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20話
しおりを挟む「戦う度にレベルが上がるから、これ以上はちょっと……。なんか人間やめちゃいそうで」
「それは、やめた方がいいですね」
人間やめちゃいそうなのか。
それじゃ『討伐者』はやめた方がいい。
人間やめちゃいそうとかこわい。
「私は、もう少し考えてみます」
「そうですか。あ、家の片付け、ありがとうございました」
「いえいえ、アーキさんに頼まれただけですから」
「俺はどうも生活するのに向いてないみたいで、とても助かりました」
「そ、そうなんですか」
部屋の荒れ具合を思うと、確かに一人暮らしは大変そう。
わからないでもない。
前世結婚前は私も一人暮らししていたけど、一人だからこそ「今度でいいや」「明日でいいか」って思うわよね。
「今日は色々教えてくれてありがとうございました」
「いえいえ」
空になったバスケットを持って、オーガのお宿に戻る。
ちょうど昼時でアーキさんたちも忙しそう。
「あの、手伝いを……」
「いいのいいの、アンタは飯食っちまいな。リオハルトちゃんにミルクもやらないとだろう」
「うっ、す、すみません」
確かにそろそろリオハルトのミルクの時間。
うーん、たった三日ですっかり把握されてる。
でも、時間ができたことで今後のことをゆっくり考えられそう。
借りている休憩室に戻ってリオハルトにお乳を与えながら天井を見上げる。
この世界のこと。
この世界の人間と、この国にいる『入れ物』と呼ばれる人々。
致し方のないことなのだろうけれど、納得できるものではない。
ルイさんのやっていることは焼け石に水。
単なる時間稼ぎ。
そんなことをしても、誰も救われない。
むしろ、コバルト王国は子どもが生まれなくて困るんだろう。
魔人や亜人に比べて寿命が短い人間にとってそれは、致命的。
「リオハルト……リオ、あなたはコバルト王国とドルディアル共和国、どちらで生きたい?」
答えなど帰ってこないだろうに、リオに問うてみる。
私にとってどちらも悲しく危険な土地。
生活する上ではドルディアルの方が、圧倒的によいとは思う。
「どぅー、どーぅー、まーーぁ」
「…………ドルディアル?」
「んぁー!」
驚いた。
もうこちらの言っていることを理解しているのかしら?
ああ、でも赤ちゃんが喋れるようになるのはだいたい一歳過ぎというものね。
リオハルトは前世、『吉名晴翔』は半年生きた。
今世と合わせると、だいたい一歳くらい。
意思の疎通は、普通の生後半年の赤ちゃんよりはできるものなのかも?
「そうね……」
リオハルトが、選ぶのなら。
この国は優しい人が多いし、あの国で新しい人生を始めるよりも現実的かもしれない。
奪うことが運命づけられた国よりも、ルイさんと同じ『守ること』を知ってほしい。
「この国で生きよう」
「あー」
「キキッ!」
「ええ、コルトも一緒よ」
「キー!」
ふわふわの体が、私の頭に抱きついてきた。
そうね、コバルト王国ではコルトとも暮らせないものね。
よし、この国でやっていくのは決まりだわ!
次はこの国でどうやって生きていくか、だけど……。
「……オルゴールカフェとかどうかしら」
ルイさんのお店、とても素敵なのにお客さんが来ないのはもったいない。
食べることと休むことが、ドルディアル共和国の人たちの楽しみなのだとしたら……オルゴールカフェは十分、この国の人たちに受け入れられる要素があると思う。
……と、いうのは半分言い訳。
実は昔からカフェって憧れてたのよね。
前世の私は田舎の田舎の超ーーーー田舎の、それこそバスも通ってない田舎で生まれて育った。
東京に出てきてから初めて憧れのカフェに入ったの……忘れられないわ。
美味しいコーヒーに紅茶、パンケーキやショートケーキ。
軽食のオムライスやサンドイッチ。
一軒のカフェメニューを制覇して、次のカフェを探すさすらいのカフェマニア。
独身時代は最高だった。
まあ、仕事が忙しくなるとそれもいけなくなったし、郁夫とつき合い始めてからは安い牛丼チェーン店や大衆向けレストランばっかりでますます足が遠のいたけれど。
今思い出してもなんでデートがカフェじゃなかったのか。
あの頃の私は「郁夫と一緒なら」とか思ってたけどその反面「カフェにも行きたいな」って思ってた。
いや、思ってたかな?
あの会社に入ってから、私はカフェに行く楽しみもどんどん忘れていって、郁夫とつき合い出した頃は完全にカフェという選択肢を失ってたんじゃない?
結婚出産後なんてもっとカフェのカの字も思い出さなくなってた。
いえ、出産後は晴翔のお世話で精一杯。
もう自分の飲食のことさえ……。
今世だってそうだ。
日々の課題をこなすことばかり。
思えば『アンジェリカ・トイニェスティン』は『吉名梢』よりも体が弱かった。
それなのにあの教育量。
前世だったら虐待では?
……あ、虐待云々は今更だったわね。
「やめやめ! 前世のことはもう忘れよう!」
「キィ?」
「ぅ!」
「ねえ、ルイさんのお店、とても素敵だったわよね。お母さんね、ずっとカフェに憧れてたの。ルイさんのところで、カフェをやらせてもらえないかしら?」
「キィー?」
「ぁー」
ルイさんの家を見るまで、カフェへの憧れを忘れていた気がする。
あの店舗、内装も外装も素敵だった。
「……よし、聞いてみよう!」
「うーぁ!」
「キキー!」
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