22 / 26
覚悟して
しおりを挟む
甲子園予選地区大会、九回裏。
サヨナラホームランは外野を守っていた俺の頭のはるか上を飛んでいき、バックスタンドにぶつかった。
まだ、グラウンドに立っていたい。
まだ、あいつの後ろを守っていたい。
勝ちたかった。
終わりたくなかった。
耳を劈くサイレンが響く。
涙を流しながら礼をした。
俺たちの夏が、終わった。
*
ダンボールに机の上の物を詰め込んでいく。
教科書、ノート、筆箱。
歯ブラシ、シャンプー、髭剃り。
制服、白いユニフォーム、ボロボロのグローブ。
「終わった?」
振り返らずに聞く。
「まだに決まってんだろ」
「今日中に終わると思う?」
「終わらせるんだよ」
はーあ……と背後からため息が聞こえる。
それを聞いて、ますますやる気がなくなった。
自然と手が止まる。
「酷いと思わないか? 敗退したら三年は速攻で退寮って」
「思うけど。でも、しょうがないだろ。部活に専念するための寮なんだから」
ペチペチと止まった手を叩かれる。
促されて、俺はまた荷物を詰め込み始めた。
俺たちが通う山都学園は、全国でも有名なスポーツ強豪校だ。
部活に専念するため、通学可能範囲に家があっても、部員は必ず入寮することになっている。
かくいう俺――清野郁哉――も、そのルームメイトの安達洋樹も、野球部に所属しているために入寮している。
でも、俺たちの夏は三日前に終わった。
つまり、この寮にいる意味はない。
あらかじめ聞かされていたことだけど、お前たちは用済みだと言われているような気がする。
ぶっちゃけ、いい気分ではない。
「そうなんだけどさぁ」
口を尖らせながら手を動かしていると、洋樹が立ち上がる。
そして、膝立ちになってダンボールの中を整理していた俺の背後から前に、上から覆い被さってきた。
逆さになった洋樹の顔。
その顔はなんとも言えない表情を浮かべていた。
「いいから、手ぇ動かせ!」
「いひゃい!」
ぶちゅっと思いっきり頬を挟まれた。
顔面崩壊ってこういうことだと思う。
「わかったか?」
「うん」
コクコクと頷く。
それを見て、洋樹は深いため息をついて自分のダンボールの前に戻っていった。
「俺だって、退寮したくねぇよ」
ぽつりと落とされた言葉は、悲しみを帯びていた。
「本当はさ。もっと野球したかった。俺がショートで、郁哉が外野。俺がミスっても、郁哉がカバーしてくれる。郁哉に後ろを守ってもらうと、凄く安心できたんだ」
洋樹の改まった言葉に、ひゅっと喉が鳴った。
ああ、同じ気持ちだったんだなって、胸が熱くなる。
「俺も洋樹の後ろを守るの、俺にしかできないって思ってたよ」
仮に打たれても、俺たちが絶対に球を取る。
必ずホームに球を戻す。
ピッチャーをしている先輩に、安心して投げられると言われたときは飛び上がるくらい嬉しくて、その日は夜通し洋樹と野球の話をした。
俺と洋樹は、地方紙でも取り上げられたことのある最強の守備ペアだった。
「それだけじゃない。郁哉とルームメイトで本当に楽しかった。寮監に怒られたのも、良い思い出だ」
「消灯後に野球の話してて怒られたやつな」
「あんなに怒ってたくせに、監督には言ってなかったんだよな」
「そうそう。監督に頭下げに行って変な顔されたんだっけ」
くくっ、と堪えきれない笑いをどうにか噛み締める。
あんまり大声出すと、それこそ寮監が飛んで来るからだ。
「だからさ。郁哉と離れるの、嫌なんだよ」
「俺だって寂しいよ」
二年半、ほぼ毎日、二十四時間。
一緒にいたんだ。
寂しいに決まっている。
「郁哉も寂しいって思ってくれてて嬉しい」
「当たり前だろ。あーでも、大丈夫だって。クラスは一緒。通学路も途中から同じ。放課後、受験勉強も一緒にやればいいんだから」
スポーツ強豪校でありながら進学校でもある山都学園は、高校三年の夏以降、一気に受験モードに切り替わる。
俺は、俺よりもほんの少しだけ勉強ができる洋樹に、全力で頼る気だ。
「それだけじゃ足りない」
「え?」
小さな呟きははっきりと聞こえなかった。
振り返って聞き返す。
洋樹は、眉を寄せて苦しそうな顔をしていた。
「郁哉、好きだ。だから、ずっと一緒にいたい」
突然の告白に、体が一気に熱くなる。
それは、俺が飲み込んだ言葉と同じだからだ。
甲子園での試合が終わったら、言おうと思っていた。
野球だけじゃなく、それ以外でも一緒にいたいと望み、願掛けのように決めていたこと。
でも、それは叶わなかった。
自分で縛りをかけた俺には、好意を伝える資格はない。
それでも、次は大学受験のタイミングだと自分を甘やかす。
けれど、まさか洋樹がこのタイミングで、しかも俺が好きだって言ってくるなんて思ってもみなかった。
びっくりして、嬉しくて、なんて言ったらいいかわからない。
それを、洋樹は俺の思いとは違うように解釈した。
「いきなり言われて困る、よな。ごめん」
「え、いや……」
「でも」
キシ……と床板が小さく軋む。
首筋に触れた洋樹の唇。
離れていくときに首筋に感じた熱い吐息。
心臓が文字通り跳ね上がる。
待って。
今、何が起きた?
「絶対、俺を意識させるから。だから、覚悟して」
笑顔で宣言する洋樹は無敵に見えた。
どうしよう。
もうすでに洋樹が好きな俺は、何を覚悟しなきゃいけないんだ?
サヨナラホームランは外野を守っていた俺の頭のはるか上を飛んでいき、バックスタンドにぶつかった。
まだ、グラウンドに立っていたい。
まだ、あいつの後ろを守っていたい。
勝ちたかった。
終わりたくなかった。
耳を劈くサイレンが響く。
涙を流しながら礼をした。
俺たちの夏が、終わった。
*
ダンボールに机の上の物を詰め込んでいく。
教科書、ノート、筆箱。
歯ブラシ、シャンプー、髭剃り。
制服、白いユニフォーム、ボロボロのグローブ。
「終わった?」
振り返らずに聞く。
「まだに決まってんだろ」
「今日中に終わると思う?」
「終わらせるんだよ」
はーあ……と背後からため息が聞こえる。
それを聞いて、ますますやる気がなくなった。
自然と手が止まる。
「酷いと思わないか? 敗退したら三年は速攻で退寮って」
「思うけど。でも、しょうがないだろ。部活に専念するための寮なんだから」
ペチペチと止まった手を叩かれる。
促されて、俺はまた荷物を詰め込み始めた。
俺たちが通う山都学園は、全国でも有名なスポーツ強豪校だ。
部活に専念するため、通学可能範囲に家があっても、部員は必ず入寮することになっている。
かくいう俺――清野郁哉――も、そのルームメイトの安達洋樹も、野球部に所属しているために入寮している。
でも、俺たちの夏は三日前に終わった。
つまり、この寮にいる意味はない。
あらかじめ聞かされていたことだけど、お前たちは用済みだと言われているような気がする。
ぶっちゃけ、いい気分ではない。
「そうなんだけどさぁ」
口を尖らせながら手を動かしていると、洋樹が立ち上がる。
そして、膝立ちになってダンボールの中を整理していた俺の背後から前に、上から覆い被さってきた。
逆さになった洋樹の顔。
その顔はなんとも言えない表情を浮かべていた。
「いいから、手ぇ動かせ!」
「いひゃい!」
ぶちゅっと思いっきり頬を挟まれた。
顔面崩壊ってこういうことだと思う。
「わかったか?」
「うん」
コクコクと頷く。
それを見て、洋樹は深いため息をついて自分のダンボールの前に戻っていった。
「俺だって、退寮したくねぇよ」
ぽつりと落とされた言葉は、悲しみを帯びていた。
「本当はさ。もっと野球したかった。俺がショートで、郁哉が外野。俺がミスっても、郁哉がカバーしてくれる。郁哉に後ろを守ってもらうと、凄く安心できたんだ」
洋樹の改まった言葉に、ひゅっと喉が鳴った。
ああ、同じ気持ちだったんだなって、胸が熱くなる。
「俺も洋樹の後ろを守るの、俺にしかできないって思ってたよ」
仮に打たれても、俺たちが絶対に球を取る。
必ずホームに球を戻す。
ピッチャーをしている先輩に、安心して投げられると言われたときは飛び上がるくらい嬉しくて、その日は夜通し洋樹と野球の話をした。
俺と洋樹は、地方紙でも取り上げられたことのある最強の守備ペアだった。
「それだけじゃない。郁哉とルームメイトで本当に楽しかった。寮監に怒られたのも、良い思い出だ」
「消灯後に野球の話してて怒られたやつな」
「あんなに怒ってたくせに、監督には言ってなかったんだよな」
「そうそう。監督に頭下げに行って変な顔されたんだっけ」
くくっ、と堪えきれない笑いをどうにか噛み締める。
あんまり大声出すと、それこそ寮監が飛んで来るからだ。
「だからさ。郁哉と離れるの、嫌なんだよ」
「俺だって寂しいよ」
二年半、ほぼ毎日、二十四時間。
一緒にいたんだ。
寂しいに決まっている。
「郁哉も寂しいって思ってくれてて嬉しい」
「当たり前だろ。あーでも、大丈夫だって。クラスは一緒。通学路も途中から同じ。放課後、受験勉強も一緒にやればいいんだから」
スポーツ強豪校でありながら進学校でもある山都学園は、高校三年の夏以降、一気に受験モードに切り替わる。
俺は、俺よりもほんの少しだけ勉強ができる洋樹に、全力で頼る気だ。
「それだけじゃ足りない」
「え?」
小さな呟きははっきりと聞こえなかった。
振り返って聞き返す。
洋樹は、眉を寄せて苦しそうな顔をしていた。
「郁哉、好きだ。だから、ずっと一緒にいたい」
突然の告白に、体が一気に熱くなる。
それは、俺が飲み込んだ言葉と同じだからだ。
甲子園での試合が終わったら、言おうと思っていた。
野球だけじゃなく、それ以外でも一緒にいたいと望み、願掛けのように決めていたこと。
でも、それは叶わなかった。
自分で縛りをかけた俺には、好意を伝える資格はない。
それでも、次は大学受験のタイミングだと自分を甘やかす。
けれど、まさか洋樹がこのタイミングで、しかも俺が好きだって言ってくるなんて思ってもみなかった。
びっくりして、嬉しくて、なんて言ったらいいかわからない。
それを、洋樹は俺の思いとは違うように解釈した。
「いきなり言われて困る、よな。ごめん」
「え、いや……」
「でも」
キシ……と床板が小さく軋む。
首筋に触れた洋樹の唇。
離れていくときに首筋に感じた熱い吐息。
心臓が文字通り跳ね上がる。
待って。
今、何が起きた?
「絶対、俺を意識させるから。だから、覚悟して」
笑顔で宣言する洋樹は無敵に見えた。
どうしよう。
もうすでに洋樹が好きな俺は、何を覚悟しなきゃいけないんだ?
0
あなたにおすすめの小説
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
必ず会いに行くから、どうか待っていて
十時(如月皐)
BL
たとえ、君が覚えていなくても。たとえ、僕がすべてを忘れてしまっても。それでもまた、君に会いに行こう。きっと、きっと……
帯刀を許された武士である弥生は宴の席で美しい面差しを持ちながら人形のようである〝ゆきや〟に出会い、彼を自分の屋敷へ引き取った。
生きる事、愛されること、あらゆる感情を教え込んだ時、雪也は弥生の屋敷から出て小さな庵に住まうことになる。
そこに集まったのは、雪也と同じ人の愛情に餓えた者たちだった。
そして彼らを見守る弥生たちにも、時代の変化は襲い掛かり……。
もう一度会いに行こう。時を超え、時代を超えて。
「男子大学生たちの愉快なルームシェア」に出てくる彼らの過去のお話です。詳しくはタグをご覧くださいませ!
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
壁乳
リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。
最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。
じれじれラブコメディー。
4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。
(挿絵byリリーブルー)
定時後、指先が覚えている
こさ
BL
職場で長く反目し合ってきた二人。
それでも定時後の時間だけは、少しずつ重なっていく。
触れるはずのなかった指先。
逸らさなかった視線。
何も始まっていないのに、
もう偶然とは呼べなくなった距離。
静かなオフィスでゆっくりと近づいていく、
等身大の社会人BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる