短編集〜それは小さな光たち〜

永川さき

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偶然の一致は恋の始まり

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※綺想編纂館 朧様主催のタグ企画 #文披 31題 にて書いた140字SSです。
医者×救急救命士の現代ものです。



Day1 夕涼み
 床の軋む音に目を覚ます。縁側から見上げる夕暮れは燃えるように赤い。昼寝から自動的に夕涼みへ移行していた俺の頬に冷たいものが当てられた。「ひッ」「おそよう。飲むだろ?」得意げに笑う同居人は俺の返事も聞かず、カランと音を立ててラムネ瓶を開け、豪快に飲んでいく。おい待て、俺の分は⁉︎

Day2 喫茶店
 喫茶店に入れば、コーヒーの香ばしい匂いに包まれる。「お疲れ」カウンター席に座る同居人に手を挙げ、その隣に座る。マスターにいつものやつと頼み、頬杖をついた。「そっちは」「多分君と同じ」眠そうな目とその下の隈。同じ顔をした夜勤明けの俺たちは、提供されたブラックコーヒーを味わった。

Day3飛ぶ
「聡太、空を飛ぶ鳥みたいだね」公開の降下訓練が終わった後、見学に来ていた同居人…裕樹は言った。「降りてたんだけどな」消防士から救急救命士に転向した俺。訓練には変わらず参加している。この仕事は俺の誇りだ。そして、裕樹との縁を繋げてくれた糸でもある。出逢いは忘れもしない、あの夏の日。

Day4 アクアリウム
 悪友のデートの下見に付き合って訪れたアクアリウム。途中、目の前にいた青年が倒れた。その時、交互に心臓マッサージをしたのがAEDを持って駆けつけた裕樹だ。救急隊に引き継いだ後、彼は医者だと告げられ、その手際の良さに納得した。休日にも仕事をした。その時はそんな風にしか思っていなかった。

Day5 琥珀糖
 次に会ったのは、救急搬送の受入先の総合病院だ。そこで裕樹は白衣を着て廊下を歩いていた。「あれ、こないだの」声が重なり、同時に笑い声を上げる。それも無性におかしく、2人して笑い続けてそれぞれ同僚に小突かれた。「縁があれば、また」裕樹の柔らかい微笑みは琥珀糖のように美しく甘く思えた。

Day6 呼吸
 三度目は不動産屋で。猫を引き取り官舎から出る俺と契約更新のタイミングで転居を考えていた裕樹。提示されたルームシェア可の古い一軒家。「ルームシェア、する?」また、声が重なった。笑わずにはいられない。止める人もいなかったため、俺たちは呼吸困難になるまで笑い続けた。それが同居の始まり。

Day7 ラブレター
 テーブルの上に見覚えのない、淡い色の便箋が置いてあった。「なんだ?」何なのか確認しようと手を伸ばしたところで、横から取られてしまった。「ごめん、俺の」「だろうな。それ、何」「んー…ラブレター」気まずそうな声で答える裕樹の顔を、俺は直視することができなかった。なぜが、胸が痛いんだ。

Day8 雷雨
 裕樹が誰かからもらったラブレターを見てから、俺は普通じゃなくなった。裕樹とまともに話せないのだ。息が詰まりそうな不快感。誰かに裕樹と取られるかもしれないという焦燥。裕樹の顔を思い浮かべるたび胸を焦がしている。俺の心は、遅い梅雨入りを果たした天気のように、雷雨で酷く荒れていた。

Day9 ぱちぱち
 玄関を開けると香ばしいにんにくの匂いがした。ぱちぱちと油が弾ける音もする。エアコンが効いたキッチンまでふらふらと引き寄せられるようにして行き、揚げ物鍋を覗き込む。唐揚げだ!「美味そう」「だろ?」「うん」問いかけに顔を上げれば、どこか寂しそうな裕樹と目が合った。「やっと俺の顔見た」

Day10 散った
 そんな顔をさせるつもりはなかった。けれど、俺が変な態度を取ったせいで裕樹を悲しませている。「ごめん」「こら逃げない」苦しくなって離れようとしたら、裕樹に後ろから抱き締められ、顔が熱くなる。「危ないだろ」「うん。だから暴れないで」揚げ物を盾にされ、俺の逃走計画は呆気なく散ったのだ。

Day11 錬金術
 鶏肉を唐揚げに変えていく工程は、まるで錬金術のようだ。裕樹の手にかかれば、どんな肉だって美味しくなる。裕樹が作った料理を食べることが、同居してからの楽しみだった。それを逆手に取られ、美味しそうな匂いにつられ、まんまと罠にかかったのが俺というわけだ。揚げ終わっていない肉はあと少し。

Day12 チョコミント
 こんもりと皿に盛られた唐揚げ。白米と味噌汁、サラダが並んだテーブル。「デザートは聡太の好きなチョコミントアイスだよ」裕樹からそう言われても、俺は素直に喜べなかった。俺は何故、裕樹の片膝に座らされているのか。腰にはしっかりと裕樹の腕が巻き付いている。落ち着いて食べれないじゃないか。

Day13 定規
 俺を膝に乗せても、背中に定規が入っているようにピンと伸びた背筋。綺麗だと思う間もなく口元に唐揚げが差し出された。「はい、あーん」これは何のご褒美なのか。いや、拷問か?「聡太」裕樹に促され、ぎこちない動きで唐揚げを頬張る。噛んだ途端、じゅわりと広がった肉汁と旨みに自然と頬が緩んだ。

Day14 さやかな
 空腹と美味い飯、裕樹のさやかな笑顔には勝てない。裕樹がチョコミントアイスを冷蔵庫から取り戻ってきても、俺は未だその膝の上に乗っている。チョコミントの甘さと爽快感は裕樹の笑顔と同じだ。そして、鋭い冷たさもまた同じ。「俺を避けてたのはラブレターのせい?」そう問われ、俺は肩を揺らした。

Day15 岬
 感じの悪い態度をとってしまった自覚はある分、岬に追い詰められた犯人のような心境だ。「うん」「やっぱり」俺が観念して認めると、裕樹は笑顔を翳らせた。それを見て、胸がキリキリと締め付けられる。「ごめん。俺、俺…」何か言わなければ。でも、自分でも理解できない感情をどう説明すればいい?

Day16 窓越しの
「難しく考えないで、そのままの気持ちを教えて」甘い囁きに口を開きかけた時、ガタンッと物音が響いた。俺と裕樹は顔を見合わせ、音がした縁側の方へ向かった。窓越しの豪雨と、びしょ濡れになった飼い猫のムギ。うにゃあッ!と悲痛な鳴き声を上げながら、ムギはピンクの肉球で窓ガラスを叩いた。

Day17 半年
 生後半年になる茶トラ柄のムギは、器用に窓を開け冒険に行ってしまう。その途中で雨に降られてしまったんだろう。「ムギ!」俺は慌てて窓を開け、びしょ濡れのムギを抱え込んだ。「風呂に入れてあげよう。話はその後に、ね」俺の膝の上でピャーと甘えた声を出すムギを撫でながら、裕樹はそう予告した。

Day18 蚊取り線香
 ドライヤーをかけたムギの毛はふわふわだ。上機嫌になったムギは蚊取り線香の煙にじゃれついている。それをすぐそばで見守りながら、俺と裕樹は縁側にある座椅子に座り、窓に打ちつける雨を眺めた。「裕樹。俺さ、おかしいんだ」「おかしいって…どう?」裕樹は首を傾げ、じっと俺の目を見つめてきた。

Day19 トマト
「裕樹が誰かと…って想像するだけで息が苦しい。裕樹のことは俺が一番知っているはずなのにって思ってしまう」裕樹は俺のおかしな発言を静かに聞き、何故か満面の笑みを浮かべる。「つまり俺が好きだってことだね」「好、き?」裕樹の言葉に体が熱くなる。きっと顔はトマトのように真っ赤なんだろう。

Day20 摩天楼
 滅茶苦茶な気持ちを口にしたら、裕樹が俺の気持ちに気付き、指摘されて自分の心を自覚する。そんなの恥ずかしすぎる!俺は座椅子からはみ出して蹲った。「摩天楼から飛び降りたい」「ははっ聡太なら飛び降りても華麗に着地するでしょ」裕樹は謎の信頼を俺に寄せ、陽気に笑った。待て、笑う要素あった?

Day21 自由研究
 「聡太。顔を見て伝えたい」裕樹の手が蹲る俺の短い髪を撫でる。おずおずと体を起こせば、目元を赤らめ、氷砂糖よりも甘い顔をした裕樹と視線が合う。「聡太が好きだよ」心臓が跳ねた。本当?裕樹の気持ちが何故そうなったのか。裕樹の心を自由研究の題材にしても、その結果は絶対導き出せないと思う。

Day22 雨女
 ともかく、裕樹は俺が好きだということはわかった。なら、言うべきことはただひとつ。「俺も好きだ」「うん。じゃあ、付き合おっか」「うん!よろしくお願いします!」俺がそう言った瞬間、稲妻が目を焼き、耳を劈く雷鳴が轟いた。俺が浮かれた途端こうだ。小さい頃から同じ。雨女ならぬ雨男だ。

Day23 ストロー
 雷に驚いたムギは、フギャッ!と猫らしからぬ声を上げ、家中を駆け回る。リビングではティッシュ箱を吹っ飛ばし、キッチンではストローをぶちまけた。そして、俺と裕樹の間にズボッ頭を突っ込む。「あーあ…」呆れと諦めの声が重なり、途端におかしくなって俺と裕樹は顔を突き合わせクスクスと笑った。

Day24朝凪
「締まらないね」俺はムギの背中を撫でる。「でも騒がしい方がいいんじゃん」裕樹は尻尾の付け根をポンポンと優しく叩いた。言われてみれば、朝凪のような雰囲気は俺たちには似合わない。「そうだね」同意をすると、裕樹がふっと短く息を吐く。不意に近づく顔。あ、と思った時には、唇が重なっていた。

Day25 カラカラ
 裕樹の湿った唇が緊張で乾燥しカラカラの俺の唇を食む。胸に広がるのは幸福感。「抱いていい?」裕樹の瞳は情欲の炎を宿している。体格的に逆な気もするが人体のスペシャリストである医者にリードしてもらった方が安心だ。俺がこくりと頷くと、裕樹に手を引かれ、寝室のベッドにゆっくり押し倒された。

Day26 深夜二時
 不意に目が覚めた。スマホが見当たらず、最近は使っていなかった目覚まし時計を光らせると深夜二時だった。僅かに動かした体は、全身-特に下半身-に違和感がある。何があったかを思い出すと、いや、思い出さなくても顔が熱くなる。隣には静かに寝息を立てている裕樹がいた。それがとてつもなく嬉しい。
 
Day27 鉱物
 俺はいつの間にか裕樹を好きになっていた。もしかすると、出逢った時からそうだったのかもしれない。好きという気持ちを自覚させてくれた裕樹に何か贈りたい。そうだ、指輪にしよう。そこに嵌る鉱物は、ダイアモンドがいいだろうか。夢現の状態であれこれ考えているうちに俺は再び夢の世界へ旅立った。

Day28 ヘッドフォン
 交際を始めてから三日。疲れすぎて寝れない日は、裕樹はヘッドフォンでヒーリング音楽を流して寝ることがある。俺は熟睡している裕樹に静かに近づく。そして左手の薬指に裁縫糸を巻き付けペンで印をつける。これでサイズは完璧。あとは店を決めて製作を依頼するだけだ。サプライズの準備は心が躍った。

Day29 焦がす
 夕飯を焦がすという失態を犯してしまった。この後裕樹に指輪を渡すからだ。縁側で肩を並べ夜風に当たりながらビールを飲む。雲の隙間から月が顔を出す。「裕樹」「ん?」「これ」震える手で箱を開けると、小さなダイアモンドが埋め込まれたプラチナの甲丸リングが現れる。裕樹はそれを見て息を呑んだ。

Day30 色相
「実はさ」裕樹からそっと差し出された小箱には、形も色相も同じ指輪が鎮座していた。「俺ら息ぴったりすぎる」「なんだよ!緊張した意味!」「まあまあ。最高じゃん」緊張は月まで飛んでいった。締まりのない雰囲気の中、交互に指輪をはめていく。「愛してる」「俺も」誓いのキスは月だけが見ていた。

Day31 またね
「息ぴったりだからさ、こういうのも一緒だと思ってたんだけどなぁ」俺の呟きに、裕樹が笑った気がした。「ありがとう。またね」鼓動が止まる直前、俺は温かい唇にキスして最期の別れを告げる。そして、命の灯火が消えた。俺は裕樹の、皺のある薬指からお揃いの指輪をそっと抜き、手の中で握り締めた。
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