理系が転生したら非科学的存在 (魔物)でした

秋人司

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翠の章

第89話「転移者」

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 穏やかな表情で頷きつつ、ディーは言った。

「薬湯でも手に入れば、多少マシなんだがな。ひとまず痛みは和らいだらしい」

 そんな返答に、宵闇は表情を多少緩めて確認する。

「あんたが添い寝して暖とってたんだよな?」

「ああ」

 ディーは頷いたのち苦笑した。

「――とはいえ、かなり抵抗されたから、ひたすら傍らで熱源になっていただけだがな。ついでに先程『いい加減暑い』と追い出された次第だ」

「ハハ、彼女らしい。――馬と引き換えに布地は結構手に入ったし、あの黒い幌は断熱性も高そうだしな」

 宵闇もまた、苦笑する。
 ディーは言った。

「いずれにしろ、しばらくしたら戻るつもりだ。……気休めでしかないが、身を冷やすのは良いことではない」

「頼んだ」

「で? お前たちは何の話をしていた? 」

 今度はディーが訊く。
 答えたのは麗奈だ。

「私がこっちの世界に来た時のことを話してたんです」

 我が意を得たりとディーが頷く。そうしながら、麗奈と宵闇、双方の顔を見遣って言う。

「どうやら、宵闇とはまた違った状況のようだな?」

 そうして微笑む彼女の碧眼が、焚火の明かりに小さく光る。

 ちなみにディーは、麗奈がいわゆる異世界転移者であることを既に説明されている。更には、宵闇とそれほど変わらない世界からやってきたことも。

 しかし、麗奈と宵闇では明らかに存在感が異なっており、転移者と転生者の違いを知らないディーであっても、その差異は感じていたらしい。それを確認する問いだった。

 宵闇は静かに「そうだな」と頷いた一方、麗奈は聞き慣れない呼称に首を傾げる。

「ショウアン……?」

「あ、言ってなかったな」

 気まずげに頬を掻きつつ、彼は言う。

「俺の名前だよ。宵闇よいやみと書いてショウアン。自分で付けた名前だから気恥ずかしいんだが」

「へえ、え……?」

 麗奈は、宵闇が自分で自分に名付けたことはもとより、なぜ読みが「ショウアン」なのか分からないのだろう、首を傾げて困惑を示す。

 だが、彼にとっては深く突っ込まれたくない話題だ。誤魔化すように言葉を継ぐ。

「これまで通りショウと呼んでくれたら良いさ。――で」

 焚火に薪を足しつつ彼は言う。

「あんたがこっちに来た時の話だが、別に、事故にあって死にかけた、とかでも無いんだよな」

 麗奈は頷く。

「はい。信号機変わるの待ってたら、もう一瞬で。
 ふと気づいたら真っ暗なとこにいて。マジでパニックになったんですけど――」

 彼女は当時を思い出したためか、わずかに頬を紅潮させる。

 そうして語られたのは、自らを“神のようなモノ”と言う存在と、。そして、自分が異世界転移の対象に選ばれたと告げられた、その経緯だ。

「――で、旅行気分で行っておいでーって、神様に軽ーく放り出された次第です」

「わー」

「それは、また」

 既に知っていた宵闇も改めて顔を顰め、一方のディーも眉をひそめて押し黙る。年端もいかない麗奈のに同情しているのだろう。

「ちなみに、落ちた先がおっきい魔物の目と鼻の先でした」

「……」

 もはやディーからは言葉も無い。
 宵闇は付け足すように言った。

「ついでに、わざとなのか偶然か、第2王子殿下一行の目の前でもあったらしい。ホント、よく生きてられたよな」

「ですよね~」

 麗奈は当人ながら過ぎたことだと軽く笑う。

「けど、私にはなんか強力な魔法?がかかってるらしくって。魔物からの攻撃、全部跳ね返しちゃったんですよね。それでグスターヴさんからも目をつけられちゃったというか」

「ほう」

 その情報に、ディーは数秒思案して言った。

「――神も、お前を殺す気はない、ということでいいんだろうな」

 困惑も混じったディーの言いように、麗奈は呑気に笑う。

「ディーさんも思います? ショウさんからも言われたんですけど」

 一方、その彼は釈然としない表情でぼそりと呟く。

「……個人的には、物理攻撃をどうやってはじき返してんのかメッチャ気になるところだが」

 そんな宵闇を見遣り、ディーは言う。

「何か試したのか?」

 男は首を振った。

「いや、話だけだ。……ただ、麗奈の安全を確保するためにも、色々試しときたいなぁとは思っている」

 無意識なのか、言う宵闇。
 一方、ディーは素直に同意した。

「確かに。過信すべきではないな」

「あはは……。その時はお願いします……」

 対する麗奈は、宵闇の言葉にそこはかとなくマッドなニュアンスを感じて引き気味だ。

 そんな空気を知ってか知らずか、彼は言う。

「なんにせよ、麗奈が元の世界に戻れる方法を探さないとなぁ。神とやらの言葉を信じれば、可能性はありそうなんだが」

「ほう?」

 声音と表情で尋ねるディーに、焚火を挟んで麗奈が答える。

「この世界に放り込まれる直前、神様に『何か面白いことやったら地球に返す』って言われたんです。『戻っても時間は進んでないから勉強は頑張って』とも」

「……」

「完全に愉快犯だよな。――あ」

 思案するディーに対し、短く呟いた宵闇は、焚火を無意味に見つめつつ首を傾げる。

「……てことは、麗奈の生命活動って今止まってんのか? 食事もしなくて良い感じ?」

 そんな指摘に、麗奈も目を見開き自分を見下ろす。

「……え、どうなんだろう。確かに私が成長しちゃったらおかしいですもんね。……でも、お腹は空きますし、トイレにも――。あ、でも、爪とか髪とか、そういえば全然……」

 視線を上げ、戸惑う彼女にディーが問う。

「言いにくいだろうが……、それこそ月のモノはどうなっている」

「あ、えっと。生理、のことですよね」

 そう確認しつつ、麗奈は気まずげに言う。

「実は、キテないんですよね……こっちに来てから。でも、元々不規則な体質で薬も飲んでたし、それが関係してるのかなって……」

「ふむ」

 再度思案するディーに対し、宵闇は言った。

「その薬ってピル、だよな。ホルモン周期の調整なら、毎日飲まなきゃいけないだろ? 今は服用してないってことで良いのか」

 何しろ、出会ってから一度もそんな様子を見たことはなく、飲料水は川水を煮沸して調達している現状、彼女が隠れて飲み続けるのも無理がある。

 麗奈は頷いた。

「そうです。お城にいても一々水をもらうのが一苦労で、悩んだんですけど、シート1枚飲みきったあとはやめたんです」

「やめてどのくらい経つ」

 その宵闇の問いに、麗奈は首を傾げて試算する。

「あー、5ヶ月、くらい?」

 なにせこよみはあるが、一般には非公開、そんな世界、そんな時代だ。一般人が見やすいカレンダーなど存在しない。
 麗奈の曖昧な時間感覚での答えだが、しかしそう外れてもいないだろう。

 一方、宵闇は前世の限られた知識を参照しながら呟いた。

「……なら常識的に考えて、もう周期が戻ってもいいな」

「やっぱりですか?」

 麗奈は苦笑する。

「流石に私も無いかなぁと思ってたんですけど。楽だし、正直忘れてた、というか……」

 そんな適当な言いように、宵闇はディーに視線を向け、多少呆れたように言った。

「……俺が言うのもなんだが、そういうもんなのか?」

 ディーは淡く笑って言った。

「フフ、我に訊くな。当事者ではないのだ。知らん」

「え?」

 対する麗奈は再度困惑し、ディーを見る。
 答えたのは、いち早く気づいた宵闇だ。

「ああ、ディーも俺と同じような存在なんだ。正確には女性じゃないし、そもそも人間じゃない。たぶん、俺と同じく異世界転生者」

「え」

「そうか。言ってなかったな」

 ディーも納得して麗奈を見る。

「我の姿本性は、いわゆる“龍”と呼ばれるものでな。ついでに、宵闇とは違いヒトであった感覚も遠い。自己認識としては、前世の記憶は別人のモノ、といったところだ」

「へ、へえ。色んなパターンがあるんですね」

「まあ、必要があればおいおいな」

 宵闇は適当に話を切り上げつつ、半ば思考に没頭しながら呟いた。

「で、話は戻るが。結局のところ、麗奈の身体は――、生命活動が止まってんのかもな。いわば、半分死人、みたいな」

「……」

 なかなかショッキングな形容に、言葉を失う麗奈。
 ディーも気づいて眉をひそめる。

「少なくとも可能性はあるがな。しかし宵闇……」

「あ、すまん」

 ディーに呼びかけられ、麗奈のなんとも言えない表情に宵闇も気づく。その慌てた謝罪に、ディーが呆れたように苦笑した。

「お前の悪癖は健在だな」

「……一応、前世じゃ無口で鳴らしてたんだがなぁ。こっちに来てから、すっかり癖だ」

 片手で顔を覆ってぼやいたのち、宵闇は少女に向き直る。

「ごめんな、麗奈」

 再度の謝罪に、首を振って彼女は言った。

「いえ。……今まで私も気づいてなかったんで、指摘されて初めて、っていうか……」

 それでも未だ戸惑いの強い様子に、ディーは気遣う。

「まあ、容易く受け入れられるものではないだろうな。とはいえ、何かが変わるはずもない。気にするな」

「はい……」

 しかし、数秒の沈黙の後、麗奈は言う。

「ひとまず、私、食べるのやめてみますか? 個人的にも気になるんですけど」

「あー」

 もちろん、宵闇は言った。

「俺の良心が死ぬからやめてくれ」

「へ?」


 言い出したのはほぼ彼のようなものだったが。しかし、いくら学術的興味があろうと、子供に断食を試させるほど、宵闇も人でなしではなかった。







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