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お城の生活
しおりを挟むその日から新しい王妃教育が始まりました。
実家ではありえない、朝は七時に起きて朝食と身嗜みを整える時間が与えられ、九時から一時間はのんびりお散歩。
十時にはおやつの時間。
十一時からはようやく少し座学のお勉強をして、十二時から二時まではお昼ご飯。
二時から三時までまた座学のお勉強。
お茶の時間を一時間挟み……四時からはダンスやマナーなどの軽く体を動かすレッスン。
六時に夕飯。
八時にお風呂、九時には就寝。
「…………こんな自堕落な生活をしていてよいのでしょうか?」
「いえ、自堕落ではないと思いますよ?」
「でも……実家では朝四時には起きてお勉強していたではないですか。わたくしは出来が悪いので、たくさんお勉強しないとダメだ、と……お父様はあんなに言っていましたのに……」
「あれは異常だったのです。はあ、ジーン様とエリザベス様がまともな方で本当に良かった!」
「……そ、そうなのですか? でも、お茶会や夜会の作法のお勉強も……全然しなくなってしまったからなんだか不安です」
「いえいえ、奥様のお茶会や夜会のマナーの勉強は本来お嬢様には早すぎでしたよ。お茶会は十歳前後に初めて参加するものなのです。夜会や舞踏会は十五歳が一般的でございますし」
「え、そ、そうだったの?」
それはまた、わたくしずいぶん早くにデビューしてしまったのね。三歳の頃だもの。
お父様もお母様も、本当に、よほどわたくしを王妃に据えたかったのね……。
「お嬢様は最近本当に健康的になられましたね」
「え、ええ、そうね……ミリアム様の作るお菓子は毎日、いつも美味しいし……それに、ミリアム様の作るお料理も最近は食べられるようになりましたし……お菓子限定で、ミリアム様の作ったもの以外も吐かずに飲み込めるようになりましたし……」
「本当に、本当にミリアム様はお嬢様の救世主様ですわ……」
「ル、ルイナったら泣くほどの事ではないでしょう?」
そんなハンカチまで取り出してしくしくして……。
大袈裟すぎるわ。
「それに、アーク様から美容品をよく頂くようになりましたからね。お嬢様の、手入れもなかなか出来ませんでした御髪が、こんなに美しさを取り戻して……」
そう言いながらルイナが櫛で髪を梳いていく。
わたくしの髪はこの世界では少し珍しい色らしく、金髪に少し桃色が混じっている。
お母様はそんな私の髪を『自慢』したくてお茶会や夜会にわたくしを連れ回していたらしい。
でも、たくさんの方に毎日お会いして、食事や飲み物もろくに摂っていなかったせいでお会いした方々の事をわたくし、ほとんど覚えていないのです。
貴族として大変いかがなものかと思いますよね。
せっかくお母様が毎回紹介してくださったのに……紹介……いえ、紹介はしていなかったかも?
ご挨拶回りにつき合ってはいたけれど?
本当に連れ回されていただけで、「まだマナーが完璧ではないのだからニコニコ笑って絶対喋るな」って言われていたわね?
自分の髪を一房手にとって見てみる。
うーん、やっぱり金に桃色が混じってて……確かに珍しい……?
お母様も「髪の手入れだけはサボるんじゃありませんよ」と言っていたし。
まあ、それも淑女教育のノルマが増えるにつれ手入れが難しくなってしまったけれど……。
「わたくしにはどれがどれだかよく分かりません……。でも、ありがたい限りですね」
「ええ、本当に……」
「ねえ、ルイナ……わたくしがお城にこうしてお世話になっている事……お父様やお母様はなにもおっしゃらないのかしら……?」
「ええ、驚くほどなんにも連絡がありません。……多分、他の婚約者候補を出し抜けていると思っているのではないでしょうか」
「ああ、それは言えているわね……」
というか……わたくし今どういう状況なのでしょうか。
他の貴族令嬢からしてみたら、とんでもない事なのでは……。
嫁入り前の娘が殿下たちの住むお城に、客室とはいえ……同じ屋根の下に住むなんて。
嫉妬で呪い殺されてしまうのでは?
「大丈夫ですよ」
「え?」
「他のご令嬢たちもお嬢様のお姿を見て、まだ大丈夫だと思っているようですから」
「…………お茶会の時の事?」
「はい」
ああ、あの頃はズタボロのガリガリだったものね。
ましてミリアム様がお菓子作りが生き甲斐というのも、あまり表には知られてはいないと思うし……。
「あの姿はかなりインパクトがあったらしくて……。それに、お嬢様がお城にお世話になっている件も、外には漏れていないようですね」
「え、そうなの? なぜ?」
「エリザ様が箝口令をしいておられるからのようです。情報統制がきちんと出来ているのでしょう。さすがですね」
「そうなのね……」
「ですから、安心して体調を整えてくださいませ。お嬢様」
「…………」
「お嬢様?」
ありがたい。ありがたい……のだけれど……。
わたくし、これでいいのかしら。
貴族の娘として生まれたから、政略結婚も当たり前だと思っていたけれど……ミリアム様はとても優しくて素敵な方だったし、アーク様もとてもお優しい。
わたくしがお二人に対して出来る事を、少しずつでも考えるべきではないのかしら?
でも、わたくしなんかが出来る事……なにも思いつかない。
思えば、わたくしにはなんの特技も長所もないのです。
どうしたらいいのでしょう。
やっぱり王妃教育を頑張るしかないですよね?
じゃあ、やっぱりこんなふうにのんびりしている時間はないのでは……。
「わたくしやっぱりもっとお勉強頑張るわ……!」
「倒れるからやめてください」
「……!」
ガーンっ!
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