転生リンゴは破滅のフラグを退ける

古森真朝

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第1章:朝のリンゴは金にも勝る

大森林の小さな家①

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 耳元で響く、とっても可愛い声で目が覚めた。

 『ぴぴっ!』
 「…………ふぁ?」

 重いまぶたを条件反射でこじ開けると、部屋の中はすっかり明るくなっていた。太陽の差し込む角度からして、日の出からだいぶ時間が経っているようだ。

 「あっやばい、寝過ごした! 起こしてくれてありがとールミちゃん」
 『ぴぃ♪』

 枕元にちょこんと佇んでいた、白いふわふわ――手のひらに収まるくらいの小鳥に声をかけて指先でなでてやる。気持ちよさそうにつぶらな瞳を細めているのを見て、叩き起こされたはずのティナまで嬉しくなってしまった。うん、もふもふ最高。

 ベッドを出て着替えをすませ、長い髪を櫛で梳かして一つにくくる。相変わらずさらさらと、クセひとつなく素直にまとまってくれるのを眺めながら、つい昔に思いを馳せてしまう。

 「は~……本当に私の髪なのかな、これ。前は家出るまで修羅場だったのに」

 転生する前、まだ『千夏ちなつ』と呼ばれていた頃のことだ。ごくごく平均的な日本の高校生だった自分は、そりゃあもう見事なクセっ毛だった。櫛なんか使おうものならあっという間に歯が欠けそうで、いつも硬い豚毛のブラシにお世話になったものだ。

 『ぴっ?』
 「うんそう、冬場は静電気とか大変でね~。まあ夏は夏で湿気で大爆発してえらいこっちゃだったけど」
 『ぴぃぴぃ』
 「え、ルミちゃんも雨降ると大変なんだ? ふわふわだもんねぇ、水吸いやすそう」
 『ぴ~』

 ごく普通に小鳥さんと会話を成立させつつ、とんとんと軽い音を立てて階段を降りていく。一階につくとすぐリビングになっているが、家主が寝坊したせいで火の気はまったく――

 「あ、おっはようティナ! よく眠れたー?」

 ずるっ!

 いきなり飛んできた明るすぎるあいさつに、一番最後の段を踏み外しそうになった。手すりにつかまってどうにか持ちこたえ、諸悪の根源にジト目を向ける。

 「……なんっで今日もいるんですか、イズーナさん」
 「何でって、友達の家だから? 朝ごはん一人で食べるのって寂しいじゃない」
 「あのですねぇ」

 暖炉の前に置いてあるソファに腰掛け、にこにこと楽しそうに笑うティナと同い年くらいの女の子がいた。背中まである濃い金髪、翠玉色エメラルドの大きな瞳、触れたらするっと指が滑ってしまいそうなほどきめ細やかで滑らかな肌。十人中十人が大絶賛するだろう、掛け値なしのすばらしい美少女だ。

 元の世界の同級生男子たちなら、目が覚めて一番にこんな可愛らしい子があいさつしてくれるなんて感涙ものだろう。しかしティナにはちょっと、いや、かなり言いたいことがあった。

 「……イズーナさんて神様ですよね? いちおう役目だってあるんでしょ」
 「うん、そうだよ?」
 「じゃあ何でわたしん家に入り浸ってるんですか! ちゃんとお仕事しないと上の人に叱られますよっ」
 「平気平気、森の中のことならどこにいても大体わかるから! 『命の林檎』だけは天界の果樹園だけど、ワタシと一心同体だから何かあればすぐ伝わるし」
 「…………さいですか」

 いたって気楽に問題なし、と断言されてしまい、がっくり肩を落とすティナである。何だろう、妙にむなしい。
 しかし、森のことならわかるというのは本当だ。なにせ昨日、日が落ちかかる頃に『迷子になっている子供がいる』といち早く察知したのは、他ならぬ彼女だったのだから。

 「そういやあの子、あれからどうですか。妹さんの容態も気になるんだけど」
 「大丈夫、ちゃんと元気にしてるわ。妹はちょっと体力落ちてるけど、薬草がよく効いたみたい。あと何日か寝ていれば良くなると思う」
 「……そっか、よかった。そのうち使えるかもと思って、めずらしい薬草栽培してて正解でした」

 あの薬草は様々な用途に使えてよく効くが、惜しむらくは限られた土地でしか育たない。多くは森の奥の、人の手が入っていない清浄な所に自生しているくらいだ。
 ただし、ここにちょっとした裏技がある。森の守り神が定めた霊域なら、実はどこであっても――例えば、家の裏手の家庭菜園であってもちゃんと育つのだ。イズーナに手伝ってもらい、ティナは家に作った菜園で野菜や貴重な薬草を育てているのだった。
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