理系が転生したら非科学的存在 (魔物)でした

秋人司

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翠の章

第82話「謀」

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 そして同日。
 正午を過ぎたバリオット宮、その一室――。


 いくぶん荒い動作で部屋の扉が開閉され、大きな音を立てる中、数時間ぶりに戻った主へと、静かな声がかかった。

「お帰りなさいませ、殿下」

「……」

 しかし、返答はなく、鋭く向けられた青灰の瞳からは、その主がいかに感情を昂らせているのかが窺える。

 それを十二分に承知した上で、室内にいた、暗い茶髪に暗緑色の瞳の人物――リアム・ライブルクは言った。

「……どのようでしたか。陛下のご容態は――」

 そう言いかけられた言葉は、予想に違わず強い語調で遮られる。

「容態、だと? ハッ! ――あれは、病ではない。気の迷いだ」

「……」

 憤懣やるかたない、といった態の主に従い、リアムは部屋の奥、豪奢な執務机へと歩みを進める。

「逃げているのだ。……仮にも王ともあろう者が、この国の大事からな」

「……」

 無言で頭を下げたリアムに対し、部屋の主――グスターヴは存念を吐き出すように深く息をつく。

「ハア……。全く、怒りが湧いてどうしようもない。これが肉親への情というやつか? 馬鹿馬鹿しい」

 自嘲するようにこぼしながら、リアムが引いた椅子に着き、独り言のように彼は言った。

「……侍従に寄れば、陛下は日によって気分の上下が激しいようだ。俺が拝謁した時は、まるで死人のように陰鬱だった。が、一昨日までは異様に活動的だったと聞いている。また、記憶の混濁も、少々あるようだな」

 そこまで無表情に言ったグスターヴだが、次の瞬間、忌々しい記憶を吐き出すように顔を顰め言った。

「……陛下は未だに、“アルバート王太子はどうしているか”と、侍従たちに問われるらしい」

「……」

 グスターヴとは対照的に、リアムは痛ましげに眉をひそめ、沈黙する。
 それを視界に入れず、グスターヴは唸るように言った。

「今までは最低限に抑えられていたが、もはや悪化の一途だ。……やはり、先の王妃はとんだ悪魔だな。身分違いの婚姻騒ぎを起こしたかと思えば、身体の弱いアルバート1人を残して早逝。結果、この国の王は腑抜けになった」

「殿下」

 端的に響く背後からの呼びかけに、グスターヴは鼻で笑う。横目でリアムを見遣りつつ、言った。

「腑抜けは言い過ぎたか? 確かに、十数年は比較的まともな政務を行っていたからな。その点は評価するべきか」

「……」

「だが、アルバートの立太子に愚弟の継承権、隣国への対処……、あの亜人の処遇もそうだ。
 何を考えているのか知らないが、俺に言わせれば悪手以外の何物でもない。特に隣国の件に関しては事なかれ主義と言ってもいい」

 そう吐き捨てたグスターヴは、再度湧きあがった怒りを、卓上の拳を握り込むことでなんとか抑えているようだった。

 それを見てとりつつ、その斜め前に歩み出たリアムは、話題を幾分か逸らそうと口を開く。

「ところで殿下、その王太子殿下の御葬儀に関して、何か進展はありましたか」

「ああ――」

 そう言って、雰囲気を幾分か緩めながら、グスターヴは言葉を継ぐ。

「侍従たちもようやく首を縦に振った。何しろ国王があのザマだ。おかげでまともに布令ふれもだせなかったが――。今日の議会で、俺を国王代理とし、ひと月以内にはアルバートの葬儀を執り行うことに決まった。そののち、正式に俺が世継ぎとして立つことになる。……かなり変則的だが他に手もあるまい」

 無感情な主の言いように、淡々とリアムは頷いた。

「……そうですか。承知いたしました」

 そんな静かな返答に、グスターヴは口端を歪め言う。

「この話に、そんな苦渋の表情で返すのがお前らしいな」

 無意識だったリアムは虚を突かれ、次の瞬間、顔を片手で覆い、恥じ入るように言った。

「申し訳ありません。……お祝いを、申し上げるべきでしょうか」

 対するグスターヴは首を振って苦笑する。

「いや、いい。本心でない言葉など、貴族たちの腹芸で十分だ。何より、アルバートの喪も明けていない。立太子も数か月は先だろう」

「承知いたしました。……では、は」

 瞳を伏せて尋ねるリアムに、グスターヴは淡々と言った。

「もちろん、しばらく様子見だ。あくまで最終手段だからな。……しかし、今日のあのご様子では、高い確率で起こすことになるだろう」

「……」

 咄嗟に押し黙ったリアムに、グスターヴは微笑み、煽るように言った。

「――今からでも遅くはないぞ、リアム。お前に妻子はまだ無いが、守るべき家名はあるだろう。が付く前に、手を引いた方がいいのでは無いか?」

 そんな表面的な言葉へ、リアムはむしろ微笑み返して言った。

「いいえ、殿下。そのようなを、全て無に帰して踏み込んだ結果が今です。既に次期当主も用意できていますので、ご心配には及びません」

 対するグスターヴは一瞬、無表情になりかけたが、すぐさま微笑し、嘲笑する。

「……はッ。……こんなお前に、が通用していると思っていた俺も阿呆だが、それについてくるお前も、大概の阿呆だな」

 彼の語調は完全に人を貶すそれだったが、リアムの微笑は小動こゆるぎもしない。胸に手をやって頭を下げ、ゆったりと言った。

「お褒めいただいたと誇りに思いましょう。僭越ながら、私も殿下との付き合いだけは長いもので。……少なくとも、他の方々は完全に騙せておりますとも」

 これに、睨みつけるような鋭い双眸を向け、グスターヴは言った。

「お前にしては言うじゃないか。他が言ったら投獄するところだ」

 その言いざまに、何とも言えない苦笑を浮かべながら、リアムは呟くように言った。

「……全くの演技、というわけではないのが鍵なのでしょうね」

 主は口端を上げて応える。

「――今日は本当によくしゃべる」

 皮肉気に言ったグスターヴは、一転、切り替えるように瞳を伏せた。

「ところで、愚弟の方は、確かにロウティクスへ入ったのだな?」

 リアムもまた雰囲気を切り替える。

「は。複数の手から確認がとれました。影武者の可能性もありません。また――」

 そこで一瞬、言葉を迷ったリアムに対し、ルドヴィグは視線で先を促す。数秒空いたが、やがて彼は言った。

「――ルドヴィグ殿下一行には、亜人の姿もあったと。しかとは確認できていませんが、おそらくは、シルバーニ卿だと思われます」

 この報告に、グスターヴは怒気を見せるでもなく、複雑な感情に揺れながら一言。

「……そうか」

 ひとつ頷き、言った。

「どこまでも、生き残るものだな、アレも」

 その顔に浮かぶのは――忌々しさでも、嫌悪でもない。発露する感情が複雑過ぎて、返って無表情に近かった。

「何か、対処いたしましょうか」

 その問いに、グスターヴは首を横に振る。

「いや。この期に及んではもう捨ておけ。現状、政治的影響はほとんどない。……ただ、事が起こったのちの動きが面倒だがな……」

 そうして沈思すること数秒。

「……まあ、良い。結局のところ独力では何もできまい。――アレの好きにさせておけ。恐らくは愚弟とともに動くだろう。その分には構わん」

「は。では、そのように」

 頭を下げたリアムに対し、グスターヴは苦笑する。

「――大方、アレがいたことで愚弟も命を拾った、といったところだろうがな。正直、俺がこんな感慨を得るとは驚きだ。……ほんの少しの欠片くらいは、人並の情、というのが俺にもあるらしい」

 こんな独白に、リアムは再度、痛ましげに眉をひそめた。

「……私に言わせれば、殿下は非情であり――また、情深くもあります。……大概の方々はそれをお気づきになられませんし、そして、殿下ご自身もそれをご承知ではない」

 そう言ったリアムは悲しげに言った。

「――私は、それが大変口惜しいと思っております」

 対して、グスターヴは鼻で嗤った。

「ハッ。お前はそう言うがな。……俺は、俺自身が、人として何かが欠けていることは、十分自覚しているつもりなのだ。これでもな」

「……」

「俺にとっては自明なことでも、他の奴らには話が飛躍して聞こえるらしいしな」

 心底不思議だ、とでも言いたげに、彼は嗤う。

「……俺の出す結論は、全て常軌を逸している、と、かつての教師は言ったものだ。お前も、そう思う瞬間はあるだろう?」

 これに、リアムは瞳を伏せる。

「……恐れながら。――ですが、後々になって最善手であったと気づくこともございます」

 グスターヴは、曖昧に微笑して言った。

「……やはり、他者と感性を共有できないと言う点で、俺は為政者としても不足しているのだろう。だが――」

 瞳を閉じ、彼は言う。




「……アルバートが、遂に――。遂に、死んだのだ」

「はい」




「――そして、あいつには、を託された」

「はい」




「――俺は、あいつに散々、心無いことを言った。にも関わらず、随分とお人好しなことだと呆れるものだが……」

「……僭越ながら、王太子殿下には感服いたしております」

 呟くように言ったリアムに対し、グスターヴは微笑する。

「ああ。……いっそのこと、さっさと死んでしまえば良いものを、と、俺はこれまで思っていたし、実際に口にも出してきた。だが、ここまで生き汚く粘るとはな。おかげで、良くも悪くも、猶予があったのは確かだ」

 字面だけみればまるきり悪態でしかない台詞に、リアムは苦く笑い、それを隠すように頭を下げた。

「心中、お察しいたします」

 それを慣れたように見遣りつつ、グスターヴは執務机に片肘を突き、うそぶくように言った。

「あいつの死に応えるためにも、俺は全てを捧げてやろう。……幸い、予備は残った。ならば、俺は最終手段でさえ考慮できる」

 再び苦渋の表情を浮かべたリアムへ、揶揄うような笑みを向けながら、彼は言った。



「――この国の未来を、より良いモノにできるのならば、俺は俺自身でさえ駒にする。でも容赦はしない。……付き合ってもらうぞ、リアム」

「は。……最後まで共に」



















 このやり取りを知る者は、もちろん彼らのみ。



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