夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝

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 ――結論からいうと、グレイヴィア家とバッテンバーグ家の縁組は解消になった。

 仮にも格上の侯爵家から持ち掛けられた話を、いともあっさり反故に出来た理由はいたって明解だ。まず、新郎である侯爵家嫡男のアドルフが、新婦にあり得ない暴言を吐いた上にそのまま初夜をすっぽかしたこと。次に、彼が散々やらかしてきた火遊びの証拠が続々と集まり、およそ王家と血縁関係でござい、とは口に出来ないような生活態度が暴露されたこと。

 そして――

 「――クラリッサ嬢、今日はずいぶんとご機嫌だね。何か良いことでもあったかい?」
 「ええ、先程実家から手紙が来まして。私の元婚約者が、無事に養生先の辺境領に着いたそうです」
 「そうか、それは何よりだ。……いや、君にとってはあまりいい思い出ではないな。不躾にすまない」
 「とんでもないことですわ。お気遣いいただきありがとうございます、騎士団長」

 親切にも言い添えてくれる相手に、クラリッサは心からの礼を返す。今まで婚約者に罵詈雑言ばかり投げつけられていた身にとって、こういう素朴で優しい言葉はいちいちありがたかった。

 今をさかのぼること二か月前。アドルフは失踪から数日後、王都はずれの小さな森で、ボロ雑巾のごとき状態になって発見された。

 人事不省ながら奇跡的な生還――のように見えたのだが、なんと重度のに加えてすさまじい女性恐怖症になっており、特に若い娘が近づくとパニックを起こすようになってしまったのである。

 こんな状態では、自力で子作りなんて到底望めない。症状の改善は絶望的、という診断が下ったのち、跡取りは分家から養子をもらうことにして、本人は田舎で静養という名の早すぎる隠居生活に入ることになった。現侯爵夫妻にとっては苦渋の決断だったことだろう。

 まあクラリッサにしてみれば、あっさりお役御免となって婚姻解消、多額の慰謝料と共に晴れて実家に出戻れたわけだから、願ったりかなったりであったのだが。

 (とにかく、あの人たちが本懐を果たせてよかった。あれ以上ほったらかしたら、無関係の第三者にも被害が出ていただろうし……こういうときは便利ですよね、私の体質って)

 実はクラリッサ、いわゆる視える人である。物の怪や妖怪変化といったものはもちろん、呪詛や生霊みたいな他人からの念も知覚できる。現侯爵が頼みに来た時から、あの一家周辺で渦巻いている負の念が視えていたし、実際アドルフに会ってみて『あ、これは手遅れだ』というのもわかっていた。

 だからこそあの晩、外でウロウロしていた影――アドルフが弄んで捨てた女性たちの、生霊の集合体を邸に招き入れたのだ。新婚初夜という事で、邸の者は気を遣って奥に引っ込んでいたから、クラリッサが生霊を呼び込む声も、アドルフが上げた派手な悲鳴も、誰一人として聞いてはいなかった。

 だいたい、親の手にも負えない我儘バカ息子になり果てたのって、当の両親が今まで散々甘やかしてきたからのはずで。それを赤の他人に何とかしてもらおう、と考えること自体がおかしい。恨みつらみが凝り固まった存在にさらわれて、命があっただけラッキーというか、殺す価値すらないと思われた可能性が大だ。

 (今まで好きなものにだけ囲まれて、都合のいいことだけ見聞きして育ってきた甘ったれだもの。あんなのに襲われたら、恐怖とおぞましさで女性自体が怖くなったっておかしくないですよね、ええ)

 そしていくら引きこもっていようとも、貴族の邸には必ず使用人というものがいる。親族や友人が訪れることだってあるだろう。そのすべてを男性に限定するのはかなり難しい。いつ出くわすかわからない女性の姿におびえる日々が延々と続いて、果たしてどれほど命を永らえるやら。

 だが、これは完全なる自業自得だ。アドルフは己の意思にかかわらず、今まで自分が傷つけてきた人々の何倍も苦しんで生きていくことになる。他人にかけた迷惑を、この先の人生で贖いながら。

 「やっぱり人間、正直で誠実なのが一番ですよねぇ……」
 「ん? 何か言ったか?」
 「いえ、ほっとしたらめいっぱい鍛錬したくなったなぁと。良いお天気ですし」
 「ああ、それはいいな。今日は陛下方がお忍びで観覧にいらっしゃるそうだから、しっかり活躍しておいで」
 「はい! 行ってまいりますっ」

 穏やかに促されて、元気よく一礼したクラリッサが走り出す。

 このひと月ですっかり板についた騎士装束は、見栄えがいいだけでなくとても動きやすい。部隊にいる先輩方は男女問わずみんな優しいし、灰色の婚約期間とは打って変わって毎日が楽しかった。実家に戻ってきたとき、思い切って団長のスカウトを承諾してよかった。

 「自分の力で生きていく方が、私の性に合ってますもんね!」

 ご機嫌で駆けていく新米騎士は、『むっつり令嬢』のあだ名とは程遠い、輝くような笑顔だった。



【END】




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