十六夜国遊行録

葛城 惶

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十三 ひと狩り……行く? 1

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 満月まであと一日……十六夜国の海岸近くの道には月よりも明るい灯りが幾つも揺らめいて、粛々と進んでいた。
 山河家の馬車、荷車の列である。

「マジかよ……」

 呆然と車馬の列を眺める琉論ルーロンたち一行ににっこり笑って大きく手を振る妹の玉婉娘々、その後ろには相変わらずのクールビューティの龍王姫、山河家の当主夫妻までぴっちりと戦支度に身を固めて続いている。騎乗しているのはいつもの驢馬ではなく、稀有な麒麟である。

「やる気満々じゃん……」

 はあぁ……と一同の口元から大きな溜め息が漏れたのを、優しい猫たちは見ない振りで美女たちのもとへ駆けていった。もちろん、撫で撫でとご褒美の煮干しを期待してだが……。



「急に押し掛けて申し訳ございません」

 やがて諸葛家の門前に至ると、智娃チイ太々おくさまは、麒麟を夫君の単福タンファにあずけ、青ざめて突っ立ったままの三人を余所に、諸葛氏に丁寧な礼をして言った。

「捕獲の段取りを教えていただけます?」

「捕獲……?」

「ええ。聞き及ぶところでは、テンタクルとやらは巨大な蛸らしき生き物とか……せっかくの珍味ですから、私どもも是非ご相伴にあずかりたいと思いまして……」

「珍味……ですか」

 諸葛氏は半ば絶句しながら、夫人たちを屋敷に招き入れ、広間へと誘った。




「おおよその段取りは出来ているのですが……」

 テーブルに絵図を広げ、端に何やら書き込みながら、諸葛氏は説明を始めた。

「我々の計画はヤツが陸に上がってきたら、日の出いや出来る限り陸に引き留めて、弱らせてから討つ……というものなんですが」

「あらぁ、それじゃ活きが悪くならないかしら?」

 あっけらかんと智娃チイ太々おくさまは言って、白魚の指をふぅん……と口元に当てた。

「やっぱり海鮮は活きが良くないと臭みも出ますから、ちゃっちゃと仕留めましょうよ」

「活きって……」

 呆気に取られる男たちを尻目に智娃チイ太々おくさまの隣りで計画をしげしげと見ていた龍王姫が、ふいっと顔を上げて琉論ルーロンたちを見た。

「この……罠は用意できているのですか?」

「はい……すでに仕掛けは出来ているのですが……」

「どうやって追い込むの?」

 慇懃に答える東雲トンウンに龍王姫が鋭く切り込む。

「そ、それは……」




「我らにお任せあれ!」

 口ごもる東雲トンウンの背後から、にゃあ……と一際大きな猫の声がした。
 振り返るとふさふさとした金色の毛並みもゴージャスな妖猫が不敵な笑みを湛えて座っていた。

「その役目、我ら不知火の妖猫族が務めましょう。……我らなれば、鈍臭い人間どもよりはるかに速やかに果たすことができるでしょう」

「鈍臭いって……」

 ニヤリと笑う金色の瞳に気圧されながら、尻尾の指す方を見ると、群れ舞う蛍の灯火のごとく、爛々と光る眼が周囲の野を埋め尽くしている。

「あれ全部、猫……?!」

 ニヤリと今一度笑って金色のシャム猫がこっくりと頷いた。

酎留ちゅーる百本と木天蓼マタタビを五樽……となれば手を貸さぬわけにはいかないでしょ?」

木天蓼マタタビ五樽って……」

山河家ウチの領地の山に沢山生えてるから大丈夫よ。……採取させるように言ってきたから、すぐに届くわよ」

 金色猫の言葉に青ざめる琉論ルビに、ほほほ……と優雅に太々おくさまが微笑んだ。

「もふもふがいっぱい……なんて尊い光景かしら」

 言葉を失う琉論ルーロンたちの前、嬉々として猫を抱き上げる乙女たち。ゴロゴロと猫たちが喉を鳴らす音があちこちから聞こえてくる。

「猫茶房でも開こうかな……」

 極めて真剣な顔でぽつりと呟く呉明須に眉をしかめ、琉論ルーロンが囁いた。

「話……つけてくれた?」

 呉明須の伴侶、雅竜も竜族出身……ということで、琉論ルーロンはこっそり竜族の助けを頼んでくれるよう、呉明須に依頼しておいたのだ。

「それが、その……」

 いつもだったら、即座に頷くはずの呉明須なのだが、なぜか口をもごもごさせて下を向いたまま、答えない。

「え?何?どうしたん?」

「いや、頼みはしたんですが……」

「ですが?」

「私が断っておきました」

 ずい……と呉明須に詰め寄る琉論の背後で凛とした声が響いた。

「え?姫……?」

「父上には私からお断りいたしました。手出し無用、と重々釘を刺してきましたから……」

「え?そんなぁ……」

 瞬時に顔色を無くす琉論ルーロンに、龍王姫はきりりと眉をつり上げた。

「私の夫なら、蛸の一匹や二匹、自力で討伐できますわよね?……舅に借りは作りたくないでしょ?」

「そりゃあ、まぁ……」

 ポリポリと頭を搔く琉論ルーロンに姫が畳み掛けるように言った。

「それに……陸の支配に竜族が介入してきたら、面倒なことになるでしょう?……単福タンファ義父とうさまが苦労なさったのを忘れたの?」

「そりゃまぁ確かに……な。でもアイツは隠居したろ?」

「彼だけのことを言っているわけではありません。……とにかく、貴方がたが自力で頑張ってくださいね!」

 クルリと背を向けて足音も荒く立ち去る姫の背中に、琉論ルーロンはそっと溜め息をついた。

『私も全力で助けますから……』

 背中越しの姫の呟きが聞こえなかったわけではない。

ーー素直じゃ無えんだよなぁ……ーー

 女心は妖物よりもっと手強い……とつくづく思う琉論ルーロンだった。



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