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20話
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自分の背よりも大きな巨大パンケーキ。
てっぺんには入道雲みたいな生クリームと、大好きなイチゴが山ほど飾られている。
陽だまりみたいにほっかほかで、ふっかふかのパンケーキに抱きつき、
「あむ」
と、思い切りかぶりつく。でも、
「むにゃむにゃ……あれぇ」
想像をこえた不味さに、僕は白目をむく。
そしてようやく知るのだった。
かぶついたパンケーキは、僕の大切なぬいぐるみの耳だったことに——
「うわあ、ごめんねええ。ぼ、ぼくはなんてことを」
腫れぼったいまぶたをこすり、どうやら今までソファでグッスリ寝ていたことに気付く。
(ここ、パパのマンション……ぼく、いつのまにか帰ってきてたんだぁ)
窓の外はもうすっかり日が暮れて、夜が訪れていた。
フロアを照らす銀河のような一面の夜景は、なんだかまだ夢の中にいるみたいだった。
「おまえが全部悪い……おまえはいつもそうだ」
(……?)
ソファの端っこに座り、うなだれる男のすがた。
明かりもつけずに、美しい夜景をながめるわけでもなく。
なにやら独り言を念仏のように繰り返していた。
「……全部おまえのせいだろ。一番無能なくせに、消えろよ……He’s an asshole. 気にすんな……Δεν έχω θέμα……」
「パパ?」
僕は靴下までモコモコの、かわいいフードつきの部屋着に着替えていたけど。
でもパパは、いつからそうしていたのか。
日中おでかけした時の姿のまま、シャツ一枚の背中を丸めてソファに座っていた。
「パパぁ……もう夜だよ。おふとん行く?」
とりあえず寒そうに見えて、自分に掛けられていたブランケットを引っ張ってくる。
そしてパパの背中にかけて一緒にくるまっていると、
「……陽くん……」
「あ、起きたぁ。ふふ、パパすごい寝言いってたよお、なんかぁ」
僕の弟みたいだ、と言いかけた言葉をゴクリと飲み込む。
(おうちの話はしない方がいいよね。今の僕はひとりっ子だもん。そっかあ……今夜がパパの子どもでいられる、最後の夜なんだ)
そう思うと急にさびしくなって。
内心ではアレコレ弟に言い訳して謝罪し、体は一人息子としてパパに甘えきっていた。
「ねえ、ぱぱぁ~」
男の腕にからまり頬をすり寄せ、持てる力のすべてで可愛い息子を演じる。
「パパがクマくん洗ってくれたの? お日さまみたいなにおいがするぅ~うれしいなあ。ありがとぉ」
「う、うん、たぶん乾燥機のにおいだけど。陽くん、その……体、痛いとこない?」
「ないよお。ちょっとビックリしたけどぉ……クマくんも元通りだから、許してあげるね~。パパだから、とくべつだよ~?」
「そう……優しいな、陽くんは」
「でもね、本当はお外ではダメなんだよぉ? 見つかると怒られるちゃうから。だから、え…えっちなことはぁ、ぼく、おうちでしてほしいな」
「えっち?」
「お外のトイレは人きちゃうもん。パパも僕の口ふさがないといけないしぃ。あとね、クマくん、汚しちゃうのは嫌だった……。でもパパだから、クマくんも許してくれるって~」
そういってしがみついたパパの腕が、なぜか震えていることに気付く。
「……どうしたの? 寒いの?」
「ちがう、パパは」
「なあに?」
「いや、そうだ……陽くんの、言う通りだ。パパが悪かったね……陽くんに乱暴して、泣かせた……ごめん。もう絶対しないから大丈夫だよ」
パパはそういうと僕をギュッと抱きしめてくれる。
「うん、いいよぉ。パパ、だいすき」
「うん……パパも陽くんが好きだよ。ごめんね」
ドクン、ドクン、と。
シャツの下から聞こえる心音が、なんだかとても愛おしくて。
僕はパパの胸に顔をうずめながら、そっとその体に触れてみる。
「ァ……ッ」
「あれ? パパもくすぐったがりなんだぁ」
「陽くん、パパにイタズラしないで……。もしかして、たくさん寝ちゃったから眠くない? うーん、オセロとかする?」
「おせろ、わかんない。あ、もしかしてゲームのお部屋、行く?!」
「……あそこは禁止。2,500lx以上の光源は入眠によくないから。とりあえず、あったかい飲み物でも淹れようね」
「ま、まって」
僕は立ち上がろうとするパパの腰にしがみつく。
なぜか離れるのが怖かったし、僕はしなくちゃいけないことがあったから。
「どうしたの、陽くん」
「僕ね、ぼく……パパとトイレのつづき、したぃ」
「え?」
僕はパパの手を取ると、モコモコの部屋着の中へと誘う。
「僕の“じょうか”、まだ終わってないでしょ。前からもしなきゃダメって、パパ、言ったよね」
「——……ッ」
僕に触れかけた手は、すぐに振りはらわれていた。
驚いて顔をあげると、パパの顔も、驚くほど真っ青になっていた。
手も体をも震え、おぞましいものでも見るような目をしているのだった。
「……もしかして、ぼく、汚い?」
「え……」
「そうだよね……僕は、きたない。パパが、そう言ったもの」
「違う!そんなこと言ってない、思ってないから!」
「言ったもん!じゃあ誰が言ったの、僕に、トイレで悪魔だって」
思い返すと、黒いドロドロしたものが現れた。
そして僕の体にねっとりと絡みつきながら、
『赤ちゃん作ろうね』『清浄にしないと』『この悪魔め……』
意地悪なことをささやいて、僕の中に入ってこようとする。
(やだ、こわいよお……っ。でも、パパが助けに来てくれる。パパが一緒に帰ろうって、僕をドロドロから守ってくれるんだ)
せまい個室トイレのなかでうずくまっていた僕は、ようやく矛盾に気づいていた。
「あれ……? パパ、じゃない。僕を壁に押しつけて、おちんちん、いれてきたの……じゃあ、だあれ」
「パパだよ……!全部、パパがした。パパが陽くんに悪いイタズラして……ごめんね。パパが悪魔なんだ、陽くんは汚くなんかないよ」
パパに抱きしめられているのに、ドロドロの感触が消えてくれない。
ドロドロは生臭い息を吐いて、堅い槍で乱暴に僕をつらぬこうとする。
そして僕の中に聖水を何度も注ぎ続けるのだ。
「ハァ、ハァ……やだあッ、パパ、こわぃ……ドロドロが僕の中に入ってきちゃうよ、やだあ」
「大丈夫だよ、パパがそばいるから」
「ぐす……パパだもん、おじさんじゃないもんっ。パパぁ、こわいよ、ここから出してぇ」
見知らぬおじさんに触れられた手の感触や、息づかいが。
黒いドロドロになって、僕をいっしょに排水溝みたいな暗闇に引きずり込もうとする。
僕はパパにしがみつき、必死にすがっていた。
それがパパにとって、どんなに残酷なことかも知りもせずに。
「パパがいいよお、ドロドロはいや……! ドロドロが入ってきちゃう、はやく僕をきれいにして。ぱぱあ、おねがぁい。わあああん」
「うん……わかった」
パパは震える冷たい指先で、僕の頬をなでた。
「パパと、しようね、つづき」
窓の外に見える一面の銀河の星々を背に、僕を見下ろす男は。
死人のように青白い顔で、いかに鼻から鮮血を垂れ流そうとも。
この世の誰よりも美しく、愛おしく見えたのだった。
自分の背よりも大きな巨大パンケーキ。
てっぺんには入道雲みたいな生クリームと、大好きなイチゴが山ほど飾られている。
陽だまりみたいにほっかほかで、ふっかふかのパンケーキに抱きつき、
「あむ」
と、思い切りかぶりつく。でも、
「むにゃむにゃ……あれぇ」
想像をこえた不味さに、僕は白目をむく。
そしてようやく知るのだった。
かぶついたパンケーキは、僕の大切なぬいぐるみの耳だったことに——
「うわあ、ごめんねええ。ぼ、ぼくはなんてことを」
腫れぼったいまぶたをこすり、どうやら今までソファでグッスリ寝ていたことに気付く。
(ここ、パパのマンション……ぼく、いつのまにか帰ってきてたんだぁ)
窓の外はもうすっかり日が暮れて、夜が訪れていた。
フロアを照らす銀河のような一面の夜景は、なんだかまだ夢の中にいるみたいだった。
「おまえが全部悪い……おまえはいつもそうだ」
(……?)
ソファの端っこに座り、うなだれる男のすがた。
明かりもつけずに、美しい夜景をながめるわけでもなく。
なにやら独り言を念仏のように繰り返していた。
「……全部おまえのせいだろ。一番無能なくせに、消えろよ……He’s an asshole. 気にすんな……Δεν έχω θέμα……」
「パパ?」
僕は靴下までモコモコの、かわいいフードつきの部屋着に着替えていたけど。
でもパパは、いつからそうしていたのか。
日中おでかけした時の姿のまま、シャツ一枚の背中を丸めてソファに座っていた。
「パパぁ……もう夜だよ。おふとん行く?」
とりあえず寒そうに見えて、自分に掛けられていたブランケットを引っ張ってくる。
そしてパパの背中にかけて一緒にくるまっていると、
「……陽くん……」
「あ、起きたぁ。ふふ、パパすごい寝言いってたよお、なんかぁ」
僕の弟みたいだ、と言いかけた言葉をゴクリと飲み込む。
(おうちの話はしない方がいいよね。今の僕はひとりっ子だもん。そっかあ……今夜がパパの子どもでいられる、最後の夜なんだ)
そう思うと急にさびしくなって。
内心ではアレコレ弟に言い訳して謝罪し、体は一人息子としてパパに甘えきっていた。
「ねえ、ぱぱぁ~」
男の腕にからまり頬をすり寄せ、持てる力のすべてで可愛い息子を演じる。
「パパがクマくん洗ってくれたの? お日さまみたいなにおいがするぅ~うれしいなあ。ありがとぉ」
「う、うん、たぶん乾燥機のにおいだけど。陽くん、その……体、痛いとこない?」
「ないよお。ちょっとビックリしたけどぉ……クマくんも元通りだから、許してあげるね~。パパだから、とくべつだよ~?」
「そう……優しいな、陽くんは」
「でもね、本当はお外ではダメなんだよぉ? 見つかると怒られるちゃうから。だから、え…えっちなことはぁ、ぼく、おうちでしてほしいな」
「えっち?」
「お外のトイレは人きちゃうもん。パパも僕の口ふさがないといけないしぃ。あとね、クマくん、汚しちゃうのは嫌だった……。でもパパだから、クマくんも許してくれるって~」
そういってしがみついたパパの腕が、なぜか震えていることに気付く。
「……どうしたの? 寒いの?」
「ちがう、パパは」
「なあに?」
「いや、そうだ……陽くんの、言う通りだ。パパが悪かったね……陽くんに乱暴して、泣かせた……ごめん。もう絶対しないから大丈夫だよ」
パパはそういうと僕をギュッと抱きしめてくれる。
「うん、いいよぉ。パパ、だいすき」
「うん……パパも陽くんが好きだよ。ごめんね」
ドクン、ドクン、と。
シャツの下から聞こえる心音が、なんだかとても愛おしくて。
僕はパパの胸に顔をうずめながら、そっとその体に触れてみる。
「ァ……ッ」
「あれ? パパもくすぐったがりなんだぁ」
「陽くん、パパにイタズラしないで……。もしかして、たくさん寝ちゃったから眠くない? うーん、オセロとかする?」
「おせろ、わかんない。あ、もしかしてゲームのお部屋、行く?!」
「……あそこは禁止。2,500lx以上の光源は入眠によくないから。とりあえず、あったかい飲み物でも淹れようね」
「ま、まって」
僕は立ち上がろうとするパパの腰にしがみつく。
なぜか離れるのが怖かったし、僕はしなくちゃいけないことがあったから。
「どうしたの、陽くん」
「僕ね、ぼく……パパとトイレのつづき、したぃ」
「え?」
僕はパパの手を取ると、モコモコの部屋着の中へと誘う。
「僕の“じょうか”、まだ終わってないでしょ。前からもしなきゃダメって、パパ、言ったよね」
「——……ッ」
僕に触れかけた手は、すぐに振りはらわれていた。
驚いて顔をあげると、パパの顔も、驚くほど真っ青になっていた。
手も体をも震え、おぞましいものでも見るような目をしているのだった。
「……もしかして、ぼく、汚い?」
「え……」
「そうだよね……僕は、きたない。パパが、そう言ったもの」
「違う!そんなこと言ってない、思ってないから!」
「言ったもん!じゃあ誰が言ったの、僕に、トイレで悪魔だって」
思い返すと、黒いドロドロしたものが現れた。
そして僕の体にねっとりと絡みつきながら、
『赤ちゃん作ろうね』『清浄にしないと』『この悪魔め……』
意地悪なことをささやいて、僕の中に入ってこようとする。
(やだ、こわいよお……っ。でも、パパが助けに来てくれる。パパが一緒に帰ろうって、僕をドロドロから守ってくれるんだ)
せまい個室トイレのなかでうずくまっていた僕は、ようやく矛盾に気づいていた。
「あれ……? パパ、じゃない。僕を壁に押しつけて、おちんちん、いれてきたの……じゃあ、だあれ」
「パパだよ……!全部、パパがした。パパが陽くんに悪いイタズラして……ごめんね。パパが悪魔なんだ、陽くんは汚くなんかないよ」
パパに抱きしめられているのに、ドロドロの感触が消えてくれない。
ドロドロは生臭い息を吐いて、堅い槍で乱暴に僕をつらぬこうとする。
そして僕の中に聖水を何度も注ぎ続けるのだ。
「ハァ、ハァ……やだあッ、パパ、こわぃ……ドロドロが僕の中に入ってきちゃうよ、やだあ」
「大丈夫だよ、パパがそばいるから」
「ぐす……パパだもん、おじさんじゃないもんっ。パパぁ、こわいよ、ここから出してぇ」
見知らぬおじさんに触れられた手の感触や、息づかいが。
黒いドロドロになって、僕をいっしょに排水溝みたいな暗闇に引きずり込もうとする。
僕はパパにしがみつき、必死にすがっていた。
それがパパにとって、どんなに残酷なことかも知りもせずに。
「パパがいいよお、ドロドロはいや……! ドロドロが入ってきちゃう、はやく僕をきれいにして。ぱぱあ、おねがぁい。わあああん」
「うん……わかった」
パパは震える冷たい指先で、僕の頬をなでた。
「パパと、しようね、つづき」
窓の外に見える一面の銀河の星々を背に、僕を見下ろす男は。
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