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黎の章
第105話「五里霧中」
しおりを挟む日が沈んで数時間。
夕飯後にアルが会議に呼び出され、俺は1人、あいつの執務室で読書しながら時間をつぶす。
ちなみに、読んでいるのは100年くらい前に成立したらしい、神話交じりの歴史書だ。日本で言えば、古事記がこれに近いかな。
もう1つちなみに。
地球の西洋に比べてはるかに早く「紙」が普及しているらしいこの世界では、既に現代に近い形の「本」が存在している。まあ、本というよりも「冊子」と表現した方が伝わるかもしれないが。
とはいえ、貴族相手に作られただけあって、装丁も中々だ。
ついでに地球で言えば、紙が発明されたのは紀元前の中国らしいが、この世界のオルシニアにおいては、製紙技術は海の向こうから伝わってきたそう。
そして、技術が発達すること百と数十年。
徐々に貴族向けとはいえ、娯楽としての創作物――いわゆる「小説」の原型も存在を許される程度には文明が発展しているという現状。
いやはや、すごいねぇ。
まだ手書きで書き写す、写本としての拡がりだが、日本で言えば平安時代に相当する。技術面での進歩は元より、文化面での進歩も目覚ましい。
そんなことを考えつつ、紙面に目を滑らせていれば――。
「お、意味の分からん単語、発見」
あまりシーンとしているのも寂しいもので、思わず独り言を呟いた。
むなしく響くそれに苦笑しつつ、俺は手製の鉛筆モドキでその単語を別の紙に書きとっておく。
もちろん、後でアルに訊くためだ。
アランやイサナに教えている手前、彼らの前で「わかりません」は避けたいところ。
こんなふうにこちらの世界に関する知識を増やすと同時に、オルシニア語を覚えていくのが最近の日課だ。
あ、そういや、メッチャどうでもいい話だが。
先程、「手製の鉛筆モドキ」と言ったが、これについて注釈を1つ。
突然だがみなさま、俺の魔力の属性を覚えているだろうか。
そう、“土”だ。
はい、説明終わり。
俺の魔力の属性は“土”だから、本来この世界にないはずの鉛筆が、俺の手にかかればお茶の子さいさい。一瞬で作れる。
一々、インクをつけつけ文字を書くのも億劫だったんで、ダメもとでやったら出来ちまった。
今では、子供たちが勉強するのにも重宝しているし、アルも個人的な書きつけはこっちを使っているらしい。
擦ると汚れるのが難点だが、羽ペンより書き味が軽いし、なによりインクが必要ない。相変わらず地味な貢献だが、何気に俺は気に入っている魔力の使い方、なのだが……。
え? 意味不明だって?
まあ、アルに言わせても、俺みたいな“土”の魔力の使い方は聞いたことないって言ってもんなぁ。
要は、俺の魔力の領分ってのを「非生命的な有機物」、つまり「炭素」を主な対象にしていると解釈したからこそできたことだ。
そういう認識で、そこらの土に魔力を向けてこねくり回したら、炭素の塊、いわゆる黒鉛を創り出すことに成功した。
……ぶっちゃけると、やってる俺自身もよくわかってないのだが。
昔、大学の教科書で見た黒鉛の立体構造を頭に置きながら土くれに魔力を向けたら、何度目かでできちまったんだ。
その後、同じモノを創り出すのにちょっとした試行錯誤はあったが、今ではなんとかマニュアル化して安定的に鉛筆モドキを造れるようになっている。
見た目は地球の鉛筆よりも少し太めの黒い棒、これに布を巻き、ナイフで削ってペンとして使う。
話が逸れるが、この分だとディーに協力してもらえばダイヤモンドもいけるかもしれないな。
更に、ハクも加われば色違いで他の宝石もワンチャン……。
まぁ、絶対やらないけど。
特に必要性もないし。
そんな益体もない思考を巡らせていれば、部屋の前に人の気配。
まもなく、扉がゆっくりと開かれれば、そこにいたのはアルとローランドさん。
「ようやく終わったか。お疲れさん」
ちょっとしたやりとりの後、一礼したローランドさんが退室していく一方、アルは俺の方に歩み寄りながら言った。
「そうして待っているくらいなら、貴方も会議に参加すればいいでしょうに」
そのまま執務机の正規の側に回り込んだアルは、俺の向かいに椅子を引いて腰掛ける。
「おいおい、またその話か」
対する俺は、視線を手元の本に向けつつ自分の背もたれに体重をかける姿勢をとった。
「おそらく許可はでますが」
胡乱げなアルの表情を一瞥し、俺は苦笑して言った、
「そりゃでるだろうな。キャラで言えばルドヴィグはドS――いや、物好きだからな。面白がって許しそうだ」
何しろ、王太子が死んだ直後の会議には、アルの付き人という態で無理やり引っ張り込まれたし。……あの時はホント生きた心地がしなかった。
「……では、なぜ?」
重ねて訊いてくるアルに、俺は言った。
「周りが受け入れないからだ、前にも言っただろうが」
「……」
一瞬の沈黙に、俺はこの話が終わるのだろうと視線を戻す。
しばらく別のことを考えてたのもあって、本の内容があやふやだ。ページを戻ろうと手を動かしていれば――。
アルが言った。
「時々、あなたは頑なに、その“マワリ”というのを気にしますよね。ですが、あなた自身は本当のところ、自分がどう思われようが気にするような性格ではない」
「……」
「なぜですか」
仕方なしに視線を上げれば、こっちを淡々と見てくる2つの翠。
問いの意味としては、周囲を気にしてないはずなのに、なぜそれを理由に目立たないようにしたいのか、って感じだろうな。
そう考えながら、俺は思わず吹き出すように言った。
「はぁ。相変わらず、お前はなぜなぜ期の幼児かよ」
「……」
俺が目を細めて苦笑した一方、アルは相変わらず無言で答えを要求してくる。
大人しく手元の本を閉じ、俺は言った。
「こういうのは、なるべく言いたかないんだが」
いくぶん背を伸ばし、言葉を継ぐ。
「――俺が、可能な限り出しゃばらないようにしてるのは、お前とルドヴィグのためだよ」
意味が分からない、と言いたげなアルの表情を眺めつつ、俺は言い足しておく。
「あともちろん、嫉妬やらの悪感情をなるだけむけられたくないってのもあるけど」
何しろ、アルの言う通り、比較的周りからの評価を気にしない方だが、別に好き好んで恨まれたいわけじゃない。
そんな意味で付け加えれば、アルが言った。
「……どういうことです」
これは、最初の答えに対する疑問だろうな。
俺は意識的に困った顔を作って言った。
「人の上に立つ奴が率先してルールを破るのはやめた方がいいって話だよ。ちょっとした衝撃で組織が瓦解するからな」
「……」
「特に、俺に関しては特例にする理由を大っぴらにできない。なのに、本来貴族しか参加できないはずの御前会議まで当然のように参加するとなったら……」
片手に本を掲げ、首を傾げて俺は言う。
「まあ、不満は噴出。その悪感情が俺にだけ向いてるうちはいいが、対象がお前やルドヴィグになるのにそう長い時間はかからねぇだろう」
なにせ、許可を出すのは上の人間。
なぜこんな状況を許すのか、と、負の感情は間違いなくこいつらに向く。
「……」
「要は、人の上に立つ者としての信用が落ちるんだ」
俺が話を締めるように言えば、アルは言った。
「だからこそ、規則は守れと」
「そう。時に破ることも必要だったりするけどな。……とはいえ、そんなリスクを負ってまで、特別扱いする価値が俺にあるか?」
「……微妙なところでしょうね」
「正直にどうも」
皮肉じゃない。当然の評価だろう。
俺は苦笑して言った。
「まぁ、とにかく、ルールを作る側の人間にこそ、実のところルールを守る義務があるんだ。地球で言えば政治家とかがそうだが、そういう立場にある者が個人的な理由で誰かを特別扱いすれば、それは犯罪と見なされる。……たとえ、そうすることで組織に利益があろうとな。社会ってのはそういうものだ」
「なるほど」
もちろん、こちらの世界でルドヴィグやアルを罰する法は無いに等しいが、組織を率いる者として、なんでも好き勝手やれるわけじゃないってことは変わらない。
この点、ルドヴィグの方もあまりわかってないようだから、俺の心の安寧のためにも、あっちは自分で察してくれると嬉しいんだがなぁ。
一方、俺が会議に参加しないことで、アルには二度手間をかけてしまうわけだが……。
「それで? 今回はなんの話だったんだ?」
俺は話題を切り替えつつ、パタリと音を立てて本を執務机の上に置く。上半身も心なし起こしながら、両肘を机に立て、アルに向き直った。
何しろ、俺はこの話を聞くために待ってたんだからな。
そうして視線で促せば、逆に椅子へ深く身を預けたアルは、溜息を吐くように言った。
「総括すれば都の状況に関してです。王太子の葬儀のあらましと、グスターヴ殿下の立太子が春先になりそうだという話。……そして――」
言葉を多少迷いつつ、アルは言った。
「――どうやら、国王陛下が病にかかっているという噂、が今回の大きな報告内容です」
「…………最後のそれは、あらゆる意味で不穏当だな」
苦々しく思いながら俺が言えば、当然アルも頷いた。
「ええ。……特に、現在の状況では」
そうして押し黙ったアルに代わり、俺は言った。
「ルドヴィグが謹慎、王太子は死亡、国王陛下も病気、ね……。ちなみに、王妃はどうなってるんだ?」
こういう時、王妃自身やその生家が実権を握って政治を引き継ぐことがままある。日本の歴史で言えば鎌倉幕府の北条氏が有名かな。
その可能性がこっちでもあり得るのかを訊いたのだが。
「……既に亡くなっており、空席です」
ちょっとした間が空いたが、答えが返る。
「そっか。じゃあ、王太子妃は」
正確には、元王太子妃だが。
今回亡くなった第1王子の奥さんの方はと言えば――。
「一応、いらっしゃいますが、ほとんど名ばかりでまともな実権はないと聞いています。生家も先々代国王の姪が嫁いだ公爵家。と言っても、こちらも名ばかりの没落貴族。今後、大きな動きを見せるような可能性は低いでしょう」
「当然、子供も無しか」
「ええ」
そりゃ、かわいそうに。
その彼女は若い身空で未亡人。恐らくは今後再婚もできないだろうから、出家かな。
子供さえいれば、待遇も変わっただろうがな。
「ってことは、やっぱり第2王子が順当に世継ぎになるんだな?」
「……」
「違うのか」
俺が胡乱な調子で訊き返せば、アルは微妙な表情で首を振った。
「わかりません」
その、何かもの言いたげな様子に、俺はちょっと考え、言った。
「あー、ルドヴィグの継承権がまだあるって部分と、王様の意思表示が関わってくるって感じか」
「ええ」
俺の言葉にアルが頷く。
「かねてより、ルドヴィグ殿下の王位継承権は不自然に残されてきました。この点に関し、陛下は一切の明言を避けていますが……」
「まぁ、王様が何を望んでいるかはバカでもわかるわな」
つまり、王様としてはルドヴィグに継がせたい、と。
少なくとも、そう邪推するのは簡単だ。
「で、ここに関係するのが、“国王陛下は病気”っていう噂か」
「そうです」
アルは言った。
「現状、都の政治はグスターヴ殿下が主導しているそうですが、それが意図して作られた状況なのか、はたまた偶然の産物か……。貴族たち、特に地方貴族たちの間では、かなり動揺が広がっているそうです」
要は、グスターヴが王様の口を封じてるんじゃないかっていう話だ。
病気、というのは単なる噂であって、不都合なことを言われないよう、第2王子が自分の父親を閉じ込めてるんじゃないか、と。
うわぁ……。
アルの眉間の皺もこれ以上ないほど深い。
「このままでは、貴族たちの間でいらぬ争いが始まりかねない」
「グスターヴに従う派と、国王の真意を探る派と……って感じか」
俺の補足に、アルは頷く。
「そうです。そして十中八九、グスターヴ殿下の対抗馬として、ルドヴィグ殿下が担ぎ出される」
「……そして、下手すりゃ内戦、か」
「最悪の想定ではありますが」
山向こうも不穏だっていうのに……。
俺は、やれやれと首を振りつつ言った。
「ホント、国王陛下はなんでルドヴィグを臣籍にしとかなかったんだ? ひとまず君子危うきに近寄らず、危ない火種は残しとかなきゃよかったのに。
何かしら考えてたのかもしれないが、肝心なところで息子に抑え込まれてるんじゃ世話ねえよなぁ」
「……どうなんでしょうね」
俺の言葉に何を想ったか。
アルがボソリと呟いた。
「あの御方の内心は、恐らく誰にも読めませんよ」
その、いつもよりひと際色のない声音。
視線も合わない無表情で、無感動なその様子。
仮にも、自分が仕える対象へそれを向けるその心情が、俺には到底、想像もつかない。
「それを読み取ってやるのが、従う者の努力義務ってやつだろ」
「…………そうなんでしょうね」
投げやりに言った俺の言葉に。
アルは長い沈黙の末、頷いた。
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