【R18】お父さんと僕、ときどき弟(仮)

鯨井兀

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16話.

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 ※18禁じゃないです※

  ◇ 

「とってもお似合いですよー? こちら昨日ミラノから届いたばかりで、サイズも一点のみでー」

 名だたる高級ブランドがたちならぶ並木通り。
 巨大なガラスの館みたいなお店で、僕はカカシ同然に鏡の前に立っていた。

「ねね。ボクと一緒に来た人、お兄さん? お仕事何してるの?」

 お店のお姉さんは声をひそめ、鏡越しにちらちらと男を見ている。
 どうやら僕の“パパ”に興味があるらしい。
 パパは出掛けに薄いカラーレンズの眼鏡をかけていたけど。
 そんなものでは何一つ、美形の放つ、御光のごときキラキラオーラは抑えられないのだった。

(やっぱり、かっこいいんだあ。みんなハルカくんを見てるもの。でもなぁ、ふふ、うちのハルカくんはかっこいいだけじゃなくて、かわいいんだけどなあ)

 ふふん、と鼻を鳴らして自慢したくなる。
 けど、それもすぐむなしい気持ちにかわった。
 僕もチラリと鏡越しに、パパを盗み見ていた。

(ハルカくんなのに、ハルカくんじゃない人……。演技をしているようには思えないし。じゃあ、昨夜のことは全部、僕の夢だったとかぁ)

 それにしては生々しい感触が残っている。特に股間が。
 夢でないとしたら、あとはオカルト路線しか思い付かない。
 “ハルカ”は幽霊で、“パパ”に取り憑いていた——とか。

(ハルカくんが幽霊じゃ、もう会えないのかな。僕が成仏して欲しかったのはえっちな幽霊師匠で、ハルカくんじゃなかったのに。あと一日しか、あの家にいられないよ……なんとか見つけて、僕に“憑いてきて”って言えないかなあ)

 ぼんやりとそんな事を考えている間に、なんだか店内が慌ただしくなっていた。
 店員のお姉さんはどこかに連れていかれて、代わりに偉そうな人たちがパパに頭を下げているのだ。

「大変申し訳ございません。新人が、誠に無礼を……っ」
「ハサミ」
「——! ハイッ、ただいま、すぐに」

 なぜか店からハサミをゲットしたパパは、僕のそばにやってきて、

「動かないでね、危ないから」

 そういうと僕が試着中のジャケットやシャツからタグの束をひっぱり出し、スパーン、スパーンと切ってしまう。

「陽くん、行こう。パパ、お店間違えたみたいだ」
「え」

 タグどころかハサミまで床に放り投げ、店を後にする。
 きらびやかなガラス館の前では、店員のおじさん達がいつまでも頭を下げ続けていた。

「えっ、えええ? パパ、お金まだ払ってないよねえ?!」
「ハァ。パパが賠償して欲しいくらいだよ。あんな淫女を飼ってる店だなんて知らなかった。前に来たときと店の雰囲気だいぶ違うなあって考え事してたら、ハァ……。陽くんを危険な目にあわせてしまった、ごめんね」
「きけん」

 あの店で危険があったとしたら、刃物ハサミを握った男が笑顔で近づいてきた瞬間だけである。

「売女が許可なく陽くんの体に触ったりして、気狂いにもほどがある。え、密室で触って、え、脱がせた……? クソが……! あのビルすぐに壊すから、跡形もなく、塵一つ残さず。だから陽くん、もう怖くないからね。パパを許して……」
「僕は本当に大丈夫だよ」
「本当にごめんね……うぅ、ちょっと待ってて」

 パパはふらふらと建物にもたれて、自販機で買った水で錠剤を飲み始めた。
 思えば“ハルカ”じゃない“パパ”は。
 食後にも出掛け前にも、頻繁に薬を飲んでいた。

「ねえ、パパ……どこか、悪いの?」
「あぁ、これ? ただの貧血の薬だよ。飲むと落ち着くから、パパのお守りみたいなものかな」
「そう、なんだあ」
「あ……思い出した。パパが行きたかったお店、多分、一本向こうだったかも。ちょっと歩くけど、いい?」
「ふふ。うん、いいよお」

 僕の手をつないで、パパはまだウジウジしている。
 でもハルカくんみたいに少しへんなパパが、もう怖くなくなっていた。

(手をにぎるの、ベッドでえっちなことしたとき以来だあ。ドキドキはしないけど、パパはパパでかわいいな。情緒不安定なのが心配になるけどぉ)

 でも、もしも。
 この手の先にいるのが、僕の愛する人だったなら——と。
 やっぱり、そんな想いもよぎってしまう。

(お薬がおまもり、かあ……。もしかして、そのお薬お守りのせいでハルカくん、でてこれない、とか)

 横断歩道の白と黒の道を眺めながら。
 僕はパパとハルカくん、二人のことを交互に考えていた。

 ◇

「陽くん、ごめんね。パパ失格だ……服一着まともに買ってやれないなんて」

 ショッピングモールを出ると、すでに日が傾きはじめていた。
 僕は大きなクマのぬいぐるみを抱えて、ご機嫌だった。

「いいよお。僕、ぬいぐるみのほうがうれしいもの。ここ来てみたかったんだあ。パパ、クレーンゲーム上手だねえ! こんなにおっきぃの、かっこいい~」 
「ハァ……そう? ちょっと、ここで待ってて。今、車呼ぶから」

 結局、僕たちはあのあと、別の服屋さんにも行ったけど。
 そのお店でも、パパはまたお店の人を困らせていた。 

『時岡様、いつもお世話になっております』

 訪れたのはガラス館とは正反対の、外壁にツタがからまった古城のようなお店。
 接客に現れたのも、落ち着いた雰囲気のおじいさんで。
 なぜ店を間違ったのか、ますます謎だった。

『息子に服をつくってよ。何分かかる?』
『おや、まこと可愛らしいお坊ちゃまですね。しかし私がいかに凄腕の熟練テーラーでも、もう少々お時間いただきませんと』
『え、だから何分?』
『——パパぁ!』

 僕はあせって、クレーマー男の腕にしがみついていた。
 どうやらここはオーダーしたものをメイドする服屋さんで。
 自販機みたいに、ワンプッシュでガコンと服が出てくるわけがないのである。

『僕、もう服いらなぁい。おなかすいたかも、パフェ、ぼく、パフェ食べたぁい。イチゴがたくさんのったやつ~』
『パフェ? そう……ここでパフェつくれる?』
『ほほ。時岡様が作れとおっしゃるなら、それはもう喜んで。しかし本業ではないので、味のほうはどうにも。軽食であれば近くに評判の店がありますので、私はそちらをおすすめします』

 よほどこのクレーマー男に慣れているのか神対応である。
 おじいさんは店の奥に戻り、何やら箱を抱えてきて、

『代わりに私共からは、こちらを。お坊ちゃまがいらっしゃると聞いて、つい張り切ってしまいました』

 そういっておじいさんがプレゼントしてくれたのは、ツバのない、シュークリームみたいな帽子。
 情緒不安定なクレーマー男も、

『あ、いいね。すごく似合ってる。世界一かわいいよ、陽くん』

 と、心底うれしそうに顔をほころばせ、抱きしめてくれたのだ。

「えへへ~。パパが喜んでくれると、うれしいなあ——あれ」

 僕ははたと立ち止まり、そのお気に入りの帽子がないことに気付いた。

「あ……ゲームのとき、お店に忘れてきちゃったかも……!」

 パパはまだ電話中で、なんだかブチ切れている。
 僕はぬいぐるみを抱きしめ、オロオロと自動ドアとパパを振り返り——

「……うん、僕たちで取りに行こう。走ればすぐだもの」

 パパからもらった初めてのプレゼントを相棒に、僕は店内へと駆け出していた。

 それが大事件になるとは、思いもせずに——
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