やおよろず生活安全所

森夜 渉

文字の大きさ
9 / 62
一章

8/家庭科室

しおりを挟む
「戻りました」
蓮美と命が職員室へ入るなり、狐乃がイスをひっくり返して机から立ち上がった。
「どうして命が一緒なんだよっ!」
「いや、俺が朝霧君にだな……」
犬威が彼の抗議を制する。
「さりげなく付いてくタイミング見計らってたのにっ、頼りになるとこ見せたかったのにいぃいいいっ!」
狐乃は彼の言葉を聞いていない。
両手を壁に付けて嘆いている。
そういえば、依頼の品を確認した時にウインクをされたが、あれはその事を匂わせた意味合いだったらしい。
「よく言うわよ、稲荷寿司にゴマはいるとか夢中で語ってたくせに。それより蓮美、ありがとう。みんな楽しみに待ってたわ」
和兎がねぎらいながら荷物を預かってくれる。
「いえ、おつかいくらいなら。まずは和兎さん、玉露を」
「やったあぁあああっ、茶葉ゲットおぉおおおっ!」
玉露を渡すと彼女が歓喜の雄叫びを上げた。
「猿真さん、タバコです」
「ありがとな、嬢ちゃん」
「悟狸さん、べっこう飴です」
「わぁ、ありがとう。僕、飴が大好きなんだ」
悟狸はべっこう飴を抱きしめる。
「最後に、ん?」
袋の下に大きな物体が潜んでいた。
米か味噌かと思ったが、違っている。
猫のトイレ砂だった。
ガッツリ固まる、とある。
だが自分はそんなものを買った記憶がない。
「ああ、砂は僕が買いました、狐乃のパイセンにと思って……」
命だった。
「は?」
狐乃が嘆くのをやめる。
「同棲してる彼女のイタチでスモモちゃんでしたっけ、使うかなって思って……」
スモモちゃん。
その名を聞くなり、狐乃の顔が険しくなった。
「スモモちゃんとは先月別れたらあぁあああっ!」
命に掴みかかり、ズガンッ、ドガンッ、と、右へ左へ転がり回る。
「狐乃、彼女と別れたのか……」
犬威が気の毒そうに声をかけた。
「はいぃいいいっ!」
「仲がいいって話してたな……」
「別れた理由がわからないんですっ、食べかけのナスだけ置いて出ていきましたっ!」
「飽きられたんすね……」
命が傷心の彼に塩を擦り込む。
「理由はわかんねぇって言ってんだろがっ!」
「蓮美に手が早かったのはフラれた事から立ち直りたかったからか、まったく……」
和兎がやれやれと呆れた。
「支払いの時……」
命が会計前にいなくなっていたのを思い出す。
あの時はわざわざトイレ砂を探していたのだ。
レジに気を取られていたし、商品の袋詰めは彼も手伝ってくれたので中身の確認まではしなかった。
「お前、俺が別れたの知ってて仕込んだろっ!」
狐乃は命と引きはがされて和兎に羽交い絞めにされている
手にはゴッソリと抜けた彼の髪の毛が掴まれていた。
「いいえ、狐乃パイセンのパソコンの壁紙がスモモちゃんじゃなくなったからって、どうして別れたと……?」
一方、命は悟狸がヘッドロックを決めている。
手にはモッサリと抜けた狐乃の毛が掴まれていた。
「そこだらあぁあああっ!」
和兎を振り切ると再び掴みかかり、二回戦のゴングは鳴らされる。
「すみません、命君があんな物を買うなんて気づかなくて……」
うろたえながら蓮美は犬威に謝った。
「命君?」
犬威が目を見張った。
「はい、同い年だと和兎さんから聞いて。スーパーへ行く途中で命君って呼んでいいか尋ねたら構わないって言われて。命君は私を蓮美さんと呼ぶからって……」
「朝霧君、君を名前で呼ぶとあいつが自分から言い出したのか?」
彼は蓮美の肩を掴んだ。
「は、はい」
掴んだ手に力がこもる。
「他には?」
「……え?」
「他に何かあったか?」
「……買い物中、スーパーでキャベツとレタスの違いを聞かれて」
「なんだって?」
犬威は命の方を振り返った。
信じられないという表情を浮かべて。
「そうだ、これお釣りです」
彼女は鞄からお釣りの入った封筒を取りだして渡そうとした。
「いや、いい、今日の手間賃として受け取っておいてくれ、君が必要な物に使ってくれればいい」
「できません、困ります」 
「いいからもらっておいてくれ」
「経費なのでできません」 
「君は結構頑固だな」
「犬威さんも意地を張りますね」  
「ぬうぅうううんっ!」
「ふうぅうううんっ!」
片方ではどつきあいが。
もう片方ではお釣りを受け取る、受け取らないの静かな攻防が繰り広げられる。 
「うむ……」       
だが、お釣りの戦いで折れたのは犬威の方だった。
「わかった。それにしても所に来てくれた君が素直な子でよかった」
「い、いえ……」
誉められてここでも顔を赤くする。
「そ、そろそろお供物の準備をしに家庭科室へ行きます」
「ああ、すまないが頼む」
お釣りを返し、買い物袋を手にして廊下へと出た。
犬威に誉められ、気分を良くする。
「フフッ」
上機嫌で廊下を進むが、しばらくすると景色が変になっていた。
「う、しまった……」
再び天井を。
上下逆を歩いている、ルールをすっかり忘れていた。
また異空間に迷いこんでいる状況だ。
無限の廊下を前にし、慌てるなと言い聞かせ、和兎の教えを思い出す。
「家庭科室に行きたい」
意思を。
思いを口にする。
部屋があった場所を意識すると、足は天井から壁、廊下へと戻っていく。
「落ち着いて……」
行きついた先には家庭科室の室内札が見て取れる。
「やった!」
上手くいった。
小さくガッツポーズを決めると扉を開けて駆け込む。
下見に来た時、年式は古いが炊飯器を見つけてまだ使える事は確認してあった。
冷蔵庫もだ。
調理器具も型は古いが揃っている。
包丁、まな板、ザルにお玉、ボウル、鍋、フライパン。
たくさんの洗い場とガスコンロ。
学校だからか食器も豊富にあり、人数分は間に合いそうだった。
タッパーも見つけ、余った食材はこれに入れて冷蔵庫で保管すればいい。
「よし、始めよう」
気合いを入れ、スーパーの日用品売り場で購入したエプロンを身に着ける。
手順として米だ。
炊飯器のお釜を洗い、米を研いだ。
研いだ米を入れて炊飯器の予約ボタンを押し、炊き上がるまでおかずを作る。
食材のほとんどは職員の皆が持ち寄っていた野菜だった。
和兎のニンジン、狐乃の油揚げ、猿真のさつまいも、悟狸の小松菜。
それらをせっかくなので拝借した。
なので購入したのは調味料と合わせの食材、洗剤くらいだ。
大鍋を用意して湯を沸かし、調理器具や食器を入れて煮沸する。
中鍋では鰹節で出汁を取り、野菜を洗い、下処理をしていった。
「俺はー、クマ衛門、北国生まれの岡山育ち、んふふん、んふふん」
食材を切りながら鼻歌を口ずさむ。
油揚げをザルに入れ、余分な油をお湯で落とし、その油揚げとさつまいもを刻み、醤油と砂糖を煮詰めて炒めた。
まずは一品。
さつまいもと油揚げのきんぴらだ。
次にすりおろしたニンジンと茹でたワカメで合わせる。
味の按配を図りながら砂糖と酢、出汁を加え、酢の物の二品目が完成。
「ん……?」
調理は順調に進んだが、後ろに気配を感じて振り向いた。
「……」
背後に命が立っている。
「ぎひゃあぁあああっ!」
驚いて掴んでいた鍋をひっくり返しそうになった。
「み、み、み、命君、いたんだっ!」
「はい……」
返事はともかく、いつからいたのか気になる。
狐乃とのケンカは決着がついたらしいが、あれはどう考えても彼が売ったにしか見えなかったが。
髪をむしられた頭はもっとボサボサになっている。
「……」
「用事?」
何やら言いたげなので聞いてみた。
「か、まして……」
声が小さくて聞き取れない。
「ん?」
「お供物を作るのを手伝おうかと思いまして……」
「本当、じゃあ」
洗い場には使った調理器具が溜まっている。
「あれを洗ってもらおうかな?」
「はい……」
命は洗い場に行くと蛇口をひねり、洗い物を始めた。
嬉しい。
彼が自分から来てくれた事が本当に嬉しい。
笑みを浮かべつつ仕上げにかかる。
最後に味噌汁。
刻んだ小松菜と油揚げを出汁に入れた。
「え?」
味噌を入れる手前でハッとする。
洗い場は少し離れた位置にあり、命がいた。
洗った調理器具の水を切っていないのか、トレイからボタボタと雫が溢れている。
「命君、待って」
蓮美は火を止めてストップをかける。
器具は水にあてただけらしく、濡れたまま調理台に乗せているだけだった。
近づいてザルを触ったが油が落ちてはいない。
用意した洗剤とスポンジは目の前にちゃんと置かれている。
洗い物をした事がないのだろうか。
「これを使おう」
指摘はせず、洗剤をつけてスポンジを持たせる。
手を添えて洗い方を教えてやると、彼は黙って従った。
作業の流れはわかったらしく、一人続けだしたので味噌汁づくりに再度取り掛かる。
「命君、今、好きな事とかあるかな?」
「好きな事……?」
「うん。私はね、今アニメのクマ衛門にはまってるんだ。命君はないかな?」
日差しに雲がかかったのか、室内が薄暗く陰ってゆく。
「特にないです……」
「そっか、じゃあ知りたい事とかあったら気軽に聞いてね」
「知りたい事……?」
「ほら、今日みたいにキャベツとレタスの違いとか。わかる範囲だったら教えてあげられるから」
覆った陰はますます濃くなっていく。
「じゃあ……」
命は手を止めず、洗い物を続けながら聞いた。
「うん?」
「蓮美さんは中学生の頃、ご両親を亡くされてるんですよね……?」
味噌汁の味噌を溶く手が止まる。
「……うん」
「事故ですか、事件ですか……?」
「……」
「具体的な時期はいつですか……?」
「……」
「お父さんとお母さんが亡くなった時、どんな気持ちがしましたか……?」
ガシャンッ、と。
大きな音を立てて何かが足元に散らばった。
火を小さくしようとして、積んであったお椀に肘がぶつかったのだ。
「……」
彼女はかがむとお椀を拾って集め出す。
「蓮美さん……」
蛇口の水がバシャバシャとはねる。
命は洗い物を止めて彼女を見ていた。
彼女は顔を上げる事ができず、かがんだまま持ったお椀を見つめる。
「……って」
「教えて下さい……」
「……命君、もういいから職員室に戻って」
「でも、まだ洗い物が……」
「いいから戻ってっ!」
叫んでから、しまったと思った。
「……」
陰った室内に光が差し込み、雲が晴れたようだった。
水の音が止む。
蛇口を閉めたらしい。
扉を開く音がし、ペタ、ペタ、と廊下を遠ざかる足音が響いた。
彼が立ち去るのを聞き届けてから、蓮美はうなだれる。
「……う」
触れてほしくない傷に触れられ、感情的になってしまった。
彼は悪くない。
面接で両親の事を話したのは自分からなのだ。
過去の傷から立ち直れないのは自身の問題なのだから、質問をした彼は悪くない。
叔母との生活で癒えたと思った傷は開いたままだった。
痛んだ傷が塞ぐには、まだ時間がかかるのだろう。
立ち上がると室内にレトロなメロディが響き渡る。
予約した炊飯器が炊き上がりを知らせたのだ。
どこか懐かしく、優しい音色。
落ちたお椀とタッパーを洗い、作ったおかずを少しづつ詰めていった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

処理中です...