やり直しの恋

ゆり

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愛しき日々

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※湊斗さん視点です








 本日中に目を通しておきたかった資料を読み終え、眼鏡を外した。何度か眼をしばたき、眉間の辺りを指でほぐした。首をゆっくり回し瞳を閉じて天井を仰いだ。

 座り心地の良い椅子が、ギシ、と音を立てた。

 思考を意識的にストップし、ある種の瞑想状態にひたる。以前ならこんなときに思い浮かぶのは的であり、放った矢が的中するイメージだったのだが、今は違った。
 聞こえてくるのは軽やかな笑い声。俺の頬にそっと触れる指。


「……芹香さん」


 愛しい恋人。
 俺が見つめるとすぐに赤くなる、かわいい人。

 この間のワンシーンを思い出して頬が緩んだ。





『ちょっとちょっと、あんまり見ないでくださいよ』

 手で目隠ししてきた芹香さん。その腰に手を回し、引き寄せた。

『こうしたら、見えないんじゃないですか』

『……湊斗さんって見かけによらずロマンティストですよね』

 腕の中の柔らかな温もり。芹香さんの香り。

 




 込み上げてくるあたたかい気持ちに、口角が上がった。

 あの日、いつものように義務感で参加した見合い。

 あれが自分の日常をこうも変えてしまうなんて思ってもいなかった。人生とはつくづく何が起こるかわからないものだ。
 
 

 ピリリリ



 考えを巡らせていたが、内線呼び出し音にハッと現実に戻った。

「はい、鈴木です」

『副院長、斗真先生がお見えです』

『にーいーちゃーーーん!!あっそびっましょーー!!』

 秘書の声の後ろから賑やかな声が聞こえた。おとなげない話し方に軽い眩暈を覚えながら返事をした。

「……どうぞ。いつも迷惑をかけてすまない」

 弟の愚行を詫びると、秘書は「いいですよ」と笑った。










「お茶ありがと。ねぇねぇ、一緒におしゃべりしない?」

「いえ、自分は……

「仕事中だ。巻き込むな。……あぁ、もちろん君がよかったら一緒に、と思うが」

「それ、"じゃあ" って言いにくいでしょーー。パワハラだパワハラだ」

「…………………………」

 秘書が淹れてくれた良い香りのお茶を片手に、軽口を叩いているのは弟の鈴木斗真。この病院で整形外科医をしている。(ちなみにもう1人の弟は救急科だ)
 
 容姿に優れていて、かつ本人の明るい(?)性格と相まって患者さんやスタッフの間でとても人気がある。
 斗真が外来担当の日は病院が騒がしいのですぐわかるな、と役員たちが冗談を言うくらいだ。

 しげしげと眺めながら、話がはじまるのを待った。
 斗真はお茶菓子を食べながら言った。

「もぐもぐ……どなの?なんか……もぐもぐ……なんでしょ?」

「……食べながら話すな。待ってるから、ゆっくり噛め。少しずつ飲み込めよ」

 全く、こいつの悪いクセは誰が何回言っても治らない。おそらく改める気はないのだろうと思い、こっそりため息をついた。斗真が大げさに飲み込んだ。

「……っん、父ちゃん達から聞いてさー。兄ちゃんまた見合いしたんだろ?」

 また、という部分に若干の悪意を感じ眉をしかめてみせる。

「お前が逃げ回ってるからこっちに来るんだろ。いい加減諦めて身を固めたらどうだ」

 今度は斗真が眉をしかめた。こいつは好きな女性を先輩医師と取り合って敗北した過去があるから「いい加減諦めて」の部分に傷ついたのかもしれない。
 独身を貫くことを、という意味で言ったのだけれど、訂正するのも面倒なのでそのままにしておく。

「……俺はいーの。今みたいに好き勝手やってるのが性に合ってるから」

「そうか」

「話戻るけど、なんか今相当ラブラブなんだって?父ちゃんが『家に帰ってこなくなった』って笑ってた」

「いや、いい年して実家にいたことが恥ずかしいんだが……」

「ははっ。そこはまぁ……バツイチのご愛嬌ってことで。で、どんな感じの人なの?泣く子も黙る副院長様がぞっこんになる人って?」

 斗真が目を輝かせて身を乗り出してきた。
 いくつになってもかわらない、こどもの頃と変わらない様子をかわいく思った。

「どんなと言われても……。そうだな……身長は165cm、BMIは……19くらいか。やせ傾向だな骨粗鬆症のリスクを伝えねば。けれど血色はよく、健康的な印象だ」

「だぁぁぁぁぁそうじゃなくて!!!!いや、うっかり思い描いてたけど!!!!」

 斗真が、外国人が何かを訴えるときのように大きな動作で両掌を空に向けた。

「カルテじゃないんだから!!もっとこう……あるだろ?かわいいとか美人とか、優しいとか!!」

「あ、あぁ……そういうことか。えと……そうだな……」

 芹香さんをどう形容したらいいものか。人に恋人の説明なんてしたことがないので、何をどう言えば誤解なく伝わるのかがわからない。
 思ったことを言ってみることにした。

「……きれいな、人だと思う」

「おっ」

「頭の回転がはやいから、話していて楽しい」

「兄ちゃん、知的な女性好きだもんね」

「あとは……」

「うんうん」

「一緒にいて落ち着く。素直な自分でいられる」

「それ最高じゃん……!!!!」

 斗真が今度は舞台俳優のように胸に手をやり、頭を振った。

「まさか兄ちゃんからそんなセリフ聞ける日が来るなんて……!俺今まじで感動してるー!」

「…………………………」

「えー、医局のみんなに言っていい?言いて~~~~!!」

「……言ったらお前を病院から放り出すからな」

 うっかり出てしまった本音に赤面しながら、斗真に釘を刺した。うちの病院のスタッフ達は噂が大好きなので(恋愛系は特に)、餌食になってはたまらない。聞くのは好きなのだけれど。

「あはは!わかった言わないから。あ~会ってみたいな~。ていうことで、今度部屋に遊びにいっていい?」

「は?」

「いーじゃーん!兄がお世話になっています、って挨拶したいし」

「…………………………」

 きらきらした笑顔で頼まれ、どうにも断りきれない。


「芹香さんにきいてみる……」

「やったーー!」


 斗真がこどものように喜んだ。










「…………という経緯でして。芹香さんのご都合が良い日に会ってやってくれませんか」

 愛を交わした後、髪をなでながら今日の出来事を伝えた。腕の中の彼女は、時折俺の胸に顔をうずめながら話を聞いていた。

「芹香さん?聞いてます?」

「あ、はい、イケボに浸ってはおれど内容はちゃんと頭に入ってます……じゃなくて、うん、弟さんが遊びにきたいって言ってるんですね?」

 芹香さんはたまによくわからないことを口走っているが、そこもまたかわいらしいと思う。
 ぎゅっと抱きしめ直すと嬉しそうにくすくす笑った。

 芹香さんは俺の視力はよくないからあまり見えていないだろうと油断しているようだけれど、これだけ近くだったらちゃんと見えていることは、もう少し黙っておこうと思う。
 こんなに安心してリラックスした表情を見られなくなったら大変だ。

「来ていただくのは別に構わないんですが、私うまく話しできますかね……。それが心配です」

「大丈夫です。整形外科は明るい医師が多いのですが、その筆頭があいつですので。放っておいても1人で話していますから、ご心配なく」

「あはは!そうなんですね。その話、信じますよ?」

 芹香さんがいたずらっぽく笑い、俺にキスしてきた。その優しいキスにこたえていると、また自分が昂ってきたことを感じた。

「……芹香さん」

「うん?」

「もう一回したいです」

「え、あ、はい」

 芹香さんを組み敷き、想いを込めて口付けした。
 時折漏れる悩ましげな声にますます昂ってくる。
 
 白い首筋や胸元に跡をつけたくなったけれど、芹香さんが困るだろうと思い自制した。

「芹香さん、好きです」

「……うん……私も……」

 この夜がずっと続けばいいのに、と柄にもなく感傷的な気分になった。
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