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第5章:かわいいリンゴには旅をさせよ
誰も寝てはならぬ④
しおりを挟む城の向こうに日が沈む。
王城の建つ丘の、ちょうど真東に位置するオランジェ邸からは、入り日に染まる空と雲がよく見えた。
その色合いが庭園を彩るバラの花によく似ていて、ティナはほーっとため息をついた。森にいた頃はこんなに広い空は見えなかったから、なんだか妙に感動してしまう。
「ティナ殿、如何なされた」
「あ、うん。空がきれいだなあと思って」
「ええ、見事な夕焼けです。風もほとんどありませぬ故、今宵は月が明るいかと」
相変わらず古風な口調で返して、付き添っているシグルズは大弓の弦を弾いた。ぴん、と張り詰めた音がして、少しだけ空気が軽くなる。
「……やはり、日が落ちると妖気が濃くなったか。ティナ殿が弓で祓う方法をご存知で、本当に助かりました」
「ううん、わたしもおばあちゃんに聞いたの。大きな神社、えーと、こっちだと神殿かな? では、大事なお祭りの時はみんなで鳴弦をして魔除けにするんだって」
「博識でおられるのですね。……人が齢を重ねるというのは、不便なことばかりではないようだ」
ふむ、と真面目に感心してくれるエルフさんである。誉めてもらうととっても嬉しい反面、ちょっとばかりこそばゆい孫娘は、照れ隠しのつもりで次の話題を振ってみた。
「そういやフェリシアさんたち、どうしてますかねー。今日は寝ないでがんばりますわ、って元気いっぱいでしたけど」
「元気、といいますか……」
『ぴぃ……』
何気なくそういったところ、シグルズが若干遠い目をした。肩に留まったルミの方も、なにやら疲れたみたいな声で鳴いている。はて?
――このままではまず間違いなく夜襲を掛けられる、と判断したオランジェ家メンバーの行動は早かった。家中のお手伝いさんたちを集めて、今夜は絶対外に出ないように厳命した上で、アルフォンスを狙っている妖魔を迎え討つべくあれこれ準備を開始したのだ。
『なんでうちの子を狙ったか聞きたいから、とりあえず動けなくして半死半生くらいで行こう!』
陣頭指揮を執っていたヘルミオーネがそう言い切り、精霊たちにどう手伝ってもらうか子どもたちと相談していたっけ。諸葛孔明みたいなきびきびした采配が実にカッコよかったなぁ、と素直に感心しているティナなのだが、
(あれはおそらく、聞き出した理由が下らなかった暁には、際限なく地獄を見るであろうな……)
まだ稚い子どもを付け狙うなど言語道断だ。が、いざ修羅場になったところを想像して、今から胃が痛くなってくるシグルズなのだった。
「……シグさん、大丈夫? 移動続きで疲れたのかな、何か歌う?」
「は、いえ、そのようなことは決して……そして何故歌なのですか」
「うん、ちょうどこういう寝ちゃダメなシーンの曲があるんですよ。ええと、確かオペラのやつ」
まさしくそういうタイトルで、ものすごく有名な独唱があるのだ。本当は外国語だし男声の曲だけど、日本語かつ女性用にアレンジしたものがあったのでそっちで覚えた。メロディがきれいで結構気に入っているティナである。
よかったらアカペラしますよ、と楽しそうな相手に、シグルズはしばし目を瞬かせてから微笑した。本当に、自分の予想を軽々と超えていく人だ、と改めて思いつつ。
「……今は、お気持ちだけ。ですが、この一件が片付いたなら、ぜひに」
「はーい!」
『ぴい』
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