【R18】お父さんと僕、ときどき弟(仮)

鯨井兀

文字の大きさ
20 / 44
▶︎

20話

しおりを挟む
 ◇

 自分の背よりも大きな巨大パンケーキ。
 てっぺんには入道雲みたいな生クリームと、大好きなイチゴが山ほど飾られている。
 陽だまりみたいにほっかほかで、ふっかふかのパンケーキに抱きつき、
「あむ」
 と、思い切りかぶりつく。でも、

「むにゃむにゃ……あれぇ」

 想像をこえた不味さに、僕は白目をむく。
 そしてようやく知るのだった。
 かぶついたパンケーキは、僕の大切なぬいぐるみの耳だったことに——

「うわあ、ごめんねええ。ぼ、ぼくはなんてことを」

 腫れぼったいまぶたをこすり、どうやら今までソファでグッスリ寝ていたことに気付く。

(ここ、パパのマンション……ぼく、いつのまにか帰ってきてたんだぁ)

 窓の外はもうすっかり日が暮れて、夜が訪れていた。
 フロアを照らす銀河のような一面の夜景は、なんだかまだ夢の中にいるみたいだった。

「おまえが全部悪い……おまえはいつもそうだ」
(……?)

 ソファの端っこに座り、うなだれる男のすがた。
 明かりもつけずに、美しい夜景をながめるわけでもなく。
 なにやら独り言を念仏のように繰り返していた。

「……全部おまえのせいだろ。一番無能なくせに、消えろよ……He’s an asshole. 気にすんな……Δεν έχω θέμα……」
「パパ?」 

 僕は靴下までモコモコの、かわいいフードつきの部屋着に着替えていたけど。
 でもパパは、いつからそうしていたのか。
 日中おでかけした時の姿のまま、シャツ一枚の背中を丸めてソファに座っていた。

「パパぁ……もう夜だよ。おふとん行く?」

 とりあえず寒そうに見えて、自分に掛けられていたブランケットを引っ張ってくる。
 そしてパパの背中にかけて一緒にくるまっていると、

「……陽くん……」
「あ、起きたぁ。ふふ、パパすごい寝言いってたよお、なんかぁ」

 僕の弟みたいだ、と言いかけた言葉をゴクリと飲み込む。

(おうちの話はしない方がいいよね。今の僕はひとりっ子だもん。そっかあ……今夜がパパの子どもでいられる、最後の夜なんだ)

 そう思うと急にさびしくなって。
 内心ではアレコレ弟に言い訳して謝罪し、体は一人息子としてパパに甘えきっていた。

「ねえ、ぱぱぁ~」

 男の腕にからまり頬をすり寄せ、持てる力のすべてで可愛い息子を演じる。

「パパがクマくん洗ってくれたの? お日さまみたいなにおいがするぅ~うれしいなあ。ありがとぉ」
「う、うん、たぶん乾燥機のにおいだけど。陽くん、その……体、痛いとこない?」
「ないよお。ちょっとビックリしたけどぉ……クマくんも元通りだから、許してあげるね~。パパだから、とくべつだよ~?」
「そう……優しいな、陽くんは」
「でもね、本当はお外ではダメなんだよぉ? 見つかると怒られるちゃうから。だから、え…えっちなことはぁ、ぼく、おうちでしてほしいな」
「えっち?」
「お外のトイレは人きちゃうもん。パパも僕の口ふさがないといけないしぃ。あとね、クマくん、汚しちゃうのは嫌だった……。でもパパだから、クマくんも許してくれるって~」

 そういってしがみついたパパの腕が、なぜか震えていることに気付く。

「……どうしたの? 寒いの?」
「ちがう、パパは」
「なあに?」
「いや、そうだ……陽くんの、言う通りだ。パパが悪かったね……陽くんに乱暴して、泣かせた……ごめん。もう絶対しないから大丈夫だよ」

 パパはそういうと僕をギュッと抱きしめてくれる。

「うん、いいよぉ。パパ、だいすき」
「うん……パパも陽くんが好きだよ。ごめんね」

 ドクン、ドクン、と。
 シャツの下から聞こえる心音が、なんだかとても愛おしくて。
 僕はパパの胸に顔をうずめながら、そっとその体に触れてみる。

「ァ……ッ」
「あれ? パパもくすぐったがりなんだぁ」
「陽くん、パパにイタズラしないで……。もしかして、たくさん寝ちゃったから眠くない? うーん、オセロとかする?」
「おせろ、わかんない。あ、もしかしてゲームのお部屋、行く?!」
「……あそこは禁止。2,500lx以上の光源は入眠によくないから。とりあえず、あったかい飲み物でも淹れようね」
「ま、まって」

 僕は立ち上がろうとするパパの腰にしがみつく。
 なぜか離れるのが怖かったし、僕はしなくちゃいけないことがあったから。

「どうしたの、陽くん」
「僕ね、ぼく……パパとトイレのつづき、したぃ」
「え?」

 僕はパパの手を取ると、モコモコの部屋着の中へと誘う。

「僕の“じょうか”、まだ終わってないでしょ。前からもしなきゃダメって、パパ、言ったよね」
「——……ッ」

 僕に触れかけた手は、すぐに振りはらわれていた。
 驚いて顔をあげると、パパの顔も、驚くほど真っ青になっていた。
 手も体をも震え、おぞましいものでも見るような目をしているのだった。

「……もしかして、ぼく、汚い?」
「え……」
「そうだよね……僕は、きたない。パパが、そう言ったもの」
「違う!そんなこと言ってない、思ってないから!」
「言ったもん!じゃあ誰が言ったの、僕に、トイレで悪魔だって」

 思い返すと、黒いドロドロしたものが現れた。
 そして僕の体にねっとりと絡みつきながら、
『赤ちゃん作ろうね』『清浄にしないと』『この悪魔め……』
 意地悪なことをささやいて、僕の中に入ってこようとする。

(やだ、こわいよお……っ。でも、パパが助けに来てくれる。パパが一緒に帰ろうって、僕をドロドロから守ってくれるんだ)

 せまい個室トイレのなかでうずくまっていた僕は、ようやく矛盾に気づいていた。

「あれ……? パパ、じゃない。僕を壁に押しつけて、おちんちん、いれてきたの……じゃあ、だあれ」
「パパだよ……!全部、パパがした。パパが陽くんに悪いイタズラして……ごめんね。パパが悪魔なんだ、陽くんは汚くなんかないよ」

 パパに抱きしめられているのに、ドロドロの感触が消えてくれない。
 ドロドロは生臭い息を吐いて、堅い槍で乱暴に僕をつらぬこうとする。
 そして僕の中に聖水を何度も注ぎ続けるのだ。

「ハァ、ハァ……やだあッ、パパ、こわぃ……ドロドロが僕の中に入ってきちゃうよ、やだあ」
「大丈夫だよ、パパがそばいるから」
「ぐす……パパだもん、おじさんじゃないもんっ。パパぁ、こわいよ、ここから出してぇ」

 見知らぬおじさんに触れられた手の感触や、息づかいが。
 黒いドロドロになって、僕をいっしょに排水溝みたいな暗闇に引きずり込もうとする。
 僕はパパにしがみつき、必死にすがっていた。
 それがパパにとって、どんなに残酷なことかも知りもせずに。

「パパがいいよお、ドロドロはいや……! ドロドロが入ってきちゃう、はやく僕をきれいにして。ぱぱあ、おねがぁい。わあああん」
「うん……わかった」

パパは震える冷たい指先で、僕の頬をなでた。

「パパと、しようね、つづき」

 窓の外に見える一面の銀河の星々を背に、僕を見下ろす男は。
 死人のように青白い顔で、いかに鼻から鮮血を垂れ流そうとも。
 この世の誰よりも美しく、愛おしく見えたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

悪役令息に転生したらしいけど、何の悪役令息かわからないから好きにヤリチン生活ガンガンしよう!

ミクリ21 (新)
BL
ヤリチンの江住黒江は刺されて死んで、神を怒らせて悪役令息のクロエ・ユリアスに転生されてしまった………らしい。 らしいというのは、何の悪役令息かわからないからだ。 なので、クロエはヤリチン生活をガンガンいこうと決めたのだった。

処理中です...