短編集〜それは小さな光たち〜

永川さき

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名前のない関係が一番いい

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※#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる のタグ企画にて、pome村様のイラストにSSを書かせていただきました。



 繁華街に面した大きな公園。
 ここは大都会のど真ん中のはずだが、植えられている木が森のような雰囲気を醸し出し、見えるのは遠くにある背の高いビルだけ。
 この時間でさえビルが煌々と輝いているのは、その中で社畜があくせく働いているからだ。

 実を言えば、健斗も三年ほど前までそうだった。
 転職のきっかけは、上司とのトラブルだ。
 
 この上司、上にはヘコヘコ頭を下げ、下には不遜な態度を取るいけすかない奴だ。
 それだけならまたやっていると思えたが、最大の問題は、自身の仕事を部下に押し付けること。
 そして、それを自分の手柄にすること。

 まさか、上司に指示されたのが上司自身の仕事で、しかも自分がやったと言いふらしているなんて思いもしなかった。
 上司が定例会で表彰され、間抜けなことに、そこでようやく真実を知ったのだ。

 上役の前で醜態は晒せない。
 後刻、健斗は上司に詰め寄ったが、鼻で笑われた。
 気付かないお前が悪い、と。

(はぁああああ⁉︎ ふざけんなよ!)

 健斗はすぐさま決意した。
 退職届を書き、即日提出。
 自分で作った、担当業務の膨大なマニュアルは跡形もなく削除、削除、削除、削除……!
 この後、会社がどうなろうが、健斗には興味も未練もなかった。

 そして、かねてより誘われていた今の会社へ颯爽と転職したのだ。
 その選択は大正解。
 この会社、まさに天国、天職。
 
 残業はほとんどなく、あっても残業代はきちんと支払われる。
 福利厚生もばっちり。
 そしてなにより、同僚がいい人ばかりだ。
 困っているときは互いに助け合う。
 トラブルが発生したときは、みんなで協力して片付ける。
 人の仕事を邪魔したり、手柄を横取りする奴がいない。
 最高の職場だ。

 それもこれも、誘ってくれた大学の同期生である仁志のおかげである。
 仁志は四つ歳上。
 高校を卒業して就職したが、その仕事の専門知識を学びたくなり、会社に休職届を出して大学に入った真面目なやつだ。
 
 シーズンスポーツ同好会で知り合い、気の置けない友人になったのはすぐのこと。
 さすがは歳上、仁志の隣は甘えられて居心地が良かったのだ。
 それから大学を卒業してからも、ちょくちょく飲みに行ったり、どちらかの家に遊びに行ってゲームしたりと、親交は続いていた。
 
 会うたびに仕事の拘束時間が……と嘆いていた健斗に、転職を勧め、自社をおすすめしてきた仁志は、健斗の急な電話に喜びの声を上げたものだ。
 退職日当日、引き上げた仕事道具を持ったまま仁志の会社に出向き、即日入社。
 スピード転職にも程があるというものだ。
 健斗としては、願ったり叶ったりなのだが、まあ、そんなこともあるだろう。

 あれから三年。
 今日も健斗と仁志は仕事帰りに飲みに行った。
 そして、いつものように、酔い覚ましで散歩しつつ、公園で夜風に当たっている。

「ふぁ……気持ちいい……」

 五月の夜風はまだ冷たく、アルコールで火照った体を冷ますにはちょうどいい。
 健斗は普通にベンチに座っていたが、やがて体が違和感を覚えて靴を脱ぎ、体の向きを変えて仁志に寄りかかる。

「今日は飲みすぎたぁ」
「いつもだろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。あと、重い」
「いいだろ。いつもこの体勢でゲームしてるじゃん」
「しょうがないなぁ」

 健斗のわがままを聞いてくれるのも、仁志の好きなところだ。
 仁志がどんどん健斗を甘やかすから、健斗もつい調子に乗って甘え倒す。

 自然と落ちてくる瞼。
 心地よい酩酊感に身を任せていると、近くでプシュッと小気味のいい音を耳がとらえた。
 背中越しに、ゴクゴクと豪快な音が響いていく。
 はぁ……と溢れた吐息に顔だけ振り返ると、仁志が缶ビールを美味そうに飲んでいた。

「あっずるい! 一人だけ!」
「生憎、健斗が俺の分まで飲むから、飲み足りなくてな」
「一口ちょうだい」
「一口ですまないだろ」
「ケチ」

 唇を尖らせて下から視線を送る。
 そうすれば、仁志は健斗のお願いを聞いてくれるのだ。

「まったく……」

 呆れたような声に反して、その顔は微笑みを浮かべている。
 作戦成功。
 健斗は右腕を伸ばし、しかしそれは空振りに終わってしまった。

 その代わり、顎を掴まれ、首を逸らされる。
 重なった唇はビールの味がした。
 薄く唇を開けば、舌と共に黄金の美酒が口内に流れ込んでくる。
 じっくりと舌を絡めながら、それを味わい、嚥下する。
 目の前では、男らしく出っ張った仁志の喉仏がひくひくと動いていた。

 たった一口分の酒が、こんなにも健斗を熱くする。
 心臓がドクドクと逸り、夜風に吹かれていた体は融解寸前だ。

「煽った責任、取るんだよな?」

 唇が離れた途端、健斗は顎を掴まれたまま、不遜な態度で仁志を見上げる。
 
「もちろん」

 それに不敵な笑みで応える仁志は、普段の温厚な雰囲気が消え、欲望を宿した瞳をぎらつかせている。
 
 いつからだったか、健斗と仁志は体を繋げる仲になった。
 付き合おうの言葉は交わしていない。
 健斗も、仁志に対する気持ちが恋愛なのかどうかもイマイチわかっていないし、おそらく仁志も同じ。
 それでも、互いに他の人との関係はなく、普通に考えれば交際している状態だ。

 健斗は、仁志を愛し、愛されるのであれば、関係に名前があろうとらなかろうと、どうでも良かった。
 重要なのは、この居心地のいい関係が続くかどうかだ。

 仁志の興奮している姿を知っているのは、健斗だけ。
 その優越感が、この先にある快感が、健斗の情欲に火を点ける。

「行こう」

 甲斐甲斐しく健斗の体を起こし、地面に膝をついて革靴を履かせる。
 真面目で紳士的な王子様が健斗の首筋に噛み付くまで、あと少し。
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