってないから……だから……リオハルトだけは助けて」

 心の中では許せない気持ちの方が勝ってる。
 それでもリオハルトだけは。

「……あ、あの……お、オムツ……」
「む?」
「お、俺、元の世界で少しだけ自分の子のオムツとか、替えたことあったから……そのー……ぬ、濡れタオルあった方が助かって……それで、その、これ、ぬ、濡らしてきたタオル……使うかなぁ、って……」

 ゆっくり、顔を上げた。
 へらへら笑う郁夫。
 それを、こともあろうに父の手に渡す。
 リオハルトを抱く私ではなく、父へ。
 私の言葉は?
 あなたはどうして私たちを見ようとしないの?
 そんな人だったの?
 そんな……こんなに、お願いしても……無駄、なの……?

「郁夫……」
「そ、それじゃあ、あの、、お父さんと仲良くね! またね!」
「……郁夫……」

 膝をついたまま視界が真っ暗になった。
 彼は私とリオハルトを見ない。見なかった。
 そうなのね。
 あなたはこんなにも……私たちに興味がなかったのね。
 どうでも、いい存在だったのね……。

「…………」
「立て。帰るぞ」

 愉悦を含んだ父の声。
 腕を掴まれ立たされる。
 馬車に乗せられ、私とリオハルトが降ろされたのは夕闇に染まりつつある森の入り口。

「こ、ここは……」
「エイシンに『お前は前任勇者の聖剣を取りに行った』と伝える。こう言えばわかるだろう? いいか、たとえ本当に前任勇者の聖剣を持ち帰っても、二度と我が家の敷居は跨がせんからな! お前は用済みだ! もうなんの価値もない! せいぜい家の迷惑にならんところでのたれ死ね!」

 それが私に望むことですか。
 それがトイニェスティン侯爵家に、私ができる最後の方法。
 私だけでなくリオハルトも?

「お、お父様、いえ、侯爵様、リオハルトも……ですか……?」
「当然だ馬鹿者! 『天性スキル』を持って生まれてきたからとて、神の子、異界の子など誰が信ずるものかよ! 気色が悪い! 女が一人で妊娠できるはずもなかろう!」
「!」

 つまり、父はずっと……ずっと……私が誰が、男遊びで子を宿したと?
 そう、思い続けていた?
 ああ……そうか……それでは仕方ない。

「……わかりました。今までお世話になりました。お母様や使用人の皆にも、お礼をお伝えください。お兄様には、『アンジェリカは必ず勇者の聖剣を持ち帰ります』と。……どうぞ、お願いいたします」
「ふん! 殊勝なことだ。いいだろう! ではな!」
「はい」

 スカートの裾を摘み、頭を下げる。
 そろそろリオハルトのミルクの時間。
 私はあまりお乳が出る方ではないけれど、この子を飢えさせることはないと思う。
 この人にはなにを言っても無駄だから、さっさと別れてリオハルトを安全に寝かせられるところを探さなければ。

「……リオハルト、大丈夫よ。私、今度こそ絶対にあなたを育てて見せるわ……」

 言葉にして、それでも状況は最悪で。
 私はこの子を育てるどころか……今夜を生き延びられるかどうかすら怪しい。
 着の身着のまま連れ出されて捨てられて、リオハルトのお世話をするのもままならない。
 けれど、やるしかないわ。

 ……もう、誰かに期待するのは、やめよう。
 この子は、私一人の力で育てよう。

 そう決めて、まずは寝床になりそうな場所を探した。
 お腹が空いてきているけれど、父の馬車が去った方とは逆の道を進んでみよう。
 つまり、森の中へ続く道だ。
 馬車が一台通れるほどの広さ。
 道は舗装されているわけではないが、まったく使用されていないわけでもない。
 定期的に荷馬車が通るのだろう、道の真ん中に草は生えているが、獣道というほどでもなかった。
 この道の途中に寝られる場所があればいいんだけれど。

「ふぅ……ふぅ……」

 お腹が空いた。
 でも大丈夫、耐えられる。
 途中、リオハルトが泣き出したので授乳して背中をトントン叩く。
 ゲップを確認してからスカートのエプロンを破いておんぶ紐にして背負い、進む。
 夜になり、肌寒くなる。
 リオハルトはすやすや眠っているから、今のうちに寝られるところをどこか……。
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