39 / 62
四章
37/王子の憂鬱
しおりを挟む
「ちょっと狐乃君」
和兎が一枚の書類を手に取って狐乃を睨む。
「この案件はマガツカミと思わせる為のイタズラ、故意による何者かの仕業と思われるっていう言葉、故意の故意が恋に恋するの恋って文字で書かれてるじゃない。これがホントの誤字なのか君が本気のバカなのか紛らわしいから、ちゃんと確認してから提出してちょうだい」
「はぁ」
「はぁ、じゃないわよ、スットコドッコイッ!」
仕事に厳しい和兎はカンカンだ。
片や、外勤であるマガツカミ案件で蓮美のいない狐乃はふぬけになっていた。
時間は十一時半。
彼女がいれば今頃は家庭科室でお供物の支度に掛かり、調理の匂いが職員室まで届く筈だが、今日は犬威と共に岐阜へ旅立っている。
マガツカミの存在に矛盾を抱えるなど日頃虚しさを抱いてはいたが、それ以上に彼女がいないというだけでここまで落ち込むのは初めてだった。
「はぁ……」
今朝から溜息が止まらない。
狐の稲荷眷属は全国でも数が多く、彼は一族を束ねる一員の一人に立たされている。
その為、気を緩める事などほとんどなかった。
できなかった。
数を減らしつつある眷属仲間や生物の保護、自身の立場、人間社会に与える経済の影響など考えなければならない課題は山積みだ。
普段は余裕をかました態度だが、護るべき物が多い彼は深い孤独を抱えている。
だからこそ傍にいて、支えてくれる相手を探し求めていた。
化けれない動物でもいい。
気持ちが伝わるならいっそもうミジンコでもいいと。
ミトコンドリアでも構わない。
愛する対象のハードルをミクロレベルまでに下げていた中、突然彼女が現れた。
自分達という存在に理解を示してくれる人間、蓮美だ。
互いの出会いは運命なのだと思った。
強引に店に誘ってから逆に距離ができたように感じ、本当は不安でたまらない。
何かにつけて自信に満ち溢れていた自分からすれば信じられなかった。
今頃どうしているんだろうか。
マガツカミとの戦いは長期に渡る事もある。
何日かかるんだろうな。
ずっとそんな事ばかりが頭に浮かぶ。
二日か。
三日か。
戦いに供える間は犬威さんと共に過ごすんだろうな。
犬威さん愛妻家で既婚者だもんな。
犬威さん、いい人だけど脳筋な所あるしな。
なんもねえだろ。
あってたまるか。
あるわけねぇ。
狐乃の妄想は暴走寸前だった。
一方、命も仕事の傍ら時々パソコンの前で手を止めてフリーズしていた。
行動が読めない彼だが、なんとなく皆は察しがついている。
蓮美がいないから上の空なのだ。
留守中のお供物に関しては彼女から市販品でも口にするよう強く言われていた。
既製品の食事だと抵抗があるかもしれないが、栄養、ではなく彼らの力をつける事が何より大切である事を伝えられて。
供物が重要な意味を持つのは、自然や人間に宿るエネルギーの一部を食物を通して分け与えられるからだ。
元々備わった才能なのか、蓮美の作る料理は得られる力が並外れていた。
こんな人間はなかなかいない、所の者達も言葉にはしないが感じ取っている。
話し合いの末、口にできそうな物は食べてみるという結論からコンビニ買い出し係りに狐乃と命が託されていた。
だから命も、彼女の手料理にはしばらくありつけない。
「狐乃君、命君、仕事に身が入らないのなら気分転換も兼ねてお昼の買い物をお願いしてもいいかな?」
やる気の出ない二人に悟狸が気を使った。
「……そうっすね」
狐乃が席から立つと命も続いてノロノロと立ち上がる。
「行ってきます……」
「行ってき%$#‘&」
命はギリ人語を話さなくなりかけていた。
二人は無言で所を出ると、元気がないまま異世界の道を並んで進む。
狐乃も無言。
命も無言。
話す事など特にないが、狐乃は命が店に現れた先日の真相が気にはなっていた。
「おい、命……」
「……なんですかパイセン」
お互いを見ないまま、道の先だけ見つめて会話する。
「お前、こないだ俺の店に来て蓮美ちゃんと出てったが、結局あの日は何しに来たんだ」
「え、あぁ……」
命は言いにくそうに口ごもる。
「蓮美さんにブスって言ったから謝りに行っただけです……」
「なんだよ、そんな事だったのか」
フフ。
その行動といい、バカ正直に話す所はまだまだ子供だと彼は内心鼻で笑った。
お子様すぎて相手にならない。
「パイセンこそなんで蓮美さんを自分の店に連れてったんですか。もしかして本人の許可なくサプライズで連れてってワンチャンあるんじゃね、とか期待してたんじゃないですか?」
「……」
気まずい。
コイツ、いつまでもガキだと思っていたが気づいていたのか。
蓮美ちゃんが。
彼女が来てからの数日で随分変わったな。
前まで何を言っても言い返さない根暗だったのに。
確かに、無理に誘った反省も考えれば、自分も大人げなかったかもしれない。
「店の連中とはあれから連絡はあったのか?」
「特に何も……」
「……何だと」
狐乃はスマホを取り出して洲汪(すおう)宛にメールをした。
四人兄弟とナオに言って近々命に連絡させろ、アドレス交換したんだから挨拶ぐらいはしやがれ、と。
俺が友達になれと命令したんだから絶対にだ、と付け加えて。
うちの若い奴らは順応性もあるし素直ではあるが、適当さと抜けててちょっとバカな所があるのが玉に傷だ。
タマに傷。
そういや、アイツらこの間妙な事を聞いてきたな。
「あんな普通の女の子に、その、握られたんすね……」
握るという意味から彼らに話した寿司の事かと思い出す。
蓮美が所で握ってくれた手作りの稲荷寿司だ。
そうだ、と答えると今度はおかしな質問をしてきた。
「どんな握り具合ですか?」
どんな。
どんなだって。
どんなもこんなもギュッとだよ。
そう答えたらアイツらざわつきやがった。
なんなんだ。
大体なんでアイツらが揃って頬染めてんだよ。
「蓮美って子、大人しそうに見えて大胆なんすね……」
なんかわからんが勝手に納得してたな。
確かに、マガツカミとの戦いに参加させろだなんて大胆を超えて無謀だが、無謀だろうと個性が豊かだろうと、そこがまた女性の持つ魅力でもある。
「うまかったな……」
次はプライベートで稲荷寿司を握ってくれねぇかな。
素朴な味だったけど、心を込めて作ってくれたのが伝わったよ。
酢飯と一緒に温もりや優しさが詰まってた。
会いたいよ。
待ってるから。
早く帰ってきてくれ。
ねえ。
蓮美ちゃん。
和兎が一枚の書類を手に取って狐乃を睨む。
「この案件はマガツカミと思わせる為のイタズラ、故意による何者かの仕業と思われるっていう言葉、故意の故意が恋に恋するの恋って文字で書かれてるじゃない。これがホントの誤字なのか君が本気のバカなのか紛らわしいから、ちゃんと確認してから提出してちょうだい」
「はぁ」
「はぁ、じゃないわよ、スットコドッコイッ!」
仕事に厳しい和兎はカンカンだ。
片や、外勤であるマガツカミ案件で蓮美のいない狐乃はふぬけになっていた。
時間は十一時半。
彼女がいれば今頃は家庭科室でお供物の支度に掛かり、調理の匂いが職員室まで届く筈だが、今日は犬威と共に岐阜へ旅立っている。
マガツカミの存在に矛盾を抱えるなど日頃虚しさを抱いてはいたが、それ以上に彼女がいないというだけでここまで落ち込むのは初めてだった。
「はぁ……」
今朝から溜息が止まらない。
狐の稲荷眷属は全国でも数が多く、彼は一族を束ねる一員の一人に立たされている。
その為、気を緩める事などほとんどなかった。
できなかった。
数を減らしつつある眷属仲間や生物の保護、自身の立場、人間社会に与える経済の影響など考えなければならない課題は山積みだ。
普段は余裕をかました態度だが、護るべき物が多い彼は深い孤独を抱えている。
だからこそ傍にいて、支えてくれる相手を探し求めていた。
化けれない動物でもいい。
気持ちが伝わるならいっそもうミジンコでもいいと。
ミトコンドリアでも構わない。
愛する対象のハードルをミクロレベルまでに下げていた中、突然彼女が現れた。
自分達という存在に理解を示してくれる人間、蓮美だ。
互いの出会いは運命なのだと思った。
強引に店に誘ってから逆に距離ができたように感じ、本当は不安でたまらない。
何かにつけて自信に満ち溢れていた自分からすれば信じられなかった。
今頃どうしているんだろうか。
マガツカミとの戦いは長期に渡る事もある。
何日かかるんだろうな。
ずっとそんな事ばかりが頭に浮かぶ。
二日か。
三日か。
戦いに供える間は犬威さんと共に過ごすんだろうな。
犬威さん愛妻家で既婚者だもんな。
犬威さん、いい人だけど脳筋な所あるしな。
なんもねえだろ。
あってたまるか。
あるわけねぇ。
狐乃の妄想は暴走寸前だった。
一方、命も仕事の傍ら時々パソコンの前で手を止めてフリーズしていた。
行動が読めない彼だが、なんとなく皆は察しがついている。
蓮美がいないから上の空なのだ。
留守中のお供物に関しては彼女から市販品でも口にするよう強く言われていた。
既製品の食事だと抵抗があるかもしれないが、栄養、ではなく彼らの力をつける事が何より大切である事を伝えられて。
供物が重要な意味を持つのは、自然や人間に宿るエネルギーの一部を食物を通して分け与えられるからだ。
元々備わった才能なのか、蓮美の作る料理は得られる力が並外れていた。
こんな人間はなかなかいない、所の者達も言葉にはしないが感じ取っている。
話し合いの末、口にできそうな物は食べてみるという結論からコンビニ買い出し係りに狐乃と命が託されていた。
だから命も、彼女の手料理にはしばらくありつけない。
「狐乃君、命君、仕事に身が入らないのなら気分転換も兼ねてお昼の買い物をお願いしてもいいかな?」
やる気の出ない二人に悟狸が気を使った。
「……そうっすね」
狐乃が席から立つと命も続いてノロノロと立ち上がる。
「行ってきます……」
「行ってき%$#‘&」
命はギリ人語を話さなくなりかけていた。
二人は無言で所を出ると、元気がないまま異世界の道を並んで進む。
狐乃も無言。
命も無言。
話す事など特にないが、狐乃は命が店に現れた先日の真相が気にはなっていた。
「おい、命……」
「……なんですかパイセン」
お互いを見ないまま、道の先だけ見つめて会話する。
「お前、こないだ俺の店に来て蓮美ちゃんと出てったが、結局あの日は何しに来たんだ」
「え、あぁ……」
命は言いにくそうに口ごもる。
「蓮美さんにブスって言ったから謝りに行っただけです……」
「なんだよ、そんな事だったのか」
フフ。
その行動といい、バカ正直に話す所はまだまだ子供だと彼は内心鼻で笑った。
お子様すぎて相手にならない。
「パイセンこそなんで蓮美さんを自分の店に連れてったんですか。もしかして本人の許可なくサプライズで連れてってワンチャンあるんじゃね、とか期待してたんじゃないですか?」
「……」
気まずい。
コイツ、いつまでもガキだと思っていたが気づいていたのか。
蓮美ちゃんが。
彼女が来てからの数日で随分変わったな。
前まで何を言っても言い返さない根暗だったのに。
確かに、無理に誘った反省も考えれば、自分も大人げなかったかもしれない。
「店の連中とはあれから連絡はあったのか?」
「特に何も……」
「……何だと」
狐乃はスマホを取り出して洲汪(すおう)宛にメールをした。
四人兄弟とナオに言って近々命に連絡させろ、アドレス交換したんだから挨拶ぐらいはしやがれ、と。
俺が友達になれと命令したんだから絶対にだ、と付け加えて。
うちの若い奴らは順応性もあるし素直ではあるが、適当さと抜けててちょっとバカな所があるのが玉に傷だ。
タマに傷。
そういや、アイツらこの間妙な事を聞いてきたな。
「あんな普通の女の子に、その、握られたんすね……」
握るという意味から彼らに話した寿司の事かと思い出す。
蓮美が所で握ってくれた手作りの稲荷寿司だ。
そうだ、と答えると今度はおかしな質問をしてきた。
「どんな握り具合ですか?」
どんな。
どんなだって。
どんなもこんなもギュッとだよ。
そう答えたらアイツらざわつきやがった。
なんなんだ。
大体なんでアイツらが揃って頬染めてんだよ。
「蓮美って子、大人しそうに見えて大胆なんすね……」
なんかわからんが勝手に納得してたな。
確かに、マガツカミとの戦いに参加させろだなんて大胆を超えて無謀だが、無謀だろうと個性が豊かだろうと、そこがまた女性の持つ魅力でもある。
「うまかったな……」
次はプライベートで稲荷寿司を握ってくれねぇかな。
素朴な味だったけど、心を込めて作ってくれたのが伝わったよ。
酢飯と一緒に温もりや優しさが詰まってた。
会いたいよ。
待ってるから。
早く帰ってきてくれ。
ねえ。
蓮美ちゃん。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる