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五 空飛ぶ鯨とテンタクル 1
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暖かな日差しの下、寄せては返す波の音にウットリしながら浜辺を往くのは、四人の青年と二匹の二叉尻尾の猫……。
十六夜国の大家、山河家の嫡男、琉論公子とその一行だ。
「いや~いい眺めだね、最高
!」
時折、波打ち際まで走っていって、波と追いかけっこをしたり、貝を拾ったりと大はしゃぎの青年たちに、猫たちはふぁあ~、と少々呆れた様子で欠伸をもらす。
「ウェイインも来なよ。楽しいよ!」
「猫は水を好かん。何度言ったらわかるのじゃ!」
驢馬の背に乗せた行李から無理やり引き剥がそうとする琉論の手に二発、三発と猫パンチをお見舞いして、不機嫌そうにうずくまる黒猫ウェイイン。その傍らでは真っ白子猫のランジャンが珍しそうに、どこまでも続く青い水がうねるのを見つめている。
「ウェイイン、この水はどこまで続いているの?」
「行ったことが無いからわからぬが、地平の先まで続いているというぞ」
「じゃあ、ここに住む生き物は喉が乾いても平気だね」
無邪気に目を輝かせる子猫に黒猫はふるふると頭を振った。
「とんでもない」
「塩辛過ぎて飲めませんよ。喉が乾いたら言って下さいね。水筒がありますから」
驢馬の手綱を引く高雪が人の好さそうな笑みを溢しながら子猫の頭を撫でた。
本来ならば大家の公子は、自分の足で歩いたりはしない。しないはずなのだが、この琉論公子は、少々、いやだいぶん変わり者……で、公子らしい振る舞いはあまり好きではない。
出来ない、わけではない。ちゃんと然るべき場所では立派な優雅な所作で周りを感嘆させ、褒め称えられたりするのだ。
が、平素は明るい軽いノリでしかつめらしい礼儀作法など完全無視。
今回の旅の出立にあたっても、馬車やら牛車の利用などは断固拒否。
『せっかくの冒険の旅なのに、そんな目立つ乗り物なんて恥ずかし過ぎるだろー』
探索、探索とルンルンする陰には、愛しの姫にー軟弱者!ーと言われたくない見栄もセットになっていることは見え見えだが、敢えて何も言わないのが友の優しさ。
『そうですね』
とだけ言って、驢馬に霊芝草を食ませている呉明須にそっと目配せをする東雲も実は馬車が苦手だ。自慢ではないが人一倍、耳の良い東雲はすぐに乗り物酔いをしてしまうのだ。
そこそこ武芸の達者な東雲があっさり武将の道を捨てて、道士になったのは、軽車や馳車ーつまりは戦車に乗るのがイヤだったから……というのは誰にも内緒だ。
で、一行が最初に選んだのは東の海辺の道。理由は、琉論の一言。
『海見に行きたい!海!』
ただそれだけだった……。
「ところで東雲さんは、家を開けて大丈夫なんですか?その……大事な扉があると聞きましたが?」
潮風に髪をなびかせて、はしゃぐ琉論の背中を眺めていた呉明須が、やはり砂の上にぼんやり座っていた
「あぁ……うん」
東雲の堂には、実は天空の異界と繋がる扉がある。実際には東雲達のいる妙界そのものが神界や人界、魔界とを繋ぐ結節点のようなものなのだが、青千輝帝国の八つの国々にはそれぞれに様々な異界へと繋がる扉がある。
とは言え、行き先が書かれた看板が下がっているわけではなく、道士の格や方術の様式によって繋がる先が変わる。
そのぶん、危ういものでもあるため、慎重に扱わねばならない。
少し前までは兄弟子の月餅が扉の管理を任されていたのだが、天界からの命で人界に仕事に降りたため、少しの間、その留守を守るつもりでいたのだが、人界は何やら多忙なためになかなか戻って来ない。
仕方なく堂を建てて楽隠居がてら棲み着くようになった。
もっとも、東雲にとっては、一目惚れして伴侶に迎えた天女の蘿羽が訪う大切な扉でもあるのだから、ゆめ疎かにしようはずがない。
ーそう言えば最近、会ってないなぁ……ー
人界と同じで天界もなかなか多忙らしく、思うように逢瀬の時を持てないのが最近の彼の悩みだ。
「留守は真東風が守ってくれるし、悠亜たんや稲羽ちゃんもいる。叶翔や唯兎もたまには顔を出してくれるって言ってたから……」
「なんかウサギ多いですよね、東雲さんとこ……」
「え?そうかぁ?」
確かに悠亜は薄桃色の羽根付きウサギで、稲羽はやはり白い羽根のあるウサギ、唯兎は確か虹色だったか……。でも叶翔は綺麗な翡翠色の神鹿だ。ちゃっかりくっついて来ているウェイインとランジャンは猫だし……。
「小獣精に好かれやすいだけだよ。お人好しだから……」
「そんなことないですよ。もふもふな癒やしがいっぱいで羨ましい……」
呉明須が額に手をかざしながら仰ぎ見る空は海に負けないほどの鮮やかに青く晴れ渡っている。
……と、その視界を虹色に輝く大きな背中が横切った。
「え……クジラ?」
海よりも広大な虚空に悠々と泳ぐその姿に、四人の青年は茫然と口を開けて突っ立ったまま、幾度も幾度も目を瞬いた。
山塊のような大きな背中に黒曜石のつぶらな瞳、翻るヒレは宮城の天幕のように優雅に空になびいている。そしてその全てが半透明に虹色に輝いている。
「空鯨どのか……」
いつの間にか驢馬から降りて、肉球についた砂を嫌そうに払いながら黒猫が呟いた。
「くうげい……?」
小首をかしげる子猫にうむ、と頷いて黒猫は続けた。
「海の生き物を加護し、統べる……いわば海王とも言うべき精霊よ」
「え?海を支配するのは龍ではないのか?」
問いかける琉論に黒猫は左右に首を振った。
「龍はそもそも天界の神の使いよ。妙界、人界の『脈』を見守り、天界への気の道を護るが役目。それゆえ海だけでなく、地にも河にもおる。炎を司る者もいる……いわば神の監視役だな」
「へぇー……」
間の抜けた返事を返して、再び空とぶクジラに眼を移した途端、巨大な尾びれが大きく跳ねた。
突然に波打つように空間がうねり、水飛沫の代わりに光の粒が激しく飛び散った。
「うわっ……!」
思わず砂浜に腰をついて座り込んだ彼らが次に顔を上げた時には、空飛ぶクジラの姿はどこにもなく……その代わり、淡い光をまとった婦人がひとり、波打ち際に佇んでいた。
十六夜国の大家、山河家の嫡男、琉論公子とその一行だ。
「いや~いい眺めだね、最高
!」
時折、波打ち際まで走っていって、波と追いかけっこをしたり、貝を拾ったりと大はしゃぎの青年たちに、猫たちはふぁあ~、と少々呆れた様子で欠伸をもらす。
「ウェイインも来なよ。楽しいよ!」
「猫は水を好かん。何度言ったらわかるのじゃ!」
驢馬の背に乗せた行李から無理やり引き剥がそうとする琉論の手に二発、三発と猫パンチをお見舞いして、不機嫌そうにうずくまる黒猫ウェイイン。その傍らでは真っ白子猫のランジャンが珍しそうに、どこまでも続く青い水がうねるのを見つめている。
「ウェイイン、この水はどこまで続いているの?」
「行ったことが無いからわからぬが、地平の先まで続いているというぞ」
「じゃあ、ここに住む生き物は喉が乾いても平気だね」
無邪気に目を輝かせる子猫に黒猫はふるふると頭を振った。
「とんでもない」
「塩辛過ぎて飲めませんよ。喉が乾いたら言って下さいね。水筒がありますから」
驢馬の手綱を引く高雪が人の好さそうな笑みを溢しながら子猫の頭を撫でた。
本来ならば大家の公子は、自分の足で歩いたりはしない。しないはずなのだが、この琉論公子は、少々、いやだいぶん変わり者……で、公子らしい振る舞いはあまり好きではない。
出来ない、わけではない。ちゃんと然るべき場所では立派な優雅な所作で周りを感嘆させ、褒め称えられたりするのだ。
が、平素は明るい軽いノリでしかつめらしい礼儀作法など完全無視。
今回の旅の出立にあたっても、馬車やら牛車の利用などは断固拒否。
『せっかくの冒険の旅なのに、そんな目立つ乗り物なんて恥ずかし過ぎるだろー』
探索、探索とルンルンする陰には、愛しの姫にー軟弱者!ーと言われたくない見栄もセットになっていることは見え見えだが、敢えて何も言わないのが友の優しさ。
『そうですね』
とだけ言って、驢馬に霊芝草を食ませている呉明須にそっと目配せをする東雲も実は馬車が苦手だ。自慢ではないが人一倍、耳の良い東雲はすぐに乗り物酔いをしてしまうのだ。
そこそこ武芸の達者な東雲があっさり武将の道を捨てて、道士になったのは、軽車や馳車ーつまりは戦車に乗るのがイヤだったから……というのは誰にも内緒だ。
で、一行が最初に選んだのは東の海辺の道。理由は、琉論の一言。
『海見に行きたい!海!』
ただそれだけだった……。
「ところで東雲さんは、家を開けて大丈夫なんですか?その……大事な扉があると聞きましたが?」
潮風に髪をなびかせて、はしゃぐ琉論の背中を眺めていた呉明須が、やはり砂の上にぼんやり座っていた
「あぁ……うん」
東雲の堂には、実は天空の異界と繋がる扉がある。実際には東雲達のいる妙界そのものが神界や人界、魔界とを繋ぐ結節点のようなものなのだが、青千輝帝国の八つの国々にはそれぞれに様々な異界へと繋がる扉がある。
とは言え、行き先が書かれた看板が下がっているわけではなく、道士の格や方術の様式によって繋がる先が変わる。
そのぶん、危ういものでもあるため、慎重に扱わねばならない。
少し前までは兄弟子の月餅が扉の管理を任されていたのだが、天界からの命で人界に仕事に降りたため、少しの間、その留守を守るつもりでいたのだが、人界は何やら多忙なためになかなか戻って来ない。
仕方なく堂を建てて楽隠居がてら棲み着くようになった。
もっとも、東雲にとっては、一目惚れして伴侶に迎えた天女の蘿羽が訪う大切な扉でもあるのだから、ゆめ疎かにしようはずがない。
ーそう言えば最近、会ってないなぁ……ー
人界と同じで天界もなかなか多忙らしく、思うように逢瀬の時を持てないのが最近の彼の悩みだ。
「留守は真東風が守ってくれるし、悠亜たんや稲羽ちゃんもいる。叶翔や唯兎もたまには顔を出してくれるって言ってたから……」
「なんかウサギ多いですよね、東雲さんとこ……」
「え?そうかぁ?」
確かに悠亜は薄桃色の羽根付きウサギで、稲羽はやはり白い羽根のあるウサギ、唯兎は確か虹色だったか……。でも叶翔は綺麗な翡翠色の神鹿だ。ちゃっかりくっついて来ているウェイインとランジャンは猫だし……。
「小獣精に好かれやすいだけだよ。お人好しだから……」
「そんなことないですよ。もふもふな癒やしがいっぱいで羨ましい……」
呉明須が額に手をかざしながら仰ぎ見る空は海に負けないほどの鮮やかに青く晴れ渡っている。
……と、その視界を虹色に輝く大きな背中が横切った。
「え……クジラ?」
海よりも広大な虚空に悠々と泳ぐその姿に、四人の青年は茫然と口を開けて突っ立ったまま、幾度も幾度も目を瞬いた。
山塊のような大きな背中に黒曜石のつぶらな瞳、翻るヒレは宮城の天幕のように優雅に空になびいている。そしてその全てが半透明に虹色に輝いている。
「空鯨どのか……」
いつの間にか驢馬から降りて、肉球についた砂を嫌そうに払いながら黒猫が呟いた。
「くうげい……?」
小首をかしげる子猫にうむ、と頷いて黒猫は続けた。
「海の生き物を加護し、統べる……いわば海王とも言うべき精霊よ」
「え?海を支配するのは龍ではないのか?」
問いかける琉論に黒猫は左右に首を振った。
「龍はそもそも天界の神の使いよ。妙界、人界の『脈』を見守り、天界への気の道を護るが役目。それゆえ海だけでなく、地にも河にもおる。炎を司る者もいる……いわば神の監視役だな」
「へぇー……」
間の抜けた返事を返して、再び空とぶクジラに眼を移した途端、巨大な尾びれが大きく跳ねた。
突然に波打つように空間がうねり、水飛沫の代わりに光の粒が激しく飛び散った。
「うわっ……!」
思わず砂浜に腰をついて座り込んだ彼らが次に顔を上げた時には、空飛ぶクジラの姿はどこにもなく……その代わり、淡い光をまとった婦人がひとり、波打ち際に佇んでいた。
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