理系が転生したら非科学的存在 (魔物)でした

秋人司

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翠の章

第92話「苦笑」

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「レナ! 先行ってるよ!」

「青藍、今日は移動だ。あまり遠くへは行くな?」

 麗奈を待ちきれなかったアオが、ディーを引き連れ駆け出していく。
 一方の麗奈は、後で追いかけるつもりなのか、明るく応えながらのんびり朝食を食べていた。

 ちなみに今日はパンがある。ここから1番近い村で作られたもので、狩った肉とか干し肉とかと引き換えに調達した。

 ただし、近いと言っても俺の足で走って20分くらいかかるかな。ディーがこっちに残ってくれたから、そんな手段も取れた。

 提供できるのが固いパンと水で戻した干し肉、というのがなんとも言えないところだが、出先だからなあ。本人が文句も言わずに食べてくれるのだけが幸いだ。

 下手すると麗奈は、俺たちと同じく食事の必要性がないかもしれないが、空腹感に逆らう必要もなし。「いただきます」と律儀に言って毎回食べてくれる。

 ホント、麗奈はちょっと考えが足りないところが玉に瑕だが、素直で逞しい良い子だと思うよ。少なくとも、彼女を無下に傷つけた男子は見る目がない。

 ま、本人が勉強する良い燃料になったみたいだし、彼女の人生にはプラスになったかもな。


 そんなとりとめもない事を考えながら、一方の俺の口は、アルに対してこれまでの経緯を詳しく説明していた。
 話すべきことはいっぱいあるが、特に今は麗奈のことだ。

 グスターヴのところにいた事から、彼女が俺と同じ世界から生きたままこっちの世界に放り込まれた、いわゆる“異世界転移者”だ、という話まで。

 そうして一方的に話して聞かせていれば――。

『――つまり、彼女は“異世界の生き証人”、ということですか』

「うお! びっくりしたぁ!」

「ショウさん?」

 急に頭に直接“声”が響いて驚いた。

 相手はもちろん1人しかいない。
 アルだ。

 ただ、近場にいた麗奈たちには今の言葉が聞こえていないらしい。レイナも含め、女性2人から怪訝な顔を向けられつつ、案外器用なことをやってのけた我が相棒に、俺は何とも言えない視線を向けた。

 そうすれば、何食わぬ顔でこっちを見上げてくる翠とかち合い、直後、聞き慣れない“声”が再度頭の中に響く。

『軽く、同化しました』

「……ああ」

 その澄ました答えに、俺は一瞬納得しかけ――。

 いや、ちょっと待て。
 「軽く」ってなに。

 俺は声に出さずにツッコミを入れる。

 ひとまず、同化に関しては別にいい。
 実際、空気を介した間接的な伝達ではなく、同化しての直接的な伝達ならば多少ハードルが下がるのだろうと想像はできる。

 しかし。
 「軽く」……?

 現在、俺の視界には魔物姿のアルが映っており、そのうえで「同化した」と言うってことは……、え……?


 自分の一部だけをしたのか?
 そんなことが可能なのか?

 思ったよりも器用なことやってんな……?


 そんな驚愕にも似た感情を表せば、相変わらずアルはなんでもないように言ってくる。

『今しがた思いついたんですが、やってみたらできました。……というか』

 一転、こっちを見たアルの視線は訝しげだ。

『貴方も結構、やってることですよ。無意識だったんですか?』

 逆に呆れた視線を頂戴してしまった。

 ……そうだっけ?

 「もはや何でもありだな」と思いつつ、俺は未だに固まっている麗奈たちに、とにかく現状を説明し、納得してもらおうと言葉を選ぶ。

 何しろ、はたから見れば今の俺は、急に独り言を言い始めた危ない奴だ。

 そうして誤解を解きつつ、俺はアルに向けて言う。

「異世界の生き証人とは言いえて妙だが、確かにな。アルにとっては俺の与太話を肯定する証拠ってところか」

 そう言ってやれば、アルは耳をパタパタと震わせて――、……これ、無意識にやってるんだよな? 俺がどうでもいいことに気を取られている一方――アルは言った。

『ええ。元より、あなたの知識に整合性はあったので疑ってはいませんでしたが。彼女の記憶と齟齬がないなら、より確実です』

 そうして、感慨深げにアルは言う。

『……異世界は――本当にあるんでしょうね』

 だな。

「それを確信してもらえたんなら、何より」

 呟くように俺が言えば、アルは淡々と言葉を継ぐ。

『そして、ディーやアオが言った“神”の存在に関しても、更なる情報が入ったのは興味深いですね』

 俺は頷いた。

「総合するに、その自称・神様が、2つの世界の仲介役、って感じなんだろうな。ついでに、だいぶ享楽的で性格の悪そうな印象だ。俺たちを造り出して国の四方に封じてみたり、あっちこっちに地球人を放り込んだり。それを観察して、楽しんでいるんだろう」

 そう言えば、近くにいる麗奈がなんとも微妙な苦笑いをしていた。
 アルの声が聞こえなくても、何の話をしているのかはわかったみたいだな。

 一応、彼女は命の危険が無いよう守られているみたいだが、麗奈からすれば迷惑以外の何物でもないだろう。

 そんな彼女の表情を横目にしつつ、アルは言った。

『あなたが以前指摘していたも、神のそうした介入の結果ですか』

 俺は再度頷く。

「たぶんな。この世界独自の発達過程だ、と言われてしまえばそれまでだが――」

 俺にはどうも、ちぐはぐに感じる。

「――不自然、なんだよなぁ」

 そう呟いて溜息を1つ。


 何しろ、魔力なんていう不思議エネルギーに、魔物という地球にはない生態系、そして魔法・魔術といった曖昧模糊かつ強力な技術。

 この世界に対する疑問点なんて、ツッコミ始めればキリがないほど挙げられるが、その中には文明の発達段階に関するものもある。


 この世界は一般的な思想や国際情勢的な面では地球の古代末期西欧みたいな空気感なのに、局所的に技術や制度が異様に進んでいるのだ。


 これは言うまでもなく凄い事だ。

 魔力という核エネルギー並みに危ない代物が、多少貴重とはいえ、拳銃並みの安易さで使用されている世界にしては、むしろまともに文明が築かれている時点で目を見張る。それどころか、部分的には地球文明の発展速度を数百年追い越している感さえある。

 例えば、建築技術、教育制度、中でも浄水技術は現代レベルに相当する。あくまでオルシニア一国を見ただけだが、他にも細々とあるだろう。

 さらには、地球ならギリシャやローマの共和制金持ちが会議で決定を除いて専制君主制王様が一番偉いが大半だった頃合いだが、この世界のオルシニアという国は王政とはいえ、貴族で構成された「議会」が存在し、それに伴い――驚くことに――法治国家の土台が築かれつつある。

 ちなみに補足するが、現代で言う「議会」とは、国の唯一の立法府法律を作るトコであり、選挙によって選ばれた議員によって構成される組織のことだ。

 一方、オルシニアに存在する「議会」は少し違う。発足当時の存在意義は幼い国王の諮問機関相談窓口でありながら、現在では事実上の立法権法律を作る権利さえ有する有力貴族の集まりのこと。

 つまり「議員」といっても選挙なしのほぼ世襲であり、地球で言う日本の平安貴族に近いだろう。

 だが、まぎれもなく国王の権力を制御できる機関であり、立法の最終決定権は国王にあるものの、議員の過半数が可決した提言を無下にできるほど王様が優越するわけでもないらしい。

 すなわち事実上、立法権が国王と議会で二分されている。

 ……これを当たり前の知識として、アルから説明された時の俺の気持ちがわかるだろうか。

 異常だろ……?

 ちなみに、そんな体制が地球で見られたのは、14~15世紀のとある大きな島の王国が最初だ。たしか、立法権と課税権税金を課す権利が議会にあったんだったかな?

 とはいえ、その当時でも「朕が国家なり」を地で行く国が大半だったはず。

 そんな状況から長い時間と多くの犠牲を伴い、王様に一極集中していた権力が、法律によって貴族階級へ、そして民衆へと分配されていく。そんな動きが各地で起こっていたのが、中世末期から近代にかけてのヨーロッパ、だったはずだ。

 そもそも「法」という概念自体は紀元前からあるものの、それが民衆から選ばれた議員によって採択され、その「法」によって権力者の権限が抑制されるのが、法治国家のざっくりとした仕組みだ。

 「人」による統治でなく「法」による統治の実現。
 ひいてはそれが、近代国家の証明でもある。

 ちなみに、話が脱線するが、これによって民衆はあらゆる自由を獲得し、国家を運営する権利と義務を負ったわけだ。納税も勤労も教育も義務。選挙は権利。それと引き換えに各種自由が保障される。

 地球で言えば、そんな仕組みが提唱され始めたのが17~18世紀のこと。ちゃんと制度として整えられ、国家として成立し始めたのが19世紀、と言えるかな。

 いわゆるこれが、近代の幕開けだ諸説ある、たぶん

 余談だが、現代でもなお、国によっては現在進行形だ。しかもそのうちのトップ2はどちらも日本のお隣さん。率直に言って、先進国とは名ばかりの発展途上国かつ前近代国家と言わざるを得ないよな。

 閑話休題また余計な事を言った


 まあ、ここら辺の話は捉え方も解釈も千差万別。俺も聞きかじった知識で言っているから、議論の余地は大いにあるだろう。

 だが、被支配者層に一定の発言権があり、それが確固たる「法」として制定・運用されているかどうかを観点とすれば、オルシニアはかなりイイ線を行っていると言わざるを得ない。

 何しろ過去には、領民を蔑ろにした領主がストライキを起こされ、各地を回る商人たちには敬遠され、隣り合う領主たちからは爪弾き、遂には国から爵位をはく奪され領主を解任された、なんて実績もあるそうだ。

 そればかりか、その一件以降、ちゃんと法律として明文化され、しっかり制度として運用されていると聞けば開いた口も塞がらない。

 伝統的に、この国の王族や貴族には「民衆を庇護する義務」と、その見返りとしての「徴税権」という考え方が根強いらしく、その倫理観も手伝い、あまり強権的な権力者が生まれない面もあるようだな。

 とはいえ。
 異常だろ?

 なにその模範的な権力者。

 だが、それほどまでに先進的な制度が成立しかけていながら、一方では未だに「火山の噴火が神の怒りだ」なんて、神話に基づいた古代~中世的な考えがまかり通っているわけだ。

 ちぐはぐにも程がある。

 今までの俺はもう、ひたすらそういう疑問点を黙殺し続けていたんだが、ことここに至って、1つの仮説が浮上する――。

『――神を名乗る存在が、異世界人を無作為にこちらの世界に放り込んだ結果、そういった不自然な部分がみられるようになった、と』

「ああ」

 思考を引き継いだようなアルの言葉に、俺はまた頷く。

「突然異世界に放り込まれた人間が、実際にできる変革なんて。だがそれでも、個人個人が地球の考えを少しずつ持ち込んだ結果、眼に見える形で影響が出たってことなんだろうな」

『……』

 果たして、くだんの神とやらは何を思ってこんなことをしているのやら。一体どれだけの人間を巻き込めば気が済むんだ。

 俺が内心呟いていれば、丁度パンを飲み込んだらしい麗奈が微妙に不安そうな顔をしていたんで首を傾げる。

「どうした麗奈」

 訊けば、彼女は一転、ヘラりと笑って言った。

「――私、何をすれば地球に戻してもらえるんだろうなぁと思って。……改めて、不安になっちゃいました」

 その頼りなげな笑顔に、俺は「またマズったかもなぁ」と苦く笑うほかなかった。



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