19 / 42
19話
しおりを挟む「で、ええと……」
「?」
「名前……」
「あ! ……えーと」
そういえばまだ名乗っていなかった。
けれど、やはり父の顔がチラつく。
それをルイさんも理解してくれているのか「偽名でもいいです」と言ってくれた。
偽名かぁ。
「前世の名前とか」
「前世の名前は梢ですけど、前世の夫がきてるから——」
「ああ、そうか。じゃあティータは? 梢って英語でティータっていうし」
「そうなんですか? じゃあ……ティータにします」
「うん、わかりました。ティータさん」
これでこの国で生きていくための名前が決まった。
リオハルトも、ハルトでは元夫にバレかねないからリオと呼ぶことにする。
名前も偽って——いいえ、アンジェリカ・トイニェスティンという名前を捨てて、私は今日からティータ。
ただのティータだ。
ティータとして、リオの母として生きていく。
さて、では問題は住む場所。
そして、収入だ。
「あの、少し具体的な生活についてお伺いしたいんですけど」
「はい。俺に答えられることなら?」
「この国の人は、どのように生計を立てて生活しているんですか? 赤子一人抱えた女が一人で生活していけるものでしょうか?」
「えっ」
ものすごくドン引きした顔!
あ、これは無理なんだ!?
正気か? みたいな顔された!
「……たとえば?」
「え?」
「たとえばどんな……? その、できること?」
「えっ」
ぶわ、と汗が噴き出す。
令嬢教育は一通り受けたけど、この国は王政ではない。
共和国という、村や町、種族ごとの長が定期的に話し合いの場を設けて国の指針を決めるものだと学んだ。
「……え、ええと、れ、令嬢教育は、な、なにか役に立ったりとか……あ、町長の娘さんの教育、とか?」
「この町の町長さんは魔人族の一種、吸血鬼。娘さんは三百歳で、今は町にはいないはずだけど」
「ぉ、も、もう令嬢教育とかそういうのは終わっている感じですかね……」
「た、多分。俺も会ったことはないですが」
そんな年上のお嬢様に人間の令嬢教育をお教えするのは心苦しい。
それに、この国の人たちは『入れ物』の自覚があるため、あまり長寿の種はもっと西側にいるそうだ。
最東端にコバルト王国があり、よく攻め込まれるのはこの国境沿い。
長寿種は町と種族の代表として名を置くが、基本的に末端には無関心で主に『入れ物』が生産される『生命樹』の守護に徹底している。
最西側に彼らは要塞を作り上げ、『入れ物』が生まれたら各自治める町に連れ帰り町の者に育てさせるのだと。
みんなで赤ちゃんを育てる。
町の人たちが「赤ちゃんは尊いもの」と語っていた理由も、お世話の順番を奪い合っていた理由もよくわかるわ。
「この国って魔物の出現率がコバルト王国よりも高いんですよね」
「そうなんですか!?」
「かなり大型のが週一出てます」
「週一!?」
「その分邪霊獣はほとんど出ないんですけど、ドラゴンとか大型ゴーレムとか、サラマンダーとか、とにかく強力なのが国中に出るんです。それらは全部この国の『入れ物』の食糧なんですよ」
「食糧!?」
「めちゃくちゃ食べるんです、この国の人。ティータさんが考えてる何十倍も」
「っ」
多分、魂の維持と管理にエネルギーを大量に消費するためだろう、というのがルイさんの見解。
けれど、そんなドルディアル共和国の人たちは、強い魔物が出てもすぐ倒して食糧にしてしまう。
これもルイさんの見解だけれど、この国に出る魔物が大型で巨大なのはこの国の食糧とするため、世界が用意しているのではないか。
この国——ドルディアル共和国は国民の五割が『討伐者』という職業。
ほとんどの住民が毎日魔物を討伐に出かける。
そうして食糧を確保したら、『解体者』という職業の人たちが解体して『運送者』が各自に配っていく。
『後方支援者』という職業の人たちがその他。
マチトさんやアーキさんたち、宿屋や食堂、道具屋、防具屋、武器屋などなど。
「俺のオルゴールが売れないのはそういうのと関係ないから……」
「な、なるほど……」
令嬢の教養も似たり寄ったりみたい。
私にできること……それなら家事代行、とか?
それならリオハルトを背負いながら働けそう。
アーキさんの食堂で働かせてもらうのもあり、かな?
「……ルイさんは、その、『討伐者』の方が向いてそうですけど、そっちは……」
「まあ、そうなんだと思います。でも俺の場合、レベルが高すぎて跡形も残らない」
「え」
「知ってます? 俺の『特異スキル』」
「え、えっと、確か——」
前勇者の『特異スキル』。
父や兄が『当たり』と呼ぶほどの強力な[経験値五倍]。
ん? つ、つまり?
「そ、そんなに強いんですか」
「ティータさんはご令嬢だからわからないと思うんですけど、戦うと『戦闘レベル』というものがステータスに表示されるようになるんです。ゲームみたいにその戦闘レベルを上げていくと、戦闘スキルも増えるし物理的、魔力的な強さが増します」
「は、はあ」
そもそも私、ステータス表示が得られなかった。
でも、そんなのあるんだ。
そしてルイさんは、その戦闘レベルがえらいことになっている、と。
22
あなたにおすすめの小説
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。
虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる