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二 通小町

鉄輪(二)

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その就寝前の点呼の時、思いがけない事件が勃発した。
 急に廊下が騒がしくなって、立花先生が俺たちの部屋に駆け込んできたんだ。

「橋元がいない!お前ら知らないか?」

「女子は来てないっすよ、先生。どうしたんですか?」

 隣のクラスの女子がひとり、宿からいなくなった、というのだ。
 しかも普段はごく普通な真面目な生徒で、グレてる様子など全くない、どちらかというと内気な子.......らしい。

「夕飯の時にはいたんだ」

 担任の大河内先生が真っ青になって様子を聞き回っている。

「防犯カメラに、女子学生がひとり外に出た映像があるそうですよ」

 菅原先生が眉をしかめながら、各部屋に聞き回っていた。

「なんか心当たり無いんですか?」

 騒ぎに水本とロビーに顔を出すと、数人の学生が同じように部屋から出てきていた。

「宇治でちょっと様子は変だったけど......」

 橋の傍にある小さな祠みたいのに、じっと見入っていた、と隣のクラスの女子。

「もしかして、彼女、最近失恋とかした?二股されてたとか......」

 おいおい清原、お前何を言い出すの。

「あ、そう言えば、最近、三年の先輩に浮気されてたって泣いてた」

 モブ女子A 、それ個人情報......って言おうとしたところで、色部がボソッ。

「鉄輪...だわ」

 鉄輪?何それ?

「宇治の橋姫よ。......裏切った男に復讐する有名な話があるの。宇治橋のたもとの祠はその橋姫を祀ってるはず」

 え?それって取り憑かれたとかってオカルトな話?

 まさかでしょ。

「まさかとは思うが......」

 小野崎先生、菅原先生、なんすか、その真剣な顔。

「小野、彼に連絡着くか?」

 え?彼って?

 小野崎先生、周りに聞こえないように、頭の中に直接話すの、止めて。

『晴明だ。彼の力がいる』

 俺は、別れ際の清明さんの言葉を思い出した。

ー京都は時空が不安定になっているから、何かあったら、すぐに連絡してー

「は、はい。すぐに....」

 俺はスマホをポケットから取り出した。

ー出るといいんだけど......ー

 ワンコール鳴らしたところで、清明さんの声が答えた。

『ハルくん?今向かってる。宿はどこ?』

 はい?!
 清明さん、早くない?
 俺はそのまま、小野崎先生にスマホを渡した。

 先生は話終わると、俺たちを見た。

「小野、水本、行くぞ。着いてこい」

 小野崎先生は、長柄先生と立花先生に生徒を頼みます、と伝えて俺たちふたりを連れてエントランスに出た。
 と、白のハイブリッド車が滑り込んできた。清明さんだ。

「貴船ですね。ハルくん、お友達も乗って!」

 と清明さんがドアを開けた途端に、けたたましい声がふたつ。

「私達も、行きます!」

 清原、色部、お前らなぁ......。

「コマチ君たちだけじゃ不安です!」

 どういう意味だよ!

 

「君たちは危ないから、待っていなさい」

 菅原先生の圧にさすがに黙り込むふたり。

「分かりました。気をつけてね」

 ありがとう。無事に戻るよ、たぶん。

「先生も早く!」

 急かされて俺たちと小野崎先生は清明さんの車へ。

「菅原先生は?」

「こっちを収拾つけて、後から追う」

 深く頷く先生達。暗いから分かりにくいけど、ガラスに映る影が既に本気モードなふたり。

 そんなにヤバいんすか?

「飛ばすから、ちゃんと捕まっててね」

 アクセルを踏み込む清明さん。
 車が暗闇へと突っ込んでいく。
 俺たちは前列座席のヘッドパットにしがみつく。

「うわ、京都って消灯早いね。もう真っ暗だよ」



 水本、多分それ違う......。

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