やおよろず生活安全所

森夜 渉

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一章

6/お供物作り

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「ただいまっ!」
職員室に戻り、和兎が皆に声をかけた。
仕事に取り掛かっていたらしく、各自パソコンを開いたり、書き物をしたりしている。
働く姿は人間と変わらないように思えた。
「おかえりなさい、二人共。蓮美君、所内はどうだったかな?」
悟狸がニコニコしながら尋ねる。
「ビックリする事もありましたが、順応していけると思います」
「うんうん、そうかね。良かった」
彼女の感想を聞いて更にニコニコする。
そのビックリには日向の登場も含まれたが、なぜか職員室に彼の姿はなかった。
「みんな聞いて、蓮美がね、お昼にお供物を作ってくれる事になったのっ!」
「ええっ!」
全員が驚きの声を上げる。
それは宿直室で蓮美が出した提案だった。
理由は職員、眷属の皆の健康を案じたからだ。
人間でいえば食事は衣、食、住の欠かせない基礎の一つ、食べずに死なずとも重要でない筈がないだろう。
家庭科室を見に行くと、年代がかってはいたが調理に必要な道具も残されていた。
洗い場の水も出てコンロのガスもつく。
問題はなさそうだったが、これも異空間の力かと驚かされた。
「待ってくれ、気持ちはありがたいが君の手間になったりはしないのか?」
犬威が異を唱え、彼女を心配する。
「大丈夫です、和兎さんからお供物の件を聞きました。食事に近い物なら作れますし、お役に立てれば」
「女の子の手料理だ……」
狐乃が肩を震わせる。
「そりゃあ、あれか。生の野菜とかじゃなく、米を炊いたりしてくれるって事かい?」
猿真がそろばんを弾くのを止めて聞いた。
「はい、料理は少しですができます」
手ほどきは叔母から学んでいたし、居酒屋でのバイト経験がある。
「悟狸さん、こいつぁ……」
バシンッ、と猿真が揃えた玉を弾いた。
「ああ、猿真さん、彼女は巫女だ。やおよろずの神々が我々をねぎらわれ巫女を使わせて下さったに違いない。ありがたや……」
悟狸は数珠を取り出すと、蓮美に向かって合掌を始めた。
「女の子の手作り稲荷寿司があぁあああっ、食べたいぃいいいっ!」
狐乃は窓から稲荷寿司を叫んでいる。
「悟狸さん、猿真さん、狐乃、少し落ち着こう」
興奮する三人に対し、犬威は冷静だった。
彼らはハッとし、気迫は見る間に萎んで静まる。
「いやぁ、すまないね、みっともない所を見せてしまって!」
悟狸は数珠を慌てて隠した。
「大丈夫です、食べ物のリクエストがあれば今日の献立の参考にさせて下さい」
落ち着き払っていたが、ここまで反応が大きいとは思わなかった。
供物という物は彼らにとってよほど重要なのだろう。
「じゃあ、地の物、海の物のあるメニューをお願いしようかな?」
「俺は出来合いのじゃなく、彼女に手作りの稲荷寿司を作って欲しいんですが……」
悟狸の案に狐乃は涙目で頼む。
「一人一人に合わせてもらっては悪いからね。今日はみんなが揃って食べられる地の物、海の物にしよう。でも狐乃君、君、インターネットや人間の街に詳しいよね。そんなに食べたかったのなら取り寄せて所で食べれば良かったのに。我慢はよくないよ」
「我慢って、いくらなんでもみんなが生野菜食ってる隣で米は食いませんよ。犬威さんだって普段は奥さんの料理が食えるからって、昼は弁当やめて今はミネラルウォーターしか飲んでないじゃないですか」
彼はフンと鼻を鳴らした。
「バカね、遠慮して気を使ってたら神通力までなくすわよ」
和兎が呆れた。
どうやら意地からではなく、狐乃はみんなを思いやっていただけらしかった。
軽薄そうに見えたが、彼は義理堅い面があるらしい。
「地の物、海の物、ですか?」
蓮美は手帳を準備してメモを取る。
「地鎮祭とか神社の習いがあるんだけど、地と海の物を神々が好むからなんだ。もちろん僕らも、でも肉と魚を直接食べるのはダメなんだ。代わりに地の物なら大豆、海なら海藻とかかな」
「わかりました」
重要事項として素早くメモを取る。
「しかし朝霧君、その食材をどこに買いにいくんだ?」
ここでも犬威が心配する。
「駅前にスーパーがあったんです、そこに行こうと」
「あそこは所からだと距離がある、大丈夫なのか?」
「はい、時間はかかりますが」
何とかなるだろうと思って答えたが、犬威は思案げに腕を組む。
「嬢ちゃん、ついでに頼まれ事をしてもいいかね」
猿真が頭を掻きながら蓮美を見上げた。
「なんでしょう?」
「そのな、タバコをお願いしたいんだがな」
和兎があっと声を上げた。
「私達、人間と同じで好きな嗜好品があるのよね。命君がたまにネットで頼んでくれるんだけど、ちょうど切らしてて。それもいいかしら?」
続けてメモろうとする。
「構いません、何がいいで……」
「私はお茶の葉、玉露っ!」
「じゃ、じゃあ、僕、べっこう飴をお願いしてもいいかなぁ、好きなんだよね」
食い気味に和兎、悟狸から依頼の品を述べられる。
狐乃はないよと言い、なぜだかウインクをされた。
犬威もない、という風に首を振る。
「これで足りるかい?」
メモを終えると猿真が机から何やら取り出す。
それは一万円を合わせた束、帯封が解かれていない百万円だった。
悟狸と狐乃が葉っぱのお金じゃないよと言って笑う。
生まれてこの方見た事がない、この先見るかも分からないが。
「猿真さん、金額が多すぎる。二枚か三枚位でいいんだ」
「多いか、なら犬威さんに任せようかね」
犬威が封筒を用意すると二万円を束から抜き取り、入れて渡した。
札束の出所は気になるが、受け取った封筒をリクルートバッグにしまう。
皆はお供物の話題で盛り上がり、話しに夢中になっていた。
「朝霧君」
準備をしていると、犬威が呼び止めた。。
「一つお願いがあるんだが、聞いてはくれないだろうか?」
彼は面接の時や電話で合格を知らせてくれたりした相手だ。
恩もある、彼の希望ならできるだけ応えたい。
「はい、私でできれば」
「命を連れていってはくれないだろうか?」
「えっ」
日向の名を出され、迷いが口に出た。
彼は奇抜で行動が読み取れない。
絡んでは来るものの、何を考えているのかがわからない。
「帰りの荷物をあいつに持たせてくれていいんだ」
でも。
「頼まれてはくれないか」
これもまた勤務の一つ。
「頼む」
やおよろず生活安全所で新たな一員になるのだ。
「わかりました……」
笑顔で引き受けると、犬威はありがとうと言って頭を下げた。
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