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12話
しおりを挟む「……ふぅ……ん?」
森は存外、早く開けた。
大きな、大きな川。
向こう岸が遥か遠いほどに、その川は幅広かった。
これには絶望感が増す。
泳いで渡ることもできないし、船もない。
どうしろというのだろう。
水は泥水だし、流れも早い。
「!」
でも、道が左右に続いている。
森を囲むように道になっているようだ。
それとも、道でなく川岸なのだろうか。
どちらにしても通るのに問題はなさそうだ。
息が上がる。
お腹すいた。苦しい。
でも、この程度で私は諦めない。
リオハルトの温もりがある限り、私は……!
「ぐるるるるる」
「!」
じゃり、じゃりと川岸の道を歩いていると、猿のような魔物が目を赤く光らせて前方で唸っていた。
がさ、がさと……飛び出してきたのは子猿!?
「きゃあ!」
「キー! キー!」
「い、痛い痛いやめて! きゃ!」
尻餅をつく。
飛びついてきて、髪を引っ張る子猿を引き剥がそうとするけれど、チョロチョロして……はっ!
「だ、だめ!」
背中にいるリオハルトを慌てて地面に下ろして覆い被さる。
私の大声に目を覚まして泣き出すリオハルト。
あぁ、ごめんね……!
髪をぐいぐい引っ張られるのも、痛いのも我慢しなきゃ。
悲鳴なんてあげたら、リオハルトが泣き止まない。
「キィー! キー!」
「っ……!」
「キー! ……キー」
「……?」
髪が離された?
ゆっくり見上げると、子猿は私たちを覗き込んでいる。
とても興味深そうに。
「……」
そういえば、この子どうしてここにいるのかしら?
見たところ猿型の魔物の赤ちゃんみたいだけど。
「キー……」
「……もしかして、お腹空いてるの?」
「キー」
私の胸をツンツンと突く。
ちょっと不快感はあるけれど、切ない声で鳴かれるとちょっと申し訳がないというか。
「噛まない?」
「キィー?」
「お乳がほしいならあげてもいいわ。でも、噛まれると痛くてお乳が出なくなるの」
「キー、キー」
「人間のお乳でもいいの?」
「キー」
「噛まないって約束できる?」
「キー」
本当はリオハルト専用のお乳だけれど、ちょろちょろ周りを歩き回るのがなんとも可哀想。
いえ、わかってるわよ?
常識的に考えても魔物にお乳をあげるなんて、胸を噛み切られるかもしれないし、変な病気をもらうかもしれないし、全力でよろしくない。
それでも……。
「キー……」
ぐぅ、とお腹が鳴る子猿。
私もお腹が空いている。
気持ちは、わかるから……。
「はあ」
「キー!」
「絶対噛まないでよ?」
「キー」
ヒヤヒヤしながらも胸を片方子猿に貸してあげると、存外上手に飲み始めた。
牙がすごいから、ずっと緊張していたけれど。
「キィ……」
切ない声を出しながら、ちゅうちゅう吸う。
お腹いっぱいになったのか、飲み終えるとそのまま寝てしまった。嘘でしょ?
「……むう」
人の服を握りしめて。
もう、困ったなぁ。
右のお乳はこの子用にしますか。
ひとまずそうして、その夜はリオハルトと子猿を抱えて木に寄りかかり、ほんの少しだけ眠った。
眠らないと体力も回復できないし、空腹をほんの少し、忘れられた。
まあ、リオハルトがお乳をほしがって起きるので、二時間おきに起こされるのだけれど。
翌朝、陽が登ると同時に子猿が目を覚ます。
私の髪を引っ張ってキィキィ鳴くので、ダメ元で「食べ物がある場所を知らない?」と聞くと首を横に振られた。賢い。
賢いけど、食べ物のある場所は知らないのか。
それじゃあ……。
「人のいるところを知らないかしら?」
「キイ!」
指さしたのは川の向こう岸。
まあ、ですよね。
「じゃあ、あちらに行くにはどうしたらいい?」
「キキイ」
くいくいと服を引っ張られ、立ち上がる。
立ち上がったけれどっ。
「うっ」
がくりと膝を折る。
え、た、立てない……?
「キキー?」
「…………ごめん、た、立てない……」
「キィ、キィーキキィー」
何度も引っ張られるけれど、私の体は私のいうことを聞かない。
頭が痛い。
耳の奥がキーンと、ものすごい耳鳴り。
「キー……キキ!」
「あ」
子猿が右の方向へ走り去る。
ずるり、とそのまま倒れた。
石が冷たくて気持ちいい。
熱?
寒気がひどくなってきた。
あの子猿に、やっぱりなにか移されたのかしら?
そんな、困った、どうしよう。
リオハルトだけでも、守らなきゃいけなかったのに……。
「ふっ、ふぁ……?」
地鳴り?
耳を地面につけているせいか、足音のようなものが近づいてくるのが聞こえる。
それは次第に近づいてきて、私のすぐ側までくるととても人の足音には思えない大きさと振動になった。
まずい、体が動かないのに。
「おぎゃぁぁあ、おぎゃーぁ! んぎゃーー!」
こ、このタイミングでリオハルトが泣き始めた!
あぁ、どうか動いて体!
最後の力を振り絞り、上半身を起こす。
「お? 生きとった?」
「ひっ」
目の前にいたのは二メートルはゆうに超える巨躯を持つ魔物。
二足歩行で、服も着ているけれど角と牙がある。
もしかして、あれが人食い鬼のオーガ?
なんてこと……なんてこと……。
「お、お願い……私のことは、食べてもいいから……赤ちゃんだけは……リオハルト、だけは……っ」
ショックで目の前がどんどん暗くなっていく。
こんなところで、こんな状態で魔物に出会うなんて。
悔しい。悲しい。
また、私は……息子を守れなかったのね——。
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