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翠の章
第68話「カタワレ」
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首を振った魔物は寸での差で急所を逸らす。と、同時に、鋭い爪のある前脚を新たな敵に向かって振りぬいた。
――ヴォォオオッ!
魔物は体勢を崩しながらも威嚇の声を上げ、四つ足を突いて距離を取る。
一方、新たに現れた黒い影――魔物は、空中で身をよじって前脚を避け、ズザッと一転しながら地面に降りた。
――ヴヴゥッ……!
そうして鼻に皺をよせ、大きく開いた口から絞り出される重低音。
ネコ科特有の威嚇だ。
2体の獣はそうやって唸りあいながら、距離を測りつつ相対した。――が、彼らの様子には差異がある。
狩りを邪魔された魔物は激昂の色が強い一方、新たに割り入った魔物はその威嚇に全く怯まず、唸り返しながら冷静に攻撃の機会を狙っている。
他方。
数秒前まで絶体絶命と思われたルドヴィグら8騎は、新たな魔物の登場に一気に脇役へと後退していた。
ひとまず目先の危機は脱したが、状況はむしろ悪化の一途。安易に動くことさえできず、可能な限りひっそりと土壁に寄り、ひたすら場の決着を見守ることしかできない。
もちろん、ルドヴィグを厳重に囲い絶対に守り通そうとする態勢だ。
ただし、そのルドヴィグ本人は少し別のモノを気にしていた。
割り込んできた魔物の方に見覚えがある気がしたのだ。
とはいえ、未だ薄明の中。木立に阻まれ日の光が差し込みにくいその場所で、なかなか判断はつけられない。
ならば、と、彼は近場にいるはずのもう一方を見つけ出そうと周囲に目をやっていた。
そんな時。
まるで図ったように木立の中へ日の光が差し込み始める。
徐々に周囲が色を取り戻し、その境界が明確になった。
やがて、ルドヴィグは目的のモノを見つけた一方、前方を警戒していた騎士たちはこの時ようやく、2頭の魔物の姿をはっきりと見た。
片や、身長3 mを超す巨体。肉も分厚く、一目でその身体に傷を負わせるのは至難の業だと窺える。
また、黒く見えていた体躯は、日が差したことで赤みが強く、硬い毛に覆われているとわかった。炯々とした赤い眼光と合わせ、何とも禍々しい。
更に、四肢には爪、口腔には鋭利な犬歯。それを振るう図太い四つ足に、発達した顎の肉。これらが十全に力を発揮される様を想うと、大概の者は震えあがるはずだ。
先程騎士たちはこの魔物に無理やり相対そうとしていたが、こうしてよくよく観察すればかなり厳しい状況だったと、彼らも改めて息を呑んだ。
対して。
あとから割り入ってきた魔物の方。こちらは、多少体格に劣るが瞬発力ではかなり優れているだろう。
それが想像できる引き締まった体躯は漆黒。そこに幾本もの銀の縞、そして、同色の双眸は日の光に煌めくよう。
しかし、体長は相対する魔物とギリギリ同程度のうえ、体高では及ばない。体重では恐らく、倍近い差があるだろう。仮に赤毛の魔物に圧し掛かられれば、ひとたまりもない。
相対する2頭も互いにそれをわかっているのか。
遂に睨みあいの均衡が崩れた、その瞬間。赤毛の魔物は後ろ脚で立ち上がり咆哮を上げ、一方の黒い魔物は頭上をとられまいと俊敏に背後を狙い踏み込んだ。
――ヴォオウッ!!
黒い魔物が吠え声とともに飛びかかる。
対する赤毛の方が前脚を空ぶらせズンッと地を突いた、その背に、黒い魔物が掴みかかった。
――ガアァァア!
ズブリと爪が食い込み、赤毛の魔物が苦鳴をあげる。だが、首元に嚙みつかれるその直前、赤毛の魔物は強引に上体を引き起こし、黒い魔物を振り落とす。
ドサリと投げ出される黒い体躯。そこに圧し掛かろうと赤毛の魔物がすかさず身を屈める。――だが。
――グウゥ!
再度赤毛が呻き、その上体が後ろに逸れた。
局所的に地面が爆ぜ、飛礫がもろに当たったのだ。
『ハッハァ! 上手くいった!』
場違いなほど明るい言葉が飛ぶと同時、黒い魔物が地を蹴ってその場を離脱する。
その間、赤毛の魔物は頭を激しく振っていた。
どうやら視覚がつぶされたらしい。
それでも聴覚と嗅覚のみで赤毛の魔物は動き出そうとするが、しかし――。
「“捕らえろ”」
頭上から降った新たな声が、その動きを見事に阻んだ。
足元で踏み均された植物が、ザワリと呼応し形を変え、魔物の四肢に絡みつく。そればかりか、土を突き破って新たに生えたモノたちが瞬く間に成長し、魔物の身体を地面へと引き倒す。
その一瞬後。
――グサッッ
見事に落下点を定め、何者かが赤毛の魔物の背に降り立った。同時に、その手に握られた剣が――驚くことに肋骨を避けたらしく――深々と魔物の肉に沈み込んだ。
「――さすがだな、アルフレッド」
思わず漏れたらしいルドヴィグの小さな呟きに、魔物の背に乗ったままの青年はチラリとそちらへ視線を向けた。
金髪の間から、尖った耳と翡翠の瞳がわずかに覗く。
だが、再びその直後。
最期のあがきと魔物が激しく身もだえた。
内臓を損傷し、異様に成長した植物に雁字搦めにされながら、血反吐を吐いて苦鳴をあげ、敵を振り落とそうと身体全体を震わせる。
遂にはブチブチと拘束が切れ始め、まさか四肢が自由になるかと、俄かに緊張が走る。
特に、少し距離を取っていた黒い魔物は、再度飛びかかる準備を整えていたのだが――。
『…………やっぱ、死に際の馬鹿力、だったか。すげえな』
数秒後、ガクリと力を失った赤毛の魔物に、その黒い魔物は嘆息したらしい。こちらも脱力し、器用にも肩をすくめて呟く。
一方、魔物の背に乗った青年含め、方々からも詰めていた息が吐かれたようだ。そんな微かな音が静寂に響く。
青年は魔物の絶命を確認したのち、肉塊から剣を引き抜いた。そして、ひらりと背から降りつつ、その足元へふと目をやった。
――恐らくは、優秀な拘束具と化し、今もなお青々と茂る緑、それを見ている。
そうして立ち尽くす青年に、ゆったりと近づく黒い魔物。
この瞬間、改めてその存在を認識し、騎士らにはサッと緊張が走った。
何しろ、改めてその漆黒の姿を見てみれば、体高は青年の腰よりも高く、体長は2倍近い。人間よりも余程大きな獣だ。襲い掛かられれば、ひとたまりもないのは明白。
だが、そんな魔物に接近されようと、青年には緊張のきの字もなかった。
それも当然。
何しろ、青年――アルフレッドにとってその魔物は、何よりも近しい存在だ。
また、その正体を知っているルドヴィグにも、既に緊張はなかった。陣形を崩そうとしない部下たちに手で合図を出しつつ、彼は言う。
「随分、都合よく現れたものだな、アルフレッド」
そんな笑み交じりのルドヴィグの言に、青年はそちらに向き直り、姿勢を正して頭を下げた。そうして表面上の礼は尽くしつつ、隠そうともしない顰め面で言う。
「……それに関しては、後ほどご説明させてください。ひとまず殿下はこの場を離れ、いち早く安全を確保された方がよろしいかと」
そんな応えに、ルドヴィグは肩をすくめて同意する。
「それもそうだな。……とにかく、礼を言うぞ、アルフレッド」
そう言って、ルドヴィグは周囲を固めるイネスやウォーデンらを見遣って言う。
「お前たち、そこの魔物は警戒しなくてよい。これも説明は後だ。動くぞ」
「……は」
それでも騎士たちの警戒は中々緩まない。
一方、それを知ってか知らずか。黒い魔物はアルフレッドの傍らに陣取り、大きく口を開けて欠伸をひとつ。更には、警戒心剝き出しの騎士たちから視線を逸らし、あらぬ方向を見遣っていた。
それらを面白そうに横目にしつつ、ルドヴィグは歩きだした馬上から言う。
「アルフレッド、足を貸す必要は」
「お気遣いありがたいです――が、無用です。後ほど追います」
馬で追随する部下とは違い、留まる様子を見せたアルフレッドへの言葉だった。移動手段が無いなら貸す、というルドヴィグの提案に、彼は慇懃に頭を下げながらも素っ気ない。
静かに眉をひそめたイネスたちを認識しつつ、ルドヴィグ自身は気にもせず言った。
「……そうか。では必ず来い。俺たちはこの先でアレイア街道に出る。部隊を再集結させる手筈になっているから、その間に合流しろ」
「承知いたしました」
淡々と言葉が交わされ、その場にアルフレッドと黒い魔物を残し、ルドヴィグら一行は来た道を馬で引き返す。
彼ら8騎は魔物に追われ随分と森の奥まで入り込んでいたが、日の出の位置から正しい方角を推定することは難しくない。更には騎士の1人が細かに笛を鳴らし、散り散りなっている小隊たちとの交信を図るなど、全く道行に問題はなかった。
そんな道中、ウォーデンがルドヴィグの傍らについと出て言った。
「……殿下、シルバーニ卿は……。魔物を、従えているのですか」
遂に問われた、とでも言うべきか。
隠しきれない不信の籠ったその問いに、ルドヴィグは軽く笑って言った。
「詳しくは後でと言ったはずだ」
そう口にしつつ、彼は言う。
「――ちなみに、アレへ無用な疑いを向けるなら、すなわち俺の信をも疑っていると思っておけ。ついでに、命の恩人へ唾を吐く行為だともな」
そうして苦笑を漏らしつつ、「まぁもっともアレは、間違ってもヒトではないが」そんなことを言った。
対するウォーデンら、この答えを聞いた騎士たちは、あまりの衝撃に言葉を失う。
何しろルドヴィグが魔物へ向ける感情は、並大抵のモノではない。
領地でかつて起こった惨劇を憂い、今もなお度々傷つけられる民に心痛めるのがルドヴィグだ。それが、仮にもその魔物を擁護するようなことを言う。
短くない付き合いの彼らからすれば、驚天動地といったところ。
咄嗟に言葉が返せず沈黙した騎士たちの一方、ウォーデンは政務補佐も務める立場から躊躇いつつも言った。
「殿下、出過ぎたことだと重々承知で申し上げます……。確かに我らは命を救われました。しかし、それとは別に、やはりシルバーニ卿は政治的に危険すぎます。今までも薄氷を踏むような状況でしたが、更に魔物を従えられると知られれば――」
「ウォーデン」
「っ」
静かだが、有無を言わせない響きに、ウォーデンは口を閉じる。
そんな彼に、ルドヴィグは薄い笑みを向けて言った。
「それ以上は言ってくれるな。…………あれでも、あいつは俺の片割れだ」
「……殿下、それは――」
慌てるようなウォーデンの言葉を再度手で遮り、彼は言う。
「ああ、わかっている。お前たち以外の前では言わん。――が、果たして知らぬ者など都にいるのか? そうは思わないか、ウォーデン」
「…………」
なんとも言えず沈黙を選んだ右腕に、ルドヴィグは小さくニヤリと笑いかけ、言った。
「まあ、いい。とにかく、あいつを切り捨てる選択肢は俺にはない。……例えこの甘さが、兄上に“愚弟”と言われる所以だと、承知していてもな。何度も言わせるな」
「は。……無礼をお許しください、ルドヴィグ殿下」
変わらず馬を走らせながら、ルドヴィグは鷹揚に頷いた。
「ああ、許そう。……むしろ、謝るべきは俺の方だしな。お前たちには気をもませるが、付き合ってもらうぞ」
そんな、一見強引な言葉にも、騎士らは揃って微笑んだ。
「はい。もちろん、どこまでも」
馬上ながら頭を下げたウォーデンらへ、ルドヴィグは口端を上げ無言で応えた。
――ヴォォオオッ!
魔物は体勢を崩しながらも威嚇の声を上げ、四つ足を突いて距離を取る。
一方、新たに現れた黒い影――魔物は、空中で身をよじって前脚を避け、ズザッと一転しながら地面に降りた。
――ヴヴゥッ……!
そうして鼻に皺をよせ、大きく開いた口から絞り出される重低音。
ネコ科特有の威嚇だ。
2体の獣はそうやって唸りあいながら、距離を測りつつ相対した。――が、彼らの様子には差異がある。
狩りを邪魔された魔物は激昂の色が強い一方、新たに割り入った魔物はその威嚇に全く怯まず、唸り返しながら冷静に攻撃の機会を狙っている。
他方。
数秒前まで絶体絶命と思われたルドヴィグら8騎は、新たな魔物の登場に一気に脇役へと後退していた。
ひとまず目先の危機は脱したが、状況はむしろ悪化の一途。安易に動くことさえできず、可能な限りひっそりと土壁に寄り、ひたすら場の決着を見守ることしかできない。
もちろん、ルドヴィグを厳重に囲い絶対に守り通そうとする態勢だ。
ただし、そのルドヴィグ本人は少し別のモノを気にしていた。
割り込んできた魔物の方に見覚えがある気がしたのだ。
とはいえ、未だ薄明の中。木立に阻まれ日の光が差し込みにくいその場所で、なかなか判断はつけられない。
ならば、と、彼は近場にいるはずのもう一方を見つけ出そうと周囲に目をやっていた。
そんな時。
まるで図ったように木立の中へ日の光が差し込み始める。
徐々に周囲が色を取り戻し、その境界が明確になった。
やがて、ルドヴィグは目的のモノを見つけた一方、前方を警戒していた騎士たちはこの時ようやく、2頭の魔物の姿をはっきりと見た。
片や、身長3 mを超す巨体。肉も分厚く、一目でその身体に傷を負わせるのは至難の業だと窺える。
また、黒く見えていた体躯は、日が差したことで赤みが強く、硬い毛に覆われているとわかった。炯々とした赤い眼光と合わせ、何とも禍々しい。
更に、四肢には爪、口腔には鋭利な犬歯。それを振るう図太い四つ足に、発達した顎の肉。これらが十全に力を発揮される様を想うと、大概の者は震えあがるはずだ。
先程騎士たちはこの魔物に無理やり相対そうとしていたが、こうしてよくよく観察すればかなり厳しい状況だったと、彼らも改めて息を呑んだ。
対して。
あとから割り入ってきた魔物の方。こちらは、多少体格に劣るが瞬発力ではかなり優れているだろう。
それが想像できる引き締まった体躯は漆黒。そこに幾本もの銀の縞、そして、同色の双眸は日の光に煌めくよう。
しかし、体長は相対する魔物とギリギリ同程度のうえ、体高では及ばない。体重では恐らく、倍近い差があるだろう。仮に赤毛の魔物に圧し掛かられれば、ひとたまりもない。
相対する2頭も互いにそれをわかっているのか。
遂に睨みあいの均衡が崩れた、その瞬間。赤毛の魔物は後ろ脚で立ち上がり咆哮を上げ、一方の黒い魔物は頭上をとられまいと俊敏に背後を狙い踏み込んだ。
――ヴォオウッ!!
黒い魔物が吠え声とともに飛びかかる。
対する赤毛の方が前脚を空ぶらせズンッと地を突いた、その背に、黒い魔物が掴みかかった。
――ガアァァア!
ズブリと爪が食い込み、赤毛の魔物が苦鳴をあげる。だが、首元に嚙みつかれるその直前、赤毛の魔物は強引に上体を引き起こし、黒い魔物を振り落とす。
ドサリと投げ出される黒い体躯。そこに圧し掛かろうと赤毛の魔物がすかさず身を屈める。――だが。
――グウゥ!
再度赤毛が呻き、その上体が後ろに逸れた。
局所的に地面が爆ぜ、飛礫がもろに当たったのだ。
『ハッハァ! 上手くいった!』
場違いなほど明るい言葉が飛ぶと同時、黒い魔物が地を蹴ってその場を離脱する。
その間、赤毛の魔物は頭を激しく振っていた。
どうやら視覚がつぶされたらしい。
それでも聴覚と嗅覚のみで赤毛の魔物は動き出そうとするが、しかし――。
「“捕らえろ”」
頭上から降った新たな声が、その動きを見事に阻んだ。
足元で踏み均された植物が、ザワリと呼応し形を変え、魔物の四肢に絡みつく。そればかりか、土を突き破って新たに生えたモノたちが瞬く間に成長し、魔物の身体を地面へと引き倒す。
その一瞬後。
――グサッッ
見事に落下点を定め、何者かが赤毛の魔物の背に降り立った。同時に、その手に握られた剣が――驚くことに肋骨を避けたらしく――深々と魔物の肉に沈み込んだ。
「――さすがだな、アルフレッド」
思わず漏れたらしいルドヴィグの小さな呟きに、魔物の背に乗ったままの青年はチラリとそちらへ視線を向けた。
金髪の間から、尖った耳と翡翠の瞳がわずかに覗く。
だが、再びその直後。
最期のあがきと魔物が激しく身もだえた。
内臓を損傷し、異様に成長した植物に雁字搦めにされながら、血反吐を吐いて苦鳴をあげ、敵を振り落とそうと身体全体を震わせる。
遂にはブチブチと拘束が切れ始め、まさか四肢が自由になるかと、俄かに緊張が走る。
特に、少し距離を取っていた黒い魔物は、再度飛びかかる準備を整えていたのだが――。
『…………やっぱ、死に際の馬鹿力、だったか。すげえな』
数秒後、ガクリと力を失った赤毛の魔物に、その黒い魔物は嘆息したらしい。こちらも脱力し、器用にも肩をすくめて呟く。
一方、魔物の背に乗った青年含め、方々からも詰めていた息が吐かれたようだ。そんな微かな音が静寂に響く。
青年は魔物の絶命を確認したのち、肉塊から剣を引き抜いた。そして、ひらりと背から降りつつ、その足元へふと目をやった。
――恐らくは、優秀な拘束具と化し、今もなお青々と茂る緑、それを見ている。
そうして立ち尽くす青年に、ゆったりと近づく黒い魔物。
この瞬間、改めてその存在を認識し、騎士らにはサッと緊張が走った。
何しろ、改めてその漆黒の姿を見てみれば、体高は青年の腰よりも高く、体長は2倍近い。人間よりも余程大きな獣だ。襲い掛かられれば、ひとたまりもないのは明白。
だが、そんな魔物に接近されようと、青年には緊張のきの字もなかった。
それも当然。
何しろ、青年――アルフレッドにとってその魔物は、何よりも近しい存在だ。
また、その正体を知っているルドヴィグにも、既に緊張はなかった。陣形を崩そうとしない部下たちに手で合図を出しつつ、彼は言う。
「随分、都合よく現れたものだな、アルフレッド」
そんな笑み交じりのルドヴィグの言に、青年はそちらに向き直り、姿勢を正して頭を下げた。そうして表面上の礼は尽くしつつ、隠そうともしない顰め面で言う。
「……それに関しては、後ほどご説明させてください。ひとまず殿下はこの場を離れ、いち早く安全を確保された方がよろしいかと」
そんな応えに、ルドヴィグは肩をすくめて同意する。
「それもそうだな。……とにかく、礼を言うぞ、アルフレッド」
そう言って、ルドヴィグは周囲を固めるイネスやウォーデンらを見遣って言う。
「お前たち、そこの魔物は警戒しなくてよい。これも説明は後だ。動くぞ」
「……は」
それでも騎士たちの警戒は中々緩まない。
一方、それを知ってか知らずか。黒い魔物はアルフレッドの傍らに陣取り、大きく口を開けて欠伸をひとつ。更には、警戒心剝き出しの騎士たちから視線を逸らし、あらぬ方向を見遣っていた。
それらを面白そうに横目にしつつ、ルドヴィグは歩きだした馬上から言う。
「アルフレッド、足を貸す必要は」
「お気遣いありがたいです――が、無用です。後ほど追います」
馬で追随する部下とは違い、留まる様子を見せたアルフレッドへの言葉だった。移動手段が無いなら貸す、というルドヴィグの提案に、彼は慇懃に頭を下げながらも素っ気ない。
静かに眉をひそめたイネスたちを認識しつつ、ルドヴィグ自身は気にもせず言った。
「……そうか。では必ず来い。俺たちはこの先でアレイア街道に出る。部隊を再集結させる手筈になっているから、その間に合流しろ」
「承知いたしました」
淡々と言葉が交わされ、その場にアルフレッドと黒い魔物を残し、ルドヴィグら一行は来た道を馬で引き返す。
彼ら8騎は魔物に追われ随分と森の奥まで入り込んでいたが、日の出の位置から正しい方角を推定することは難しくない。更には騎士の1人が細かに笛を鳴らし、散り散りなっている小隊たちとの交信を図るなど、全く道行に問題はなかった。
そんな道中、ウォーデンがルドヴィグの傍らについと出て言った。
「……殿下、シルバーニ卿は……。魔物を、従えているのですか」
遂に問われた、とでも言うべきか。
隠しきれない不信の籠ったその問いに、ルドヴィグは軽く笑って言った。
「詳しくは後でと言ったはずだ」
そう口にしつつ、彼は言う。
「――ちなみに、アレへ無用な疑いを向けるなら、すなわち俺の信をも疑っていると思っておけ。ついでに、命の恩人へ唾を吐く行為だともな」
そうして苦笑を漏らしつつ、「まぁもっともアレは、間違ってもヒトではないが」そんなことを言った。
対するウォーデンら、この答えを聞いた騎士たちは、あまりの衝撃に言葉を失う。
何しろルドヴィグが魔物へ向ける感情は、並大抵のモノではない。
領地でかつて起こった惨劇を憂い、今もなお度々傷つけられる民に心痛めるのがルドヴィグだ。それが、仮にもその魔物を擁護するようなことを言う。
短くない付き合いの彼らからすれば、驚天動地といったところ。
咄嗟に言葉が返せず沈黙した騎士たちの一方、ウォーデンは政務補佐も務める立場から躊躇いつつも言った。
「殿下、出過ぎたことだと重々承知で申し上げます……。確かに我らは命を救われました。しかし、それとは別に、やはりシルバーニ卿は政治的に危険すぎます。今までも薄氷を踏むような状況でしたが、更に魔物を従えられると知られれば――」
「ウォーデン」
「っ」
静かだが、有無を言わせない響きに、ウォーデンは口を閉じる。
そんな彼に、ルドヴィグは薄い笑みを向けて言った。
「それ以上は言ってくれるな。…………あれでも、あいつは俺の片割れだ」
「……殿下、それは――」
慌てるようなウォーデンの言葉を再度手で遮り、彼は言う。
「ああ、わかっている。お前たち以外の前では言わん。――が、果たして知らぬ者など都にいるのか? そうは思わないか、ウォーデン」
「…………」
なんとも言えず沈黙を選んだ右腕に、ルドヴィグは小さくニヤリと笑いかけ、言った。
「まあ、いい。とにかく、あいつを切り捨てる選択肢は俺にはない。……例えこの甘さが、兄上に“愚弟”と言われる所以だと、承知していてもな。何度も言わせるな」
「は。……無礼をお許しください、ルドヴィグ殿下」
変わらず馬を走らせながら、ルドヴィグは鷹揚に頷いた。
「ああ、許そう。……むしろ、謝るべきは俺の方だしな。お前たちには気をもませるが、付き合ってもらうぞ」
そんな、一見強引な言葉にも、騎士らは揃って微笑んだ。
「はい。もちろん、どこまでも」
馬上ながら頭を下げたウォーデンらへ、ルドヴィグは口端を上げ無言で応えた。
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