やおよろず生活安全所

森夜 渉

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四章

32/ケジメ

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「おい、顔貸せ」                
昼のお供物を食べ終えた狐乃が命に声を掛けた。
命は完食直後で口をモグモグさせている。
「顔は貸せません。神でも僕の体は人間です、肉塊なので」
「肉塊じゃなくて肉体だろ。直に貸せって意味じゃねえ、ついてこいって意味だ」
不穏な空気に食事中の悟狸が箸を置いて慌てた。
「狐乃君、ケンカはダメだよ。暴力はダメだ」
間に割って入り、蓮美や他の職員も二人を見守る。
「じゃあ和兎さんは?」
命に名指しされた和兎はボキボキ拳を鳴らし、悟狸は顔がスーンとなった。
彼女のおしおきは職員も認める特別措置らしい。
「ケンカじゃありません、逆です。コイツへの謝罪です」
え、どういう事と悟狸が尋ねる。
「説明はしにくいんですが暴力はないんで外出許可を下さい。蓮美ちゃんにも立ち会ってもらうんで、それならいいですよね?」
いきなり振られて蓮美も驚く。
「命、ついてこい。蓮美ちゃんも悪いけれど立ち会ってほしい」
ただならぬ空気に蓮美は従い、命はいやだぁと駄々をこねるので服を引っ張って無理やり同行させた。
所を出て外までついて行くと離れた場所にある公園に連れてこられる。
滑り台やシーソーがあるありふれた公園で、人がいないと思いきや先客がいた。
狐乃の店、Club Bluefireで蓮美の接客をしたメンバー、愁也、霧人、優斗、琉星だ。
黒スーツではなくカジュアルな服装で、全員顔立ちがいいせいかどこかのアイドルグループに見えなくもない。
あの四人が公園の真ん中ではなく隅っこに並んで立っていた。
気だるそうな面持ちで。
異世界を出て人間の姿になった狐乃が蓮美と命に向き直る。
「蓮美ちゃん、この間はすまない。店で聞いたけどいきなり命が現れてあいつらが場をメチャクチャにしたらしいね。いや、正しくは動揺した洲汪と新入りのナオが。なんで命が来たのか知らねえが、成り行きを黙って見てたあいつらも同罪だ。そのケジメをつけさせにここへ連れてきた」
「何かありましたっけ?」
命は首をひねったが蓮美には理解ができた。
「でも、皆さんにも色々な背景があります。感情的にならないのはおかしいですし、あれはしょうがない事かなって……」
誰しも生きている上で異なる世界があるのだ。
踏みにじられれば。
ぶつかりあうのは避けられない。
「しょうがないじゃ済まされないんだよね、俺の気持ちがさ。今から残りの洲汪とナオを連れて来るから待っててくれ。四人は狐の姿に戻った罰で先に待ちぼうけをさせてたんだ、十五分程で連れてくるから」
狐乃は皆を置いて公園を出て行く。
後姿を見送るとメンバーの一人、琉星が蓮美に向けて大きく手を振った。
「蓮美ちゃーんっ!」
「蓮美ちゃん、だと……」
命がなぜかちゃんづけに反応する。
「こんにちは~、なんで公園の隅にいるんですか~っ?」
蓮美は口に両手をあてて四人に向かって叫ぶ。
「狐乃さんに~、蓮美ちゃんの半径十メートル以内に近づくなって言われたから~っ!」
「独占欲強いんだよね~、お客に手ぇ出すなって俺らに言う割には、自分はハグしてケツとか揉んでるしさ~っ!」
霧人が同様に叫んだが、熱が出て休んだ先週の木曜日の翌日、金曜日。
ミヤマクワガタの如くガッツリホールドする形で狐乃が自分を抱きしめようとした。
あれにそんな意味も含んでいたのかと、思い出して顔がスーン。
「結構サイコでしょ~、あの人~。あ、人じゃないな~、狐か~っ!」
霧人の言葉に優斗がハハハと笑う。
「こないだなんてさ~、メスのイタチと付き合ってるとか言いだして~。ヤバいだろ~っ?」
恐らく別れたというスモモちゃんの事だろう。
彼らからしても狐乃が動物と付き合うのは(本人の主張)違和感アリアリらしい。
「動物と付き合うのは純愛とか言ってたしな、飼育との違いはなんだ?」
「しかも変化しない普通の動物だよな、イタチはたまにキュッ、キューとしか鳴かないのに会話が成立するのか気にはなる」
愁也と琉星が渋い顔で考え込む。
「細長いの好きだよな、フェレットとか。あいつら何気にケツから臭い出すのにな、次があるならなんだろ。ツチノコとか?」
優斗が落ちていた木の棒で地面にツチノコの絵を描いた。
「変だな、既視感がする」
「俺もだ、見た事ないのに身近で目にした気がする」
どっかで見た形してんなと愁也と琉星が感想をもらした。
「時計買い換えたから~、いい時計ですねって言ったら~、暴漢に襲われた時に手にはめてナックルダスターの代わりにするんだよとか言ってて引いた~っ!」
「三百万の時計で殴るのか、ガチモンのサイコだな……」
霧人のディスリは止まらず、愁也が遠い目をしていると。
「そうか?」
傍で狐乃の声がした。
いつの間にか公園と通りを分ける金網みの向こうに狐乃がいる。
「あぇああああっ!」
彼のディスリ大会になっていた四人は絶叫した。
「きゅっ、きゅっ……」
震えながら全員がきゅっきゅっを口走っている。
「イタチはキューとしか言わねえからなんだよ?」
金網越しに睨む狐乃の後ろに、うなだれて立つ洲汪とナオがいた。
「狐乃さん、は、は、お早い到着で……」
霧人がアワアワすると残りの三人が彼の背後に素早く隠れる。
「二人が駅から歩いてそこで待ってたんだ、そっち行くから首洗って待ってろ」
「ひぃいいいいっ!」
四人は固まってガタガタ震え出した。
狐乃が二人を連れて公園内に入ってくると揃って暗い顔をしている。
「命、来い」
「なんでですか?」
「いいから来い」
命はよくわからないという態度を取る。
「信じられねぇ、アイツ。神だからって狐乃さん舐めてんのか」
「変わった神だとは聞いてたけどホントだな、狐の俺達より劣る感じがするし」
「ロボットみたいだな」
「反応が薄いからじゃないか?」
霧人、愁也、優斗、琉星が話していると狐乃が四人をまた睨む。
「うるせぇぞ、お前らもこっち来て集まれ」
「……はぃ」
彼の命令に四人はスゴスゴとおとなしく集まった。
命はまだボーッとしている。
「命君覚えてないかな、あそこにいる人達とトラブルがあったんだよ。お詫びがしたいそうだから狐乃さんの前に行こう」
彼女の説明で理解したのか、命は公園の真ん中に行き狐乃達と向かい合った。
「前に出ろ」
アゴで示され、洲汪とナオが俯いたまま進み出る。
「いいかお前ら、俺達は人間の世界に隠れ住む存在だ。万が一命がまともで、キレて俺らの事を世間に晒そうもんならたやすくできるんだ。そうなりゃ一族や全ての仲間を危険に巻き込む事にもなりかねねぇ、第一コイツの事を話しはしたがバカにしろとは一言も言ってないしな。人間世界じゃしたたかに生きろと言っている筈だ、感情的にならず何事もリスクをまずは考えろ。わかったか」
「はい、申し訳ありません」
洲汪の額には冷や汗が浮かんでいた。
「俺じゃねえ、命に謝れ」
「た、大変、申し訳ありませんでした……」
「命、どうだ。不満なら土下座でもさせるが」
「……いいです」
「よし。次にナオ、お前だ」
ナオは下唇を噛んで命から顔を背けていた。
「お前は命に何をした」
「……」
「言え」
蓮美は狐乃が見せた素顔、謎めいた彼の態度を思い出すが。
「こちら側にこないか?」
言われた意味を深読みするのはやめた。
知らされた事実が職員との関わりにどんな影響をもたらすのかも。
立ちはだかる壁があるかもしれないが、立場が違えど皆と共に仲間でいたいのだ。
和兎の言葉を今は信じて。
「ナオ、お前の家族が人間に奪われた事は同情する。だがいつも言っているように人一人を憎んでも意味はない、命が文明の神であってもそれはコイツの責任でもなければお前の家族を奪った訳じゃないからだ。お前は怒りの矛先を無関係な相手にぶつけた、その責任は取ってもらう」
ナオに対してだけ狐乃は怒ってはいない。
四人組や洲汪と違い、行いを諭すように話した。
「自分がした事を言ってみろ」
「……シャツに」
不服そうにナオが声を絞り出す。
「……シャツに唾をかけました」
「なら命、ナオの服に唾を吐け」
「えっ?」
「ナオはお前に侮辱的な行為をしたから反省をさせる。これはお前が神だからじゃない、人であろうと狐だろうとしていい事と悪い事がある。獣ならなおさら、そんなのは獣以下に自らを貶める恥ずべき行為だ」
「……できないです」
「コイツが同じ間違いをしない為の戒めでもある、やれっ!」
犬威だけではない。
狐乃もまたフェアではない事を嫌う性格らしい。
「唾を吐くなんてできません……」
『嘘ついてんじゃねぇ、私の入所日に部屋に入り込んだ話しの後で唾吐いたろ、忘れてねぇかんなっ!』
と、彼の言い分に蓮美はあの日の屈辱をひそかに思い出したりした。
「もたついてんじゃねえっ、やるんだっ!」
狐乃は容赦ない。
狐の彼らが恐れる理由がわかった気がした。
「うむぅ……」
急かされた命が口をモゴモゴさせる。
モゴモゴする。
「ううむぅ……?」
モゴモゴさせた。
「だまりばしだ……」
しゃべりながら開いた口の端から。
滝の様な白いよだれが。
ダラリとつたった。
「……っ!」
「……っ!」
「……っ!」
「……っ!」
傍らの四人は絶句。
ナオはというと顔面蒼白で血の気が引いていた。
洲汪は冷や汗から脂汗に変わり、狐乃と蓮美も真っ青になる。
「いぎまぶ……」
命は頬を膨らまし、身をのけぞらすと飛距離を稼ぐ体制に入った。
次の瞬間。
場にいた一同の心は強く固い絆で結ばれる。
「やめろおぉおおおーっ!」
「ブふっt!」
溜めに溜めた彼の唾は。
勢いよく飛びはせず。
唾液の塊と化し、派手に暴発し。
飛散しただけだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
命はよだれまみれになり、全員が口をあんぐり開ける。
「汚ねぇ……」
「汚いな……」
霧人と愁也がこぼす。
「エグイ……」
「……」
優斗が目をそらし、琉星は命とナオを見比べ、蓮美は呆然とする。
言い出した狐乃自身も小刻みに震え、言葉を失っていた。
それもその筈。
これでは収拾がつかない。
「うぅうううん……」
引っ込みがつかない手前、困り顔で腕を組んで考え込む。
「グふ……」
命はハンカチを取り出すとシャツを拭いて口元を拭いた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
誰もフォローしない。
できない。
気まずい沈黙が流れる。
「ほ、他にないか命。謝罪がないならして欲しい事は……」
震え声でようやく狐乃が口を開いた。
「えー……」
命は要領を得ないまま首をひねる。
さらにひねって、ポンと掌を叩いた。
「僕と友達になってください」
「はぁ?」
「僕は蓮美さんしか友達がいないので増やしたいです、友達になってください」
この要求に四人がマジかよ、と声を上げる。
「罰ゲームだ……」
「唾をかけられるより怖ぇ……」
「あんなのと仲良くするって無理ゲーだろ」
「ナオは年下なのに気にしないのか?」
霧人、愁也、優斗、琉星がヒソヒソ話していると。
「あとですね……」
命が四人に振り向き。
「そこにいる人達も友達になってください」
ニタァッと笑ってみせる。
「……いいだろう」
黙りこくっているナオの代わりに狐乃が承諾した。
「お前らまとめて今日から命の友達だ、仲良くしてやれ」
「いやだあぁあああっー!」
「ぎゃあぁあああっー!」
こうして。
五人の悲鳴があがる中、命に初めての男友達が誕生した。
連絡先のメルアドもゲットして。
「でも……」
狐乃達を置いて所に戻る途中、蓮美はどこか腑に落ちない。
入所日に命にバカにされて唾を吐かれた事だ。
出会い直後のインパクトだけは忘れてはいない、あれだけは頼まれても忘れるつもりはない。
本当に命はナオに対して唾を吐けなかったのだろうか。
想像だが彼は頭脳であるAIを駆使して結果を予想し、あんな行動を取ったという訳ではなかろうか。
初めから事態を丸く収める為に。
本当は全部わかっていて、だ。
「ねえ、命君」
「はい」
「最初から全部狙ってたって事はないの?」
「……」
彼は雲一つない青空を見上げ、首をかしげると。
「さあ、どうでしょう?」
意味ありげに一人、ニンマリと笑ってみせた。

















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