短編集〜それは小さな光たち〜

永川さき

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覚悟して

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 甲子園予選地区大会、九回裏。
 サヨナラホームランは外野を守っていた俺の頭のはるか上を飛んでいき、バックスタンドにぶつかった。
 
 まだ、グラウンドに立っていたい。
 まだ、あいつの後ろを守っていたい。
 勝ちたかった。
 終わりたくなかった。
 
 耳を劈くサイレンが響く。
 涙を流しながら礼をした。
 俺たちの夏が、終わった。

 *

 ダンボールに机の上の物を詰め込んでいく。
 教科書、ノート、筆箱。
 歯ブラシ、シャンプー、髭剃り。
 制服、白いユニフォーム、ボロボロのグローブ。

「終わった?」

 振り返らずに聞く。

「まだに決まってんだろ」
「今日中に終わると思う?」
「終わらせるんだよ」

 はーあ……と背後からため息が聞こえる。
 それを聞いて、ますますやる気がなくなった。
 自然と手が止まる。

「酷いと思わないか? 敗退したら三年は速攻で退寮って」
「思うけど。でも、しょうがないだろ。部活に専念するための寮なんだから」

 ペチペチと止まった手を叩かれる。
 促されて、俺はまた荷物を詰め込み始めた。

 俺たちが通う山都学園は、全国でも有名なスポーツ強豪校だ。
 部活に専念するため、通学可能範囲に家があっても、部員は必ず入寮することになっている。

 かくいう俺――清野郁哉――も、そのルームメイトの安達洋樹も、野球部に所属しているために入寮している。
 でも、俺たちの夏は三日前に終わった。
 つまり、この寮にいる意味はない。
 あらかじめ聞かされていたことだけど、お前たちは用済みだと言われているような気がする。
 ぶっちゃけ、いい気分ではない。

「そうなんだけどさぁ」
 
 口を尖らせながら手を動かしていると、洋樹が立ち上がる。
 そして、膝立ちになってダンボールの中を整理していた俺の背後から前に、上から覆い被さってきた。
 逆さになった洋樹の顔。
 その顔はなんとも言えない表情を浮かべていた。

「いいから、手ぇ動かせ!」
「いひゃい!」

 ぶちゅっと思いっきり頬を挟まれた。
 顔面崩壊ってこういうことだと思う。

「わかったか?」
「うん」

 コクコクと頷く。
 それを見て、洋樹は深いため息をついて自分のダンボールの前に戻っていった。

「俺だって、退寮したくねぇよ」

 ぽつりと落とされた言葉は、悲しみを帯びていた。

「本当はさ。もっと野球したかった。俺がショートで、郁哉が外野。俺がミスっても、郁哉がカバーしてくれる。郁哉に後ろを守ってもらうと、凄く安心できたんだ」

 洋樹の改まった言葉に、ひゅっと喉が鳴った。
 ああ、同じ気持ちだったんだなって、胸が熱くなる。
 
「俺も洋樹の後ろを守るの、俺にしかできないって思ってたよ」

 仮に打たれても、俺たちが絶対に球を取る。
 必ずホームに球を戻す。
 ピッチャーをしている先輩に、安心して投げられると言われたときは飛び上がるくらい嬉しくて、その日は夜通し洋樹と野球の話をした。
 
 俺と洋樹は、地方紙でも取り上げられたことのある最強の守備ペアだった。

「それだけじゃない。郁哉とルームメイトで本当に楽しかった。寮監に怒られたのも、良い思い出だ」
「消灯後に野球の話してて怒られたやつな」
「あんなに怒ってたくせに、監督には言ってなかったんだよな」
「そうそう。監督に頭下げに行って変な顔されたんだっけ」

 くくっ、と堪えきれない笑いをどうにか噛み締める。
 あんまり大声出すと、それこそ寮監が飛んで来るからだ。

「だからさ。郁哉と離れるの、嫌なんだよ」
「俺だって寂しいよ」

 二年半、ほぼ毎日、二十四時間。
 一緒にいたんだ。
 寂しいに決まっている。

「郁哉も寂しいって思ってくれてて嬉しい」
「当たり前だろ。あーでも、大丈夫だって。クラスは一緒。通学路も途中から同じ。放課後、受験勉強も一緒にやればいいんだから」
 
 スポーツ強豪校でありながら進学校でもある山都学園は、高校三年の夏以降、一気に受験モードに切り替わる。
 俺は、俺よりもほんの少しだけ勉強ができる洋樹に、全力で頼る気だ。

「それだけじゃ足りない」
「え?」

 小さな呟きははっきりと聞こえなかった。
 振り返って聞き返す。
 洋樹は、眉を寄せて苦しそうな顔をしていた。

「郁哉、好きだ。だから、ずっと一緒にいたい」

 突然の告白に、体が一気に熱くなる。
 それは、俺が飲み込んだ言葉と同じだからだ。

 甲子園での試合が終わったら、言おうと思っていた。
 野球だけじゃなく、それ以外でも一緒にいたいと望み、願掛けのように決めていたこと。
 でも、それは叶わなかった。
 自分で縛りをかけた俺には、好意を伝える資格はない。
 それでも、次は大学受験のタイミングだと自分を甘やかす。

 けれど、まさか洋樹がこのタイミングで、しかも俺が好きだって言ってくるなんて思ってもみなかった。
 びっくりして、嬉しくて、なんて言ったらいいかわからない。

 それを、洋樹は俺の思いとは違うように解釈した。

「いきなり言われて困る、よな。ごめん」
「え、いや……」
「でも」

 キシ……と床板が小さく軋む。
 首筋に触れた洋樹の唇。
 離れていくときに首筋に感じた熱い吐息。

 心臓が文字通り跳ね上がる。
 待って。
 今、何が起きた?

「絶対、俺を意識させるから。だから、覚悟して」

 笑顔で宣言する洋樹は無敵に見えた。
 
 どうしよう。
 もうすでに洋樹が好きな俺は、何を覚悟しなきゃいけないんだ?
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