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翠の章
第98話「厳然たる事実」
しおりを挟む『なんか、こうして2人になるの、久しぶりな気がするなぁ』
場所はうってかわって木陰の中。
ルドヴィグとの情報共有を終え、銘々に解散したところ。
ディーはとぐろを巻きながらルドヴィグに魔力の扱いをレクチャーし、それを見学している麗奈とイネスさんに、茶々をいれてるらしいアオ。
そんな様子を、俺とアルは少し離れた木陰から眺めてるって状況だ。
ちなみにレイナは単独行動。
ふらりと居なくなってそのままだが、まぁ、安全圏から出なければ大丈夫だろう。
そんなことを考えながらしみじみ呟いた俺に、アルが軽く首を傾げて言った。
「そうですか? 大して日数は経っていませんよ。……半月ほどだ」
『いや、結構経ってんじゃねえか』
わかっていたが、改めて言われると感慨深い。
対するアルは、タメ息を吐いて言ってくる。
「あなたにとってはそうでしょうが……。この世界では何もかもに時間がかかる。珍しくもないですよ」
そう言いながら、アルは背後の俺の身体――横っ腹を背もたれのように扱った。
俺も今更慣れたもんで、いつも通りの定位置に苦笑しながら調整する。
『あー、確かに。移動手段、徒歩と馬しかねえもんな』
俺がそう返したその瞬間。
泉の方で「わっ」と歓声があがった。
ルドヴィグが何かを成功させたらしい。
パッと広がった赤い火に、次いで焦るような空気も流れたが、すかさずアオが水を放って相殺する。
きゃらきゃらと相変わらず楽しそうなアオに、苦虫を噛みつぶしたようなルドヴィグの顰め面。だが、ディーが何かアドバイスしたんだろう、めげずに再度魔力を集中させ始めているようだ。
ちなみに、今まで俺は知らなかったんだが、彼――ルドヴィグは自分の魔力を今まで扱いきれていなかったそうだ。
魔力の属性が“火”というのが大きいらしく、ただでさえ扱いにくい属性のうえ、王族として魔力に優れているのも相まって、不本意な事故を起こしたことも数知れず。
アルもはっきりとは言わなかったが、過去には誰かを再起不能にしたこともあるようだ。おそらくは全身やけどとかそんな感じ――下手をすると殺している。
ルドヴィグの性格を踏まえると、その当時はかなり堪えたことだろう。
あいつは結構、周囲の人間を大事にするからな。
……あるいは。
人を簡単に殺しかねない“大きな力”を持っていると意識させないよう、そういう態度をとるようになった、という可能性もあるが……。
まあ、そこらへんは俺の知ったことではない。
とにかくそれ以来、彼が魔法、特に火の魔法を使うことは極端になくなり、魔力に敏感な視覚の方をひたすら活用してきたらしい。
どうりで魔物討伐にでないはずだ。
初対面で、風の魔法を俺の足止めに使っていたが、あれだって周囲に人間がいればかなり危険だ。恐らくは緊急時にしか使わない魔法だったんだろう。
せっかく、ちょっと前のアルに迫るような魔力量だってのに、活用できないのでは宝の持ち腐れ。
本人も忸怩たる何かがあったんだろう。
で。
そんな状況だったルドヴィグと、火の魔力の化身と言っても過言ではないディーが出会ったらどうなるか。
俺はその現場を完全に見逃したんだが、なんと、あのルドヴィグが拝み倒す勢いでディーに教えを乞うたというから驚きだ。
下手すると、彼にとっては人生初の行為だったんじゃなかろうか。
なんでも、ディーの方が元々、ルドヴィグの魔力の属性が“火”であることに関心があり、とある機会に話題にすれば、彼が碌に使いこなせていないと判明。
見かねたディーがちょろっと魔力の扱いに関して教えたところ、その真理を突いた知識量に、ルドヴィグがそのまま熱烈な拝み倒しを敢行した、という経緯らしい。
当時その場にいれば、かなり面白いモノが見れただろうになぁ。
見逃したのはまったくもって残念。
そうして、色々な過程を挟みつつ、基本的に世話好きのディーがルドヴィグの指導役に納まり、現在彼は秘密特訓もかくやといった感じで、こんな森の中心部で魔法を扱う練習をしている、というわけだ。
ちなみに、仮にも上に立つべき人物が失敗しまくる姿を見せるわけにもいかず、こんなところまで出向いて練習している、ということで良いんだろう。
万が一、大失敗してもここなら人的被害は少ないし。
それにしても。
建前的には「謹慎中のバカンス」、実体は「魔法の秘密特訓」とは……。いやはや。
率直に言って、こういう影の努力をなりふり構わずできる点は凄いよな。
そもそも彼の年齢だと、他人を頼るなんて行為はなかなかできるもんじゃないだろう。確立され始めたプライドとか、アイデンティティとかが邪魔をして、自分独りでなんとかしようと見栄を張る。そんなお年頃。
いわゆる青年期ってヤツ。
思春期から地続きの、一番扱いが難しい時期とも言う。
ルドヴィグはかなり自律している方だが、聖人君子でもあるまいし。言ってしまえば彼もまた青年。
きっと内心の葛藤を乗り越えての現状だと推測するが、裏を返せば、それだけ彼が自己課題を解決したいと思いつめていた証とも言える。
まったく。
矛盾したことを言うようだが、地位も才能も地頭も良いうえ、人物的にも完全無欠とか。つくづくこちらの劣等感を浮き彫りにしてくる男だなぁ。
俺は苦笑を漏らし、楽し気な彼らを何とはなしに見守った。
もう既に麗奈はルドヴィグへの態度を緩めたらしく、敬語は抜かないまでもかなり親し気に話している。年齢差的には10歳ほど。親戚のお兄さん的な感じなのかね。
ルドヴィグの練習がてら、魔力に関して基礎的なことを教わっているらしい。
実際、学んだことを他人に教えることは、教える側にもメリットがある。ルドヴィグのためにも、麗奈が生徒になるのは悪くない。
いずれにしても、ああしてすぐに人を惹きつけ、自然な流れで配下的立ち位置に組み入れてしまう。そんな彼の才能――いわゆるカリスマ性――は、まさに上に立つ者としてこれ以上なく相応しい要素だろう。
と、同時に。
俺みたいなのからすると、なんとも空恐ろしくて近寄りがたい。
その感覚が、いつまで経っても俺がルドヴィグを苦手に感じる一因だ。
まあ、そんなとりとめもない思考を打ち切りつつ。
俺はアルとの会話に戻ろうと、何を話していたんだったかと振り返った。
えーと?
この世界じゃ移動に時間がかかるって話だったよな……。
そこまで考えを戻しながら。
俺はふと、覚えのある違和感に気づく。
『――っていうかさ。ちょいちょい気になるんだが』
「?」
訊き返すようにこっちを見てくるアルの視線に合わせ、頭をもたげて俺は言う。
『さっきお前、地球の話を前提に言ったよな。“この世界では何もかもに時間がかかる”ってヤツ。……なんか、表現としておかしくないか?』
「……」
次を促すようなアルの視線に、俺は半眼になって言った。
『そもそも“この世界では”なんて表現は、“別の世界”を知ってなくちゃしないもんだ』
この時点でアルの視線は俺から逸れたが、構わずに言葉を継ぐ。
『確かに、アルは俺を通して地球のことを知ってはいるが、それにしても、俺が地球の移動手段に関して話したこと、なかったよな? なんでそこら辺の感覚が違うって知ってんだ?』
時々あるんだよなぁ、お前が地球のことをわかってるように言うの。
俺は純粋な疑問を視線に乗せる。
対するアルは、何とも言えない無表情でポツリと言った。
「……あなたは、変なところで考えが足らないですよね」
『は?』
唐突な罵倒に俺が言葉を失った一方、アルは独り言のように言う。
「だからこそ不用意に近づいてくるんでしょうけど」
『??』
訳が分からず首を傾げていれば、アルがこっちを見て言った。
「自分が思っているよりも、ヒトは多くの情報を垂れ流している、という話です」
三角座りにゆっくり片肘をついたアルは、一体何を意図しているのか読み取れない。
俺は一層首を傾げつつ言った。
『……まあ、一般的によく言われることだが。……え? 俺って何をそんなに垂れ流してんの?』
「以前の話です」
すぐさま返ってくる補足に、俺は納得しかけて首を振る。
『ああ。リンクがあった時の。…………え?』
「まあ、そんなことより」
ものすごくわかりやすく話を逸らされ、俺は仕方なしにアルを見た。……こいつの表情を見れば、これ以上の話がないのは明白だな……。
改まったようにこっちを見てくるご尊顔にモノ申したいところをぐっと堪え、顎をしゃくって次を促す。
一転、表情をいくぶん固くしたアルが言った。
「あなたは今後、どうするつもりなんですか」
『……何が?』
「まったく……」
ざっくりとした問いに、いくつか咄嗟に答えが浮かぶものの、俺は無難に訊き返す。
そうすれば、片手を額にやったアルが、いくぶんヤケな口調で言ってきた。
「あなたがいらぬ節介を振りまくおかげで、僕の周囲はすっかりにぎやかになりましたよ。どうしてくれるんです」
『ハハっ』
こいつらしい嫌味な言い回しに、俺は思わず口を開けて笑う。
「笑い事じゃないでしょう」
一方のアルは、軽い苛立ちをその翠の瞳に浮かべて言った。
「先ほどの殿下とのやりとりは何ですか。
例の神とつながりのある麗奈はともかく、彼女までこちらにつくとは誤算です。確かに、隣国の情報も従魔術も、手元にあって損はない。……ですが、既にこちらにはシリンさんもイサナもいる。……わざわざレイナにこちらを選ばせる必要があるとは思えない」
『まあ、ぶっちゃけ言うとそうだな』
そんな返答をすれば、「ならなんで引き止めるようなことを言ったんですか」とでも聞こえてきそうな顔をする。
軽く表情をしかめただけだが、その瞳は雄弁だ。
対する俺は、ブルりと首を振って返事とする。
感覚的には肩をすくめる感じ。
もう慣れたもので、アルは俺の含意を正確に組みとってため息を吐いた。
「……第一、既に人外となった僕に付き従っても、不利益しかないでしょう。現状でさえ、あの方の庇護を乞う立場。今後どう転んでいくかは一切が不透明。……それでも、僕らならどうにでもなりますが、彼女たちはそうではない」
言葉はそこで切れたが、こっちに向いた視線は再び「どうしてくれるんです」という幻聴を伴い、俺に突き刺さってくる。
出会った頃より更に遠慮のなくなったその言動に、俺は苦笑しながら言った。
『なら、お前を慕ってアレイアくんだりまで来てくれた、ローランドさんやベスも同じだな?』
これに、アルは淡々と頷いた。
「ええ。そうです。……というかそもそも、僕は彼らに暇を出す気でいたんですが?」
『だろうと思った』
補足すると、アルの言う“暇を出す”とは、ほぼ“解雇する”と同義だ。
もっと正確に言うと、“この機会に辞める選択をしてもかまわない、自由にしてくれ”といった感じかな。
地球の現代とは雇用形態が違うから、なんとも伝わりにくいかもしれないが、この世界ではそれで通じる。
俺はもちろんわかっていたし、ローランドさんたちにも選択肢の1つとして伝えもした。けど、答えは既に知っての通り。
俺は言った。
『ちなみに、俺が何も言わなくても、彼らに辞める気は一切なかったからな。ローランドさんが王都に残るかこっちに来るかで迷っただけだ。
王都に残ったエドガーさんとマティさんだって、主不在の屋敷を守る気満々だったし』
「……」
これを聞いたアルは、何とも言えない苦渋の顔で沈黙する。
『ククっ。理解ができないって顔だな』
代弁してやれば、すぐさま頷きが返ってくる。
「ええ。全くもって理解不能です」
『……』
そんな悲しい答えに、俺はなんと返したものか迷ったが……。
『まあ、いい。いつかわかってくれんだろ』
「……」
独り言ちて言葉を継ぐ。
『で、話を戻すが』
そう言ってやれば、アルは意外そうにこっちを見た。
俺は言う。
『今後どうするつもりなのか、だったな。……もっと言うと、あいつらの今後をどうするつもりなのか、ってところか』
うーん。
もちろん、そこらへん考えてないわけじゃないんだが……。
改めて言語化すると、動機がどうにも自分勝手すぎるんだよなぁ、我ながら。
ま、いっか。
俺は内心で自嘲しつつ、尾をパタリと揺らして言った。
『――重石になってくれねぇかと思ってな、あの人たちが』
「……」
『お前、このままだと世捨て人一直線だぞ、まったく』
吹き出しそうになるのを堪えつつそう言ってやれば、アルはまるで頭痛でも感じ始めたかのように眉間を抑えて押し黙る。
俺は構わず言った。
『お前は、俺の全力の説得も拒んでついこの間ヒトを辞めちまったわけだが……。なにも、人間としてのあらゆることまで切り捨てる必要はない、と思うんだ』
そう言ってやれば、心底呆れた口調でアルが言った。
「……まだ諦めてなかったんですか」
『おぉよ』
俺は頷いて言った。
『――なにせ、人生80年とすれば、お前はまだ4分の1ちょっとしか生きてない。いいか、あえて言わせてもらうが、たかが4分の1、たかが20と数年、なんだよ』
『……たったそれだけの年月にどれほどの悲劇が詰まってようと。人生は、まだその3倍はあるんだ。そして、単純な確率論として、全く同じことがこの先起こり続けるはずもない』
『ましてや、今のお前には何をかいわんや。……ヒトとしての楽しみを諦めるには、もったいなさすぎるに決まってんだろ』
「……」
そのための重石。そのための彼らだ。
基本的にお人好しなアルならば、彼らがいる限り人間社会と関わらざるを得なくなるだろう。
そして。
アルがどれだけ自分の生を悲観し、諦めていようが。――それだけは。
断ち切っちゃいけないところだと思う訳だ。
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