悪役令息はちょっと浮いてる

あくるめく咲日

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幼少期 Ⅰ

騎士たるものどうということはない

「僕のせいでごめん……」
 目の前で頭を下げているアロイズ王子は、第二王子のはずだ。
 キュウ、と小動物のように謝る姿はなんというか、しなっしな。塩を撒かれて溶けたみたいな感じ。
 あまりにも隣に立っている圧の塊との差に思わず二人を交互に見てしまった。
 隣の圧はこんな時も笑顔なので、こっそり耳打ちをする。
 
「……レレ殿下、これもしかして王家の正式な謝罪とかそういうものでは無いんですか?」
「そうだね。弟がね、謝りたいってことだったから。違うんじゃないかな?」
 俺に合わせて小声でレレ殿下に返されたことを踏まえてもう一度アロイズ様を見た。
 うーん。……気の毒だ。
 レレ殿下は弟が前世の記憶を取り戻して性格がちょっと変わったみたいな話をしていたような気がする。いや……何も参考にならない。
 あとレレ殿下がアロイズ様を連れてくる前に来た時に、俺の髪を梳かしながら「弟は口達者だよ」とか言っていたっけ。
「……ほんまごめん」 
 可哀想。レレ殿下と似ているはずなのにこんなに違う印象を受けられるんだ。
 ……これのどこが口達者?
  
 アロイズ様が謝りに来たいと言う話を聞いたのは今朝のことだった。


 
 医務室生活三日目の朝。
 洗面所の鏡を見ても、高くなった目線に驚かなくなってきた。 
 浮いていいても何も支障がないのは着替えくらいかもしれない。
 ただ……どうにも体を少し丸めた方が重心が取りやすいせいで、服を皺ひとつなく着こなすことが難しいのが本当に嫌だけど。騎士として。貴族として。
 姿勢を正していないと酷く悪いことをしている気になる。
 この生活が終わったら、思う存分背筋を伸ばそう。
 
 ただ、この浮遊のお陰で唯一良かったのは三半規管が鍛えられたこと。
 このぷかぷかとした心地の悪い揺れも慣れたもので、今日は吐かずに済んでいる。
 成長を感じる。
 きっとあと数日もすれば、暴れ馬に乗りながら戦闘してもパフォーマンスを落とさずに済むくらい三半規管が強くなるだろう。
 
 部屋の隅なら壁に支えられることに気付いたお陰で少し眠ることが出来た。どんな状況でも眠れるのは貴族らしくないけれど、騎士らしいので良い。
 体調は昨日より随分と良い。
 睡眠によって余裕が出来たせいか、朝から活動していないことにソワソワする。
 毎朝の自主トレーニングとかしたい。 
 でもこの状態で素振りなんかして、変なクセついたら嫌だ。
 走り込みを浮遊移動にプラン変更も考えたけど、普通に考えて走り込みは移動のために行っている訳じゃないから却下。
 僅か一週間弱。今ヘタに動くより休んだ方が良いんだろうけど。
――コンコンコン。
「はい」
 朝の時間を持て余していると、昨日も聞いたノックの音。心当たりは一人しかいない。
 太陽が昇る前の空の色の髪。
 レジレット殿下だ。
 
「おはよう、フィル」
「おはようございます……レレ殿下」 
 爽やかな朝の表情のレレ殿下に控えめにお辞儀をして応える。地味に習得した小技である。頭を下げすぎないところがコツだ。
 下げすぎるとね、回っちゃうから。 
「レレ殿下はもしかして毎日いらっしゃるつもりですか?」
「まさか」
「そうですよね、失礼しました」
 そう……だよな。忙しいだろうし。
 介抱する必要のない俺に毎日付きっきりで居る必要は無いし。ほんの数日、様子見するくらいだろう。
 現時点で何者でもない俺に、第一王子が時間を割いているだけで恐れ多い。
「今日は午後からもう一度来るよ」
「え? もう来ないの間違いではなく?」
 そっちなことあるんだ。
 レレ殿下って、二回行動なんだ。
「まさか。フィルに気兼ねなく会える機会だよ? やすやすと逃すわけが無いでしょ?」
 端正な顔が笑顔でヘラヘラと……ヘラヘラと変なことを言っている。これがギャップというやつだろうか。
「というか、午後からもう一度いらっしゃるのはどうしてですか? 一度にまとめられないことあります?」
「そうだよ。弟がね、フィルに謝りたいらしい。午後から弟を連れてくる予定だけど……」
 弟……というと第二王子か。
 確か、レレ殿下曰く……魔法事故を引き起こしてしまった張本人。
「フィルが会いたくないなら、会わなくても良いよ。謝罪だって、受け取っても受け取らなくても良いし。許しても許さなくても良い。世間体を考えて謝罪を受け取っておいて、許さないというのも良い。ただ、私にだけはフィルがどうしたいのか教えて? フィルが心の底で思っていることと、どうするのかを私にだけ教えて?」
 さっきまでヘラヘラとしていた端正な顔が、笑っているような表情を作って歌うように言葉を連ねる。
 ああ、こっちがギャップか。
 なんとも王族らしい。
 さて、どうしたものか。
 ……謝られても……困るな……。
「俺は殿下の意向に沿います」
「フィル。ダメだよ。私はフィルがどうしたいのか聞きたいんだから。誰かに決めてもらうのは楽なことだけど、私は私が決めるのでも弟が決めるのでもない。誰でもなく、フィルに選んでもらいたいんだよ?」
「……レレ殿下……」
 笑顔のままじわじわと寄ってくるレレ殿下に、後退るということが出来ない俺は困った。
 本音と言われても、言われてもな……。
  
「本当にどうでもいいので、なんでもいいです」

 魔法事故の詳細を俺は覚えていない。覚えていないから、原因が何であろうと……実感がないというか。
 どこか他人事になるのは仕方がない。
 だから、謝罪も何も……という感じだ。
 謝罪されたところで、この体の魔法が解ける訳では無いし。寧ろ王族印の浮遊魔法をかけられるのは貴重な体験だと言える。
 俺が他人に謝罪させるのを人生の喜びにしているのなら、喜んで謝罪させていたかもしれないけど。別にそうでは無いので、本心も何もない。
 こんなもんだ。
 ……ただ、こんな俺の答えをレレ殿下がどう受け取るのかは分からない。
 楽な方を選んでいると言われるかもしれないな。

 けれど、予想に反して。
 レレ殿下はとても優しい顔で頷いて、甘い声で質問を重ねた。
「それが、フィルの心の声?」
「心の声なら……人に会うなら体を清めたい。これに尽きます」
 なんたって、もう三日目だ。
 洗浄魔法という便利なものがあるから、この部屋にトイレと洗面台はあるが風呂やシャワーがない。
 魔法が使えない俺は、稽古を毎日していたときはそれこそ毎日シャワーをしていた。騎士たるもの清潔感はあればあるだけいい。
 野営をする騎士も簡易洗浄魔法セットという誰でも魔法が使える道具が必需品。
 我が国は実は綺麗好き王国らしい。
 
 レレ殿下はさっきまでの怖い表情と打って変わって、ヘラヘラに戻った。
 ……これは、もしかしたらレレ殿下の無邪気さというものだろうか。
「あは、実はね。そう思うんじゃないかと思って。だから来たんだよ。フィルは私が会いに来る時、いつでも綺麗にしているから。弟の前でも身綺麗にしたいと思うんじゃないかなって」
 ……無邪気に言うことじゃない。
「……俺のためにわざわざ……ですか?」
「いや、私のためだよ。弟と一緒に行ったらフィルは私に構ってくれないでしょ? この年になって、弟に嫉妬したく無いよ」
「レレ殿下って、おいくつでしたっけ?」
「いまは十歳かな?」
 お前のような十歳がいるか。

「あ。一応誤解されると困るので言いますけど、俺はレレ殿下の前でも身綺麗にしたいと思ってますから!」
「可愛いプライドだね。私も誤解の無いように言っておくけど……フィルはいつでも綺麗だよ」
 そりゃあ顔は綺麗だろうけど、違う。そういう話じゃない。
 あと、可愛いプライドって悪口じゃないか!? ギリ侮辱な気がする。

 それから、洗浄魔法をレレ殿下に掛けてもらって。その代わりに髪を梳かしたいと言う謎の要望を受け入れた。
 変な髪型にでもされるのかと少し思ったけど、ツヤツヤになっただけだった。
「髪の毛伸ばしなよ」
「騎士には邪魔です」
 髪を結んでいる人もいるけど、邪魔だと思う。重いし。
「ざんねん。綺麗なのに」
 そう言うレレ殿下の髪の方が綺麗だけどな。高額で売れそう。いや、国が動くか……普通に。

 レレ殿下は昼頃に一度帰り、本当にもう一度来た。
 今度は弟であるアロイズ様を連れて。

 そしてアロイズ様は挨拶もそこそこに小さくなって謝り始めた。

 レレ殿下より暖色感のある色合いのアロイズ様は、小さなタヌキみたいに謝っている。 
 アロイズ様とは今日初めてお会いしたけれど、俺と同い年らしい。
「謝らせてしまい、申し訳ありません。俺は大丈夫ですのでお気になさらないでください」
「え? いや責任取れとかないん?」
 半泣きになっていると思いきや、泣いてないらしい。たぬき……。
「なんの責任ですか?」
「キズモノにされた責任を……」
「……?」
 キズモノ?
 自信満々に何を言ってるんだ? この人。王族って分からないな。
 レレ殿下を見ると、にっこり微笑んでいた。この不思議な空間を眺めるつもりなのだろうか。間を取り持つとかして欲しいけれど……。
 
「傷を付けられた覚えはありませんが、それでしたらいっそう謝る必要はありませんよ。
 俺は見習いとはいえ、騎士ですので。
 騎士として、王族を守るのは勿論。王族が民を傷付けるのを守るもの騎士の務めですから。アロイズ様が民を傷付けるのを俺が防げたのですから、本望です」
「え? ごめんだけど人生何周目?」
「人生はそう何周もするものじゃないですよ」
「うん。僕は二周目なんだって。二周目より人格的に上を行かれることある? お前本当に八歳!?」
 
 そんなことを言われても。俺より隣の人の方がだいぶだけど。
 そう思って目線だけ隣に向けると、レレ殿下は微笑んでいなかった。
 あ。もしかして。 
「アロイズ、謝りに来たのは嘘だったのかな?」
「ひぇ、すみません!」
 これがレレ殿下の身内向けの怒りの表情……と言うやつか。
 ……笑顔で迫られた時より怖くないな。
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