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二 通小町

夜をこめて......

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 先生の言ったとおり、翌朝の橋元達の様子は特に変わった感じは無かった。彼女は比較的早く寝てしまったことになっていて、誰も疑う様子は無かった。
 俺の目の前のふたりを除いては......。

「ねぇ、コマチ君、水本君、昨日はあれからどうしたの?」

 山部たちに聞こえないように、か清原が珍しく小さな声で俺たちに話しかけてきた。
 
「あれからって?」

 今さらだが惚けて返す水本。

「橋姫よ。鬼女よ。......無事に済んだの?」

 尚も突っ込む清原。

「橋姫ってなんだ?俺とコマチは飯食ってから、風呂に入ってずっと部屋にいたぜ。なんか夢でも見たんじゃないか?」

「夢じゃないわよ......」

 色部の眼鏡の奥がキランと光る。ヤバい。先生、術、失敗してますよ。

「そこ、食事中は静かに」

 菅原先生が俺たちの後ろからふたりにご指導。
 ちょっと離れた席にいた小野崎先生は、目が合うと小さく肩をすくめた。
 なんか、こいつらは別格らしい。


 菅原先生に注意されて、ふたりはしばらく大人しく、漬物やら湯葉巻きをもそもそ食べていたが、先生が席を立つや否や、また口を開いた。が、それは鬼女の話よりもっとヤバかった。



「そうそう、コマチ君て夢遊病とかあるの?」

 夢遊病?それ何?言われたこと無いけど。

「昨夜さ、私と那岐子、結構遅くまで喋っててさ。そしたら、男子の部屋のほうで、ドアが開く音がして......」

「トイレかな、と思ったら足音が反対方向に向かっていて、階段、降り始めたのよ」

 清原は夜中コンビニ禁止って厳重なきまりになっていたから、色部と一緒に部屋を出て注意しようと追いかけた、というのだ。

「そしたらさ......コマチ君で、声を掛けても全然、止まらないし、聞こえてないみたいで」

「寝惚けてるにしては目付きが変でさ。『夜が明けてしまう...』とか言いながら、出口のほうに行こうとしてたから、びっくりしちゃって......」

 思わずひっぱたいちゃった......って手を合わせる清原。
 
「ゴメンね」

「いや、全然覚えてないから......」

 朝、ちょっとだけ頬っぺた腫れてるような気がしたのはそれだったのね。
 それからぼーっと突っ立っていた俺を部屋に引き摺って帰ってくれたそうな。お手数おかけしました。ありがと。

「まだ真夜中だよ、って言ったら大人しく布団に入ったけど.....」

 色部が、ずずっとお茶を啜りながら、なぜか水本を睨む。

「ヤバいよ、コマチ君。なんで水本君も気がつかなかったの?」

 いや、昨夜は俺たちヘトヘトだったしさ、目なんか覚めないよ、絶対。

「何時頃?」

って聞き直すと、そうね......と色部が首を傾げた。

「三時過ぎよね.....」

 そんな時間まで起きてたの?お前ら。しかも結局、心配だからって朝まで起きてたって......なんかゴメン。

「大丈夫よ、物書きは二徹三徹、当たり前だから」

「そ。推しを語り始めたら、もうどれだけ語っても語り尽くせないし」

 前言撤回。化け物より化け物だわ、こいつら。

「でもさ......」

 清原が自分のついでに俺たちの湯飲みにお茶を注ぎ足してくれながら、ひそっと囁いた。

「なんか物陰から、誰かがその様子を見ていた気がするのよ。昨日と今日はこの旅館、うちの学校だけでしょ?」

 色部と清原の目線の先には、俺たちに背を向けて食事を取る深草の姿があった。

「一応、『通小町』のお話、教えておくね」

 色部が、ごそごそとデイバックからコピーの束を取り出した。

「小野小町の伝説は色々あるんだけど、百夜通い関連のだけ集めといたわ。原文と現代語訳。解説着けておいたから」

 マメなんだね、色部。古文、苦手だけど、頑張って読んでみるわ。





で、俺のクラスは、午前中に宇治・太秦方面の見学だったんだけど、俺と水本は体調不良でパス。なんせ死ぬほど眠かったんだもん。

 昨夜の顛末を知ってる菅原先生は快く許可してくれた。
 小野崎先生は、出掛けにラインを一本、送ってきた。

ー一寝入りしたら、六道珍皇寺に行ってきなさいー

よくわかんないけど、わかりました。


「じゃあ、無理しないように...」

「大丈夫です。良くなったら太秦には行きます」

 ちょっとだけでも、映画村は見たいから。

心配そうな、担任の立花先生とクラスメイトを手を振ってお見送りをして、俺たちはとりあえず、もう一度、布団に潜り込んだ。


 

夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ
(清少納言 百人一首 第62番)
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