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十四 ひと狩り……行く? 2
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月明かりが煌々と輝く満月の夜。十六夜国の海辺には、おおよそロマンチックとは程遠い装束の男女が岩陰に身を潜めていた。
もっとも、紺碧の波間に砕ける金銀の月の光にうっとりと見惚れる夫人が
「本当にキレイねぇ……」
と呟きを漏らせば、普段はシリアスにとんと無縁な太守の単福も、コホンと咳払いなどして、
「では、この海そっくりの絹で晴着を誂えて贈るよ」
などと、夫人の手を取って昼の陽光の下では思わず引いてしまうような気障な台詞を囁いて夫人を感動させている。
一方の岩陰では公子琉論が、龍王姫に金波銀波をそのまま映したような豪華な首飾りを贈る約束をしている。
他の岩陰でもまぁ似たような会話が交わされているところを見ると、満月の月の魔法というのは相当に強力なものらしい。
「それにしても、余裕でございますなぁ……」
「怯むという言葉を知らない方々ですから……」
半ば呆れ気味の諸葛氏の囁きに、東雲は苦笑しながら、じっと波間を見つめていた。
テンタクルが姿を現すのは夜半過ぎ、もうすぐ日付が変わろうというあたりだ。日を追うごとに日没が早く日の出が遅くなっているこの時期、果たして日の出までヤツを引き止めておけるのか、東雲は一抹の不安を飲み下すように、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「来ましたな……」
皆が凝視するなか、海面が不自然に盛り上がり、それは見る間に小山ほどの塊となった。
「あれがテンタクル……」
月の光浴びて浮かぶテラテラとした丸い頭部ー実際は腹なのだがー、その下から八本の太い長い足を海面に出し、のっそりと浜に現れた異様な姿は、間違いなく頭足綱鞘形亜綱八腕形上目の生き物……ぶっちゃけて言えばやはり『蛸』だった。
「まぁ食い出はありそうだな……」
嘯く琉論をジロリと横目で睨んで、龍王姫が剣戟の柄をきつく握り直した。が、その手を琉論がそっと抑えた。
「まだだよ……十分に引きつけてからだ」
ゆっくりとゆっくりと巨体が砂浜をズッていく不気味な音が波音を打ち消して夜の帳を揺らして響くなかをじっと息をこらしてその時を待つ。
諸葛氏と東雲が村々の人々の手を借りて仕掛けた罠は波打ち際よりもっと向こう。不知火の猫族がゆらゆらと尻尾を揺らし、蛸の好物の魚介と共に待ち受けている。
『餌を探しに来ているわけでなくても、空腹ではありましょうから……』
樽に仕掛けた魚介の餌にはシビレ草の汁がたっぷり染み込ませてある。不思議なことに人間には無害なのだそうだが、猫たちは嫌そうに顔を背けていた。
少しずつ、少しずつ蛸の触手が罠の餌のほうに近づいてくる。
ーーかかった……ーー
クルリ……と器用に触手を伸ばし、ざっくりと魚介を掬い上げると、胴体の下部にある口の中に押し込んでいく。
「え?あれ尻じゃないのか……?」
極めて小声だが、素っ頓狂な呟きを漏らす琉論に東雲がシッ……と唇に指をあてながら答える。
「あそこが、口なんです。……尖っていてクチバシのように見えるところは肛門です」
「えーっ!」
「大きい声を出さないで!」
東雲は、慌てて琉論の口を押さえ、テンタクルを指さして言い含めた。
「頭に見えるところは腹……筋肉の塊です。ですから、公子や皆さまにはあの目の間。噴門の上を狙っていただきたいのです。……あそこに脳があります」
「マジかよ……」
琉論は改めてテンタクルの巨大な顔を見た。両の眼が鋭く辺りを見廻している。あの視界から逃れるのは決して容易くはない。
「猫たちが上手く翻弄してくれれば良いんですが……」
見ると魚介で腹ごしらえが出来たらしい妖物は、ズリズリと一層陸のほうに身体を運んでいく。
『フサフサ……フサフサ……』
進もうとする先には青々と緑をまとった山塊がある。
一行が息を詰めて見守るなか……最後の触手の先端が波打ち際から離れ、遠浅の浜辺から陸上へと本体が完全に移動した。その瞬間を捕えて、諸葛氏が上空へと花火を打ち上げた。
「狼煙にゃ!」
動いたのはまず妖猫たちだった。
蔦葛の上部な罠の先端を喰わえ、瞬く間に八本の足に掛けてゆく。
「行け!……にゃ!」
岩陰に隠れていた農夫や漁夫が一気にそれを引き、同時に麒麟にまたがって上空に駆け上がった太々と太守が見事なコンビネーションで、バサリと巨大な網を上から被せる。
「……え?」
陸に繋ぎ止められた形になった妖物は突然の障害物に身をくねらせ……だが、それでも陸の奥へと這い上がろうとする。
『フサフサ……フサフサ……』
その異様な執念に皆は言葉を失い青ざめていたが、ただひとり単福だけは、うっすらと目に涙を浮かべ、月の明かりに照らされたツルツルの丸い頭部をじっと見ていた。
もっとも、紺碧の波間に砕ける金銀の月の光にうっとりと見惚れる夫人が
「本当にキレイねぇ……」
と呟きを漏らせば、普段はシリアスにとんと無縁な太守の単福も、コホンと咳払いなどして、
「では、この海そっくりの絹で晴着を誂えて贈るよ」
などと、夫人の手を取って昼の陽光の下では思わず引いてしまうような気障な台詞を囁いて夫人を感動させている。
一方の岩陰では公子琉論が、龍王姫に金波銀波をそのまま映したような豪華な首飾りを贈る約束をしている。
他の岩陰でもまぁ似たような会話が交わされているところを見ると、満月の月の魔法というのは相当に強力なものらしい。
「それにしても、余裕でございますなぁ……」
「怯むという言葉を知らない方々ですから……」
半ば呆れ気味の諸葛氏の囁きに、東雲は苦笑しながら、じっと波間を見つめていた。
テンタクルが姿を現すのは夜半過ぎ、もうすぐ日付が変わろうというあたりだ。日を追うごとに日没が早く日の出が遅くなっているこの時期、果たして日の出までヤツを引き止めておけるのか、東雲は一抹の不安を飲み下すように、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「来ましたな……」
皆が凝視するなか、海面が不自然に盛り上がり、それは見る間に小山ほどの塊となった。
「あれがテンタクル……」
月の光浴びて浮かぶテラテラとした丸い頭部ー実際は腹なのだがー、その下から八本の太い長い足を海面に出し、のっそりと浜に現れた異様な姿は、間違いなく頭足綱鞘形亜綱八腕形上目の生き物……ぶっちゃけて言えばやはり『蛸』だった。
「まぁ食い出はありそうだな……」
嘯く琉論をジロリと横目で睨んで、龍王姫が剣戟の柄をきつく握り直した。が、その手を琉論がそっと抑えた。
「まだだよ……十分に引きつけてからだ」
ゆっくりとゆっくりと巨体が砂浜をズッていく不気味な音が波音を打ち消して夜の帳を揺らして響くなかをじっと息をこらしてその時を待つ。
諸葛氏と東雲が村々の人々の手を借りて仕掛けた罠は波打ち際よりもっと向こう。不知火の猫族がゆらゆらと尻尾を揺らし、蛸の好物の魚介と共に待ち受けている。
『餌を探しに来ているわけでなくても、空腹ではありましょうから……』
樽に仕掛けた魚介の餌にはシビレ草の汁がたっぷり染み込ませてある。不思議なことに人間には無害なのだそうだが、猫たちは嫌そうに顔を背けていた。
少しずつ、少しずつ蛸の触手が罠の餌のほうに近づいてくる。
ーーかかった……ーー
クルリ……と器用に触手を伸ばし、ざっくりと魚介を掬い上げると、胴体の下部にある口の中に押し込んでいく。
「え?あれ尻じゃないのか……?」
極めて小声だが、素っ頓狂な呟きを漏らす琉論に東雲がシッ……と唇に指をあてながら答える。
「あそこが、口なんです。……尖っていてクチバシのように見えるところは肛門です」
「えーっ!」
「大きい声を出さないで!」
東雲は、慌てて琉論の口を押さえ、テンタクルを指さして言い含めた。
「頭に見えるところは腹……筋肉の塊です。ですから、公子や皆さまにはあの目の間。噴門の上を狙っていただきたいのです。……あそこに脳があります」
「マジかよ……」
琉論は改めてテンタクルの巨大な顔を見た。両の眼が鋭く辺りを見廻している。あの視界から逃れるのは決して容易くはない。
「猫たちが上手く翻弄してくれれば良いんですが……」
見ると魚介で腹ごしらえが出来たらしい妖物は、ズリズリと一層陸のほうに身体を運んでいく。
『フサフサ……フサフサ……』
進もうとする先には青々と緑をまとった山塊がある。
一行が息を詰めて見守るなか……最後の触手の先端が波打ち際から離れ、遠浅の浜辺から陸上へと本体が完全に移動した。その瞬間を捕えて、諸葛氏が上空へと花火を打ち上げた。
「狼煙にゃ!」
動いたのはまず妖猫たちだった。
蔦葛の上部な罠の先端を喰わえ、瞬く間に八本の足に掛けてゆく。
「行け!……にゃ!」
岩陰に隠れていた農夫や漁夫が一気にそれを引き、同時に麒麟にまたがって上空に駆け上がった太々と太守が見事なコンビネーションで、バサリと巨大な網を上から被せる。
「……え?」
陸に繋ぎ止められた形になった妖物は突然の障害物に身をくねらせ……だが、それでも陸の奥へと這い上がろうとする。
『フサフサ……フサフサ……』
その異様な執念に皆は言葉を失い青ざめていたが、ただひとり単福だけは、うっすらと目に涙を浮かべ、月の明かりに照らされたツルツルの丸い頭部をじっと見ていた。
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