十六夜国遊行録

葛城 惶

文字の大きさ
6 / 21

五 空飛ぶ鯨とテンタクル 1

しおりを挟む
 暖かな日差しの下、寄せては返す波の音にウットリしながら浜辺を往くのは、四人の青年と二匹の二叉尻尾の猫……。
 十六夜国の大家、山河家の嫡男、琉論ルーロン公子とその一行だ。

「いや~いい眺めだね、最高
 !」

 時折、波打ち際まで走っていって、波と追いかけっこをしたり、貝を拾ったりと大はしゃぎの青年たちに、猫たちはふぁあ~、と少々呆れた様子で欠伸をもらす。

「ウェイインも来なよ。楽しいよ!」

「猫は水を好かん。何度言ったらわかるのじゃ!」

 驢馬の背に乗せた行李から無理やり引き剥がそうとする琉論ルーロンの手に二発、三発と猫パンチをお見舞いして、不機嫌そうにうずくまる黒猫ウェイイン。その傍らでは真っ白子猫のランジャンが珍しそうに、どこまでも続く青い水がうねるのを見つめている。

「ウェイイン、この水はどこまで続いているの?」

「行ったことが無いからわからぬが、地平の先まで続いているというぞ」 
 
「じゃあ、ここに住む生き物は喉が乾いても平気だね」

 無邪気に目を輝かせる子猫に黒猫はふるふると頭を振った。

「とんでもない」

「塩辛過ぎて飲めませんよ。喉が乾いたら言って下さいね。水筒がありますから」

 驢馬の手綱を引く高雪ガオシェイが人の好さそうな笑みを溢しながら子猫の頭を撫でた。





 本来ならば大家の公子ぼっちゃんは、自分の足で歩いたりはしない。しないはずなのだが、この琉論ルーロン公子ぼっちゃんは、少々、いやだいぶん変わり者……で、公子ぼっちゃんらしい振る舞いはあまり好きではない。
 出来ない、わけではない。ちゃんと然るべき場所では立派な優雅な所作で周りを感嘆させ、褒め称えられたりするのだ。
 が、平素は明るい軽いノリでしかつめらしい礼儀作法など完全無視。
 今回の旅の出立にあたっても、馬車やら牛車の利用などは断固拒否。

『せっかくの冒険の旅なのに、そんな目立つ乗り物なんて恥ずかし過ぎるだろー』

 探索、探索とルンルンする陰には、愛しの姫にー軟弱者!ーと言われたくない見栄もセットになっていることは見え見えだが、敢えて何も言わないのが友の優しさ。

『そうですね』

 とだけ言って、驢馬に霊芝草を食ませている呉明須にそっと目配せをする東雲トンウンも実は馬車が苦手だ。自慢ではないが人一倍、耳の良い東雲トンウンはすぐに乗り物酔いをしてしまうのだ。

 そこそこ武芸の達者な東雲トンウンがあっさり武将の道を捨てて、道士になったのは、軽車や馳車ーつまりは戦車に乗るのがイヤだったから……というのは誰にも内緒だ。

 で、一行が最初に選んだのは東の海辺の道。理由は、琉論ルーロンの一言。

『海見に行きたい!海!』

 ただそれだけだった……。






「ところで東雲トンウンさんは、家を開けて大丈夫なんですか?その……大事な扉があると聞きましたが?」

 潮風に髪をなびかせて、はしゃぐ琉論ルーロンの背中を眺めていた呉明須が、やはり砂の上にぼんやり座っていた

「あぁ……うん」

 東雲トンウンの堂には、実は天空の異界と繋がる扉がある。実際には東雲トンウン達のいる妙界そのものが神界や人界、魔界とを繋ぐ結節点のようなものなのだが、青千輝帝国の八つの国々にはそれぞれに様々な異界へと繋がる扉がある。
 とは言え、行き先が書かれた看板が下がっているわけではなく、道士の格や方術の様式によって繋がる先が変わる。
 そのぶん、危ういものでもあるため、慎重に扱わねばならない。
 少し前までは兄弟子の月餅が扉の管理を任されていたのだが、天界からの命で人界に仕事に降りたため、少しの間、その留守を守るつもりでいたのだが、人界は何やら多忙なためになかなか戻って来ない。
 仕方なく堂を建てて楽隠居がてら棲み着くようになった。

 もっとも、東雲トンウンにとっては、一目惚れして伴侶に迎えた天女の蘿羽ラウが訪う大切な扉でもあるのだから、ゆめ疎かにしようはずがない。

 ーそう言えば最近、会ってないなぁ……ー

 人界と同じで天界もなかなか多忙らしく、思うように逢瀬の時を持てないのが最近の彼の悩みだ。

「留守は真東風シン・トンプーが守ってくれるし、悠亜たんや稲羽ちゃんもいる。叶翔や唯兎もたまには顔を出してくれるって言ってたから……」

「なんかウサギ多いですよね、東雲トンウンさんとこ……」

「え?そうかぁ?」

 確かに悠亜は薄桃色の羽根付きウサギで、稲羽はやはり白い羽根のあるウサギ、唯兎は確か虹色だったか……。でも叶翔は綺麗な翡翠色の神鹿だ。ちゃっかりくっついて来ているウェイインとランジャンは猫だし……。

「小獣精に好かれやすいだけだよ。お人好しだから……」
 
「そんなことないですよ。もふもふな癒やしがいっぱいで羨ましい……」

 呉明須が額に手をかざしながら仰ぎ見る空は海に負けないほどの鮮やかに青く晴れ渡っている。

 ……と、その視界を虹色に輝く大きな背中が横切った。

「え……クジラ?」


 海よりも広大な虚空に悠々と泳ぐその姿に、四人の青年は茫然と口を開けて突っ立ったまま、幾度も幾度も目を瞬いた。
 山塊のような大きな背中に黒曜石のつぶらな瞳、翻るヒレは宮城の天幕のように優雅に空になびいている。そしてその全てが半透明に虹色に輝いている。

「空鯨どのか……」

 いつの間にか驢馬から降りて、肉球についた砂を嫌そうに払いながら黒猫が呟いた。

「くうげい……?」

 小首をかしげる子猫にうむ、と頷いて黒猫は続けた。

「海の生き物を加護し、統べる……いわば海王とも言うべき精霊よ」

「え?海を支配するのは龍ではないのか?」

 問いかける琉論ルーロンに黒猫は左右に首を振った。

「龍はそもそも天界の神の使いよ。妙界、人界の『脈』を見守り、天界への気の道を護るが役目。それゆえ海だけでなく、地にも河にもおる。炎を司る者もいる……いわば神の監視役だな」

「へぇー……」

 間の抜けた返事を返して、再び空とぶクジラに眼を移した途端、巨大な尾びれが大きく跳ねた。
 突然に波打つように空間がうねり、水飛沫の代わりに光の粒が激しく飛び散った。

「うわっ……!」

 思わず砂浜に腰をついて座り込んだ彼らが次に顔を上げた時には、空飛ぶクジラの姿はどこにもなく……その代わり、淡い光をまとった婦人がひとり、波打ち際に佇んでいた。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

処理中です...