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翠の章
第69話「埒外の――」
しおりを挟むいやあ、よかったよかった。
間一髪、俺たちは間に合った。
……何にかって?
もちろん、ルドヴィグの危機にだ。
何しろあいつに死なれちゃ、アルが王都に戻る道も絶たれちまうからな。つい先日、ルドヴィグの謹慎を知って肩透かしを食らったが、それでも彼の有用性は変わらない。
さすがの俺も焦って、取るものもとりあえず場に乱入しちまった。
アルの言った通り、こっち方面を警戒しといてホント良かった。
ひとまず、そこまでの経緯やらなんやらは割愛させてもらうが――。
今はそんなことより。
別件で対処しなくちゃいけないことがある。
『で? どうすんだよ、ソレ』
俺は、遠ざかるルドヴィグたちを見送ったのち、アルを振り返って言った。
ちなみにソレとは、アルが魔力で生やした植物――地球で言うブドウ科ツタ属つる性の植物のことだ。
デカいクマの動きを止めるのに役立ってもらったが、そのツタ植物がまだ枯れもせず死体に絡みつき青々としてる。
危ないからいつもすぐ枯らすんだが、さっきからアルが微妙な顔して見つめてる通り、それが上手くいっていない。つまり、完全に制御を外れてる。
これって一応、ヤバい状況ではあるんだが…………。
アルはいつものように淡々と言った。
「どうしましょうね」
おいおい……。
『お前がそんなこと言うの珍しい、ってか、これ完全にお前のミスだよな。めっずらしい』
重ねて言ってやった俺に、アルは首を傾げた。
「ミス? ……ああ、失敗という意味でならそうですね。魔力を与えすぎた。……やはり以前と色々変わったので――」
『感覚が違う?』
「ええ。魔力量も増えていますし」
アルの返しに俺は思わず笑っちまった。
『それでやりすぎちまうのは、すげぇお前らしいな』
「どういう意味ですか、それは」
『いや?』
睨まれちまったんで、俺は急いで話題を変える。
『ま、特にお前が扱うのは有機生命体だし、しょうがねぇ。こういうこともあるよな――って、うわぁ、動き出した』
そう。
俺たちの視線の先で枯れないツタ植物が、遂に動き出した。
こう、ウネウネと。
異世界広しといえど、こんなアクティブに動く植物は1つの可能性を除いて他にはない。
まるで更なる養分を欲しがるようにツタが伸びようとしてるから、俺は射程内に入らないようちょっと下がり、対するアルも下がりながら適当にツタを斬り払った。
「完全に魔物になってますね」
その断面に視線をやりつつ、淡々とアルは言う。
…………ところで。
なぁアル。
今もすっげえ冷静だが、これって結構な衝撃シーンなんじゃねえの?
もっと表情変わってもよくね。
とはいえ、そんなことを思っている俺も心情はそんなに変わらない。
何しろ、ツタ植物がアルの制御を外れた時点で半ば予想していたことだ。
あえて言えば、実際に“その瞬間”を目にできて感慨深いというかなんというか。……要は、この異世界の真理の一端がこれで確かめられたんだからな。
少し過去を思い返すと、イサナが俺と同じ考えを口にしたときの驚きが懐かしい。
この際ぶっちゃけちまうが、あの時は偉そうに説教めいたことを言いながら、一方で俺は重要な知見を得られたと興奮してもいたんだ、実は。
ざまぁない。
そして今回、アルの過失とはいえ更に核心を突く事象をこの目で観察できた。理系出身としてはその決定的瞬間に立ち会えて――どう、この感慨を形容すればいいかわからんが――とにかく感慨深い。
そんなことを考えていた俺は、何気なく言っちまう。
『下手するとこれって、世界初“魔物を人工的に創り出した瞬間”だよな』
『――イサナは更にこの先を成功させてるけど』そう続けた俺に、アルはこっちを見つつ言った。
「既に僕という先例もいますが」
『…………』
思わぬ返しに、俺は全力で目を逸らす。
『……………………俺はその点、認めてねぇから』
ああ、そうだ。
認めないったら認めない。
……何をかって?
まぁ、ざっくり説明させてもらえば――。
実はつい先日、青藍を閉じ込めてた森の結界を解除するのに色々――そう、ホントに色々なことがあったんだが。
その時のことで、俺たちはちょっとした言い争いをしている。
いや、それで険悪になるような話じゃないし、実質もう終わったコトなんで、もうどうしようもないんだが。頭の固い俺は未だに、こう……、こだわっちまってんだよなぁ。
そんな俺の態度に、アルは溜息を吐いたらしい。
「事実は事実でしょう。いい加減、受け入れたらどうです」
『……ノーコメントで』
「……まあ、いいです」
よし、今回も諦めた。
一方、首を振ったアルは、足元のツタ植物に話題を戻して言った。
「――彼の言を信じれば、これにさらに魔力を与えると生物の枠を外れるんでしょうね」
『だろうな』
俺の同意を聞きつつ、アルは言う。
「ひとまず、今回の失敗でなんとなく魔物化に必要な魔力量はわかりました。
やはり、一般的には容易でない魔力が必要です。少なくとも、我が国では初でしょう」
そうして、アルは迷うように言葉を継ぐ。
「――ですが、隣国はどうかわかりませんね」
ああ…………。
そういや、この国のお隣さんも不穏だったっけなあ。
俺は思い返しつつ言った。
『確かにそれはありそう。で、シリンさんの開発した従魔術とのコンボで最強魔物軍団の出来上がり、ってか』
うわっ。自分で言ってて寒気がする。
アルもこれ以上ない渋面で言った。
「…………全くもって笑えない予想ですね」
『…………無いと思いたいが』
ホント。
平和が一番、なんだが……。
途切れた会話に、再度アルが話題を戻す。
「どちらにしろ、これであなたの説が実証された。……いや、3回やらないと、でしたっけ。試しますか」
いつだか俺の言ったことを掘り返し、アルが大真面目に言うもんだから俺はもちろん止めた。
『危ねえから。別に確かめんでいい。というか、まずはこれをどうにかしようぜ』
ルドヴィグも待たせていることだしな。
動き続けるツタを前脚で指した俺に、しかしアルは相変わらず緊張感皆無で言った。
「斬っても再生していないのでそれほど慌てなくても。……ついでに、もう1つ試してみたいことがあるので、少し待ってください」
そうしてアルは瞑目し、何やら始めたようだった。
しょうがないのでしばらく様子見していれば、そのうち肌がザワつく感覚が強まってくる。魔力が高まってる証拠だ。
どうやらアルは、蠢くツタと魔物の死体、それらを囲むように魔力を薄く展開してるらしい。
眉間に皺を寄せながらアルは片腕を持ち上げる。
ここまでおよそ数十秒。
しばらくは俺も我慢していたんだが、遂に黙ってられず言ってみた。
『何してんだ、アル』
「邪魔です。集中しているので」
『へーい』
間髪入れずに返った答えに、まあそうだろうなと思った矢先。
『――うっわ!』
パチン、という前世では聞き慣れた音――アルが指を鳴らした音だった――がしたと同時、俺の眼前に火の手が上がった。
円状にブワッと、一瞬にして。
たぶん、近いのはガスコンロの点火だ。あんな感じの火が、魔物化したツタとクマの死体を取り囲み、次いでその死体に纏わりつくように収束した。
そうして主にツタをジワジワと焦がしつつ、何を燃料にしてんのか不明な火は、呆然とする俺の目と鼻の先で燃え続ける。
たぶん、魔力が熱エネルギーに変換されてるとかだと思うが…………。
それにしても。
…………いやぁ、マジビビった。
っていうか、アっツッ!
怯えたネコよろしく、軽く飛び退った俺を知ってか知らずか、アルは言う。
「発火までが長い……。実戦で使うには――」
そんな勝手な独り言に、俺は呆れかえって内心叫ぶ。
おいおい!
注意喚起しろよ! 事前に!
だがその動揺をストレートに表すのも癪なんで、俺は火元からはもちろん、アルからも慎重に距離を取りつつ唸った。
『……試したかったのってこれか』
「ええ。やってみたら出来ました」
相も変わらず淡々と言いやがって、こいつぁ……。
確かにツタについては、これで無事焼き殺すことができそうだ。――が、俺は言いたいことが満載で、上手く言葉が出てこない。
だから、とりあえず言ってやった。
『……なんかお前今日、テンション高い?』
「どこがですか」
お、「テンション」の意味、一発で通じた。
俺が変なとこに感心した一方、アルは呆れた視線を向けてくる。
おい! その視線を向けたいのは俺だっつうの!
実際、今日のこいつはちょいちょいおかしい。そうだろ?
いつもはもっと慎重に行動するし、返答は明確。対する今日は端々に緊張感がねえというか、適当な感じが…………。
そうしていつもとの違いを考えていた俺は、周囲に目をやって気づいた。
ああ、時間帯だ!
朝早いからだ!
ちなみに、現在の時刻は前世の感覚で早朝6時を過ぎたかどうか。つまり、起きた時間は5時よりも前。
最近アルは眠りも浅かったみたいだし、普段はそれほど問題ないから忘れていたが、そういやこいつ血圧低くめで弱かったよ、朝に。
さっきまでは戦闘で気を張ってたが、その反動が今になって出てきたってわけか……!
俺は原因に思い当って一気に合点がいった。
そうして急に首を縦に振り始めた俺に、アルちゃんは変なモノを見る目を向けてくる。が、話が進まないんで俺はそれを無視して言った。
『ええっと? まず、今の光景はお前の属性が3つに増えた瞬間、ということでいいわけだな?』
「まあ、そうです。……僕も魔力で発火現象を起こすのは初めてです」
おおう。初めてだと……?!
まぁ、そりゃそうだ。俺が見たことねぇんだもんな。
いやぁ。
…………今日のこいつ、ホントヤベーな…………。
俺は再度、アルからそこはかとなく距離を取りつつ言った。
『へえ…………。それって凄いこと、なんだよな?』
一方、ツタを焼き尽くし徐々に小さくなる火を見つめつつアルは言う。
「…………どうでしょう。例えば、グスターヴ殿下は“火”“土”“金属”に適性があるそうですし。探せば他にもいるでしょう」
俺はこの間、答えが返るまでの微妙な間と一瞬揺れた視線を見逃さなかった。
こいつも大概、誤魔化すのが上手いがそろそろ俺も慣れている。
溜息を吐いた俺は確信をもって言った。
『……いいか、アル。謙遜も過ぎれば嫌味になるからな。
それを踏まえて聞いてほしいんだが、もしやそのグスターヴは魔法・魔術において大天才とか言われてるんじゃねえよな? 第一、属性が後天的に増える、なんてことが普通にあんのか? 俺の印象ではないと思っていたんだが?
付け加えると、俺もこの世界の常識を知っとかないと、またいらんこと言っちまうかもしれねぇじゃねえか。そこんところ、伝達は正確にしてくれ、頼むぞ?』
「…………」
立て続けに言ってやれば、返ったのは沈黙。
だが、その表情を見れば意味するところは明白だった。
『――やっぱ、全部図星みたいだな』
半眼になって言えば、アルは気まずげに目を閉じる。
「ハア……。その通りですよ」
そうして素直に嘆息したアルは、粗方鎮火した火元に近づきつつ言った。
「――不正確な情報を伝えたのは謝ります。……ただ、僕の事に関しては、今更隠す必要もないかと。
既に周囲からの警戒度は高いですし、そもそも魔力量が増えている。そんな状況で更に扱える属性が増えていようと、それはもはや誤差だ。対応も変わりません」
『…………まぁなあ』
俺は百万語を飲み込んで同意する。――するしかない。
沈黙する俺に構わず、アルは言った。
「ちなみに言っておくと、扱える属性は今後全てになると思います。あなた方と魔力を融通しあえるので、僕がそれに慣れさえすれば」
『わぁお』
俺はもうそれしか言えない。
個人的に望むところではないんだが、相棒がどんどん人から外れていることを、どうやら俺は認めるしかないらしい。
「さて、不都合なモノは燃やせましたし。行きましょうか、クロ」
『ああ』
街道沿いで待っているだろうルドヴィグに、事の次第をご説明申し上げねえといけないからな。
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