理系が転生したら非科学的存在 (魔物)でした

秋人司

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緋の章

第42話「相性――あるいは世界の理」

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――ディー。やはり貴女は、この地を守護する神の名にふさわしいと、私は思う。

――可能なら、これからもこうやって、皆を守ってくれる存在でいてくれると嬉しいな。



「それが、彼奴あやつの最期の言葉だ」

 そう言って、話を締めくくった赤髪の人物――ディーは、そのかんばせに懐古の情を浮かべて口を閉じる。

 その表情からは、ディーにとってその“最期の言葉”がどれだけ大事なモノであるかがうかがえた。



 場所は宵闇たちの野営地。
 焚火を囲み、ハクやイサナもその場にいた。


『つまり、その人って……、もう死んじまったのか?』

 他のモノたちは、突如として場に割り込んできたディーへ、未だに警戒の姿勢をとっていたが、しかし好奇心に負けたのか、黒い虎――宵闇ショウアンが念話で問う。

 それへ、ディーは何気負うことなく微笑み返して言った。

「ああ。何しろ、彼奴は我と出会った時点で既に病に侵されていた。……それに、もう遠い昔の話だ。いずれにしろ寿命で死んでいるくらいには、な」

『そうか……』

 宵闇はその先の言葉に迷っていたが、対するディーはそれに構わず、余裕のある声音と態度で言った。

「これで、汝からの問いには答えられただろうか? もう一度言うが、我は彼奴のくれた言葉に、なるべく背きたくはないと思っているのだ」

 その言葉が向かう先は、夜闇にも輝く金髪の青年――アルフレッドだ。

「……だから、初対面の僕たちにも貴女は力を貸す、と」

「ああ」

 冷淡にも聞こえるその青年の言に、それでもディーは鷹揚に応じる。

 だが、彼女は一転、眉を寄せて言った。

「――我が何もしなければ、此度の災厄では多くの命が失われる。それは自明のことだ。だが、それが分かっていてもなお、我だけではこれを到底抑えることは叶わない――。そう思い、これまでは諦観を決めていた」

 「しかし」
 そう言って、ディーは微笑む。

「お前たちの力もあれば、あるいはと」

「……」

 その柔らかでありつつも決然としたディーの視線を、アルフレッドは静かに見つめ返すのみだ。

 代わりに応えたのは宵闇だ。

『そういうことなら、俺たちと目的は同じだ。こっちこそ、力を貸してもらおうじゃねぇか。なぁ、アル?』

「……」

『アル?』

 宵闇が返答を促すも、アルフレッドは黙したまま。
 何かを推し量るように、彼はディーに対し警戒のこもった目を向け続ける。

 その尖った雰囲気に宵闇は困惑する一方、それに対するディーは揶揄うような調子で言った。

「ふむ。そちらの人間と我は、魔力の相性が悪い。だから、であろうか?」

『?』

 宵闇をはじめ、ハクやイサナも物問いたげな視線を向ける中、ディーは青年のことを見返したまま、言葉を継いだ。

「お前が懸念しているのは、万が一の際、我を抑えられるか否か。そうであろう?」

『!』

 驚きとも納得ともとれる宵闇の視線を受けつつ、アルフレッドは静かに頷いた。

「ええ。忌憚なく言ってしまえばそうです」

 一方のディーは、面と向かって警戒心を肯定されたにも関わらず、むしろ興味が高まったとでも言うように、その表情を変える。

「汝は人間だというに、よくよくモノを知っているようだ。確かに、汝の魔力がどれほどあろうと、我を抑えることは難しいな」

「……」

 アルフレッドは黙したままだったが、その言葉を否定することもない。一方、その衝撃的なディーの発言に、宵闇は目を見開いた。

『どういうことだ?』

 彼の認識では、魔力を用いるモノ同士の争いは魔力量の多少とその使い方で決まると思っていたのだ。
 その点において、アルフレッドに不足があるとは思えない。

 だが、赤髪の麗人――ディーは、アルフレッドがどうあっても彼女に勝つことは難しいと言った。また、魔力の相性が悪い、とも。

 では“相性”とは何か? と、ここにきて明かされた新たな要素に、宵闇は戸惑いを隠せなかった。加えて、その反応はハクやイサナにも共通している。

 それらの反応から、一般的には知られていない話なのは明白だった。

 そんなモノたちに向けて、ディーは楽し気に告げる。

「我らを構成している力、すなわち、お前たちの言う“魔力”とその“属性”に関しては、実に面白いことわりがあるのだ。……我でさえ、ようようその全容を把握し始めたばかりの、な」

『……』

 先を促すような場の雰囲気に、彼女は気をよくしたように言葉を継ぐ。

「これは既に明らかな事だが、我の力は、お前たちの定義に合わせれば“火”に属する。また、お前たちの力はそれぞれ“木”“土”“金”の性質だ。そしてここに“水”が加われば、属性としては全てになる」

 その説明に、にわかに宵闇は身じろいだ。

『……なんか、どっかで聞いたことあるような組み合わせだな、おい』

 生憎、その呟きは最も近くにいたアルフレッドにしか聞こえず、ディーによる講釈はなお続く。

お前たちニンゲンたちの理解では、“属性”は『適した“媒体”が何か』といった程度のモノらしいが、まさかまさか。――そんなつまらん話ではない」

 そう言って、ディーはようやく本筋に触れる。

「手短に要点のみを述べれば、だが。各適性を纏う魔力、それ自体も、言うなれば媒体と同じ性質をもっているのだ。もっと正確に言えば、同じ性質を持っているからこそ、その媒体を媒体として用いることができる、と言えるな」

――とはいえ、その内容は小難しい。

『あー、えっと、つまり……?』

 さすがの宵闇であっても、慣れない“魔力”の話は理解が追い付かなかったのか。黒い獣が助けを求めるように青年へ視線をやれば――。

「つまり、植物に対して適性のある僕の魔力は、火の適性のある彼女にとっては燃料のようなもの、と言うことです」

 無事、比較的わかりやすい表現に置き換えられた。
 これには宵闇も表情を明るくする。

『ああ、そういう……。けど、それってヤバい……のか?』

 続く宵闇の問いに、アルフレッドは淡々と言った。

「ええ。もし仮に僕と彼女が敵対した場合、魔力総量も拮抗していますから、僕の方が不利になります」

 この言に、ディーは相変わらず薄くほほ笑み、付け加えた。

「だが、その黒いの宵闇にとっては、我の魔力は糧になるぞ?」

「……そうですね」

『へえ……』

 なんとも微妙な相槌を打った宵闇のことは脇に置き、アルフレッドとディーのみで話は進む。

「どちらにしろ、我はお前たちと反目する気はない。むしろ、よくぞここまでが集ったものだと感心しているのだ」

「……」

 そう言って、ディーは嬉しそうに口端を上げた。

「ちょうどこの機に、山から出ようとも思っていたところだしな。我としては、ぜひとも長いつきあいを望むところ」

 その言に、アルフレッドはピクリと眉を震わせ、わずかに拒否の空気を見せる。が、それに気づいているのか、いないのか。赤髪の麗人は艶やかに微笑んだ。

「――ぜひ信じてくれると、我も嬉しい限りなのだが。どうであろうか」

 その様はどこまでも純粋であり、恐らく本心から言っているのは明らかだった。
 アルフレッドもまた、かつて神を求めディーと遭遇した女のように、その善なる性質を垣間見る。

 しかし、アルフレッドにとって「他者を信じる」という行為は中々簡単なことではないのだ。ましてや、相手は己に比肩するどころかこれ以上なく魔力の相性が悪い存在。

 理性では理解できていながらも、身に沁みついた習性が、アルフレッドに“疑うこと”を強制する。

 彼の胸中は複雑に揺れ動いた。

 しかし結局――。

「……わかりました」

 青年から了承の言葉が漏れる。

 元より、バスディオ山の噴火による被害を抑えるため、ディーの助力は不可欠なモノだ。
 選択肢などありはしない。
 
――とはいえその声音は、躊躇う本能を無理に理性で抑えつけたようなものだった。

『……』

 一方、そんな、言ってしまえば青年の精神状態を、宵闇だけは窺い知っていた。

 アルフレッドは表面上、完璧にその感情を覆い隠していたが、しかし、宵闇にはその怯えや恐怖といった感情が明確に伝わってしまっている。

 おそらくは、生い立ちが関わっているのだろう、その青年の必要以上の警戒心に、宵闇は心の一部で呆れつつ、だがせめて少しでもその緊張が和らぐようにと。

 彼は上体を起こし、青年に寄り添ってやることにした。

 生憎、その相手――アルフレッドは「余計な事を」とでも聞こえてきそうな鋭い一瞥を寄こしてきたが。

 しかし、背は宵闇に預けたままだ。

 これには虎も喉奥で笑いつつ、改めて正面にいる新たな仲間へと視線を向けた。



「ひとまずディー。これから、よろしくお願いします」

「ああ。こちらこそ。汝らの助力を願う」











 そうして、互いの紹介も済ませれば、再度今後の方針に関して話題が戻る。

 何しろ事は急を要するのだ。

 ディーという新たな存在が加わり、未だ警戒とぎこちなさはあるものの、時間は有限だ。早々に対策を練るに越したことはない。

 とはいえ、非常に都合よく“火”“土”“金属”の適性をもち、更には並外れた魔力を有するモノたちが同じ場に揃った今、事にあたるに不足はないと言っていい。

 あとはどれだけ各自が連携して動けるか、というだけのこと。

 それでも様々な状況を想定し、彼らは議論を詰めていく。

 ちなみに時々、アルフレッドやディーによる魔力の扱いに関する講義が挟まれたが、その度に宵闇が微妙な顔をするのは、もうお約束。

 『ここにきて“五行思想”とか。この世界、どうなってんだよ』というボソリとした宵闇の呟きには、いつもの如く青年が反応しかけるも……。

 先と同様、話を脱線させるわけにいかないため、結局のところ流された。



 そうして、いい加減夜も更け、ようやく論も尽きてきたかといったところだった。

 ふと宵闇が、ディーへと問いを投げた。

『もしかして、何日後に噴火――災厄が起こるか、とかアンタはわかんのか?』

「ああ」

『マジかよ』

 ディーからはあまりにも軽く肯定が返り、宵闇は反射で言ってしまう。彼からすれば、ダメで元々、で訊いたのだ。

 対するディーは首を傾げながら、まるで託宣のように告げた。




「災厄が始まるのは3日後の昼からだ。恐らく、ほとんどズレはあるまい」


















――そして、その言葉の通り3日後の正午過ぎ。

 遂にバスディオ山、山腹から、鼓膜を割るような音が鳴った。

 何事かと山へと視線を向けた人々が見たものは――。


 黒々とした大量の噴煙と、吹き上がる灼熱の溶岩。


――そして。

 バスディオ山を周遊するように空を駆ける、赤く輝く“神”の御姿みずがただった。


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